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転校生、山田くん  作者: ぱくどら
高校二年生
32/49

【先輩と橘さんの花火大会】

 女の免疫がほとんどない高橋にとって、女性を褒めるということはかなりの難易度がある行動だ。

 たった今、その行動は失敗に終わり、怒った橘は栗原の腕を掴むと少し前方を歩き始めた。なぜあれぐらいで機嫌を損なわなければいけないのか――そんな疑問が頭を埋め尽くし、謝るという選択肢は浮かばなかった。が、隣を歩く山田が首を傾げ真面目な顔つきで言葉を放つ。


「先輩。橘さんに謝らないんですか?」

「は、はぁ!? か、勝手に機嫌を損なったのは向こうです。俺は機嫌を損ねようと思って言ったわけじゃありません」

「……でも、橘さん怒ってるみたいですよ」

「それは向こうが短気なだけでしょう。俺は謝りませんよ」

「……ははっ! 先輩ってややこしい性格ですね!」

「……嫌味ですか」

「ま、人間ってそれぞれ特徴があるから面白いと思うので、俺はこれ以上何も言いません。先輩が橘さんとの関係をこのまま維持するなら、別にいいんじゃないですか」

「……別に」

「あ、でも、今日は栗原さんと二人で花火見たいので、橘さんのことお願いしますね」

「……は?」

「先輩が無理なら誰か別の人にお願いしてください」

「い、いやいや……山田くんが栗原さんと橘さん、二人といればいいじゃないですか」

「嫌です。俺は二人きりがいいんです。……正直言って、今先輩と河川敷に向かってるのも不本意です」

「……それを言われても困るんですが」

「とにかく、河川敷についたら栗原さんから橘さんを引き剥がします。あとは先輩にまかせますから。……あ、じゃあよろしくお願いしますね」

「え!? ちょ、ちょっと!!」


    ◇    ◇


 突然声をかけられることは過去何度かあった。その場合は相手をしなければ大抵はどこかへ行ってくれる。行かなければ大声でもあげて、人ゴミにまぎれれば良い――それが過去から学んだ経験だった。

 しかし、今回は少し状況が違う。まず格好が走るのに向いていない。足元は浴衣に合うように草履を履いているし、そばには栗原もいる。逃げ切れたところで、もしかしたら栗原とはぐれてしまうかもしれない。そうなると、花火大会で集まったこの人ゴミの中から探し出すのは困難だろう。となると――考えられる手は一つしかない。後ろから来ている宇宙人と先輩に助けてもらうこと。

 幸いなことに、目の前の男たちは宇宙人――否、山田たちのことに気付いていない。山田たちが追いつくまで、相手にしなければこの場はしのげる、そう考えていた。


「栗原さん」


 案の定、すぐに山田がやってきた。

 彼女が絡まれていたら飛んで来てくれる彼氏――中身が宇宙人とは言えど、羨ましい限りだ。


「――……ごめんね、橘さん。今日は二人きりにさせてもらうから」


 は? と思った瞬間、山田は栗原の手を掴みその場を後にしてしまった。……まさか、男たちに気付いていなかったのか。いや、そんなことはないはず。

 チラッと視線を流せば、ナンパしてきた男たちは山田の姿に唖然としている様子だ。

 期待していた山田がこうなった以上、一人で逃げるしかない。橘は地面を蹴り、その男たちから逃げだした。


「え!? ま、待って!」


 後ろから男の声が聞こえたが、足を止めない。人ゴミに紛れればひとまずは何とかなる。走りづらいが、捕まらないようにしなければ――。


「待ってください!!」


 そんな声と同時に腕を掴まれた。必死に腕を振り抵抗するが、握った手が緩むことはない。

 叫んでやる、そう思ったが――。


「落ち着いてください! 俺です! 高橋です!!」


 吸い込んだ息をふうと吐いて、恐る恐る後ろを振り返る。


「……え、せ、先輩?」


 若干息を切らせ、ムスッとした表情をする高橋がいた。パッチリと目が合うと、高橋は大きくため息を吐きようやく握っていた腕を解放した。


「……全く、いきなり走り出さないでもらえませんか。はぐれてしまったらどうするつもりです」

「だ、だって……。しょうがないじゃないですか、山田くんは栗原さんとどっか行っちゃうし……だったらもう逃げだすしかないと思って……」

「俺がいるでしょう!? ……全く、とことん信頼されてないようですね」


 ガッカリするように大きくため息を漏らし、橘の先を歩き始める。

 橘はバツが悪そうにその場から動かないでいると、高橋の歩みが止まった。橘が動く気配がないと分かるや否や、再び歩み寄ってきた。


「何してるんですか。行きますよ」

「……どこへ」

「……何言ってるんですか、ここは花火大会の会場でしょう? 見る場所を確保するんですよ」


 言っていることはごもっともだったが、橘は腑に落ちなかった。

 そもそも、栗原と二人きりになってしまった原因は、高橋の心ない言葉のせいだった。本人はまるで全て橘が悪いとでも言いたげな態度で、さっきの言葉はなかったかのようだ。橘はキッと高橋を睨み上げる。


「その前に、さっきのこと謝ってください」

「さ、さっき……?」

「とぼけないでください。元はと言えば、先輩が私を貶すからこんなことになってるんです! わかってるんですか!?」

「ぐっ……! し、仕方ないでしょう……」

「何が仕方ないんですか! 言われた方の身にもなってください」

「……わ、わかりました! 俺が悪かったです!! すいませんでした!! ……ど、どうですか、気が済みましたか」

「……最後が余計ですけど……もういいです。また先輩の機嫌を損ねて、一人にさせられたら困りますから」


 男避け、と言ったら失礼だが、橘一人でいるよりも複数でいた方が声がかかりにくい。高橋がどれぐらいの効力があるかは定かではないが、いないよりはマシだろう。


「……一人にするわけないでしょう」

「え? 何ですか?」

「何でもありません。さぁ、行きましょう」


 くるり、と背中を向けスタスタと歩き始めた。

 ――もう少しこっちのペースに合わせてくれればいいのに。そう思ったが橘は言葉を飲み込み、足早にその背中を追いかける。受験勉強の時間を削ってここに付き合ってくれたのは事実だし、一応謝ったのも間違いない。利用している手前、これ以上相手の機嫌を損ねることは良くないだろう。……だが、やはり腹の虫がおさまらない。


「……花火大会の日に男女二人で見るなんて、なんかアレですよね」

「あ、アレ? ……どういう意味ですか」


 横に並んでニヤリと口を笑い見上げてみる。高橋はビクッとして眼鏡を掛け直した。


「ハッキリ言いましょうか。……デート、みたいですね」

「でっ……デート!? そ、そんなわけないでしょ! 勘違いしないでください! 仕方なく俺はここにいるんですよ!」

「……そーですかー。じゃ、私帰っちゃおうかなぁ。先輩の受験勉強の邪魔をするのも悪いので。あーあ、せっかく浴衣も着たのに、もったいなかったなー。先輩は全然気にも留めてないみたいですしー」


 チラッと隣の高橋を盗み見る。……眼鏡を押さえ、何か必死に考えてるようだった。

 面白い。込み上げそうになる笑いを堪えつつ、軽く高橋の腕を叩いた。


「先輩、冗談ですよ。別に無理して褒めようとしなくて結構ですから。……あまりにも反応が面白いので茶化しちゃいました」

「なっ……!」

「すいませんでしたっ。でも、本当にいいですよ。私このままタクシー拾って帰りますから。あ、申し訳ないですがタクシー乗り場まで付いてきていただけませんか? また誰かに声かけられるのが嫌なので……」


 そう言って来た道を戻ろうとしたのだが――突然肩を掴まれた。

 不思議に思い振り返れば、先輩は頬を染めつつ鋭い目つきで睨んでいた。


「お、俺は……君と違って異性に慣れてないんですよ……! そんな簡単に……言葉を出せるわけないでしょ!?」

「……はぁ」

「そんな姿を見て……なんと答えれば良いのか……正しい答えなんて知りません! 俺は圧倒的に知識がないんです!」

「は、はぁ」


 突然何を言い出すのか……ぽかんとして見つめていれば、突然橘の腕を掴みぐいぐいと進み始めた。


「え、ちょ、ちょっと。先輩、どこに行くつもりですか」

「場所を取るんです! 理由はどうあれ、せっかく異性と見れる花火大会なんです……! こんなチャンス、二度とないかもしれません」

「はぁ……」


 もう少し気の利いた言葉を言えないものか――そんなことを橘は思ったが、口に出すことはなかった。

 ……こんな不器用に、真面目に接して来る男子も面白いのかもしれない。

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