表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転校生、山田くん  作者: ぱくどら
それは突然に
39/49

言えなかった言葉

「山田……何言ってんの」


 そう呼びかけても山田はこっちを振り返らない。顔をヒデオに向けたままさらに言葉を続けた。


「かかる時間のことを考えると、俺の思考も十分調べる価値があると思わない? なにせ、一年と半年もの間、人間たちの生活に紛れ込んでいたんだからね。人間たちの何が影響して、俺の思考が変化したのか? そもそも、人間そのものの研究ならすでに送ってるサンプルで十分可能のはずだよ。だって、たった一年で俺にも分からないぐらいに人間に擬態できてるんだから。それぐらいの技術があるなら、君がさっきゴミ同然と言ったサンプルでも十分研究可能でしょ。それよりも、人間の文化や習慣、思考っていうのにも興味沸かない? サンプルじゃなかなか研究は捗らないだろうし、仮に人間を持ち帰ったとしても時間はかかる。その点、俺の頭の中さえ調べたらすぐだよ。サンプルを用いて人間の生体研究、その一方で俺を用いての文化や習慣研究。どう、かなり効率が良いでしょ?」


 ……声色こそ落ち着いてるけど、まるで……自分の意見を無理にでも通そうとしてるみたいだ。

 一方でヒデオを見れば、まんざらでもない様子で顎に手を当てて思案してる。


「……ふーん。確かにそれならば、ここにいた時間も無駄にはならねぇな」

「でしょ? 俺が体験した人間たちの思考や文化や習慣は、人体実験と同等、いや、それ以上の価値があると思うよ」


 すると、ヒデオがニヤリと笑みをこぼした。


「自ら進んで実験体に名乗り出るなんて……まさか、その人間のため、とか言わないすよね?」

「違うよ。あくまでこの記憶と体験が、何よりも価値があるから言ってるんだ」


 ……嘘だ。

 絶対、違う。絶対……私を守ろうとして、そんなこと言ってる。


「……そうすか。でも、人間はそう思ってないみたいすよ?」


 ここでようやく山田がこっちを向いた。

 でも……何て言えばいいの? 言葉が出てこない。ただひらすら、首を横に振って訴えるしかなかった。

 山田はじっと私を見てたけど、何も言うことなく再びヒデオと向き合った。


「……で、どうするつもり? 俺を連行するの? それとも上司へ報告するのが先?」

「そうすねぇ……おそらく上は報告を待ってるだろうし、先に報告させてもらいますよ」

「そう。じゃあ俺の拠点を使うといいよ。すぐそこから転移できるから」

「じゃあそうさせてもらいますよ」


 山田がくるりと後ろを向いて、黒い穴へ向かって歩き出す。ヒデオもその後ろを追いかけるように、私の前を横切った。

 ……このままじゃダメだ。このままじゃ……山田がいなくなっちゃう。


「や……山田!!」


 二人の足音が止まった。


「ねぇどうして……。いなくならないよね? ちゃんと……卒業するまでいてくれるんだよね!?」

「もう……一緒にいてあげられない」


 背中を向けたまま言い放った山田の言葉が、いつも以上に冷たく聞こえた。言葉が胸を抉って、何も考えられない。

 追い打ちをかけるかのように、ヒデオが顔だけ振り返りニヤリと笑った。


「先輩をここまで変化させたあんたは大した奴だと思うわ。意図的かどうかは知らねぇけど、結果的に連れ去られずに済んでんだからな。今回先輩に正体バレちまったけど、そろそろ動こうかと思ってたんだよ。ま、恋人ごっこお疲れさん。……あ、吉村はうまく誤魔化しておいてくれな。じゃあな」


 ヒデオが片手を上げると同時に、山田が黒い穴の上に移動し一瞬で消え、後に続きヒデオも姿を消した。――そして、黒い穴さえもなくなった。

 

 体育館の中から聞こえる掛け声と元通りの地面が、現実に戻ったことを教えてくれる。

 ――……山田がいなくなった。

 身体から一気に力が抜けて、膝から崩れ落ちた。


 ……なんで。なんで……山田が身代わりになっちゃったの。

 でも私……言えなかった。私が実験体になるって言えば良かったのに……言えなかった。

 怖かったから。結局私って……すごく、自分勝手だったんだ。怖い目に遭いたくない、でも山田にはいてほしい。……そんなの、そんなの勝手すぎる。

 散々山田に自分勝手って言っておいて、結局私が一番……自分勝手だったんだ。

 ……最低。本当に最低……!

 

「……うーん」


 ハッとして、慌てて倒れてる吉村さんの所へ駆け寄る。

 跪いて見てみると、瞼が動いてて今にも目を開けそう。……なんて言えばいい? そもそも本当に大丈夫なのかな。


「んっ……」

「吉村さん……大丈夫?」


 吉村さんはぼーっとする目を擦りつつ、上体を起こした。


「……なんで私こんなところに……」

「あの……急に倒れて……ひとまず安静にしてたんです」

「はぁ」


 黒のブチ眼鏡を掛け直しつつ、吉村さんが訝しそうに私を見つつ立ち上がった。

 ……吉村さん、見たこと覚えてるのかな。だとしたら……他の人に広まると色々面倒なことになる。どうにかして誤魔化さないと……。


「よ、吉村さん、あの、さっきのことなんだけど――」

「さっき? ……私、全然覚えてないんですけど、まさか先輩が何かやったんですか?」

「えっ? ……わ、私は何も――」

「そうじゃないなら、普通こんな地面の上に放置します? せめて誰か呼んでくれてもいいんじゃないんですかぁ? ……もういいです」


 吉村さんはサッと立ち上がると、砂を払いのけさっさとその場から立ち去ろうとする。

 ……ちょ、ちょっと!


「ま、待って! 本当にこの場所に来たこと覚えてないの!? ヒデオと来たんでしょ?」


 そう叫ぶと、歩いていた吉村さんの足がぴたっと止まる。……思い出したのかな。

 けれど、振り返った顔は驚いた顔なんかじゃなく、嫌そうなしかめっ面だった。


「誰ですか、それ。馬鹿にするのもいい加減にしてくれません? 私、別に先輩に用事はないので! じゃ!」


 ツンと澄まし顔でくるりと背中を向けられ、吉村さんはそのまま体育館の向こうへと立ち去ってしまった。

 ……知らない? ヒデオのことを知らなかった? そんなこと、ありえない。

 まさか……ヒデオがいなくなったせいで、ヒデオの存在そのものがなかったことになってる? でも、私は覚えてる。ヒデオも、山田も。それって……私がヒデオのことを宇宙人って知ってたせいなのかな。

 じゃあまさか……山田も同じことになってるんじゃ……。山田のこと、宇宙人って知らない人全員……山田のこと忘れてるんじゃないの。

 とにかく確かめないと――。震えそうになる手でグッとかばんと握って、放課後で残ってるかもしれない教室へ駈け出した。


 陽が傾いて、強い西日が差す階段や廊下。歩いてる人はほとんどいなくて、一人息を切らしながら教室へ向かう。

 閉まっていた教室のドアを乱暴に開けて中を見ると、男女何人かが残ってた。派手に音を立てて開けたせいか、みんな呆気に取られてこっちを見てる。……丁度いい。


「あ、あの! 山田……山田くんのこと知ってますよね!?」


 みんなお互いの顔を見合わせて、唖然とした表情を崩さない。

 ……なんですぐに答えてくれないの。


「あー……山田? どの山田のこと?」

「どの山田って……もちろんこのクラスの山田くんです! 山田太郎! イケメンで頭が良くて運動神経抜群の山田くんです!!」 

「ふっ! なにそれ。栗原さん、マンガの読み過ぎなんじゃね?」

「マンガならそういうキャラいるよねー」


 笑い合うクラスメイトたち。……やっぱり、山田のこと忘れてる。

 山田の存在が……なくなってる。


「……えっ! 栗原さんどうしたの? なんでそんな泣きそうな顔になってんの?」

「大丈夫?」


 女子二人が心配して歩み寄って来てくれた。

 ……本当に山田のこと忘れちゃったんですか? 本当に……。


「……このクラスに山田っていたんです。……体育祭のリレーで、アンカーをやったんです。……覚えていませんか?」

「体育祭でアンカー? ……あれ、そういえばアンカーって誰がやったんだっけ?」

「え? 橘さんじゃなかった?」


 ……橘さんは? 山田の秘密を知ってる橘さんなら……山田のこと、覚えてるかもしれない。

 こぼれそうになってた涙を手で拭って、みんなに向かって頭を下げて教室から出た。

 息が苦しい。でも……早く会って確かめなきゃ。


 橘さんの家は、夏休みの間にお邪魔したことがあったので知ってた。学校からバスに乗って数十分、とあるバス停で降りれば橘さんが住む町に着く。けど、行ったのは一度きりだしその時は橘さんが案内してくれた。ここからちゃんと橘さんの家に行けるのか、正直不安でしかない。でも……今すぐ確かめたい。山田の存在がなくなってるなんて……思いたくない。


「……え、栗原さん!?」


 バスを降りたと同時にそんな声が聞こえた。

 見てみると、ジーンズにTシャツ姿の橘さんがいた。手にビニール袋持ってるから……買い物した途中だったのかな。何にせよ運が良い。


「なんでこんなところにいるの!? 家と方向全然違うでしょう――……って、どうしたの」


 私の顔を心配そうに覗きこんできた。……やっぱり、目が赤いのかも。

 これで橘さんにまで……山田のこと知らないって言われたらどうしよう。


「橘さんは……山田のこと、覚えてますか?」

「はぁ? 覚えてるに決まってるじゃない。急にどうしたの?」


 呆れ顔で見てくる橘さん。……あぁ、橘さんは覚えてるんだ。

 ちゃんと……山田のこと忘れないでいてくれる人がいたんだ……良かった。本当に、良かった。


「人の彼氏を忘れるわけないわ。って……なんで泣くの!? ちょ、ちょっと、栗原さんどうしたの、何かあったの?」

「山田が……私の代わりにいなくなっちゃったんです。私のせいで、みんな、山田のこと忘れてて……橘さんまで忘れてたらどうしようって……でも覚えてくれてて本当に嬉しくて」

「……わかったわ。話をちゃんと聞くから、ひとまず私の家に来て」


    ◇    ◇


 おしゃれな一軒家の橘さんの家。その二階に橘さんの部屋がある。白を基調とした落ち着いた雰囲気の綺麗な部屋。案内されて座っていると、橘さんがジュースを用意してくれて、すぐ隣に腰を下ろした。


「……で、何があったの?」

「……あの後、山田と一緒に吉村さんとヒデオに会ってたんです。山田がハッキリさせたいことがあるって言って……。それで結果的に……ヒデオが宇宙人で……」

「そう。本当に別の宇宙人がいたのね」

「え?」


 真剣に話を聞いてくれてる橘さんだけど、ヒデオが宇宙人って言ってもその表情は変わらない。

 それに今の言い方だと前から知ってたように聞こえるんですが……。


「橘さん……何か知ってたんですか?」

「……実は体育祭のリレーの時、山田くんから聞かされてたの。俺以外の宇宙人がいるかもしれないって」


 体育祭……二人が出てたクラス選抜リレーの時?


「あの時、栗原さんから告白された山田くんを茶化そうと思ってたんだけど、離れた栗原さんをすっごく気にしてて。ほら、あの時栗原さんテントから押し出されたでしょう? あれ、ずっと山田くんも見てて、今にも飛び出して行きそうだったわ。でもリレーの入場が始まりそうだったから何とか止めて、どうしたのかって聞いてみたの。そしたら、俺以外の宇宙人がいるかもしれないからって。今の俺の目的は栗原さんを守ること、でも相手の擬態の見極めができないから橘さんもなるべく栗原さんのそばにいてほしいって言われたわ」

「そんな……。ならどうして、橘さんは私に教えてくれなかったんですか? 橘さんも危ないかもしれないんですよ?」


 すると、橘さんは優しく微笑んでくれた。


「山田くんが口止めしたのよ。栗原さんを不安がらせたくないからって。それに山田くんは、二人とも守るから大丈夫だよって言ってくれたわ。……本当に頼もしい彼氏ね」


 ずっと山田は私を守ろうとしてくれてたんだ。

 だからって……何にも言わずにいきなり目の前から消えるなんて。一言、言ってくれれば良かったのに。

 涙を堪え切れず一筋頬を伝った。すると、橘さんが優しく背中を摩ってくれる。


「さっき、私の代わりにいなくなった、って言ってたわね。もしかして、その宇宙人が栗原さんを連れ去ろうとして、山田がその身代わりになったのかしら?」


 頷いて答える。


「……そう。みんなが忘れちゃったのも、山田くんがいなくなったせいなのかもしれないわね。でも、栗原さんが無事で良かった。山田くんもそれを望んでただろうし」

「でも私……何も知らずに、ずっと、山田が悩んでたのも、何も相談に乗ってあげられなくて。さっきも……私が身代わりになるって言えるチャンスがあったのに……私、怖くて」


 すると――橘さんが腕を伸ばして、そっと私を包んでくれた。


「栗原さん優しいのね。でも自分を責めなくてもいいの」


 頭を優しくぽんぽんと撫でてくれる。


「山田くんは栗原さんを守りたかったのよ。誰のせいでもないわ。……でも、いきなりいなくなるなんて。私も一言ぐらいお別れを言いたかった。……本当に、勝手な宇宙人」


 橘さんの声も少し震えて掠れてた。

 私は橘さんの胸元に顔を埋めて、申し訳ないぐらいに涙で濡らしてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ