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転校生、山田くん  作者: ぱくどら
高校一年生
8/49

ドキドキお化け屋敷

 文化祭――全クラスがお店を出して、学校内外の人たちをもてなす行事。

 文化祭って初めてだから楽しみにしてたのに。

 ……楽しめそうにない。


「……よし、じゃあ山田の班は休憩行ってきていいぞ。ちゃんと交代する時間には帰ってこいよ」


 私たちのクラスは本屋をテーマに、みんなで読まなくなった本を持ち寄って安く売ってる。

 仕事自体は、本を整理したり、会計をしたりするだけだから割りと楽。

 それに椅子と机を用意してるから、大体の人はその場で読んでる感じ。私たちはボーっとレジの前に座ってるだけ。


「じゃあ行きましょ」


 先生の呼びかけに、同じ班である橘さんが勢いよく立ち上がった。

 同じく立ちあがった山田の腕を取り、満面の笑みで足早に教室から出て行く。

 私も一応、置いて行かれないよう後を追う。


「ねぇ山田くん。先輩と合流したら、二人ずつに分かれない? その方がもっと動きやすくなるし、何かと都合が良いと思うんだけど」

「え? そう? まぁ先輩に相談してみてから決めようよ」

「うん!」


 橘さんが私をちらっと見る。

 ……山田と一緒に見て回りたいんでしょ? でも、そいつ実験体探してるんですよ? 危ないですよ?

 はぁ……いっそのことバラしてしまいたい……。


    ◇    ◇


 先輩のクラスである、2-1の教室へと着いた。

 先輩はすでに教室の前に立っていて、私たちを見つけるとクイッと眼鏡を上げた。


「……わざわざありがとうございます」


 やっぱり先輩って、周りの先輩たちと比べて……存在感が薄い気がする。

 ま、私が言えた義理じゃないんだけど。


「さっそくですが――」

「あのーちょっといいですかー?」


 先輩が話すのを遮るかのように、橘さんが声をあげた。

 そして山田の腕をぐっと引き寄せ、満面の笑みを向けた。


「せっかくの文化祭ですし、二人ずつ分かれませんか?」

「は……? それでは集合した意味が――」

「高橋先輩は、栗原さんとどうぞ! 私は山田くんと組みますね! じゃあ!」


 そう言うと、橘さんは先輩の意見も聞かずその場を去っていく。

 ……何これ、予想はしてたけど大胆過ぎる。


「あの……先輩、いいんですか? 分かれちゃいましたけど……」

「……所詮、女なんて見た目でしか判断しない生き物なんですよ。反吐が出ます」

「はぁ……」


 この人、私が女ってこと認識してるのかな……。


「栗原さん、せっかくですからお茶でも奢りますよ。どこかお店に入りましょう」

「じゃあ……お言葉に甘えて……」


    ◇    ◇


 先輩と向かったのは、校舎の中庭にあるお店だ。

 3年生がやっている喫茶店のようで、制服の上からエプロンを身につけ、コーヒーとお手製のお菓子を販売してる。

 屋外にあるテーブルの椅子に腰かけ、コーヒーを啜る。ちなみにコーヒー代は先輩のおごりだ。


「……ありがとうございます」


 コーヒーの味にほっとしちゃう。それに、外で飲むせいか気持ち良い。

 でも、こんなところで悠長に飲んでていいのかな。先輩……女嫌いを克服するんじゃなかったの?


「あの……高橋先輩。本当に……いいんですか?」

「何がですか?」

「橘さんです。わざわざ橘さんを誘ったのって……何か理由があったんじゃないんですか?」


 そう言うと先輩の手が止まった。

 ……あくまで私の予想なんだけど……先輩って橘さんのこと……好きなんじゃない?

 そりゃあんなに美人だし、好きになっても変じゃないと思う。


「……先輩、橘さんのこと……好きですよね?」

「は、はぁ!?」


 大げさ気味に先輩が叫ぶ。

 飲んでいたコーヒーの紙コップを勢いよくテーブルに置き、クイッと眼鏡を上げた。


「な、なんでイケメンにしか興味ない女を俺が好きだと!? じょ、冗談も大概にしてくださいよ!」

「……その割には物凄く動揺してません?」

「そ、それは栗原さんがありえないことを言うからでしょう!?」

「……先輩、そんな意地張らなくてもいいと思いますよ。だって、橘さん綺麗ですし、好きになったっておかしいことじゃないですし」


 先輩は悔しそうに唇を噛み締め、顔を伏せた。

 ……認めたくないのかも。


「見た目の好みで人を好きになることって、よくあることだと思いますよ? 初めからその人の中身なんてわからないですし、第一印象が大事とか言うじゃないですか」

「……」


 先輩は言葉を発せず、眼鏡を押し当て何か考えているみたいだった。

 まぁ……イケメンに尻尾を振る女が嫌いとか言いながら、自分が美人に惚れたって言うんだから……葛藤してるのかな。

 

 それにしても、なんで私は先輩と二人でいるんだろう。

 せっかくの文化祭だから、見て回りたいなぁ……――って、あれ? 今の……。


「……先輩あそこ。山田と橘さんです」

「えっ!?」


 先輩の後方に……目立つ赤い宇宙人。距離が少しあるけど、はっきり見える。

 橘さんに引っ張られるように進んで行って……体育館の列に並んでる。


「体育館は……確か、お化け屋敷ですね」

「お化け屋敷、ですか。……いいんですか、先輩。追いかけなくても」

「……く、栗原さんこそ、山田くんを追いかけようとか思わないんですか!?」


 先輩が強い眼差しで私を見つめる。


「……別に」

「あんなイケメンが常に隣にいて、ドキドキするとかそういう気持ちにはならないんですか!?」

「ならないです……威圧感が半端ないので」

「……ほ、他の女に取られるかもしれないとか、そういう危機感は持たないんですか!?」

「危機感というか……むしろ女子の方が大丈夫かな、とかは思いますけど……」


 なんで私が山田のことを好きみたいな方向に持っていきたいんだろ。

 私に山田を追わせたい、みたいな……。

 ん……もしかして。


「先輩……一緒に追いかけましょうか?」

「ほっ……ほらっ!! は、初めから素直になってください! 仕方ないから追いかけますよ!」

「……はぁ」


 めんどくさい人だな……。


    ◇    ◇


 体育館の入口には、長い行列ができてた。

 入口の横には看板が出ていて『貴方はこの恐怖に耐え、脱出することができるか!?』と書かれてる。

 ……どうやらお化け屋敷と迷路を合わせたようなものらしい。

 まぁ体育館広いし、面白そうではあるね。


「……うーん、結構前の方にいますね」


 先輩が一生懸命つま先立ちをして前を見た。


「あ、入りました。……俺たちも早く入らなければ」

「……やっぱり気になるんですね」

「ち、違います! や、山田くんを追いかける栗原さんのためを思って――!」

「わかりました、わかりました……。……中で合流できればいいですね」


 ……もう余計なこと言うまい。

 列はじりじりと進んでいき、ようやく私たちの番になった。


 入口の黒いカーテンをくぐると、中は本当に薄暗かった。

 外部の光を遮断するカーテンから、わずかに光が透けてる。光源といったらそれぐらいだった。

 迷路、ということだけあって箱か何かで仕切られた道は複雑になってる。

 どこからかわからないけど、女子の叫び声が聞こえる。もしかしたら、物影に人が隠れているのかもしれない。


「……結構難しそうですね」

「でも……進むしかありません。行きましょう」


 そう言って、先輩はずんずんと前へと進む。何組かのグループを抜かしたけど、みんなビビりながら進んでる。

 先輩は横から飛び出てくる人に驚く様子もなく、無視してひたすら進む。

 ……先輩って案外度胸あるのかもしれない。先輩が先を進んでくれるおかげで、私は問題なく後ろをついて歩ける。


「山田くん……ちょっといいかな」


 ……ん、この声は……。

 先輩も聞こえたのか一瞬足を止めて、早足で声の方へと進んでいく。


「……しっ!」


 突然、先輩の足が止まった。釣られて足を止めて、物影に隠れる。

 物音を立てないように、ゆっくりと頭を出すと――宇宙人と橘さんが向かい合ってた。


「私……山田くんのこと、好きなの。だから付き合って」


 思わず息を飲んだ。橘さんは顔を俯かせて、ぎゅっとスカートを掴んでる。

 ……一方で、先輩は石のように固まってる。


「付き合ってどうするの?」

「えっ……」


 山田の奴、何言ってんのよ。

 ……まさか、橘さんを連れ去ろうとか考えてるんじゃ……。


「私は……学校が終わった後も山田くんと一緒にいたいし、メールとかもずっとしてたいし、山田くんと色んなところに出掛けたい。束縛しちゃうこともあるかもしれないけど……山田くんを誰にも取られたくないの」

「……なるほど。誰にも取られたくない、か。だから『好き』なんだね。……わかった」


 ぱぁっと明るい笑顔に見せる橘さん。

 でも、それは続かなかった。


「俺、橘さんとは付き合えない。ごめんね」

「えっ……ど、どうして!?」


 ……まさか、宇宙人って言う気?

 

「……俺は、橘さんのことを誰にも取られたくないって思えないんだ。これから先も変わらない。橘さんはクラスメイトでしかないんだ。ごめんね」

「……クラスメイト。そっか……」


 再び顔を俯かせる橘さん。

 顔は見えないけど、鼻を啜る音が聞こえる。

 

「山田くん……これからも、友達でいてくれる?」

「もちろんだよ」


 橘さんは目元を手で拭い、顔を上げた。

 精一杯の笑顔だった。

 

「山田くんの恋がうまくいくといいね。……私、先に教室に戻るね。じゃ……」


 橘さんが私たちの横を走り去っていく。その顔に涙が見えた気がした。

 呆然と見送る私の横で、突然先輩が後を追いかけはじめた。

 

「橘さん待ってください!!」


 けれど先輩の呼びかけも虚しく、橘さんの足は止まらず、先輩もその背中を追いかけて去って行った。


「……あれ? 栗原さん?」


 ……バレた。先輩が声出したから気付いたのかな……はぁ。

 物影から出て、山田の立つ場所へと歩み寄った。


「……ごめん、見る気はなかったんだけど……成り行きで見ちゃった。橘さんに正体バラすのかなって思ったけど……」

「バラさないよ。栗原さんの平和な学校生活を守るって約束したからね」


 何言ってんのよ……この間、宇宙人の姿見られたくせに。

 ……言ってることとやってることがバラバラ……何考えてんだか。


「とりあえず、橘さんが実験体候補にならなくて良かった。……あ、そろそろ教室に戻ろうよ」


 腕時計見づらいけど、かなり時間経ってる気がする。

 次の人の休憩時間が減っちゃうし、さっさと迷路を抜けて出ようっと――。


「待って、栗原さん」


 山田に背中を向けた途端、呼び止められた。

 ……急がないと間に合わないかもしれないのに。


「もう、どうしたのよ……って……あんたなんでその姿なの!?」


 振り向いたら、山田がまたイケメンの姿になってた。真剣な眼差しで、じっと私を見つめてくる。

 ……って、この姿だと……私以外の人は宇宙人の姿に映ってる――。


「きゃあああ!! おばけええええ!!」


 突然、真後ろから叫び声が聞こえた。振り返ると、女子グループが叫びながら離れて行く。

 ……暗くてよかった。お化けと勘違いしてくれたみたい。……じゃなくて!


「ちょっと! こんな人が来るかもしれないところで、その格好はやめなさいよ! 約束守るってさっき言ったじゃない!」

「俺、栗原さんのこと好きなのかもしれない」


 ……。

 ……はい?


「……何言ってんの」

「最近、よくわからない感情で悩んでたんだ。けど、さっき橘さんの話を聞いて理解できた気がする。俺、栗原さんを束縛したいんだと思う」


 ……血の気が引いた。

 ……いよいよ無理矢理連れ去る気になっちゃったの? ……やめて。


「ど、どうしたの……顔色が悪いけど……」

「当たり前でしょ!? ……宇宙人に束縛したいって言われて、喜ぶ人間なんていないわよ」

「……俺、今、人間の姿になってるでしょ?」

「見た目だけじゃない!」


 ど、どうする私……! 逃げる? でもどこへ?

 叫ぶ? いや、叫んでも意味ない。……とりあえず、離れよう! 近くにいるのは危険!!


 山田に背を向け、一歩踏み出した――けど、すぐに手首を掴まれた!

 ぐっ……さすがに無理だった……!


 と、思ったのもつかの間、山田は私の手首を掴んだままグッと力を加えてきた。

 後方から引っ張られる形でバランスが崩れて――そのまま山田の胸元に収まってしまった。

 ……な、な、な、何これ!!


「どうして逃げるの?」


 優しい声色が頭の上に振ってくる。

 ……ちょっとちょっとちょっと!!

 何なのこの状況? ゲームとか少女マンガに出てきそうなシチュエーションなんですけど!

 やめてよ、あんたどう転んでも宇宙人なのよ! 偽イケメン!!


「あんたが変なこと言うからでしょ! 離してよ!」

「……栗原さん。俺、何度も言ってるけど、無理矢理連れ帰ろうなんて思ってないよ?」

「じゃあ、束縛したいって……どういう意味よ!」

「それは……」


 山田の手の力が緩まった。すかさず手を振り払い、少し距離を置いた。

 ……何なのよ、いきなり! びっくりするじゃない!!

 山田を睨みつけたけど、当の本人は何かを考えている様子で呆然と視線を床に落としてる。

 意味わかんないですけど……!!


「何なのよ、急に。いきなり人に化けるし、変なこと言うし、抱き寄せるし! 意味わかんない!」

「……俺も、よくわからない」

「はぁ!?」

「けど……そばにいてほしいって、思ったから」


 そう言った山田の目は、いつになく真剣な眼差しに見えた。

 何なのよ……私はただの実験体候補なんでしょ? なんでそんな目で見るの。


 ……と思ったら――とろり、と山田の表面が赤く垂れた。

 思わず「ひっ!」と声を出したら、山田が驚いたように目を見開いて――元の、のっぺらぼうの赤い宇宙人へと戻った。


「……戻ったんだね。ま、しょうがないか」

「山田……あんた、頭おかしくなったんじゃないの? さっきから言ってること、やってることが理解不能なんだけど……」

「……そう? 俺は……少しだけど、理解し始めたよ。まだまだ難しそうだけどね。……とりあえず教室へ戻ろう」


    ◇    ◇


 教室に着いてレジ係を交代した後も、橘さんは何事もなかったように普段のままだった。

 レジにやって来るお客さんにも笑顔で対応してるし、他の女子とも普通に話してる。


 でも……気のせいかもしれないけど、山田とは目を合わせようとしてないように見えた。

 私の方も見ようとしてない。

 どうしたんですか? って声をかければ良かったのかもしれないけど……できなかった。

 少し気まずくなって、逃げるようにトイレに行かせてもらうことにした。


「……栗原さん」


 鏡の前に行くと、いつの間にか橘さんもやって来ていた。

 けれど、橘さんは真っ直ぐ鏡を見つめたまま、私の方は向いてない。


「……は、はい」

「私、山田くんにふられちゃった」

「……そう、ですか」


 実は見てました、なんて言えない……。


「諦めない、って前に言ったけど……撤回するわ」

「撤回、ですか?」

「そう。山田くんはとっても魅力的な人だけど、男が山田くんだけってわけじゃないもの。こんな女を振ってしまったんだって、後悔させてやることにしたの」


 ようやく橘さんがこっちを見た。

 少し赤い目を細めて、優しく微笑んだ。


「山田くん、栗原さんといる時すごく嬉しそうに笑ってるし、楽しそうなんですもの。悔しいけど、それは私じゃできないみたい」

「……え?」

「……他の女の子は、まだ諦めてないかもしれない。でも……栗原さん、負けちゃダメ。負けたら私が許さないから。……ま、頑張ってね」


 そう言って橘さんは先にトイレから出て行った。

 ……何だろう。橘さんが立ち直りそうで良かったんだけど……物凄く勘違いしてる気がする。

 私、山田のこと、好きでも何でもないんですけど。

 

 ……私がおかしいのかな。

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