ヒデオくんについて
真っ青な空と白い雲、そして容赦のない日差しが降り注いで、コンクリートから照り返しの熱気がむんむんと立ち昇る。
今日は吉村さんと会う約束をした日。でも……暑い! もう、暑いって言うのも嫌になるぐらい暑い! 待ち合わせ場所である駅前で、山田と二人待ってるんだけど……約束の時間になっても来ない!
「山田……本当にこの時間で約束したの?」
「うん。間違いないよ。……遅いね」
一応建物の影に入ってはいるけど、気温が高くてじりじりする。……ったく、何してるのよあの子。
「栗原さん大丈夫? 何だったらどこかのお店に入って涼んでてもいいんだよ?」
「いい。きっともう少しすれば来ると思うから」
そんな会話をしていると駅の中から悠然と近づいてくる人影。……もしかして。
「遅れましたぁ。今日すっごく暑いですねぇ」
吉村さんだった。長い髪をお団子にして、サングラスをかけてる。ミニスカ、ノースリーブでいかにも夏っぽい服装……学校のときのイメージが違い過ぎ。っていうか、遅れてるなら格好だけでも急いでるように見せなさいよ。
「栗原先輩までいらっしゃるなんて、山田先輩のこと信頼してないんですかぁ~?」
「違います! わ、私も、吉村さんに会いたかったからここにいるんです!」
「へーそうなんですかー。私は別に普通ですけど、嬉しいですー」
小首を傾げ、口元を緩ませ笑う吉村さん。このヤロウ……絶対山田と二人きりにさせてやるもんですか。
「ま、とりあえず暑いのでどっかお店入りませんかー?」
この暑い中待ってたのはこっちだよ!! イライラする……!!
お、落ち着け私……今日は吉村さんから話を聞くために来たのよ。早く話を聞いてとっとと帰ろう。
◇ ◇
入った店はよくあるチェーン店のカフェ。店内はクーラーが効いていて、火照った身体を冷やしてくれる。レジで飲み物を頼んで、三人丸テーブルにのところに腰掛けた。
「吉村さん、急に誘ってごめんね。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
席について、さっそく山田が切り出した。
「この間遊園地にいた、ヒデオ、っていう人間はどういう人間なのかな」
「え、ヒデオくんですかぁ? ……そうですねぇ。見た目すっごくカッコイイのに、中身は最低な人間って感じです」
中身が最低って……吉村さんが言うほどなの。
「最低?」
「はい。運動神経もいいし頭もいいんですけど、そのせいかすっごく自信過剰なんです。周りのみんなを見下してるというか。男子女子に関わらず、思ったことすぐに口に出しちゃうみたいで、友達は私ぐらいしかいないんじゃないかなぁ」
「そんな人間といて、吉村さんは平気なの? 何か変なこと言われたりされたりしてない?」
「山田先輩心配してくれてるんですね! でも、大丈夫ですよ! ヒデオくん、私にだけは嫌なこと言わないんです! だから私も可哀想だなぁって思ったし、それに見た目も悪くないから一緒にいてあげようかなぁって感じです」
運動神経も良くて頭も良いのに性格が最低。……まぁ、あの笑い方見てたら性格もそれ相応な気がしてた。
山田は微動だにせず、続けて質問をぶつける。
「同じように入学したんだよね。途中から転校生として来たとかじゃない?」
「あ、そうです。ヒデオくん、入学式が終わって何日か後に転校してきたんですよ。最初は見た目カッコイイからみんなキャーキャー言ってたのに、ブスとか馬鹿とか平気な顔で言うせいで、すぐに誰も騒がなくなってましたねぇ。もちろん、私は言われたことありませんけど!」
平気な顔して言うって……嫌な奴。私も同じように関わりたくないって思うだろうな。
……なんで吉村さんには何も言わないんだろ。
「……そっか、ありがとう吉村さん。良かったらその人間の連絡先を教えてほしいんだけど、知ってるかな?」
えっ、会う気なの!?
驚いて山田を見たんだけど、山田は真っ直ぐ吉村さんに顔を向けたままだった。
「私、ヒデオくんの連絡先知らないんです。でもいつか教えてもらうので、その時先輩に連絡しますね! だから先輩の連絡先教えてください!」
「あ、知らないんだ。だったらいいよ。ありがとう」
そう言われ、吉村さんは不満そうに頬を膨らます。ジト目で山田を睨んでるけど、山田は全く意に介してないみたいで立ち上がった。私も遅れて立ち上がる。
「えっ!? もう帰っちゃうんですか!?」
「うん。今日はわざわざありがとう。吉村さんも気をつけて帰ってね」
「そ、そんな! 私、先輩と遊べるって思って楽しみだったんですよ!?」
「ごめんね、俺は遊ぶ気は全くなかったんだ。話を聞かせてくれてありがとう。……じゃ、栗原さん行こう」
山田は私の手を取り、テーブルから離れ始める。座ったままの吉村さんを見ると、つまらなそうにプイッと顔を背けてた。
ちょっと気の毒な気がするけど……これで山田のことは諦めてほしいな。
◇ ◇
山田と二人並んで歩くけど……山田はずっと無言のまま。怒ってはないと思うんだけど……何か考えてるのかな。
「あの……さっきから何考えてんの?」
「……えっ」
じっと睨み上げてたら、ようやく山田の顔がこっちに向いた。
「ずっと黙ってるから」
「いやまぁ……うーん」
また歯切れの悪い言葉。……絶対何か隠してる気がするんだよね。問い詰めてやろうか――そう思った矢先、山田の歩みが止まった。
「……栗原さん、悪いんだけどしばらく拠点に留まることにするよ」
「え?」
何を突然言い出すんだ。……いきなり言うなんて怪しすぎる。
「……どうしたの急に」
「うんちょっと……考えたいことがあるから」
……山田って大事なことをいつも言ってない気がする。今だってそう。
結局私って……山田から信頼されてないのかも。
「栗原さん」
顔を上げると、いつの間にか山田が真正面に立っていた。
「……そんな顔しないで。留まるって言っても夏休みの間だけだし、その間橘さんと遊んでよ。電話には出られないかもしれないけど、俺からたまに連絡するから」
違う。私が今ほしい言葉はそうじゃない。
山田が何か隠してるから――そう言おうかと口を開いた、その時だった。
「あれあれぇ? ケンカっすか先輩」
飛び込んできた声色に思わず振り返る。……そこにはあの、ヒデオがいた。
夏休みでより日焼けしたのか、より一層肌は黒くなって白い歯を出してニヤニヤと笑ってる。サンダルに半パン半袖……この辺りにでも住んでるのかな。
「……なんで君がここにいるの」
「たまたまっすよ。見覚えのある姿が見えたんで、ちょっと追いかけてみただけですよ」
ヒデオは山田に視線を向けてたみたいだけど、急に私に視線を移してきた。真顔でじっと見つめてくる視線はどこか威圧的で、思わず顔を背けた。
「……仲良いんすね。本当、予想外ですよ」
すると、すかさず山田が前へ出てきて、ヒデオとの視線を遮ってくれた。
「ははっ! 見ただけじゃないすか。そんな警戒することでもないでしょ?」
「さっき君の話を聞いたんだ。入学式の後数日後に入学したらしいね。……それまではどこに住んでたの?」
「……あぁ吉村から聞いたんすね。別に他の街っすよ。ていうか、何すか先輩、俺のこと嗅ぎまわってるとか? 趣味悪いっすねぇ」
「嗅ぎまわってるのはそっちじゃないの? 体育祭のとき、どうして栗原さんに近づいた? それに今だって、とても偶然とは思えないんだけど」
な、なんだろ……この緊張感は。明らかに山田の口調が怒ってる。でも、相手が全然怯む様子もない。
むしろ、ニヤニヤ笑ってばっかりで面白がってるように見える。
「全部偶然ですよ。まさか……俺が先輩をつけていた、とでも? 俺は全部興味半分で行動してるんすよ。それ以外に理由なんてありませんが?」
「ハッキリ言うよ。興味半分だろうとなかろうと、俺たちをつけ回るのはやめて。気分の良いものじゃない」
「先輩だろうと、俺の行動を制限する権限はないでしょ? それに、俺はあんたたちに迷惑をかけているつもりはない。ただ眺めてるだけ。学校にいる奴らと一緒っすよ。それなのに俺ばっかり言うのは少しおかしいんじゃないすか」
ふん、と鼻で笑うとくるりと背中を向けた。そして軽く手を挙げる。
「……ま、今は夏休み。夏休み明けにまた会いましょう。それまでどうぞごゆっくり」
そんな捨て台詞を吐いて、ヒデオはその場から立ち去った。
……何なのあの人。あの人も何考えてんのか全然わかんない。……っていうか、いつの間に近くにいたのよ。
「栗原さん」
そう言われ見上げると、山田がこっちを見下ろしてた。
「家まで送るよ。連絡できたらこっちからするから。……夏休み楽しんでね」
「あ……うん」
家までの間、山田とは会話がなかった。たぶん、山田もあのヒデオって人のことを考えてたんだと思う。
……あの人が現れてから、嫌な予感しかない。あの人、何を知ってるんだろう。何を知りたいんだろう。山田との学校生活を脅かすんじゃないかと、心のどこかでそんな不安がじんわりと広がった。




