イケメンへの変身
夏休みは山田に会った以外、何事もなく終わった。
教室は一学期と変わらず賑やか。そして――山田は相変わらず女子たちから囲まれてる。
「山田くん夏休み何してたの?」
「私旅行行ってきたの、お土産持って来たんだ!」
「山田くんに会えなくて寂しかった~」
何も知らずに山田に笑顔を向ける女子たち……ちょっとだけひやひやする。
だって……山田の言うお嫁さん候補っていうのが……まさか実験体を意味してるなんて思わなかったし。
変なこと言って、山田の目に止まらなきゃいいけど……。
「……チッ」
……あれ……舌打ち? ……後ろから聞こえた?
ゆっくりバレないように振り返って――そこには、だらっと制服を着る男子。
……名前は……誰だっけ。まぁ、絡みたくないし覚えなくてもいいか……。
それにしても、すごい形相で山田を睨んでる。……良く思ってないんだろうなぁ。
喧嘩も強そう。でも相手が山田だからなぁ……変に喧嘩吹っ掛けて、怒らせたら何するかわかんないし。
だからってあの人に、喧嘩やめましょう、なんて言う勇気もない。
……今日図書委員だし、山田はどうせ付いてくるんだろうし……その時に喧嘩はするなって言っておこう。
◇ ◇
おかしい、と思うのは変だと思う。いや、これが普通なのよ。
……なぜか今日は、山田はHRが終わると颯爽と教室から出て行った。
確かに私の図書委員の日を教えているわけでもないし、知らないことは当たり前。
でも、いっつも無視する私に構うことなくついてきた。図書委員の日を知っているかのように。
それが今日は違う。私一人で図書室へ行って、平和な時間を過ごせてる。
……これ、当たり前なのよ。わかってるのに……どうも違和感がある。
「……栗原さんこんにちは」
振り返ると、眼鏡をクイッと上げる高橋先輩がいた。
……あれ、今日は私のクラスが担当だよね?
「今日は……山田くんはいないのですか?」
「えっ」
「あぁ……いつも栗原さんと山田くんはセットでいるように見えるものですから。……こういう日もあるのですね」
「……そんな風に見えるんですか」
「はい」
セットでいるのが見慣れてるの? 確かに図書委員のときはほとんど山田が付いてきてたけど……。
そういえば、私が図書委員のときに、図書室の中女子が多い気がする……。気のせいかな。
……そんなことより、なんで先輩ここにいるんだろ。
「何かご用ですか? 先輩、今日は当番じゃありませんよね?」
「あぁ……すいません、実は相談がありまして」
「? 何でしょうか?」
「俺の女嫌いは知っていると思うのですが、そろそろ克服をせねば将来マズイことになると思っています」
「……はぁ」
「そこで山田くんと栗原さん、そしてあの橘さんを誘って、今度ある文化祭を一緒に周りませんか?」
……え。
今……誰だって……?
「せ、先輩……今……誰を誘うと……?」
先輩は若干頬を赤く染めて、悔しそうに唇を噛み締めた。
少し私から顔を逸らし、いつもより小さな声でぼそっと吐いた。
「……橘さん」
「ど……どうして……。この間、あれだけ貶してたのに……」
「し、仕方ないじゃありませんか……栗原さんに女友達いないのでしょう?」
それ言いますか……。
でも、わざわざ貶した人と一緒に行かなくても……。山田を餌にすれば誰でも釣れるような気がするし。
「で、でも――」
「と、とにかく……! それでお願いします。栗原さんから山田くんへお伝えください。そして山田くんから橘さんに伝えるよう、そちらもお願いしてください。その方が誘いに乗ってくれるでしょう」
「はぁ……」
まぁ……確かに山田から直接誘いがあれば断らないだろうなぁ。
先輩が何を考えてるのかわからないけど……。
私は山田が変なことをしないか監視しなきゃいけないよね。……はぁ。
「おい」
図太い低い声。カウンター越しに聞こえて、ビクッとして真正面を向く。
見上げると――見覚えのある顔。
……あ、舌打ちしてた男子だ。
「は、はい……」
「あんた、山田に付きまとわれてるよな?」
見下ろされる冷たい目線。……本を持ってない。
なんかこういうの多いな……。
「は、はぁ……」
「……ならいい。これが終わったら校舎裏に来い」
「え?」
なんで……と言う暇もなく、男子はズカズカと図書室から出て行った。
……い、今の何? ハッとして周りを見ると、その場にいた人たちがひそひそと私を見てた。
「……栗原さん、今のは?」
「し、知りません」
「なんか……雰囲気が怖い人でしたね。知らないなら、行かなくても良いと思いますよ」
「でも……」
昼間に見た山田を睨みつける様子、そして今出た山田の名前……。
絶対、山田絡みのことなんだ。
……怖いけど、喧嘩吹っ掛けるのを止めるチャンスかもしれない。
「……大丈夫です。あ、文化祭の件は、ちゃんと山田に伝えておきますね」
「ありがとうございます。お願いしますね。……ではお先に」
先輩はそう言うと図書室から去って行った。
◇ ◇
結局、山田が図書室に来ることはなかった。……こんなこと初めてな気がする。
来たらあの男子のことを言おうって思ってたのに……しょうがないか。
ちょっと怖いけど……校舎裏に行ってみよう。誰もいなかったらいなかったで別にいいし。
「やっと来たか」
……待ってるし。
いない方にちょっとだけ期待してたのに。
だらけたズボンに手を突っ込んで、ガリガリとだるそうに頭を掻いてる――……まだ名前が思い出せない。
……でも、今さら名前聞けないし。
「お前、俺と付き合えよ」
お前って呼んでくる辺り、もしかしたらこの人も私の名前知らないんじゃないかな。
たぶんそうだよ、うん。だったら気にしなくてもいいかな。
「……おい、聞いてんのか」
「……え?」
「俺と付き合えって言ってんだよ」
「……何にですか?」
「は?」
なぜか、相手が頬を引きつらせながら鋭い目つきで私を見下ろす。
な、何か間違ったこと聞いた? 何に付き合うか聞いただけですが……。
「馬鹿じゃねぇの? めんどくせぇ女だな。ま、意味わかんねぇんならそれでもいい。勝手にやらせてもらう」
「えっ? ……ちょ、ちょっと!!」
なぜか男子は私を校舎の壁際まで追い詰めると、逃れないように腕で退路を塞いだ。
……これ、俗に言う壁ドンってやつでは……!
でも、ロマンチックでも何でもない!! 顔近いし、怖いし!
「や、やめてください!」
「のこのこやってきやがって……見た目に寄らず、ヤラシイこと考えてんだな」
か、顔が……顔が近づいてくる……!!
なんとかすり抜けようとすると、今度は手首を壁に押し付けられて身動きが取れなくなった。
力が強くて……痛い……!
「暴れんじゃねぇよ。山田がどんな顔になるか楽しみだな」
やばいやばい……意味わかんない……!
どうしてこんなことになってんの……!
誰か……誰か来て……!!
と、次の瞬間――目の前まで迫っていた男子が、横へ吹き飛んだ。
地面に勢いよく倒れる男子。小さく唸り声を上げて痛みを耐えてる。
……今、何が――。
「栗原さんはお嫁さん候補なんだけど?」
透き通るような、耳触りのいい声が響いた。
聞いたことのない声色――釣られて顔を向けると、そこには見知らぬ男子が立ってた。
背が高くて、長い手足はスッとしてて制服を着ててもモデル体型だってわかる。
身長の割りに顔が小さくて、綺麗な目なんだけど、怒っているのか倒れた男子を鋭く睨みつけてる。
髪は薄茶色の短髪がキラキラと流れてた。
こんな人……学校で見たことがない。でも、うちの制服着てる。
……誰、だろ。
「くそっ! いきなり何しやが……うわああああ!!!」
え?
上体を起こした男子だけど、突然叫んで座ったまま後ろへと下がっていく。
顔は真っ青になってて、びっくりしたように目と口を大きく開いてる。
「な、な、なんだこいつ!!」
「あ、あの……どうし――」
「お前、見えねぇのかよ!? 目の前に変な生き物がいるだろうが!!」
変な生き物?
ここには、私とあなたを除けば……イケメンしかいないんだけど。
じっとイケメンを見つめていたら、その人は私を見て、嬉しそうに微笑んで見せた。
「ははっ!」
そう言って私に笑顔を見せた後、スタスタと腰を抜かす男子へと近づく。
そしてイケメンはポケットから見覚えのあるチップを取り出し、男子のおでこへとくっつけた。
「やめっ……!」
男子は抵抗してたけど、チップがくっついた瞬間にばったりと力なく倒れた。
……何が起こってんの。
あのチップ、見覚えがあるし……そもそも、この人誰……。
「栗原さんは変わらないね」
立ち上がって振り返ったイケメンは、また嬉しそうに笑った。
「でもその様子だと俺が誰だか分かってない感じだよね。ということは、成功してるのかな? 良かった」
「……。……まさか」
チップといい、雰囲気といい、似た奴を知ってる。
いやまさか……そんなはずない。いつもの姿はどこいった?
「……あんた……山田、なの?」
「うん。どう? カッコイイでしょ?」
満足そうな笑顔だった。
口調は似ているのにいつものしゃがれ声じゃないし、のっぺらぼうでもないし、何よりも見た目が普通の人間……いや、それ以上の人間になってる。
どういうこと……。そういえば……さっき男子が変な生き物って言ってたような。
まさか……逆になってんの?
「もしかして……私にしか……イケメンに見えてないの?」
「そうだよ。実験成功だね」
そう言った瞬間――山田の顔が、とろり、と垂れ始めた。
ヒッ、と漏れそうになった声を何とか抑える。
髪とか目とか皮膚、全部が赤い液体のように変わって垂れていき、山田の新たな皮膚となって覆っていく。
ぐ、グロイ……!!
でも、それはあっという間で――私が見る、いつもの宇宙人山田の姿へと変わった。
「いっ今の……何?」
「あ、戻っちゃった? 時空を少しだけいじってみたんだけど……やっぱり少ししか持たないかぁ。ま、しょうがないか。触媒が少ないもんなぁ」
「……触媒?」
「今作り上げてる時空にね、栗原さんの髪の毛を組み込んでみたんだ。原因がわからないから、物理的に入れてみようと思って」
「私の……髪の毛? あんた……いつ……」
「え? 制服とかに落ちてる髪の毛を拾ったんだ。本当はもっと色々試してみたいんだけどね」
実験してんじゃないわよ! 何がもっと色々試したいよ!
……こいつ……本気でいつか私を解剖するつもりなんじゃ……。
……ハッ!
そういえばあの男子……!
「ちょ、ちょっと山田! この人に何したのよ、気を失ってるじゃない!」
「あー……大丈夫だよ。目が覚めたら何もかも忘れてる。放っておけば勝手に帰るんじゃないかな」
もうのっぺらぼうに戻っちゃったから、どんな表情で言ってるかはわからない。
けど、どことなく……口調が冷たい。
「……栗原さん。俺が間に合ったから良かったけど、こんな人気がないところにホイホイ誘われちゃダメだよ」
「……この人が山田に喧嘩を吹っ掛けそうだったから、それを止めようと思って……。あんた、何するかわかんないし……」
「……そっか。まぁ、全員が全員、俺の容姿を好むわけはないよね。その辺りは想定の範囲内だよ。それに俺、暴力とかそういう野蛮な行為は嫌いなんだ。もし、吹っ掛けられてたとしても、喧嘩なんてしないよ。たぶん、無視し続けるね」
そっか。なら良かった――って……。
待って……確か、この男子いきなり吹き飛んだよね? ……山田が殴り飛ばしたのでは。
「……さっき、男子に暴力振るわなかった?」
「……そういえば、殴り飛ばしてるね」
なんで他人事みたいに言うのよ。
山田は倒れている男子を見下ろしながら小さく唸った。
しばらく首を傾げていたけど、諦めたのか首を戻すと私の肩をポンポンと叩いてきた。
「ま、心配しないで。俺、本当に乱暴なことは嫌いなんだ。そうじゃなかったら、栗原さんを無理やりにでも連れて帰るって思わない?」
「縁起でもないこと言わないで」
「とにかく、栗原さんに怪我とかなくて良かった」
……山田の言動を疑えばキリがないんだけど、素直に受け取れば、たぶん中身は悪い奴じゃない。
怪我がなくて良かったって意味も、実験体に傷がなくて良かったって意味なんでしょうけど。
でも、山田が助けてくれたのは事実だし、お礼は言うべきか。
「その……ありがとう」
「どういたしまして」
「……今日私についてこなかった理由って、実験してたからなの?」
「うん。そうだよ」
「……なんで宇宙人ってバレるような実験してんのよ。危ないからやめなさいよ……」
まぁ、みんながどういう風に見えてるのかわかったから新鮮だったけど。
「栗原さんがこの姿を見て、どんな反応するのか見てみたかったんだ。……でも、変わらなかったね。いつも通り不思議そうな目で見てた」
「そりゃ……目の前でいきなり人が吹き飛んで、急にイケメンが現れたらびっくりするじゃない。カッコイイって思う前に、誰、って思ったし」
「そっかぁ。じゃあ、はじめに名乗れば良かったかなぁ」
名乗る……? あのイケメン姿でいきなり「山田だよ」とか言うの?
……可笑しいでしょ。
「ふふっ……なによそれ。チープなヒーロー物みたいじゃない」
「……」
「……ん、どうしたの?」
なんで急に黙り込む?
……何か変なこと言ったっけ?
「……ははっ! 嬉しいな! 栗原さんの笑顔初めて見た! 笑えないんじゃないかって思ってたんだ!」
「……」
……変な事想像して、笑うんじゃなかった。
山田を睨みつけたけど気にする様子もなく、山田はしばらくの間笑い続けた。
◇ ◇
その後、あの男子は何事なかったように大人しい人へとなってた。
……気のせいかもしれないけど、制服も真面目に着こなし、人柄が変わったみたいに見える。
……命があるだけマシなのかな……。
とりあえず、山田には先輩の件について話して了承をもらった。
……山田と先輩と橘さんと私。……考えただけで気が重い。