俺のお嫁さん
再会できて嬉しいはずなのに……別の意味でドキドキしてる。
……地球に紛れこませよう? それを上司が言った? ……な、何なのそれ。
「その……上司たちの意図はどういうことなの?」
「うん実はね、栗原さんだけに教えるんだけど……この星と友好関係を結んでみようっていう話が進んでるんだ」
……よ、良かったぁ。戦争をふっかけるためのスパイ、とかだったら……本気で笑えなかった。
平和的で何より……。ん、でもそれさ……。
「……山田とどう関係あるの?」
「まだ他の仲間たちは人間たちのことを詳しく理解してないから、俺が教えるように言われてるんだ。自由行動の許可が下りて、監視はされてないけど、さっきみたいにヒデオたまに様子を見に来るんだ。あとは……上司が要求するものが変わったことぐらいかな。前は生体研究のために実験体を要求してたけど、今は交流のための情報を要求してるね。だから今度は本当に、人間たちに危害を与えるようなことは考えてないよ」
……ひとまず安心できそう。
つまり山田はパイプ役みたいなものなのね。……でも、地球の人たちの大半が宇宙人を信じてない人ばっかりなのに、うまくいくものなのかな。
「危害を与えないってことはいいんだけど……友好関係ってそんな簡単に結べるかな? 失敗して怒ったりしないよね?」
「大丈夫だよ。上司も早急に結ぼうって考えてないし、人間たちが他の星の生物を確認してないことも承知の上だから。……だから余計に俺が選ばれたのもあるんだけどね」
「ん……どういうこと?」
意味がわからなくてじっと山田を見てたら……気のせいか、山田の顔が余計に赤く染まっていく。
え……なんで? 山田も自分でわかっているのか、誤魔化すように頭を掻いたり横を向いたり下を向いたり、落ち着きがなくなってる。
「ど、どうしたの急に」
「いやその……」
少し俯いてた顔を上げて、じっとこっちに顔を向ける。顔は赤いままでトマトみたい。
……なんで赤くなってんだろ、そう思っていると山田が両手を私の肩に乗せてきた。手まで熱いみたいで、肩に温かさが伝わる。
でもいきなりなんだろ――そう思った矢先、山田の顔が近づいて――。
目の前が真っ赤になると同時に、唇に柔らかい感触が伝わった。
「!?」
キス? え、キス!? え、なんでいきなり!? 解けてない!?
でも唇熱い!
次の瞬間には今度は自分の顔が熱くなって、心臓がバクバク音を鳴らし始める。自分の体温なのか、山田の体温なのかわけわかんない……!!
「……やっとキスできた」
ゆっくりと唇から離れた山田からそんな言葉が聞こえた。
私、今絶対……顔真っ赤だ。不意打ちなんて……卑怯だ。バクバクしすぎて心臓が痛い。
「今度は俺から言いたくて。……このまま聞いてくれる?」
声が出せないから、ひとまず小さく何度も頷いた。
「前、二人で動物園に行ったときのこと覚えてる? 別れ際に栗原さんが言ったことなんだけど……」
もちろん……覚えてる。
山田に残ってほしくて、素直な自分の気持ちを伝えたから。
「あの時は答えてあげられなかったけど、栗原さんが俺とずっと一緒にいたいって言ってくれた時……すごく嬉しかったんだ。でもあの時は栗原さんを守ることしか考えられなかったから……。けど今は違う。……これは俺の勝手な願いだし、もしかしたら栗原さんは望まないかもしれない……それでも言うね」
山田の緊張が私に伝わる。
ドキドキする胸を押さえて、小さく頷いた。
「これからもずっと、俺と一緒にいてください」
息が止まりそうなほどの緊張の中、山田の言葉が頭に響いた。
あの時私が言った言葉を、山田も同じように言ってくれた。同じことを思っていた。時間が流れて、離れていたのに、同じことを考えてくれてた。たった一言、それだけなのに、嬉しくて嬉しくて涙が溢れてくる。宇宙人とか人間とか、もう関係ない。これからも山田は私の隣にいてくれる。それだけでいい。それだけで嬉しいから。
「……嫌?」
「ばか、違う。……嫌なわけ、ないでしょ? 私だってずっと……会いたかったんだから。ずっと……好きだったんだから」
すると、山田が優しく抱き締めてきた。
「本当に……こんな俺を好きになってくれてありがとう。俺は人間じゃないけど、人間以上の幸せをきっとあげるから」
言葉にならなくて、頷くことしかできなかった。
でももう……私は山田から幸せをもらってる。学校に馴染めて、友達もできて、思い出もたくさん作れた。きっと、絶対、私は幸せ者だと思う。
山田は身体を離すと、ポケットに手を突っ込み何かを取り出した。……指輪? 赤い宝石がついていて、煌めくように輝いて見える。
「これ。人間って指輪を送る風習があるんでしょ? 受け取ってくれる?」
「う、うん」
手のひらに渡された指輪をじっと見下ろすと……やっぱり宝石の所が赤く揺らめいてる。これ……ただの宝石じゃない。
「あ、この部分はね、俺の核の一部を使ってるんだ」
「え、核?」
「そう。……あぁ、大丈夫だよ。身体に影響は全くないから」
核とかあるんだ。
……なるほど、だから真っ赤でちょっと揺らめいてるように見えるんだ。これってつまり山田の身体の一部ってことよね。……なくさないようにしなきゃ。ポケットに入れようかな――。
「あれ? 指輪って指に嵌めるものだよね? 嵌めないの? 薬指にピッタリのはずだよ?」
ポケットに入れようとしたけど、山田の声に思わず止まる。
山田は不思議そうに首を傾げてた。……え、嵌めてほしいの? でもそれだと……。
「……ちょ、ちょっと大げさじゃない? 左手でも右手でも……それじゃあ婚約指輪とか結婚指輪みたいじゃない」
「え、そういう意味だよ?」
……ん。
あれ……どういうこと。え、まさか……ずっと一緒って意味は……プロポーズだったってこと?
「あれ? 人間ってプロポーズのときに指輪渡すんでしょ? 違ったかな」
「えっ!? ま、待って、今の……プロポーズだったの!?」
「そうだよ。栗原さんもプロポーズしてくれたけど、やっぱり俺も人間式にプロポーズしたくなっちゃって。調べたら指輪を渡す風習があるみたいだったから、これだって思ったんだけど……何か違った?」
違わない。違わないけれど……!!
ちょっと待って、私……この春から大学生だよ!? 結婚!? ないないない……! 好きだけど……好きだけどさ……!!
「ちょ、ちょっと待って! あ、あのさ……気持ちはすごく、すごく嬉しいけど……結婚ってさ……まだ早いと思うのよ。だってほら……私、この春から大学生でまだ結婚とか――」
「へぇ! 大学生かぁ! 俺も行こうかなー!」
「へっ? い、行こうかなぁって……あんた、私がどれだけ苦労して入ったと思ってんの!? そんな簡単に入れるわけないでしょ……!」
「ははっ! もう何言ってるの、栗原さん。俺が自然に高校生活送ってたこと知ってるのに、大学に潜り込めないわけないでしょ」
……マジだ。こいつ……本気で大学に来る。
しかもそういえば、私の目にも普通の人間として映るようになってたっけ。だとしたら今度は完璧に人間として紛れ込むことが可能じゃない。
「大学生活に、結婚生活かー。何か、今からでもワクワクするね」
「だっ、だから! 結婚はまだしないって言ってるでしょ!?」
「じゃあそれまでは大学生活を体験して……その後だね。俺たちが異種間夫婦の一号だから、上司たちも興味津々なんだ」
「……は?」
ちょっと待て。今、なんて?
異種間夫婦? 興味津々?
「な、何それ」
「人間と俺たち種族が夫婦になれるかってこと。友好関係を結ぶにはいきなりは無理だと思うから、人間に擬態した俺たち種族を少しずつ送りこんで、内部から仲良くなっていこうっていう作戦なんだ。俺が人間たちの新しい情報を逐一送って、同胞たちの擬態の知識を増やして、人間らしくうまく擬態できるようになったらここに来るようになるんだ。それでも人間と夫婦になれるやつなんて、なかなか現れないと思うけどね。……あ、栗原さんと俺の間のことを報告するってわけじゃないよ。そんな情報、俺が送りたくないからね」
……それ、ある意味地球を侵略するってことよね。実は彼氏が宇宙人でしたー、夫が宇宙人でしたー、とか……映画かよ。
正面から殴られて即死か、毒盛られてじわじわ死ぬか……それぐらいの違いしかない気がする。
「まぁ、今すぐってわけじゃないから。ものすごく時間がかかる話だよ。だいたい、俺の星でも人間に対する理解は全然ないから、まずそこからだよね。もしかしたらその間に、人間たちが他の星の生物を確認して俺たちの存在に気付くかもしれない。そうなってうまく関係を築けたら、それが一番良い方法だしね。あくまでも俺が今言ったことは一例に過ぎないから」
そう……なんだ。だったら今はとりあえず……焦る必要はない、のかな。
……一瞬どうしようかと思ったけど、時間がかかる話なら気にする必要はないか。ていうか、そんな大きな話に首突っ込みたくないし。
「でも……そうなってほしいな。そしたら俺もこの姿で、堂々と栗原さんと並んで歩けるから。俺たちみたいなカップルが増えたらいいなぁって思ってるんだ」
山田は私が握っていた指輪をそっと取って、そのまま私の右手薬指に嵌めてしまった。
……本当にサイズがピッタリ。いきなり指輪嵌めてくるなんてズルい。でも本当に……綺麗だ。
「似合ってるよ、栗原さん」
「あ、ありがと」
「これからもよろしくね。俺のお嫁さんになってくれてありがとう。……あ、実験体って意味じゃないよ?」
「当たり前でしょ!?」
睨み上げてたけど……すぐに顔が緩んで、お互い声を出して笑い合った。
……結局、最後まで山田に振り回された感じがする。でも、まぁ……しょうがないか!
今すぐ結婚は嫌だけど、山田の隣は心地いいからしばらくこのままでいてあげよう。
これからもよろしくね、山田くん。
ここまでお読みくださいまして、本当に本当に、ありがとうございました!!
最初は短編投稿から始まった今作ですが、無事に連載として完結することができました。
それも全て、ブックマークを入れてくださった方や読了ツイートしてくださった方々のおかげだと思っています。
本当にありがとうございました<(_ _*)>




