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転校生、山田くん  作者: ぱくどら
それは突然に
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前を向く

 朝のHRが始まっても誰も座らない席があって、それをみんなが不思議そうに眺めてる。やって来た担任までもが、じーっと空いた席を眺めていた。

 その席は山田がいた場所だった。でも担任は「なぜここに誰も使わない机がある? 俺もとうとうボケちまったな」と、さっさと机と椅子を撤去してしまった。空いた場所はその分詰められ、山田が教室にいた空間さえ今はもうない。

 その後もみんなは普段通りの様子で、男子はふざけてじゃれ合い、女子はぺちゃくちゃとおしゃべりを楽しむ。いつもその中心にいた山田がいなくても、その光景に変化はなかった。もちろん、話題になることもない。ただ本当に……山田の存在だけが抜け落ちて、普段通りの学校の時間が流れてる。


「……一人欠けるだけで、こんなにも寂しいものなのね」


 昼休憩も当然、私と橘さんだけで机をくっつける。周りはそれを当たり前と思っているのか、声をかけてくる人もいない。

 

「本当に信じられないわね。あれだけみんな山田くん山田くんって言ってたのに……綺麗さっぱり忘れてるなんて」

「……本当に、そうですね」


 胸にぽっかり穴が空いたみたい。……今までの学校生活が嘘みたいだ。

 でも、唯一の救いは橘さんが覚えてくれたこと。……これは本当に良かったと思う。


「私、橘さんが忘れないでいてくれたこと、本当に良かったって思っています。もし山田のこと、共有できる人が全然いなかったら……今までの時間がなかったことになりそうで。だから、橘さんだけでも覚えてくれてて本当に嬉しいです」

「そう……。でも、今までの時間がなかったことになる、っていうのはならないと思うわ。確かに山田くんの思い出は共有できないでしょうけど、築いた関係は栗原さん自身のおかげでしょう? もし私が山田くんのことを忘れていたとしても、こんな風にお昼を一緒に食べてると思うけれど」


 橘さんはそう言うとニッコリと微笑んで見せた。

 私も少し微笑んで返すけど……視線が自然と山田がいた空間へ流れる。……やっぱり山田がいないことが寂しい。昨日まで当たり前みたいにそばにいたのに、今はもういないなんて……。


「……ねぇ栗原さん」


 呼びかけに視線を戻すと、橘さんが少し言いづらそうに視線を彷徨わせていた。


「あの……こう言ったら怒るかもしれないけど、聞いてほしいの」

「……どうしたんですか?」

「山田くんは元々いつか帰る予定だったの。理由はどうあれ今はもういないし、悔んだって遅かれ早かれいなくなることは目に見えてたわ。だったら気持ちを切り替えて、少しずつでも前を向いてほしいの」

「前を……向く?」

「そう。山田くんを忘れろ、とまでは言わないわ。でも、いづれ帰ることにはなってたんだから、自分のせいだと引きずらないでほしいの。そりゃ好きな人がいきなりいなくなったんだから、ショックだし後悔する気持ちもあると思う。でも……それを抱え込まないで。みんな山田の記憶は消えてしまったけど、栗原さんの記憶は消えてないわ。私はずっと栗原さんを見てきたからわかるけど、栗原さんすごく変わった。山田くんと出会って変わった自分を見失わないでほしいから」


 真剣な眼差しで橘さんはじっと見つめてくる。

 ……自分でも、入学したときよりも変わったと思う。なるべく目立たないで学校生活を送ろうって思ってたのに、橘さんと友達になれたし、クラスの人とも会話できるようになってる。でもそれは……山田がいてくれたおかげであって、山田がいなかったらきっとできてない。


「……橘さんの言うように、私自身も変わったなって思います。本当に全部……山田のおかげなんです。もっとお礼も言いたかったし、もっと一緒にいたかった……でも橘さんの言う通りですよね」


 グッと拳に力を込める。

 そしてできるだけ微笑んで見せた。


「……心配かけてしまってすいません。いつまでも、くよくよしていられないですよね。まだまだ学校生活は続くし、来年は受験だし……橘さんにも迷惑かけられませんから。山田はいなくなってしまいましたけど……これからも私と一緒にいていただけますか?」

「当たり前じゃない。でも、辛い時はいつでも言って。無理してはダメよ?」

「はい、ありがとうございます」


 橘さんはほっとした様子で表情を緩めた。

 ……安心してくれたかな。私が暗い顔してたら、橘さんに気を遣わせちゃうだけだもんね。

 山田のことは……橘さんの言う通り、今は切り替えなきゃ。切り替えないと、どんどん考え込んでしまう。せめて橘さんのいる前では、学校にいるときは……山田のことは忘れよう。幸い、山田がいた痕跡は一つもない。……本当に、何もない。でもそれを……プラスに捉えて切り替えよう。


 ――それでも。

 私が一人のときは思い出したい。

 誰にも迷惑はかけないから。私、山田を忘れたくない。



    ◇    ◇



 時間の流れは止まることなく、人も時間の流れとともに慣れてくる。山田がいなくなった後の学校生活は、まさにそんな感じだった。

 淡々と進む授業を受けて、中間や期末テストで良い点数を取って、委員会の仕事も真面目にこなして、先生たちの評価を下げないように気をつける。たまに橘さんと遊んだりしてリフレッシュもしたりした。学校行事も楽しく過ごして、冬休みもあっという間に終わり、新しい年の始まり。


 三年になると、時間の流れはより早く感じた。周りはピリピリとし始めて、みんな見えないプレッシャーと戦ってるみたいに見えた。

 私も例外じゃなく、予備校に通ったりして勉強漬けの毎日になっていた。心に焦りやら余裕がなくなりそうなとき――ふと、ペンを止めて思い出す。

 赤いタコ宇宙人の山田との日々。散々振り回されたけど、それはそれで良い思い出だ。思い出して腹が立つこともあるし、懐かしくて寂しく思う日もある。

 そんなささやかな時間が私を元気づけて、山田との思い出を鮮明にしてくれる。


 山田がいない学校生活はあっという間に過ぎて――卒業式を迎える日となっていた。



「なんかあっという間だったわね」


 卒業式の朝、教室はみんなそわそわとしていて、デジカメで写真を取っている子もいた。

 私と橘さんは普段通り、椅子に座ってその様子を見ていた。


「本当にあっという間でした。こんな風に橘さんと教室で話すのも最後なんですよね。なんか寂しいです」

「私も寂しい……大学は違うけど、絶対会いましょうね! あ、そうだ、私もデジカメ持ってきたの。今のうちに撮りましょうよ」


 そう言うとポケットからデジカメを取り出し、橘さんがにっこりと微笑んだ。

 橘さんは私立の有名大学への進学が決まっている。一方で私は地元の大学へ進学。……遠く離れてしまうけど、二度と会えないわけじゃない。そう思うと寂しさも半減する。けど、こんな風に同じ制服を着て、教室で話すことはできないんだよね。そう考えるとやっぱり寂しい。


「ほら、もっとくっついて」

「は、はい」


 にしても、橘さんはますます綺麗になる……!

 高校三年間ずっと近くにいたけど、彼氏とか見たことないな。……実はいたりするのかな? ていうか、先輩とはどうなったんだろ。最後だし聞いてみたい……。


「……うん、綺麗に写ってるわ。あとで送るわね」

「ありがとうございます! あ、あの……橘さん」

「ん、どうしたの?」

「その先輩……高橋先輩とは、どうなったんですか?」


 きょとんとする橘さん。

 ……え、まさか存在さえ忘れていたとか……。


「……あぁごめん、いきなり先輩のことが出てくるとは思わなくて。別に何もないわ」

「……本当に?」

「本当よ。あ、でも丁度一年前ぐらいかしら。いきなりメールで『君はどこの大学へ進学ですか』って来たの。ひとまず大学名を答えたら『じゃあそこへ進学できたら近いですね。頑張ってください』って」

「……橘さん、それ、ストーカーされるんじゃ……」


 ちょっと橘さんが心配になってきた。

 ていうか、先輩……橘さんに告白してなかったんだ。素直じゃないのか、単にヘタレなのか……。


「んー、まぁ、気にしてないわ。私も知らない土地だし、知り合いがいたら心強いから。危なそうだったら警察に通報するから平気よ」

「は、はぁ……。あの、実際のところ先輩のことどう思ってるんですか?」


 そう言うと、また橘さんがきょとんと真顔になった。

 でもすぐに眉間に皺を寄せて、小さくうーんと唸る。……そんなに難しい質問じゃないような。


「……好きでもないし、嫌いでもない、かな? 時々メールのやり取りするけれど、茶化すと面白いのよ」

「……いつの間にか仲良くなってたんですね」

「え? ただ言い争ってるだけよ?」

「そ、そうですか」


 橘さんが少し小悪魔っぽい気がする。でも先輩、努力すれば実るかもしれません……頑張ってください。遠くからお祈り申し上げます。

 と、丁度そのとき、担任が教室へと入ってきた。


「おーい、そろそろ移動するぞ。廊下に出て並べー」


    ◇    ◇


 厳かに始まる卒業式。校長先生の長い話から始まって、卒業証書授与に、卒業生代表の挨拶と在校生代表の挨拶。小学校、中学校と体験してきたせいか、それとも歳のせいか、はたまた私の性格なのか……そこまで涙ぐむことはなかった。だって、会おうと思えば会えるしね。

 でもこの場所にはもう戻れない。不安でしかなかったけど、こうやって卒業することができてる。思い出も作れない、友達もできないって思ってたけど……全然そんなことなかった。本当に、本当に楽しいことばっかりだった。

 それも全部、全部、全部……教えてくれたのはあいつなのに。……なんでいないのよ。

 高校生活最後の日なのに、思い出はあいつのことばっかりなのに。……最後ぐらい、会いたかった。



 卒業式も終わり、教室へ戻るとみんな名残惜しそうに写真を撮ったり連絡先の交換をしてた。

 橘さんほどじゃないけど、私も何人かの人と話をして写真を撮ったりした。一方で橘さんは、私が近づけないぐらい周りに女子も男子も囲ってる。みんな橘さんと写真を撮りたいみたいだった。……さすがですね、橘さん。じっと見ていたら、橘さんと目が合った。するとニッコリと笑って手を振ってくれた。

 だから私も手を振り返して、ニッコリと笑みを返す。……よし、一応挨拶できたし……最後にあそこへ行こう。

 ワイワイと騒がしい教室から一人、私はこっそりと抜け出した。

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