表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転校生、山田くん  作者: ぱくどら
高校一年生
6/49

お嫁さんの意味

 ようやく夏休みに入った。

 

 夏休みだからって特に予定はなし。

 新学期が始まるまで、家でゆっくり過ごせればそれでいいし。

  

 なんて思いながら自分の部屋でゴロゴロしてると――母さんが私の部屋へやってきた。


「……知美。クラスの子から電話よ」

「クラスの子……?」


 母さんは増えてきた小皺をいっぱい刻みながら、ニヤニヤと笑う。


「男の子の声だったわよ?」

「……は?」


 嫌な予感がして、ニヤニヤと笑う母さんの横を通り過ぎ、急いで電話機の元へ行った。

 男子? まさか……。

 いやいや……そもそも私の家の番号なんて教えてないし。


「……も、もしもし」

「あ、栗原さん?」


 耳元に聞こえるしゃがれ声――紛れもなく山田の声だ。

 いつもよりより近くで聞こえる声色に、思わず鳥肌が立った。


「なっ……なんで番号知ってんのよ」

「え? そんなこと、調べたからに決まってるじゃん」

「……どうやって調べたのよ」

「そりゃ……ちょちょいっとね。俺の拠点の上に学校があるおかげで、情報なんて簡単に見れるからね」


 宇宙人に筒抜けの個人情報……!


「ま、そんなことはどうでもいいんだけど」

「ど、どうでも良くないわよ!」

「栗原さんにちょっと付き合ってもらいたいなぁって思って」


 ……嫌な予感しかしない。

 電話切りたいけど、どうせかかってくるんだろうし……。


「……何?」

「夏休みを利用して、色んな人を見たいなぁって。俺一人じゃ寂しいから、栗原さんも一緒に行こうよ」

「……色んな人を見る……? な、なんで?」

「学校の中じゃ、お嫁さん候補はいないかなぁって思ったんだ。栗原さん以上の人はいなさそうだし。もしかしたら、町中を歩けばいるかもしれないでしょ? だからそれに付き合ってほしくて」


 こ、こいつ……何言ってんだ。

 要するにナンパに付き合えってこと? は? 

 だったら私邪魔じゃん。というか、なんで私が付き合わないといけないのよ……!


「……一人でやりなさいよ」

「もー栗原さん、遠慮しなくていいから。デート代は全部俺が持つから」

「デートじゃないし」

「ま、そういうことだから。11時に家に行くからね、じゃあ明日ね」

「え!? ちょ、ちょっと待って!!」


 ……。

 ……家? 私の家?

 ……あいつ……私の家に来るつもりなの!?


    ◇    ◇


 仕方なく……仕方なく玄関前で待つ。

 母さんがニヤニヤと笑ってたけど……たぶん、窓からこっちを見てるに違いない。

 最悪……親にまで誤解されたくない……。


「おまたせ」


 手を上げて近寄るタコ宇宙人――否、山田太郎。

 一応着ていると思わしき服装は制服じゃない。ハーフパンツにTシャツ……めっちゃラフな格好。

 ま、中身が赤いから何着てもおかしいんだけど。


「へぇ、栗原さんのズボン姿、新鮮だね。似合ってるよ」

「……ありがとうございます」


 ジーンズにシャツ。……私もラフだった。その上、可愛さゼロ。

 ふっ、いいのよ。誰も可愛らしさなんて求めてないし。


「よしじゃあ、この間行きそびれた駅前の建物に行こう。お金は俺が全部出すから気にしないでね」

「……ねぇ、あんたどうやってお金……」

「ふふ……大丈夫、盗んだりしてないから。ちゃーんと稼いだんだから」

「……嘘でしょ」

「まぁまぁ、今この話はいいでしょ? ほら、行こう」


 まぁ一応……私もお金は持ってるし。

 山田が犯罪をしてないことを祈りつつ、背中を追った。


    ◇    ◇


 私、絶対、選択間違えた。

 馬鹿だなぁ……散々学校でもみじめな思いをしてるのに……。

 わかってたのに……予測できたのに……。

 

「すごーい! さっきからストライクばっかりですね!」

「スタイル良いですね? モデルさんですか?」

「よかったら連絡先教えていただけませんか?」


 ……おかしい。

 なんで、私のレーンにこんなに女の人が集まってんの?

 山田と二人でボウリングを始めたはず。

 カラオケにしようって言われたけど、密室で二人きりが怖かったからボウリングを選んだ。

 その理由は間違ってないはず。

 ……そもそも人間観察するはずなのにカラオケっていうこと自体がおかしい……。

 けど……ボウリングの選択も間違ってたんだ。


「あー……また今度にしてくれませんか?」


 山田がそう言っても、なかなか去らない女の人たち。

 私の座る場所ないし。この人たち、私の存在消してるでしょ。

 ……あ、そうか。

 私が無理してここにいる必要はないのか。

 今だってほら、女の人いっぱいいるし。十分人間観察できてるでしょ?

 ……うん、できてるできてる。


 よし、じゃあ帰ろう。

 じゃあね、山田。


    ◇    ◇


 せっかく外に出たのに、家に直帰はもったいない。

 だから地味な喫茶店に入って、ケーキでも食べて帰ろう。

 

 賑やかな駅前の通り過ぎて――裏路地の小さな喫茶店。

 木の扉を開けたら、カランカランと鐘の短い音が響く。

 昼間なのに薄暗い店内と、一歩踏み入れれば鼻をくすぐるコーヒーの香り。

 ……本に出てくるお店みたいだ。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 カウンター越しに、優しそうなおばあちゃん店主が顔を覗かせた。

 本当に雰囲気が良いお店……! 良い所見つけちゃった!

 

「は、はい……!」


 店内は……人がいない……。もったいないな、良い雰囲気のお店なのに。

 せっかくだから……通り沿いのテーブル席にさせてもらおう。


「ご注文はいかがしますか?」

「あ、え、ええと……ケーキセットで……」

「はい、ケーキセットですね。……以上でよろしいですか?」

「はい、いじょ――」

「俺も同じのをお願いします」


 ……え?


「はい、ケーキセット二つですね。少々お待ち下さい」


 おばあちゃん店主がテーブルから離れていく。

 待って、二つ? え……まさか――。


「うん、良い雰囲気のお店だね。ここならじっくり人を見ることができそう」


 向かい側にいつの間にか山田が座ってた。


「いつの間にいたの!?」

「ははっ! 驚きすぎだよ。急にいなくなっちゃうんだもん。探しちゃったよ」


 そう言って用意されてた水入りコップを持ち、のっぺらぼうの顔に近づける。

 口は見えないけど、傾いたコップから水が垂れることなく少なくなった。

 ……どういう仕組みなんだろ。……ってそれよりも!


「どうして追いかけてきたのよ!? あんだけ女の人に囲まれたらお嫁さん候補いるでしょ? それに、前ほど香水臭い人いなかったじゃない」

「んー……そうなんだけど、違うんだよね」


 意味わかんない。どんだけ目が肥えてるのよ。


「……おまたせしました。ケーキセット二つです。ごゆっくりどうぞ」


 運ばれてきたショートケーキとコーヒーの二人前。

 真っ白な生クリームと真っ赤な苺のケーキと湯気立つコーヒーカップ。

 ……美味しそう。


「ふふ、栗原さん嬉しそうな顔してる」

「べ、別にいいじゃない。……それよりお嫁さん候補を探すんでしょ? 私見るより外見なさいよ」

「うん。そうさせてもらうね」


 そう言うと、山田は外に顔を向けじっと眺め始めた。

 ……本当にお嫁さん候補を探してるんだ。

 そもそも……私が理想って……未だによくわからない。


「ねぇ山田。あんたの、その『お嫁さん候補』って……何を基準で選んでるわけ?」

「……外見で選んでるよ」


 と言いつつ、山田の顔は外の方へと向いたままだ。

 釣られて外を見てみたら……色んなタイプの女子が歩いてた。

 髪をお団子にまとめた可愛らしい服装の子、ポニーテールに結びスーツを着こなす子、肌の露出が多い子……などなど、明らかに私よりも女子力が高そうな子ばかり。

 私が男だとしたら、あの子たちの方を選んでると思う。

 ……山田の好みがよくわからない。


「……ねぇ、私って……なんで山田のお嫁さん第一候補になったの?」


 そう言うと、山田は私に顔を向け不思議そうに首を傾げた。


「あれ……言わなかったっけ?」

「……言ってないわよ」

「あ、そうなんだ。……栗原さんて、平均的な身長と体重で化粧っ気もないし、それに健康体そのものだよね。だからお嫁さん候補なんだ」

「…………」


 何その理由。


「そ、それだけ……?」

「うん。大事なことだよ?」


 そういうと山田は再び外へ顔を向けた。

 ……自惚れたわけじゃないけど……ちょっとショックかも。

 もっとさ……意外に可愛かったとか、意外に性格が良かったとか、一緒にいて楽しいとか……そういうことかと思ったのに。

 何なのその理由……まるでモルモットとか実験体みたいな感じ――って。

 ……まさか……本当にそういう理由じゃ……!


「ちょっと山田!!」


 バンッと思いっきりテーブルを叩いた。

 山田はビクッとして私を見た。


「ど、どうしたの?」

「あんた、それ、お嫁さん候補じゃなくて、実験体候補なんじゃないの!?」


 山田はじっと私の顔を眺めた後――言葉を発せずに再び顔を外へと向けた。

 ……何か言いなさいよ!!


「無視しないでよ!!」

「いててて!」


 思わず手を伸ばしてのっぺらぼうをつねる。

 意外に顔の部分は柔らかい。……気持ちいい、かも……じゃなくて!


「何か言いなさいよ!」

「わ、わかったから! お、落ち着いて栗原さん!」


 手を離して山田を睨みつける。

 山田はつねられた部分を摩ってた。


「ちゃんと説明しなさいよ」

「……モルモットとか実験体とか、言葉が悪いと思わない? 来てもらうなら、お嫁さんって言ってあげた方が気分が良いでしょ?」

「……あんた、本当に実験体を持ち帰る目的で地球にやって来たの?」

「やだなぁ。だからお嫁さんだって」

「言葉をすり替えてるだけじゃない!」

「えぇ? お嫁さんって尽くしてくれるんでしょ? 間違ってないと思ったんだけどなぁ」


 また首を傾げる山田。

 ダメだこいつ……無自覚の悪意の塊だ。危険すぎる。

 そんな奴が女子からも男子からもチヤホヤされてるなんて……怖すぎる。

 今だって、ナンパという名のモルモット狩りでしょ? ……ありえない。


「そんなガッカリしなくても……」


 待てよ、私は山田の姿が宇宙人に見えたから拒んでるけど、もし、みんなと同じようにイケメンに見えてたら?

 宇宙人とは知らずに浮かれて山田と付き合ってたら?

 ……確実にお持ち帰りされてたんじゃ……!


「……ちなみに、栗原さんはどういう人がいいなぁって思ってるの?」


 恐る恐る顔を上げると、山田はひじをつき軽く顔を傾けていた。

 ……ムカつくけど、山田の今までの言動は恐ろしいものじゃない。

 いや、今は隠してるだけかも。

 でも……想像する恐ろしい宇宙人と、今までの山田が姿がどうしても一致しない。


「言いたくないなら……別に言わなくてもいいんだけど」

「な、なんで急にそんなこと聞くのよ」

「栗原さんの情報を知りたいからだよ」


 情報って……仕入れてどうする気よ……。

 でも……一つだけはっきり言えることがある。


「私は、普通の人、がいい。あとは、私に嘘つかない人」


 わざとらしく、人、を強めに言ってみた。

 ……って、何意地になって言ってんだろ。


「そっかぁ。普通の人かぁ……」

「……私、山田のモルモットなんかにならないから」


 なるもんですか。

 イライラをケーキにぶつけてやる。


「……ケーキ美味しい?」

「……美味しいわよ」


 山田の顔を見ず、黙々とケーキを口に運ぶ。

 甘いケーキが口に広がって、口休みに飲むコーヒーの苦さが甘さをリセットしてくれる。

 本当ケーキとコーヒーって相性が良いと思う。


「本当、栗原さんて面白いね。クラスのみんなが知らないなんて、もったいないな」

「はぁ?」

「ケーキ美味しそうに食べてるから。好きなんだろうなって」

「意味わかんない。私が美味しそうに食べたって別にいいじゃない。山田には関係ないし」


 山田はじーっと私を見ている――気がした。目がないから実際はわからないけど。

 外を見ずに私ばっかり見るものだから、思わず言葉がこぼれる。


「……人、見るんじゃないの?」

「んーいないんだ。なんかね、興味を引かれないというか、みんな同じに見えるんだ」

「……へぇ。私はそうは見えないけど」

「栗原さんを見てる方が面白いかな」


 鳥肌が全身を駆け巡る。


「き、気持ち悪いこと言わないでよ」


 お嫁さんイコール実験体って聞いて、喜ぶ奴がどこにいるのよ。

 すると、山田は頭を掻くような仕草をして見せた。


「うーん……なんか悔しいな」

「へ?」


 悔しい?

 ……もしかして怒ってる?

 あ、そうか……気持ち悪いって言われて良い気分にはならないよね。


「ご、ごめん。悪気があったわけじゃないのよ。変なこと言うからつい、ポロっと出ちゃって……」


 でもまぁ……気持ち悪くはないとは言い切れないんだけど。

 ……というか、私謝る必要あったのかな。思わず謝っちゃったけど……。


「悔しい、というか……何だろう。俺、悔しいのかな?」

「し、知らないわよ。自分のことでしょ? 私に聞かないでよ」


 よく分からない言い分を無視して、ケーキを綺麗に食べきった。

 すると山田が手をつけてなかったケーキを譲ってくれた。……うん、いただいちゃおう。


「……美味しい?」

「……うん。ありがとう」


 山田の見た目はアレだけど、中身は悪い奴には見えないんだよねぇ。

 しいて言うなら、たまに言動に腹が立つぐらいかな……。


「俺……みんなに宇宙人だってバレてもいいから、栗原さんだけにはカッコイイ姿を見せたいなぁ」

「……は?」


 急に何言いだすんだ。

 みんなに宇宙人ってバレたら、平和で地味な学校生活がなくなるじゃない。


「何言ってんのよ。山田が宇宙人ってバレたら世界中大パニックよ?」

「そうかな?」

「そうに決まってるじゃない。しかも、実は実験体とかモルモットを探してることまで知れ渡ったら……」


 絶対良いことにはならない……!

 はぁ……山田が何にもせずに帰ってくれたら一番いいんだけどなぁ……。


「……山田はさ、みんなの人気者なんだからそれでいいじゃない。実験体とかモルモットとか、物騒なこと考えずに学校生活を楽しめばいいのに。みんな山田のことが好きなんだからさ……」


 ケーキを食べながら返事を待ってみたけど返事はなく……山田は黙ったまま。

 ……何考えてんだろ。威圧感が半端ないから何か言ってよ……。


「栗原さんは……。……俺といて、楽しい?」


 山田の発言と同時にケーキを食べ終えた。

 顔を上げると、のっぺらぼうが真っ直ぐ私を見る。

 ……何だろう、今日は急に変なこと言う気がする。


「まぁ……楽しくない、とは言い切れないけど……今日だって、ケーキ美味しかったし」

「……そっか。なら良かった」


 ケーキで釣れた私をよく思ったのか、結局山田がお店の代金全額を出してくれた。


    ◇    ◇


 お店を出て帰ろうと思ったんだけど……いくら山田と言えど、ちゃんとお礼は言わなくちゃね。

 ……ケーキ二つもごちそうになっちゃったし。


「山田、おごってくれてありがとう。ケーキ、美味しかった」

「良かったね。……家まで送ろうか?」

「いい。まだ明るいし、平気」


 今思ったけど……山田って、いっつも家まで送ろうとしてる気がする。

 普通の男子のことは知らないけど、これって普通なのかな。


「そっか、わかった。……今日は付き合ってくれてありがとう。また連絡するね」

「しなくていい。……ていうか、なんで家にすんのよ。母さんが変な目で見るからやめて」

「わかった、じゃあ携帯にするね」

「えっ……携帯の番号も知ってんの!?」

「じゃあ気をつけて帰ってね!」


 私の問いには答えず、山田はその場から逃げるように去って行った。




 帰りながら――少し考える。

 

 今まで不思議だった『お嫁さん候補』。

 私は意味を知ったからいいけど、知らない子――山田をイケメンと見える女子にとっては、想像できない意味だと思う。

 学校に気にいった子がいないって言ってはいたけど……注意した方が良さそう。

 ま、注意するも何も……話したこともないんだけど……。


 ……山田の注意を私が引きつけるしかないのかな……はぁ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ