素直になれないクリスマス 前編
テストもなんとか無事に終えて、ようやく冬休みへと入った。
学校は相変わらず一人きりが多かったけど、たまに話しかけてくる橘さんや、図書委員で会う先輩のおかげか学校で会話をする機会も増えた気がする。
……今までのことを思えば大きな進歩かもしれない。
ま、冬休みが終わったらまた変わってるのかもしれないけど。
「知美ぃ? また例の男の子から電話よー?」
部屋でくつろいでいたら、また下の階から母さんの声が聞こえた。
「忙しいって言ってて!」
「また~? もー、いい加減出てあげなさいよー?」
「いいの!」
全く……冬休みに入ってから、毎日毎日毎日!!
あの宇宙人何考えてんのよ! ほんと、携帯解約して正解だった!!
でも……実は大事な伝言だったりするのでは……。
……。
……あー! もー! 気になる!!
ちょっと下に行って母さんに聞いてみよう。
下に降りて見ると、丁度母さんが受話器を置いたところだった。
よかった。
「母さん。あいつ……何て言ってきたの?」
「知美。降りてくるなら電話に出てあげなさい。毎日毎日、断るのかわいそうでしょ?」
「嫌よ。出たら何言われるかわからないもの」
「声を聞いたらそんな悪い人には思えないけどねぇ……。むしろ、あんな声を耳元で聞けて母さんラッキーよ」
ふふ、と嬉しそうに笑う。
あ……これ……母さんまで山田に騙されるパターンでは……。
ちょっと……手段を間違えたかも。
「知美、次電話があったらあなたが出なさい。居留守なんて、友達に使うもんじゃないわよ」
「で、でも――!」
言葉を吐きかけた瞬間――また電話が鳴り始めた。
母さんとの間に流れる沈黙。母さんは電話を一瞥すると、私に対して背を向ける。
……どうやら、あなたが出なさい、という意味らしい。
……そ、そうよ。何を怯えてるのよ。電話全てが山田なわけないのよ。
そう。きっと違う。絶対違う――!
「も……もしもし」
「あ、栗原さん!? やっと出てくれたぁ!」
ちくしょう。
「……もしもーし。栗原さーん? 聞いてる?」
「……何よ。ていうか、あんた毎日毎日……電話かけてくるのやめなさいよ。ストーカーみたいで気持ち悪いんだけど」
「えぇ? だって栗原さん電話に出てくれないから。おまけに携帯電話の方も繋がらないし、もう家に掛けるしかないかなって」
「電話しないっていう選択肢はないの?」
「あ、直接会いに行っても良かったんだ!」
「なんでそうなるのよ!」
このマイペース宇宙人……!
……だ、ダメダメ! ペースを乱されちゃ、山田の思う壺よ。冷静に冷静に……。
深呼吸をして……。
「……とにかく……何の用事で電話してるのよ」
「今月の25日会おうよ」
今月の25日……? 今月って12月でしょ。だったら25日は……。
……何考えてんのよ。
「……どうしてその日なのよ」
「何かと都合が良いんだ。予定ある?」
「べ、別に予定はないけど私は――!」
「やった! じゃあ、17時に前と同じ場所で待ち合わせ! じゃあね!」
「え!? ちょ、ちょっと!!」
――……切られた。
……何なのよ!! なんであいつはいっつもこんな電話しかしてこないのよ!!
「ちょっと! 知美! 受話器を乱暴に置かないで」
「もう最悪! 電話に出るんじゃなかった! クリスマス無理矢理予定入れられちゃったじゃない!」
「……あら。あらあら……知美ぃやるじゃない?」
ニヤリと母さんが笑う。
……相手が本当はどんな奴か知らないくせに……!!
「そんなに赤くなっちゃって……良いじゃない、あなたもそういう年頃なんだし、父さんには秘密にしておいてあげるから……」
「だから! そういうのじゃないんだってば!」
「はいはい……」
だ、ダメだ……母さんまで山田の声色にやられてる。
あぁ……どんどん外堀が埋められてる気がする。山田の電話に母さんを出させるんじゃなかった。
はぁ……気が重い。
◇ ◇
この時期になれば陽はすっかり短くなって、あっという間に町の灯りが灯り始める。
クリスマスのせいもあると思う。町のあちらこちらで、カラフルな電灯が灯り、軽快な曲が流れてた。
道は友達や家族でワイワイと歩く姿や、男女寄りそって歩くカップルなど幸せそうな光景ばかり。
綺麗に電飾された通りの木を眺めても……やっぱり気分は晴れない。
……どうして私は、こんな街中にいるんだろうか……。
……おかしいでしょ。クリスマスの日にこんな場所に立ってるなんて、今までの私じゃありえない。
ていうか、今でも場違い感が半端ないし。
でもなんか……山田のせいとはいえ、ホイホイ誘いに乗る私も……頭おかしくなってきてるのかも。
「栗原さーん! おまたせ!」
頭を抱えてたら、真っ直ぐこっちに向かってくる赤いタコ。
まぁタコの姿はすっかり厚手のコートに隠れて見えないだけどね。ただ……のっぺらぼうは変わらない。
「ははっ! 来てくれないかもって思ってたんだ。来てくれてありがとう」
「……仕方ないじゃない。断ろうにも、あんたの番号知らないだから」
「あーそうだね。俺の通信機は送信できても、受信できないからね」
人の言うこと聞かない、あんたみたいな電話ね。
そんなことより……何を考えて今日呼びつけたんだろ。
「ねぇ山田。今日何の日か知ってんの?」
「うん。クリスマス、でしょ? ちゃんと調べてるよ」
「……じゃあ、なんで今日を指定したの」
「え? 人間たちにとっては特別な日なんでしょ? だったら栗原さんと一緒にいるに決まってるじゃん」
じっと私を見下ろす山田。
……その特別って意味……理解してんの。
「あのさ……クリスマスっていうのは、好きな人とか大事な人とか、そういう人たちと過ごす特別な日、っていう意味なんだけど……」
「うん。俺にとって栗原さんは好きな人だし大事な人だから問題ないよ」
……なんでそんな恥ずかしい台詞をサラッと言うのよ。
この間から山田がおかしい気がする。
「だから今日会えて良かった」
あれ……か、勝手に顔が火照ってくる……!
なんで? 相手は宇宙人山田だよ? のっぺらぼうよ!?
……あぁそうか、クリスマス……クリスマスの雰囲気のせいなんだ!
惑わされてなるもんですか……!! 絶対私は屈しない……!!
「そ、そんなに睨まなくても……。と、とりあえず、ちょっとお店を見て回ろう」
そう言って山田が歩き始めたので、私も慌てて歩き始めた。
まだ顔が熱い。冷たい手を頬に当てるかして、何とかして冷却しなきゃ……。
◇ ◇
……今日はさすがに、山田を見つめてくる人はいない。暗いし、みんな相手がいるからかな。
でもほんと……別世界って感じがする。
「栗原さん、何かほしいものない?」
「……え? ほしいもの?」
歩いていると急にそんなことを聞かれた。
急に言われても……パッと思いつかない。
ウィンドウ越しに服や小物が飾ってあるけど……別にほしいとは思わないし。
「……別に思いつかないんだけど。なんで急にそんなこと聞くの?」
「クリスマスってプレゼント交換するんでしょ? だから何かプレゼントしたいなぁって」
「あぁそういうこと……。……ん?」
プレゼント……交換?
待って。まさかとは思うけど……嫌な予感がする。
「ねぇ……プレゼントと引き換えに……私に何か要求する気なんじゃないでしょうね?」
「え? ……嫌だなぁ~交換だって。だから、遠慮なく栗原さんも欲しいもの言ってよ」
「……まさか……人体実験を要求するつもり……?」
「……ははっ! よくわかったね!」
熱が一気に冷めた。いや、むしろ背筋がブルッと震えた。
歩いていた足を止める。山田も気付いて立ち止まった。
不思議そうに首を傾げ、私に顔を向けてくる。
「……どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!」
と――大声で叫んだせいで、通りを歩いている人たちから少し視線を集めてしまった。
……恥ずかしい。とにかく、もう……帰ろう。
「えっ、栗原さん! どこ行くの!?」
後ろから山田の声が近づいてくるけど振り返らない。
とにかく、人が少ない通りに行って……。
「栗原さん!」
追いつかれて肩を掴まれた。
それを振りほどいて、後ろを振り返った。思いっきり山田を睨み上げる。
「私は、山田のこと好きでも何でもないし実験体になるつもりもない!! 勝手に決めつけないで! 来るんじゃなかった……馬鹿みたい」
「え……」
情けなくて涙出てきた。ちょっとでも浮かれてた自分が馬鹿みたい。
でも……なんでこんなこと思うんだろ。相手は宇宙人なのに。
とにかく山田から離れたい。振り向きもせず、私はその場から走り去った。
さっきの場所から離れて――息を整えつつ足早に歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
このざわざわとする人の声――教室で聞く声に似てるような……。
「あー次はどこ行くー?」
思わず足を止めて声のする方を見た。
そこには、男女複数人が建物から出てきたところだった。――同じクラスの人たちだ。
思わず立ち止まって眺めていたら、向こうも私の視線に気づいたらしい。
女子が隣に立っていた女子を叩き、そしてあっという間にその場にいた全員がこちらを見た。
が、朗らかだった雰囲気が一変――なぜか、みんな冷たい視線で私を見つめる。
そして、じりじりとみんなが私の方へと近づいてきた。
「なんでここに栗原さんがいるわけ? 私たちへの当てつけ?」
「え?」
当てつけってどういう意味だろう。
どうにかして意味を探ろうとする間に、みんなが私の周りを囲ってしまった。
……なにこれ、怖いんですけど。
「お前のせいで山田が来ねぇんだぞ」
「それなのにわざわざ私たちの様子を見に来るとか……栗原さんてそういう人だったんだ」
……え、え?
「あ、あの……! す、すいません……意味がよく……わからないんですが……」
「だぁかぁらぁ! みんなで集まってクリパしようって計画したのに、山田くんが栗原さんと用事があるって言って来なかったの!! みんな楽しみにしてたのに!」
「え……私と用事?」
「何寝ぼけてんだよ! ……ていうか、山田はいねぇのかよ」
ちょっと待て……山田からそんな話聞いてないんですけど……!
な、なんであいつ、こっちの約束を優先しなかったのよ。……そういえば、都合が良いとか言ってたような。
まさか……断るために私を誘ったの? ていうか、なんで私の名前を出す必要があるのよ……!!
「おい! 栗原! お前、山田の気持ちわかってんだろ!?」
「……え?」
「え、じゃねぇよ! この際言わせてもらうけどな、無視するのも大概にしろよ」
その言葉に、周りにいた男子から「そうだそうだ」と声が漏れた。
女子たちは視線を逸らして、同調してる様子はないみたいだけど。
「見てるこっちが腹立つんだよ! 何様のつもりだよ! いつまでも卑屈になってんじゃねぇよ!」
「わ、私は、そんなつもり……!」
「もー男子落ち着きなよー。……だって、わざわざ私たちの様子を見に来る人だよ? 見た目大人しそうだけど、栗原さんて性格が曲がっちゃってるんだと思う」
女子に視線を向けると――ニヤリと口元を歪め、冷たい眼差しで私を見下ろしていた。
その場にいた女子全員が、私を馬鹿にしたような笑みを見せてる。……何なのこれ。
「最近、千代に声掛けられてるみたいだけど……調子に乗ってんじゃないわよ。山田くんにも気に入れられて浮かれてんの?」
「ち、違いま――!」
「あんたはさ、隅っこの方で大人しくしてる方が似合ってんの。わかった!?」
浮足立ってた気持ちが――後ろからガツンと殴られたような……そんな衝撃が身体を巡った。
あぁ……そうだよね。
自分でも、クリスマスの日に賑やかな街のど真ん中にいることに違和感あったもの。
みんなが言うのは……間違ってない。
みんなの笑い声が離れて行く。山田を探そうとか、そんな声も聞こえた。
山田と離れた場所、教えてあげた方がいいのかな……。でも……顔、上げたくないな。
足が……動かない。
「ねぇねぇ、君、もしかして一人だったりするの?」
聞き慣れない声に振り向くと、知らない男がこっちを向いてる。
「あれ? 泣いてんの? あ、もしかしてクリスマスに振られたとか!?」
ゲラゲラと汚い笑い声を上げて笑ってる。
何なのこの人……よくわからないけど……逃げた方が絶対にいい。
こんな慣れない街中で一人でいること自体がおかしいんだ。
でも……どうしよう。まだ足が……地面に張り付いて動かない。