ヒデオのはなし
山田くんと栗原さんのイチャイチャはありません。
ヒデオの一人称視点。
まさかの展開だった。
ようやくあの星の研究が進むと思いきや、実験体に名乗り出た先輩の頭の中はすっかり洗脳されていた。
ふざけんな、あの女を研究したいんじゃねぇんだよ。まるでこの状況を見ているかのように、画面上の女はよく笑っていた。クソが。
抽出作業は一時中断、上は今後の方針について何度も会議を重ねた。
何も知らない先輩は待機部屋でぼーっと過ごしている。
「……ねぇ、なんで中断してるの」
ベッドに腰掛けている先輩が俺を見上げる。
……本当にわざとじゃねぇのかよ。なんて迷惑な先輩だ。
「先輩のせいすよ。先輩があの人間のことさえ思い出さなけりゃ、作業は効率よく進むんすけどね」
「あの人間?」
「あの女ですよ」
見事、実験体から逃げ切ったあの人間。
……クソ、あいつ何をどうやって優秀だった先輩をここまで変えたんだ。
「……なんで栗原さんのことが出てくるの?」
「先輩があいつの映像ばっか思い出すからでしょ。やめてもらえませんか」
先輩は顔を少し俯き加減にして、ぼーっと何か考えている。
……何なんだよ。
「文化や風習、思考を同胞たちに教えるんすよね? 誰もあの女のことなんて興味ねぇんすよ。どうせ見せるなら人間たち全体の様子を映してもらえませんかね」
「……俺、全然、意識してないんだけどね。……不思議だね」
「不思議もクソねぇんだよ、迷惑だからやめろ」
……そう脅しても結局最後まであの女は邪魔し続けた。
結局上はここまで意識変革をした先輩に興味を示し、人間の生活や文化を研究する方針を打ち出した。
――そして。
◇ ◇
画面の向こう、直属の上司が冷たく言い放った。
その意味が理解できず、もう一度問う。
「あの……もう一度言っていただけますか」
「お前も人間たちの世界に紛れこめ、と言った。『山田太郎』の報告、そして『前田英雄』としてのお前自身の変化も追加して報告するように」
「なんで……俺が……。俺は監視役だけではなかったんすか?」
「短い期間ではあったが人間の生活を体験しているだろう。なおかつ、他の者に比べて人間の知識を有している。『山田太郎』の次に適合しそうなのは『前田英雄』に違いない。違うか?」
……違わねぇよ。少しでも知識を持って体験してる方が、適応する可能性は高い。
だがわかったことがある。……俺は人間たちとの共存に向いてない。
「違いません。ですが俺は――」
「なら問題ない。半年に一度、報告することを忘れるな。以上」
ぷつん、と画面が消えた。
……クソッ! 勝手に決めやがって!
……でも決まったもんは仕方ねぇ。俺も色々工作して、大学に潜り込むしかねぇのか。ったく……何を求めてんだよ上はよ……。俺は先輩のように優しくねぇからな。人間たちが逃げようが関係ねぇ、紛れこめばいいんだろ、紛れこめば。あのバカップルを監視して、俺は俺で生活してやるよ。
◇ ◇
ひとまず、先輩らが通う大学へ通うようにはできた。書類を偽装、見た目は張り巡らされた時空をいじればコントロールできる。まぁ自分から解かない限りは、擬態がバレることもないだろ。それにしても、大学というところは広いな。まぁ先輩を探すのは容易いが――いたいた。
……相変わらず、先輩はあの女にべったりだな。あの人間の何が気に入ってるんだ? 全然理解できねぇ。
「先輩」
「……え、ヒデオ? どうしたの急に」
テーブルに座っていた先輩に話しかけると、案の定、女――栗原も顔をこちらに向ける。……あからさまに嫌な顔すんな、こいつ。
「一応報告しようと思ったんすよ。俺、上からの指示でこの大学に通うことになりました」
「え?」「はぁ!?」
「まぁ正しくは、先輩の監視もしつつ人間の世界に紛れこめなんすけど……だったら同じ大学に通う方が楽かと思って。ということでよろしくお願いしますね」
大学の勝手がイマイチまだわからねぇからな。先輩についていけばなんとかなるだろ。監視もできて何の問題もねぇな。
ただ……この女が邪魔だな。いや、邪魔つったら先輩が切れるかもしれねぇ。なるべく口に出さねぇようにしねぇとな。
「……なんであんたまで通うことになるのよ。何が目的なわけ?」
敵意むき出しの眼差しだな。ま、馬鹿じゃねぇ限りすぐに信用するわけねぇか。
「どうやら上は、先輩の他にも、人間の影響を受ける対象がほしいみてぇなんだよ。で、俺が他の奴よりは人間の知識があって、短期間でもここにいた……それで見事選ばれたってわけ」
「あんたが……。絶対無理でしょ」
「へぇ、よくわかってんじゃねぇか」
人間から無理って言われてんのに、絶対馴染めるわけがねぇ。ま、指示通り動くしかできねぇんだけどな。
「けど、上には逆らえねぇからな。嫌でもこの世界で住んでみるしかねぇんだよ。……ま、先輩たちの邪魔する気はないんで心配しないでくださいね」
「どうだか。私、あんたのこと全然信用してないから。……あ」
睨みつけていた顔を途端緩ませ、視線が俺の後ろへ注がれる。
振り返れば男女数人がこっちに向かって手を振ってる。……なんだあいつら。
「ごめん山田。サークルの人たちだ。また連絡するから」
「うん。いってらっしゃい」
先輩はヘラッと笑みを見せながら手を振って女を見送った。
……なんだ、あいつ高校の時は友達いねぇように見えたのに。周りと談笑してやがる。……ま、丁度いい。空いた席に腰掛けて先輩の話でも聞くか。
「最近、栗原さんの雰囲気が違うんだ」
「……はい?」
席に着いた途端、先輩がそんな言葉を漏らした。
「急にどうしたんすか」
「大学生になるからって、急に身なりを気にし始めて、毎日化粧を欠かさずにやってるんだ。まぁ臭くはないから俺は気にしないんだけど、どうも……雰囲気が変わったような気がするんだ」
「へぇ。化粧しようがしまいが、あんまり意味ねぇ気はしますけどね」
やたら周りに化粧臭い女ばっか寄って来るが……意味ねぇんだよ。
だいたい、俺は人間じゃねぇんだ。てめぇらの顔の評価をしようがねぇよ。……ま、それも生活していけばわかるようになるのか。
「俺もそう思うんだけどね。でも、周りの人間は違うみたいで……人間の男の言動がやたら目につき始めたんだ」
「……気になるなら栗原に化粧するなって言うか、男どもに注意すりゃいいじゃないすか」
「うーん……でも、栗原さんすごく楽しそうなんだよね。言うとそれを奪っちゃうんじゃないかと思って」
「……はぁ。じゃあ先輩はどうしたいんすか」
何を悩んでるんだ? そもそも……こんなウジウジ悩む先輩だったか?
なんでそんな暗い表情になるのか理解できねぇ。さっき笑って見送ったのは強がりか?
「早く一緒に住んで、俺の奥さんだって言い触らしたい」
すげぇ真面目な顔で言うな。本気でそう思ってるんだろうな。
……そういえば、まだ一緒に住んでねぇんだっけ。人間てのは色々面倒だな。俺ならさっさと子孫をこしらえるが……あ、そうか。それはまだこのバカップルには無理か。おそらく、それも上は可能かどうか知りたいだろうな……そんなもん、俺は絶対調べねぇからな。絶対拒否してやる。
「……ヒデオ、顔が険しいけど何考えてるの?」
「あ、いや……先輩も色々大変なんだなぁと思っただけす。ま、栗原を信用して見守るしかないんじゃないすか? なんかあれば核が反応するんでしょ?」
さっき、女の指に光ってたからな。身につけてる限りは反応するだろ。
しかし、先輩もよく思いついたよな。自分の核の一部を取り出して指輪に加工するなんて。おまけに、その指輪の効果で相手の状況を把握、なおかつ核の一部を取り除いたことで自身の発情を抑えることに成功――本当、良く考えてる。……まさかキスしたいがために考えたんじゃねぇだろうな。
「そうだね。反応するときは栗原さんの身に危険が迫ってるときだから……もしそうなったら即行かなきゃね。なんかさ、高校のときより大学の方が、周りがガツガツしてるんだ。女の子もやたら俺に近づいてくるし……男もそうなのかもしれない。気をつけなきゃ」
……確かに、さっきからチラチラこっち見る奴が多いな。
ったく、うぜぇな。こいつら俺らが宇宙人って知ったらどんな顔するんだよ。ま、好んで近くにいる奴はそうそういねぇだろうな。そう言う意味じゃ、やっぱりあの栗原って奴は大物なのかもしれねぇ。
「でも、ヒデオも早く見つかるといいね」
「……何がすか?」
「好き合える人間だよ」
「ハッ! んなもんいるわけないっしょ」
俺の思考は俺のものだ。人間なんかに影響されてたまるか。
先輩はたまたま正体がバレて、あの女の影響を受けただけだ。運が悪かった。でも俺は違う。
影響された実例が先輩だとしたら、俺は影響されなかった実例として残ってやる。
「まぁこれからまたよろしく。騒ぎは起こさないようにね。俺、そういうのは嫌いだから」
「わかってますよ。先輩こそ、うっかり本来の姿で外出歩かないでくださいね」
俺はこの人間の世界に紛れこんで、先輩を観察すればいい。
それだけだ。上の期待する結果なんて絶対ならねぇからな。
ありがとうございました<(_ _*)>




