花火大会の後
大勢いた花火大会の帰り客は、会場から離れるに連れて段々と減っていく。私の家に繋がる道は、街灯が比較的あって周りが見渡せるけど、ない道は本当に真っ暗。街灯があったとしても暗いものは暗い。……山田に家まで送ってもらって正解だったかも。
「……ねぇ山田。聞きたいことがあるんだけど」
「ん、何?」
「吉村さんの友達の……ヒデオくん、って人。気になるの?」
「ヒデオくん……? あぁ、あの人間のことだね。……どうして?」
「さっき体育祭のときの話を持ち出してくるから。……どうしてかなぁっと」
確かにヒデオっていう男子は、周りの男子とは何か違う感じがする。前に山田に嫌がらせする意味で私に近づいてきた男子はいたけど、ヒデオっていう男子は嫌がらせというより、探りを入れてる感じなんだよね。
「……栗原さんもあの人間に対して不信感があるんだね」
「えっ、まぁ……そうね。不信感というより、何考えてあんな近づいてきてるのかわからないところが気味悪いというか……」
「……俺もよくわからないんだ」
手を繋いでる左手に少し力が入った気がした。
「……栗原さんが気味が悪いって感じたように、俺もあの人間が……不自然に思えるんだ。吉村さんの友達って言ったよね? 吉村さんに聞いたら何かわかるかな」
「聞けばわかるかもしれないけど……山田が吉村さんに会うなら、私も一緒に行く」
「え? 話を聞くだけだよ?」
「それでも! ……別に山田のこと疑ってるわけじゃない。ただ、吉村さんと二人きりになってほしくないだけで――」
……ハッ! 私、何を口走った!?
そう思ったら山田の歩みが止まって、自分の顔に手を当ててる。
「……や、山田? ど、どうしたの」
「栗原さんが……ヤキモチ焼くなんて」
「え!? あ、いや……そ、その……わ、私、吉村さんのこと苦手というか……会う度に馬鹿にする仕草が嫌というか……!」
必死に言い訳しようと思ったら――繋いでた手を引かれて、簡単に抱き締められた。
って、ここ人気はないけど歩道だよ!! 誰かに見られたら――!
「や、山田! 誰かに見られちゃうよ!!」
「大丈夫、止めてるから」
いやいや! そういう問題じゃない!!
すると山田は少し身体を離して、手を私の肩に乗せた。でも、距離が近い。目の前にのっぺらぼうがある……!
「俺、人間の愛情表現について少し調べたんだ」
「えっ! し、調べたんだ……」
「そうしたら、俺たちの種族と近い行動があったんだけど……ダメ?」
「だ、ダメ!? な、何する気なの……!」
「キスってやつ」
きっ……キス……!!
言葉を聞いた瞬間に顔が沸騰した。
え、山田は私とキスしたいの!? キスするときって口に出して言うものなの!? っていうか、近い行動って何!?
「そ、そんな顔されると……保っていられない」
そう言うと山田の顔の表面が解け始めた。なっ、なんで解けるのよ!!
おまけに肩の乗せてる手に力が入って、身体を引き寄せようとしてる……! 嫌な予感がして、思わず腕を伸ばして抵抗する。
「ま、待って! 山田の顔が解けてるから……キスなんてできない! 落ち着いて!」
「あっ……」
そう言った途端、引き寄せようとした力がなくなって、山田の顔の表面も元に戻っていく。
あ……危なかった。
「……お、落ち着いた?」
「……そうだね、俺、解けるからキスできない」
見るからにガックリと肩を落として、顔も少し俯いてる。
「あ、あの……元気出して? その……解けなきゃいいんじゃないの?」
「……たぶん無理。……ごめんね、帰ろう」
そう言ってまた手を繋いで夜道を歩き始める。
……って今、私、キスされそうになったのよね!? だいぶイメージと違うけど……。
「吉村さんの件は二人で行こう。その方が栗原さんも安心でしょ? それに、もしかしたらあの人間に会うようになるかもしれないしね」
その後は特にハプニングはなく、山田は家の近くまで送ってくれて、そのまま帰って行った。
……ってあいつキスしようとしたよ!! 何なのよ急に……! ……か、顔の火照りが治まるまで外で涼もうっと。
◇ ◇
夏休みに入ってるから、学校に行くことはない。クラブに入ってるなら別なんだろうけど、私は何もしてないし。やることないから夏休みの宿題をやろうっと。
あ、そういえば……花火大会で橘さんがちゃんと家に帰られたのか気になる。電話してみよう。
「……おはよう! どうしたの急に」
いつもと変わらない調子で橘さんが出てくれた。
「おはようございます。先日は花火大会に誘っていただいてありがとうございました」
「あぁ、わざわざお礼? いいわよ、気にしないで」
「いえ……橘さんがあの後どうなったのか気になって」
「あぁ……そっちね」
先輩とちゃんと合流できたか心配だったしね。
「声をかけてきた人たちからはちゃんと逃げられたし、すぐに先輩と合流したから問題なかったわ。一応、謝ってくれたから最後まで一緒にいたけど」
「先輩と二人きりだったんですね!?」
「そうだけど、何もないわよ? ただ、一人になると危ない気がしたし、知ってる先輩の方が安全だと思っただけ。期待してる栗原さんには悪いけど、私、先輩のこと何とも思ってないから」
「べ、別に期待は……」
「そう? ま、からかうと面白いし、意外に度胸はあるみたいだから、友達としては良い人だとは思うわ。ただ性格に難ありね」
「……そうですね。性格が……もったいないですよね」
こんなあっさり言ってのけるってことは、本当に橘さんは先輩のこと何とも思ってないのかなぁ?
……でも、良い人って言われてるんだから、可能性はゼロではない気がする。ま、私が口出してもしょうがないか。あとは先輩のやり方次第だよね。
「私のことよりも、栗原さんはどうだったの!? 私がちゃんと話したんだから、そっちもちゃんと話しなさい?」
「えっ!?」
「ほら、早く」
橘さんの話を聞いて、こっちの話をしないというわけにもいかず……少し山田とのことを話した。かき氷食べて、花火を見て、家まで送ってくれたこと。その途中のことも……。すると――。
「え!? 宇宙人にキスを迫られたですって!? 大丈夫なの!?」
予想通りの反応。
「え、えぇ……大丈夫です……されてません」
「というか、顔が解けるってどういうことなの!? あいつ、本当は栗原さんのこと取り込もうとか考えてるんじゃないでしょうね」
「そ、それはないと思います……。たぶん、緊張したり恥ずかしい気持ちが限界を超えると解けてると思うんです」
「……そうなの? まぁ……相手は人間じゃないんだから気をつけて。浮かれ過ぎないように!」
「べ、別に浮かれてはないんですが……」
その後お互いの夏休みの予定を聞き合って、会う約束を交わしてから電話は終了した。
……はー。
……思わず話しちゃったけど、余計だったかもしれない。今になって恥ずかしい……!! まぁ……橘さんだからいっか。
……山田にも電話かけてみようかな。声聞きたくなったし……。繋がる番号教えてもらったんだよね、仮とか言ってたけど……まぁ気にしないでおこう。
「はい! どうかした!?」
電話取るのはやっ!
「き、急に電話かけてごめん」
「え、俺はむしろ嬉しいよ! でも、何かあった?」
「いや、別に何もないんだけど……吉村さんと会うっていうのはどうなったのかなぁと思って」
「あぁ。来週辺りに町で会うことになったんだ。今夜電話するときに言おうって思ってたんだけど、早めに伝えた方が良かったかな。ごめんね」
「あ、いや! ……それはただの理由付けだから」
「えっ……? どういう――」
「気にしないで! 来週ね、また後で詳しく教えて! じゃあね!!」
……。……あ、危なかったぁ!!
橘さんには浮かれてないって言ったけど……私、やっぱり浮かれてるのかもしれない。
次は橘さんと先輩の話を一話挟みます。三人称です。興味ない方は一話飛ばしてください<(_ _*)>