デートとは認めない
教壇に立つ先生の話を流しつつ、前の方の席に座る山田を見つめる。
一際目立つ赤いつるつる頭。
あいつそういえば……学校に時空を作った、とか言ってたけど……学校外はどうなるんだろ。
「……よし、じゃあ起立! 礼!」
先生の掛け声と共に、今日の最後のHRは終わった。
みんな好き好きに散って行く。即座に教室から出る子や、友達の席へ行く子。
私も荷物をまとめて帰ろうと思ったんだけど……さっき考えていたことが気になった。
――自然と視線を前にやる。
あいつ、今日も囲まれてるし。
見た感じ……今から遊びに行くような雰囲気だなぁ。……こっそり後つけようかな。
……ダメダメ! そんなのストーカーだし!
ってあれ……あいつ断ってる? 周りの子たちがすっごい残念そうな表情してる。
「じゃあごめんみんな。俺、今日は帰るね」
そんな山田の声が聞こえた後――山田が一瞬、こっちに顔を向けた。
ぞくっと悪寒が走る。あいつ、絶対こっちに来る。私がまだいるかどうか確認したんだ。
嫌な予感がする……! は、早く教室から出よう!
教室から出て――。
階段降りて――よし、あの扉を出れば校舎から出られる。
校舎を出ればだいじょう――。
「栗原さん」
真後ろからしゃがれ声した。
……嘘でしょ。
私、今……全速力で教室から出たんですけど。
恐る恐る振り返ると……タコ宇宙人がいた。
「あ、あんた……!」
言葉を出しかけたけど、思わず口を閉ざす。
こんなところで話しかけちゃダメだ。
周りに誰もいないならまだしも、今、行き交いが激しい下校時間なのに。
誰かに見られてもおかしくない。
「大丈夫だよ。ほら、よく周りを見て」
そんな私を察したのか、山田は余裕とばかりに両腕を広げてる。
どういうこと? あれ……そういえば、すごい静かな気がする。
もっと足音とか話し声とか聞こえてもいいのに。
ゆっくりと周りを見る。
変だ。
今、私がいるのは校舎の一階、外に通じる扉の前。
そこに向かって、たくさんの生徒が歩んでいる――はずだった。
けど、みんな止まってる。
歩く最中、携帯をいじってる最中、会話の最中、全部が止まってる。
なにこれ……時間が止まってる!?
「驚かせちゃってごめんね。こうでもしないと、栗原さんすぐ帰っちゃうからさ」
「ど、どうなってんの!?」
「あぁ、時空を止めてるんだよ。でも、やっぱり栗原さんは効かないみたいだね。本当に不思議だなぁ」
簡単に言ってくれてるけど……時空を止める?
何それ、怖い。
「栗原さんにも効いたら、色々面倒なことにならないのになぁ」
「……は?」
「あ、ううん。何でもないよ」
こいつ、やっぱり危険……!
「あ、大丈夫だよ! 今すぐ連れ去ろうとか思ってないから!」
「……それ、いつか連れ去る気?」
「え? だってお嫁さん第一候補だよ? 当たり前じゃん」
い、言い切られた……!
ていうか、こんなことしてまで何がしたいのよ。
「……私に何か用?」
「あ、そうそう。栗原さんに、みんながよく行く場所を教えてほしくって」
「なんで?」
「学校にしか時空張ってないから、それ以外の場所に行くと正体バレるんだ」
へぇ……。時空の外に出ると、私が見てるようなタコ宇宙人の姿がみんなにも見えるようになるんだ。
でも……山田って、帰る時みんなと一緒に帰ってなかったっけ。
「……待って、山田ってみんなと一緒に帰ってるよね?」
「あー大丈夫だよ。学校の周りにも少しだけ時空があるんだ。で、みんなと別れた後こんな風に時空を止めて、家に帰ってるよ」
「……そもそも、山田の家って……どこにあるの」
「……お嫁さんになる気になった!?」
「なんでよ! 聞いただけでしょ!?」
こいつ、本当に都合の良い受け取り方しかしないわね……!!
「……ま、俺の家、というか拠点は学校の地下だから、いつでも来てね! 栗原さんなら大歓迎だよ!」
「学校の、地下……?」
「うん。ま、この話は今度にして……」
気になる。けど、あんまり突っ込むとまた勘違いされる。
……私って、何だかんだで山田のペースに乗せられてるような気がする。
「あんまり時空を止める時間も長くないから、案内してもらってもいいかな?」
「……いいけど、みんなが行く場所なんてアバウトだし……下手したら町全体がそうだと思うんだけど……」
「あ、そうなの? じゃあ簡単だね」
「……簡単?」
そう言うと、山田はすたすたと校舎を出てグラウンドに出た。私も後ろを付いてく。
すると、山田はポケットから小さいチップみたいなものを取り出した。
「それ、何?」
「これは……種みたいなものだね。これから蔓を伸ばして、町全体に這わせるんだよ」
「……意味わかんないんだけど」
「大丈夫。すぐに終わるから」
山田はチップを持ったまま、グラウンドの土の中に腕をつっこんだ。
固いグラウンドのはずなのに、山田の赤い腕がどんどんと埋まってく。
何してんの、こいつ。ていうか、その腕、どうなってんのよ。
「……よし、こんなもんかな」
すぽっと腕を抜き出し、付いた土を払う山田。グラウンドにはぽっかり丸い穴ができてる。
……これ、危ないんじゃ。
「穴……どうするのよ」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと再生させるから」
さっきから大丈夫しか言わないけど、本当に大丈夫なんでしょうね……。
――と、その穴が一瞬ピカッと光った。すると、あっという間に土が元通りになってる……!
「ど……どうなってんの!?」
「驚いた? 今のチップが俺の拠点と繋がったんだよ。で、このチップの範囲……そうだなぁ、だいたい100kmぐらいは時空を作れたんじゃないかなぁ」
「え、今!? 100km!? 嘘でしょ!?」
「ははっ! 惚れ直しちゃった?」
「惚れてないから」
今の一瞬で、時空とやらが張られたってことよね? 100kmって……相当すごいと思うんだけど。
山田が本気出したら、日本なんて簡単に侵略されちゃう気がする。
「よし! もうすぐみんなが動き始めるだろうし、せっかくだから栗原さんどこか行こうよ」
「……は?」
「今、みんなには見えていないし今のうちに人が多いところに行けば、きっと紛れてバレないよ。さ、行こう」
「えええ!! な、なんであんたと行かなきゃいけないのよ……!」
「町を案内してほしいんだ。もし、みんなと行く時に自然な振る舞いができるようになりたいしね」
だからどうして私……って思ったけど……私しか山田が宇宙人ってこと知らないんだった。
さすがにイケメンでも、町の中右往左往する姿ってさすがにないよね。
……仕方ないのか。
「……わかったわよ。案内すればいいんでしょ」
「ありがとう! よろしくね」
◇ ◇
学校からある程度離れた場所に着く頃には、周りの歩行者が動き始めてた。
一応、同じ制服姿がいないか注意しながら歩き続けて――駅前の賑やかな場所にやってきた。
向かった先は町で一番大きな書店が入ってるビル。
ここは一階が書店で、二階から上がアミューズメントになっているらしい。
けど……はっきり言って、私はみんなが遊びに行くような場所を知らない。
一応ここが、それらしいところと言えばそうだけど、ちゃんとした根拠もない。
そもそも私、高校に入って誰かと遊んだことないし……。
「……山田、このビルの二階から上は遊ぶところになってるから行ってきなよ」
ひとまずは案内した。間違いない。
私は一人で本を探そう。
「あ、そうなんだ。……へぇ、ボーリング、カラオケ、UFOキャッチャー、ゲームセンター……色々あるみたいだね」
エレベーターの横に張り付いてる紙を眺める山田。
結構人が行き交ってる中で、本当に浮いてるなこいつは。通り過ぎる人も、山田をちら見してるし。
……あ、イケメンだからか。
――すると突然、山田はくるっと振り返った。
「栗原さんと一緒に行きたいな」
私から見ればのっぺらぼう。だから、どんな表情で言ったのかは知らない。
けど一瞬、周りにいた女性の視線が山田に集中したように見えた。
そして次の瞬間には、一気に疑いの眼が私に向けられた。
ものすごく視線が痛い……。
「……この子が彼女?」
「違うでしょ……全然似合わないもん」
「……見て。あの子すっごいイケメン」
「モデルみたい……!」
ひそひそ声が丸聞こえなんですけど……!!
山田……あんた、どこ行っても目立ってるわよ! ……もう逃げよう。なんか、みじめだし。
「……私の案内は終わったから。誰かと二階に行ってきなよ。……じゃあね」
そう言って、一階の書店へと逃げ込んだ。本棚に隠れれば、きっとやり過ごせる。
案内はしたのは間違いないんだから、私は悪くないはず。
ちらっとだけ視線を後ろにやると、山田はまだ私の方に顔を向けてた。
そして、声を掛けようとする女性たち……行くならあの人たちと行けばいい。
……ちょっと香水がきつかったけど我慢しなさい。
イケメンに見えるあんたには、そういう綺麗な人たちが似合うんだよ。
書店の雰囲気って良いよね。
静かで、みんな本に集中してるから人の目を気にしなくて済むし。
……ここは本棚が高いし、周りに人もいないから少しじっとしてよう。
それにしても、山田の奴モテるなぁ。女の子選びたい放題じゃない。
でも……選ばれた子がかわいそうか。イケメンだと思ったら宇宙人だもんねぇ。
私もあいつのお嫁さんなんかになりたくないし……。
……一番いいのは、山田が諦めて帰ることなんだけどなぁ。
「……あ、いたいた」
……え?
まさかと思って振り返ったら――タコ宇宙人が手を振りながら近づいてきた。
「急に走るからびっくりしたよ。……本見てるの?」
「……二階に行ったと思ったんだけど」
「え、行かないよ」
「周りに山田と遊びたそうな女の人たちがいたけど」
「嫌だよ。すっごい香水臭かったし、何か……嫌なんだ、あーゆー人たち」
女の人なら誰でもいい、っていうわけじゃないんだ。へぇ。
私には綺麗でスタイル良さそうな人ばっかりだったけどなぁ。
「とにかく……私のことはいいから、二階行ってきなよ。あんたならたぶん、一人で上がっても誰か声かけてくれるって」
「えぇ~……俺、栗原さんとがいいんだけど」
「嫌よ。一緒に遊ぶなんて言ってないし」
「そっかぁ……残念だなぁ。せっかくのデートなのになぁ……」
「…………は?」
ちょっと待て。今、何て言った?
「……今、何て?」
「え? デート?」
「誰が?」
「え? 俺と栗原さん」
え、これってデートなの? 私、ただ案内頼まれただけなんだけど。
デートって好きな人とするもんじゃないの? 男と二人きりならデートになるの?
ちょ、ちょっと待って……聞き慣れない言葉で頭が回らない……。
……あ、待てよ。男と二人きりがデートなら違う。絶対、違う。
だって山田は宇宙人だし!
そう、これはデートじゃない!!
「……デートじゃないわよ」
「え? デートだよ」
「山田、あんた宇宙人だもん。宇宙人と二人きりだから、デートじゃないわよ」
「……栗原さんにとってはそうかもしれないけど、他の人が見たら――」
「デートじゃないの!!」
傍から見たら「必死だな」とか思われそう。
けど……こんなのデートと認めたくない!
こんな私でもデートというか、恋愛には多少の憧れはあるの!
放課後デートも……憧れの一つだったのに。
今日、今の状況をデートと認めてしまえば……新たな黒歴史になってしまう……!
「そ、そんなに栗原さんが嫌がるとは思わなかったよ……ごめんね」
「……わかってくれたなら別にいい」
「俺……栗原さんのことお嫁さんにしたいと思ってるからデート感覚だったんだ。……でも、栗原さんは俺と同じ思いじゃないんだね」
声のトーンが下がった。
表情はわからないけど、頭が俯き加減になってる。
……何か悪い気がしてきた。けど……ここで許したらまた調子に乗る。
ここは心を鬼にして……すっきり諦めてもらおう。
「……うん、全然違う。だから……もう私には構わないで」
「そっか……全然違うんだ」
心がちょっと痛い。
でも、あんたが宇宙人だって誰にも言わないから、私をお嫁さん候補にするのは諦めて。
「……わかった。じゃあ俺……頑張る」
「そう、頑張って――……って頑張る?」
「うん。栗原さん以上の女の子、なかなか出会えないと思うから頑張る」
なっ……何言ってんだこいつは!!
「高校って三年間だよね。その間に、栗原さんがお嫁さんになりたいって言ってくれるように努力するよ」
「努力の方向が違うわよ! なんで諦めないのよ!」
「諦めないよ。今、栗原さんが一番の理想なんだ。ここまで来て理想の女の子と出会えたのに、簡単に諦められるわけないじゃん」
……理想の女の子って……私なの?
山田……あんた、目、おかしいんじゃない……? ……どこに目があるか知らないけど。
それより……山田に諦めてもらわないと、私、周りから貶され続けるんじゃ……。どうにかしなきゃ!
「私、あんたが近くにいると……周りから色々言われて、結構みじめな思いになるの。なのに……あんたは私に、それを我慢しろって言いたいわけ?」
……嫌な言い方。
私が地味だから言われてるのはわかってるんだけど……無理やり山田のせいにしてるのはわかってるんだけど……。
「大丈夫。堂々としていればいいんだよ。栗原さんは今のままが良いんだから」
「……え」
なにそれ。
……そんなこといきなり言わないでよ。
「俺の見た目は人から好まれる情報を元に作り上げてるから、色んな人が近づいて好意を持ってくれてるよ。でも、みんな何か誤解してるんだ。栗原さんに対してもそう。だから俺は、みんなの誤解を解いていくよ。俺と栗原さんが一緒にいても全然おかしくない、似合ってるんだってことを広めるよ」
……ん。
何かおかしい。ちょっと感動しかけたけど……何か違う。
今の言い方……まるで外堀を埋めるように聞こえるんだけど……。
「ちょ、ちょっと……私の気持ちは……」
「栗原さんは学校の人の視線とか態度が気になるんでしょ? きっとその不安がなくなったら変わると思うよ」
外堀埋める気満々じゃないの!!
「あっ! 今、学校の制服の人がいた。さすがに今、二人きりのところ見られたら大変だから、帰ろうか」
後ろを見ると、遠くに確かに同じ制服の人がいる。
……なんでタイミングよく現れるのよ……! あぁ……山田のペースから抜け出せない。
「栗原さん、送ろうか? 時間止めたら送ることできるけど……」
「……いい。なんか寿命が縮む気がするから……」
「そう? ……じゃあ俺、先に帰るね。気をつけて帰ってね。じゃあまた明日!」
手を振る赤いタコ……。
そして私の元から去って行った。
はぁ……。
あいつ、悪い奴じゃないとは思うんだけど……。
なんか信用できないというか、何を考えてるのかわからないというか……。
これから先、どうなるんだろ……不安しかない。