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転校生、山田くん  作者: ぱくどら
それは突然に
38/49

ヒデオと山田

「……なるほどねぇ」


 ヒデオはそう呟くと、ポリポリと頭を掻いてため息を漏らした。そして、後ろで横たわる吉村さんを一瞥し、再びこちらに視線を向ける。


「あれに何したんすか?」

「眠ってもらってるだけだよ。騒がれても困るからね」

「ふーん、そうすか」


 すると、山田の顔がとろりと溶け始め、顔や腕があっという間に赤い皮膚に覆われていく。

 ……どうやら、変化を解いたみたい。思わずギョッとしちゃったけど、ヒデオに表情の変化はない。……やっぱり山田の本来の姿しか見えてないんだ。


「……どうして君の姿が人間で映ってるのか。栗原さんはともかく、俺の目までもが誤魔化されたのが心外なんだ。説明してほしい」

「それは簡単ですよ。先輩がここに居すぎたせいだ」

 

 ヒデオは嫌味ったらしげに、ニヤリと口元を歪めて見せた。


「少し考えたらわかることじゃないんすか? 時間は無駄に進んでないんすよ。長年携わってきた先輩なら知ってることでしょ?」

「……つまり、俺の知ってる技術以上のやり方で、うまく人間に化けてるってことだね。……なるほど、少し見くびってたみたいだ」


 少しだけ顔を俯かせた山田は、どこか悔しそうに見えた。

 でもどうしてこの宇宙人はここにいるの? 何が目的? 山田との関係は何?


「……色々知りたそうな顔すねぇ」


 急に視線が合い、思わずビクッと震えた。

 それを見て面白そうにニヤニヤと笑い、ヒデオは少し首を傾げて見せた。


「本当、あんただけは不思議な存在だよ。今だって、先輩に守られてるっていう自覚がないし、それを言わない先輩もおかしい」

「えっ?」


 今も……守られてる? どういう意味?

 けどすぐに、山田がヒデオと私の間に割って入ってきた。


「栗原さんに言う必要のないことでしょ? さっさと君の目的を言ってほしいんだけど」

「ふっ……本当、ご熱心すねー! さすが、上からの指示に従わなかったことだけはありますわ」

「上からの……指示?」


 ってどういうこと? 従わないって……?

 山田で見えないけど、ヒデオの笑い声が聞こえた。


「……ハハッ! 本当、なーんにも知らないんだな! どんだけお人よしなんすか先輩!」

「うるさい。栗原さんを困らせるな。余計なことは言わないで――」

「俺は上の指示で来たんすよ。俺の報告一つで……あとは言わないでもわかりますよね?」


 見えないけど、絶対に嫌味な顔で笑ってるに違いない。

 代わりに山田の背中が微かに震えるのが見えた。……黙ったまま山田はそれ以上言い返さない。それでもせめてもの足掻きなのか、山田はその場から動かず、ヒデオの視線から私を守ってるみたいだった。


「……まぁ、このままでもいい。無知な人間に教えてやるよ。先輩があんたに隠し続けた事実をな」


 高らかに言い放つヒデオの言い方にムッとしつつも……ずっと知りたかったことだと、ドキドキしてる自分もいる。山田が何を私に言いたくなかったのか、全てを知ることができるかもしれない。


「俺は先輩のご指摘通り、この星の人間じゃない。先輩と同じ星の同じ研究所から来た。……名乗ったところでどうしようもねぇし面倒臭せぇし、このままヒデオと名乗らせてもらう。俺が来た目的は、先に送り込まれた先輩の状況報告と実験体の持ち帰り、この二点だ」


 実験体――聞いた瞬間、身体中から冷や汗が出てきた。

 だって……山田の見立て通りなら、私が一番条件にぴったりだったと思うから。まさかヒデオは私を狙って……?


「本来、先輩が実験体を持ち帰る予定だった。けど、待っても待っても実験体を持ち帰って来ねぇし、送信されてくる情報もほとんどない。来るのは、期間を延長する願いか、計画そのものを見直すべきだと書かれたものばかり。それでも優秀だった先輩を信頼していた上は、一年間我慢して待つことにした。それでも……実験体が来ることがなかった」


 山田が何かで悩んでたのって……そういう催促を受けてたからってこと?

 なのに私……何にも知らずに近くで笑ってたりしてたってこと?


「上は最後の通告をした。早く実験体を持ち帰れ、さもないと別の者を送る、ってな。他の者が来るということは、信頼も仕事も立場もほとんどなくなるも同然。そう脅せばすぐに持ち帰るだろうって思ってたんだが……先輩から送られてきたのは、人間の毛髪やら体液やら……実験体ではなく、ゴミ同然の欠片ばかりだったんだよ。さすがの上も怒りを通り越して呆れ果てて、俺に指示を出したわけ」


 吉村さんに興味を示して、サンプル集めをしようとしてたのも……このせい?

 思わず顔を上げて山田を後ろから見るけど……顔を俯かせたまま黙り込んだままだった。


「ま、俺は上からの指示が出る前からここに乗り込んでたんだけどな。あんなに優秀だった先輩に何があったのか、この目で見てみたかったんだよ。……そしたら、人間たちの生活に馴染みまくってたわけ! 確かにある程度の知識を積んではいるけど、あくまで任務を遂行するためだけであって、それ以上の干渉に意味はない。その意味のないことをずっと続けてたわけだよ……! なぁ先輩、あんたを狂わせちまったのは、その後ろの人間のせいなんだろ? なぁそうなんだろ?」


 私の……せい?

 私が実験体になりたくないって言ったから。

 私が……何も知らなかったから。


「……山田、ごめん」


 呟くように言葉を吐いて、山田に申し訳なくて顔を俯かせた。

 私、山田がこんな風に守ってくれてることなんて知らなかった。なのに私……。


「それは違うよ」


 そのしゃがれ声と同時に、山田が動いた。思わず顔を上げると、山田はくるりと身体を回してこっちを向いた。

 赤いのっぺらぼうがじっと私を見つめる。


「俺は狂ってなんかないし、上からの指示に背いたことも後悔はしてない。俺はこの丸一年と半年の間、多くのものを栗原さんから受け取っているから」


 そう言うと山田が手を伸ばし、頭をなでて頬を撫でてくれた。……私も、山田に色々助けてもらった。自分が変われた気がする。

 少しだけ笑って、頬を撫でる山田の手を握った。同じ気持ちだと、伝わるように。


「へぇ。だったらそれを共有するために持ち帰れば良かったじゃないすか。いくら本来の姿が見えていたとしても、方法なんていくらでもあったでしょ? 抵抗させないために警戒心を解いていったんでしょ? 逆に絆されてどうするんすか?」


 ……今はあいつの言葉に惑わされちゃダメだ。あいつなんかより、絶対に山田の方が信頼できる。

 すると、山田が撫でていた頬から手を離し、再びヒデオと正対した。私も山田の横に移動して見てみると、ヒデオは予想通り、口の端を持ち上げニヤリと笑みを見せていた。

 

「上に『信頼させれば、無駄な労力を消費することなく簡単に実験を行うことが可能』そう言ったらしいすね。で、今はどうなんすか? バッチリ信頼されてるみたいすけど? そう言っていた先輩はどちらに?」

「……伝えてるでしょ、もう実験体は送らないって」

「はぁ? あんた、何のためにこの星にやってきたわけ? 来るために時間やら資源やら諸々を消費してんだろ? なのに成果なし? 馬鹿じゃねぇの? ロクに仕事を全うできない出来損ないは、ゴミも同然すよ、先輩」


 スッとヒデオから笑みが消える。冷めた視線をこちらに流し、いつものチャラけた雰囲気がなくなった。

 ……気のせいかもしれないけど、妙に寒い。ヒデオはだるそうに首を傾げ、鋭く山田を睨みつける。


「……ここ数カ月、あんたらの様子を見させてもらったけど……俺の想像した『上司から好かれた先輩の姿』は跡形もなく崩れたよ。種族が違う相手に気を遣い、さっさと持ち帰ればいいものをダラダラと……くだらねぇことばかりだ。先輩。俺はあんたに心底呆れたよ」

「時空を歪ませるな。周りの人間に危害が及ぶ」

「……本当、人間のフリしすぎて思考まで人間に近づいたんすか? あんた、どっからどう見ても俺たちと同種ですけど?」

「俺は別に人間になりたいとか思ってないよ。自分が人間じゃないってことは重々承知してる。思考は……そうだね、それは認めるよ」

「あ?」


 眉をひそめ睨みつけるヒデオに、思わずビクッと身体が震えた。

 一方、山田は臆することなく言葉を続ける。


「君が上司たちに何を吹きこまれたかは知らないけど、確かに今の俺は、君が想像しているような俺じゃない。でも、全然嫌じゃないね。むしろ今まで知ることができなかったことが知れて毎日が楽しいよ。……まぁ君にはわからないだろうけど」

「くだらねぇな。あんた一人が知ったことで何になる? 他の同胞たちの利益になるか? ならねぇだろ。無駄な時間を過ごすよりも、さっさと実験体を送るべきだったんだよ。……もういい、俺の正体がバレた以上留まる理由もない。俺は俺の仕事をさせてもらう」


 そう言うとヒデオの視線が私を射る。

 ニヤリと口元を歪ませ、真っ直ぐ注がれる視線は獲物を狙うかのように見えた。

 まさか……私を連れ去る気なの。

 心臓を鷲掴みされたような恐怖が、身体を包み込みそうになった瞬間――。


「待って」


 山田の呼びかけにヒデオの視線が逸れた。でも、馬鹿にするような薄笑いを浮かべてる。


「何すか、今更。まさか俺の邪魔をするんすか?」

「違うよ。一つ提案があるんだ」


 ……提案?

 不思議に思って山田を見つめれば、山田は自らの胸にポンと手を当てた。


「時間をかけて影響を受けた結果、見事に思考が変わった俺。……こんな良い実験体、他にはいないと思わない?」


 ……山田があまりにもいつもの調子で言うものだから、一瞬何を言ってるのかわからなかった。

 それってつまり……身代わりになるってこと?

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