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転校生、山田くん  作者: ぱくどら
番外編
45/49

大学生編 2

 写真部での活動の日。

 集合は朝10時ぐらいだったから、まだ時間に余裕はある。

 着替えも終えたし忘れ物がないかチェックして……スマホでも見て時間つぶそうかな。

 ――って、思ってたんだけど玄関のチャイムが鳴った。


「……まさか」


 時間は朝の9時を過ぎたぐらい。こんな朝早く来るなんて、一人しか思いつかない。


「おはよう。栗原さん」


 満面の笑みで山田が立っていた。


「おはよう。……現地集合って言ってなかったっけ?」

「んー。そうなんだけど、一緒に行こうかなぁって思って」

「そっか。まぁ上がりなよ。出るにはまだ早いしさ」


 私が招き入れると、山田は「ありがとう」と言いながら入って行った。

 ――その時、急にあのセリフが頭をよぎった。


『二人きりのときならいいってこと?』


 一瞬にして顔が熱くなる。

 ――いやいやいや、意識しすぎ意識しすぎ! 山田は一緒に行きたいからこっちに来ただけでしょ? 意識するな、意識するな……!!

 自分に言い聞かせながら玄関を閉める。

 何度か深呼吸をしてから振り返ると――本来の山田が立っていた。

 服を着ているタコ宇宙人。顔はのっぺらぼう、丸みを帯びた身体に腕。


「栗原さん」


 しゃがれ声でそういった山田は、腕を広げて待っている。

 普通の人が見たらきっと叫びたくなるだろう。

 ――でも私は違う。

 にやけそうになる口元を必死に堪え、早歩きで山田の元へ駆け寄る。

 そしてそのまま、私を待っている胸の中にすっぽりと身体を預けた。


 いつもと違うぶにぶにした感触。

 いつもより温かい体温。

 抱きしめるとじんわり赤く染まる身体。

 ――全部が好き。私しか知らない本当の山田。


「……」


 高校のときはいっつもこの姿だったのに、今はこの姿がレアになるなんて。

 それでこの姿の方が安心するって思う私は――かなり変わってるのかもしれない。


「あの……栗原さん」

「えっ」


 ハッとして身体を離すと、山田は困ったように顔を掻いていた。

 ――よく見ると赤い顔がさらに赤くなってる。


「……そんなに長く抱きしめてくれるなんて思わなくて……」

「ご、ごめん」

「違うよ! ただ、それ以上は抑えられないかもって思ってさ……」

「……何を?」

「……今は時間がないし、その話はまた今度ね。そろそろ出かけた方がいいんじゃないかな?」


 そう言いながら山田は壁掛け時計を示した。

 確かにそろそろ出掛けた方がいいかも。

 

「そう、だね。そろそろ向かおっか」


 私がそういうと、山田の身体全体がパズルみたいに歪みながら人間の姿へと変わった。

 ――高校の時みたいにグロい映像じゃなくなったんだよね。正直あれだけは慣れそうにないので助かってる。

 って、何か山田の顔が赤いような。


「……山田、もしかして体調悪かったりする?」

「違うから。大丈夫だよ。さ、行こう」


 山田は火照っている顔を隠したいのか、腕で隠しながら玄関へと向かった。

 ……変なの。



    ◇    ◇



 公園はアパートから歩いて行ける距離にある。

 もちろん、大学も徒歩圏内。我ながら良い立地のアパートを借りれたなぁと思う。


「栗原さんの同学年の人、名前と特徴教えてくれない?」

「あ、そっか。まだ紹介してなかったね」


 山田と並んで歩きながら、写真部の面々を思い出す。


「女子が二人、男子が一人なんだけど。まず男子からね。秋山くんって人で、先輩たちからはまさって呼ばれてるよ。先輩も含めて男子は秋山くん一人だね」

「……まさ?」

「うん。下の名前が勝なんだってさ。髪は黒色で、切れ長の目だね。爽やかな人だよ」

「……へぇ」


 気のせいか、山田の目が冷たいような。


「……次に女子なんだけど、一人は川本さん。みんな絵里ちゃんって呼んでるね」

「……それも下の名前だったりする?」

「うん。その子は髪は茶髪で、いっつも横に結んで流してるね。垂れ目の可愛らしい子だよ」

「もう一人は?」

「高田さん。この子が愛ちゃんだね。愛ちゃんは茶髪の肩までのミディアムヘアで、眼鏡が特徴的かな」

「……なるほど。ありがとう。……あ、公園見えてきたね」


 噴水がある公園で、その近くに人だかりができている。

 その中の一人がこちらに気づいたみたいで手を振りながら近づいてくる――あれは愛ちゃんだ。


「おはよー。ともちゃん」

「おはよー。愛ちゃん」


 駆け寄ってきてくれた愛ちゃんと手を握る。


「同年がまだ誰も来なくて寂しかったよー」


 嬉しそうに笑みを見せる愛ちゃんだったけど、山田を見た瞬間、笑顔がすーっと消えた。

 そして、眼鏡をクイっと上げる。


「……この人が例の……」

「うん。彼氏の山田。……山田、この子が愛ちゃんね」

「初めまして。山田です。えっと苗字は確か――」

「高田です。今日はよろしくお願いします」


 愛ちゃんは山田に頭を軽く下げると、再び私に身体を向けた。


「もうすぐ絵里ちゃんと秋山くんも来そうな気がするんだけどね」

「そうだね」


 ……なんか、山田を見てきゃーきゃー言う人ばっかりだったから、愛ちゃんみたいに形式的な挨拶の人珍しいなぁ。それとも気を使ってくれてるのかな?

 そんなことを考えていると、後ろから声がしてきた。


「みんなおはよう。……あ、やっぱりともちゃんと山田くんだったんだぁ!」

「おはよう、絵里ちゃん。私も来てるよ」

「あ、山田くんに隠れてて見えてなかった、ごめんね愛ちゃん。おはよう」


 ふんわりと可愛らしい笑顔の川本絵里ちゃん。

 その隣では眠そうに目をこすっている秋山くんも並んでいる。

 私の視線に気づいたのか、絵里ちゃんが言葉を付け加えた。


「あ、秋山くんとはそこで会ったんだぁ」


 眠そうな目を開けた秋山くんが、山田の存在に気づいてびっくりした表情を浮かべた。 


「……え!? どういうこと?」

「あ、彼氏の山田。みんなの邪魔はしないから気にしないでね」

「……ともちゃんの彼氏!?」


 ギョッとした顔でびっくりしている秋山くん。……まぁびっくりするよね。顔はイケメンだからね。

 一方で隣の山田から「……ともちゃん?」と小さな声がする。

 え、まさか、私の下の名前が知美ってこと、知らないわけないよね……?

 すると、山田が笑顔を張り付けて秋山くんに手を差し出した。


「婚約者の山田です。女の子は別にいいとして、男から婚約者の名前呼びをされるのは不快だから、やめてもらってもいい?」


「……婚約者!?!?」


 全員の声がハモる。

 こうなることがわかってたから、彼氏として紹介したのに……!!! 

 山田は笑顔を秋山くんに向けたまま、差しだした手を下ろそうとはしない。


「婚約関係だったなんて知らなくてさ。ごめんね、山田くん」


 そう言いながら秋山くんが笑顔で山田の手を握った。

 山田は張り付いた笑顔のまま答えた。


「わかってくれたなら別にいいよ。……栗原さん、写真部結構楽しんでるみたいだから」

「あれ? 山田くんは苗字呼びなのか。ってことは、栗原さんも苗字呼び? そりゃまた珍しいね、婚約者なのに」


 秋山くんも笑顔の崩さないまま言葉を続ける。


「……まぁ、今日は写真部としての活動だから、いちゃいちゃするのもほどほどにね」

「もちろん。栗原さんの邪魔をする気はないから。……邪魔をさせる気もないけどね」


 二人はようやく手を離した。

 なんだか……気まずい空気が漂ってるような……。


「あの……ともちゃん、もう一人、いつもいるじゃない? 色黒の」


 エリちゃんが小声で話しかけてきた。


「色黒って……前田英雄のこと?」

「た、たぶん、その人。……前田英雄っていうんだねぇ」

「……ん、エリちゃんそいつのこと知ってるの?」

「うん……向こうは覚えてないだろうけど。山田くんといつも一緒にいるイメージがあったから聞いてみたんだぁ」


 ふふ、と小さく笑うエリちゃんに悪い予感がした。

 もしかして――何か悪さをされたんじゃ――。

 そう思って注意しようと思ったんだけど、丁度よく先輩が集合をかけたのでそれ以上話すことができなかった。



    ◇    ◇

 


 先輩から一年生は花を被写体に自慢の一枚を撮ってくるように、との指示を受けた。

 だから今は各々が公園内を散らばって花を探している最中だ。


「うーん……」

「……何を悩んでいるの?」


 公園内に咲いている花を眺めていると、それを遮るように山田が顔を覗かせた。

 一応先輩方には愛ちゃんが連絡してくれたみたいで、山田に関して何か言われることはなかった。


「何の花がいいかなぁって思ってさ」


 今の時期だとバラらしいんだけど……確かにたくさん咲いてる。たくさんありすぎてどのバラにしようか悩んでしまう。

 

「……ねぇ栗原さん、こんな雑草の中にある小さい花でもいいんじゃない?」

「どれどれ……」


 山田がしゃがんで指さしているので、私もすぐそばにしゃがんでみてみた。

 山田が言っていた雑草の花、とはシロツメグサのことらしい。これって花冠作れるやつだよね。


「……確かに可愛いかも。ありだなぁ」


 せっかく山田が勧めてくれたし、撮っちゃおうかな。

 さっそく鞄の中からカメラを取り出す。先輩たちが持っているような一眼レフじゃないけど、小型の手になじむカメラ。

 フレームの中に収めて――カシャっと。


「……うん。いい感じ。ありがとう、山田」


 そう言って山田の方に視線を送ると、山田がじっと私のことを見つめている。


「……どうしたの?」

「栗原さんって呼び方……もしかして嫌だった?」

「嫌じゃないけど。……もしかして、さっきの秋山くんの発言? というか……ごめんね、秋山くんの私の呼び方。先輩たち、私たち一学年のこと愛称で呼ぶから、それを秋山くんも真似たんだと思う」

「まぁそれはもう大丈夫だろうから気にしてないよ。……むしろ、今まで呼び方に関して何にも感じなかった俺が不甲斐なくてさ……」


 小さく、はぁ、とため息を漏らし頭を抱えている山田。

 ……まぁ、それは私のせいでもあるよね。友達、と呼べる人橘さんぐらいしかいなかったから……。


「さっき栗原さんが愛称で呼ばれてるのを聞いてたら……なんか俺、疎外感がすごくて……」

「そ、それは高校時代の私のせいでもあるから……今まで誰にも愛称でなんか呼ばれたことなかったし」


 自分で言ってて悲しくなってきた。

 でも、今の自分ってあの頃よりもだいぶ成長したなぁ。


「ねぇ。今日から、二人だけの呼び名で呼び合おうよ」


 山田が目を輝かせている。

 確かに二人だけの呼び方って……特別感あるよね。


「いいよ。じゃあ山田は私のことなんて呼びたいの?」

「知美」


 うおっ……名前ドストレートの呼び方。

 漫画とかでよくあるやつ……。実際に好きな人から言われると、グッと来る。心臓鷲掴み、みたいな……。


「……知美は俺のことなんて呼んでくれる?」


 まてまてまて……! この名前呼び、慣れるまで大変そうだぞ!?

 呼ばれるだけで心臓バクバクするんだけど!


「えっ……と、山田太郎……だから……」


 うーん……でもそれって偽名だよねぇ?

 太郎、って呼ぶのもなんか違う……。

 でも、たろう、か……。


「タロ。山田のこと、今日からタロって呼ぶ」

「タロ? 一応、俺の名前は山田太郎ってことになってるよ?」

「知っているよ。でも、太郎って呼ぶよりも、タロって呼んだ方がしっくりくるから」


 宇宙人の姿で『太郎』って呼んでもイマイチピンとこないけど『タロ』ならまだいいんじゃないかな?

 ――うん。いいと思う。


「ふふ、いつもの姿でタロって呼ぶの楽しみだな」

「……この姿でも俺は俺だよ?」

「それはそうだけど、宇宙人の姿は私だけの特別だからさ」


 しゃがんだ状態からグッと立ち上がると同時に、先輩の集合をかける声が聞こえた。


「行こ、タロ。先輩たちが呼んでるから」

「……うん」


 恥ずかしそうに視線を逸らして立ち上がった山田――じゃなくて、タロ。

 ……なんだか、こそばゆい感じがするけど、すぐに慣れるのかな……?



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