報告会
ジメジメとした梅雨の真っ只中の、ある日の放課後。教室では全員が居残りをして体育祭について話し合ってる。教壇には体育委員の男女が立って、それぞれ出場種目を黒板に書いていた。
「えーっと、私たちは紅組となりました! 二学年が出場する種目は配布したプリント通りになってます。で、全員参加する種目はムカデ競走――」
……なるほど、全員参加と個別に参加を募る種目がある、と。
私、そこまで運動得意じゃないからあんまり参加したくないなぁ。でも、最低一種目は参加しないといけないし……どうしよう。
「――……で! このクラス選抜リレーは、足の速い奴を推薦したい! 男女一人ずつの選出なんだけど、推薦する奴はもう決まってる。山田と橘さん! みんなも文句ないだろ?」
目を輝かせる男子の呼びかけに、教室のあちこちから「文句なーし!」「さんせーい!」などという声が飛び交った。
これは……私も異議なし。だって、あの二人本当に運動神経が抜群だから。山田はともかく、橘さんはその美しさから想像できないような運動神経の持ち主。頭も良くて運動もできてスタイルも良いって……本当に私、すごい人の友達になったんだ……ちょっと鼻が高くなっちゃう。
「わかった、じゃあ俺それに参加するよ」「私も別にかまわないわ」
山田も橘さんも特に嫌そうな感じはなく了承すると、体育委員の二人が黒板に名前を書き始める。
「……よし、じゃこの種目はオッケー、と。じゃ残りの種目について決めていきまーす!」
◇ ◇
その日のうちに全員の参加種目が決まった。私は借り物競走に出ることになった……。足早くない上に変な要求のカード引いたらどうしよ……不安だけど、まぁ一種目だけだし頑張るしかない。で、今、橘さんに誘われて喫茶店に立ち寄っていた。テーブル席に座って、二人ともパフェを注文する。
「……さて、この間のデートについて話してもらうわよ?」
と、橘さんが悪戯っぽくニンマリと微笑んだ。テーブルの上に腕を組んで少し身を乗り出し、内容に期待している眼差しで私を見つめてくる。
……誘われた時点でそんな予感はしてたけど……やっぱりそうきますよね。
「特には……純粋に遊園地を楽しんで……」
「それで?」
「ジェットコースターに乗ったり、バイキングに乗ったり……あ、あとお化け屋敷兼脱出ゲームのアトラクションがありました」
「へぇ楽しそうね。で? 宇宙人とは?」
ニッコリと微笑んだ顔が微動だにしない……。逆に話せって言ってるみたいでちょっと怖い。
まぁ……いいか。ついでに話を聞いてもらおうかな……。
「……山田とは楽しく過ごせたと思います。途中、吉村さんと会ってしまったんですけど――」
「はぁ!? あの子と会ったの!? 全く……どこまで邪魔すれば……!!」
「で、でも! 山田がちゃんと言ってくれて! ……問題ありませんでした」
というか……吉村さんに会ったことで変にベタベタしてたような……。
……お、思い出すな、私!!
「へぇ~楽しかったみたいね~」
ニヤリと頬を緩めて笑う橘さん。……なんだか思ってることが筒抜けになってる気がする。
「ひとまず、気分転換できたみたいね。宇宙人と二人きりにさせるのはどうかなぁってちょっと不安だったんだけど……杞憂に終わったみたいで安心したわ」
その時頼んでいたパフェが運ばれてきた。
嬉しそうに見つめる橘さんを前に――私は少し、遊園地で山田に言われたことを思い出す。
あいつ……ずっと続かないって言ってた。そんなこと……何で今更言うんだろう。
「……橘さん」
「ん……何、どうしたの?」
「あの……例えば何ですけど、楽しい時間を過ごしてる最中にいきなり『こういう時間は続かない』とか……普通は言いませんよね?」
「……言われたの?」
「えっ……は、はい」
「具体的には何て言われたの?」
「その山田に、私と会えて良かった、こういう日が続けばいいけどずっとは続かないねって言われて……。私それを聞いてなんだか……妙に引っ掛かるというか何と言うか……」
橘さんは一口二口スプーンでパフェを口に運んで、じっと私を見つめながら咀嚼してた。
何を言われるか身構えてると、橘さんがごくんと飲み込んだ。
「別に普通じゃないかしら。というか、山田って宇宙人よ? それ自体が普通じゃないわ」
「そ、それはそうなんですけど」
「どういう理由で来たか知らないけど、いづれ自分の星に帰るんでしょう? だったら続かないって言ったのは別におかしくはないと思うけれど」
「そう……ですよね」
そうよ……。何を今更言ってるんだろう。
初めの頃、私だって早く帰ればいいとか思ってたじゃない。……なのになんで、今更改めて言われてちょっとショック受けてるのよ……。
「……栗原さんは、それを聞いてショックだったの?」
「えっ……」
思ってたことを言い当てられ、思わず落ちかけていた視線を橘さんへと戻す。
……見ると橘さんは笑いもせず、真剣な眼差しで私を見てた。
「どう思ったの? 正直に教えて」
「そ、それは……。……はい、その、少し、ショックでした」
「……そう。まぁ……好きな相手からそう言われるとショックよね」
「……え?」
好きな相手……? いやいや……いやいやいや……!
「なっ、何言ってるんですか、橘さん。私……山田のことなんて……」
「……え、自覚してないの? 嘘でしょう?」
咥えていたスプーンを吐き、橘さんの表情が若干険しくなった。
「私、栗原さんは宇宙人――いや、山田のこと好きなんだって思ってたわ。というか、その言葉にショックを受けたっていうことは、栗原さんとしては山田との日々が続けばいいって思っているんでしょう? それって、山田と一緒にいたいってことよ? 好きでもない男と普通一緒にいたいなんて思わないわ。いい加減、自分の気持ちに素直になりなさいよ」
「あ、相手は人間ですらないんですよ? まさか……私が好きになってるだなんて……絶対、絶対違います。……か、勘違いなんです、同情してるんです……」
ありえない。絶対、ありえない。
あんなのっぺらぼうで赤いタコみたいな奴が好き……? そりゃ山田には色々助けてもらったから、こっちもお返ししたいっていうのは本当だけど……。でも、山田のことは……ない。認めたくない。
橘さんは大きくため息を漏らした後、黙々とパフェを食べ始めた。……私も食べよう。アイス解けちゃうし。
パフェを食べている間、チラッと橘さんを覗き見するんだけど……橘さんは私には目も向けずひたすらパフェに視線を落としてる。……怒ってるのかな。うぅ……気まずい。このパフェ食べ終わったらどうすればいいだろ。
そんなことを考えながら、パフェを食べてると――。
「……栗原さん」
ビクッとして背筋を伸ばすと、橘さんはパフェを食べ終えていて真っ直ぐ真顔で私を見ていた。
「前、私に宇宙人の正体を明かしてくれた時、栗原さん言ってたわよね『どんな姿でも山田なんです』って。だから今度は私が栗原さんに言ってあげる」
「と……言うと……」
「栗原さんが好きになったのは『山田くん』なのよ」
「……え?」
「もうこの際、相手が宇宙人だろうとエイリアンだろうと関係ないわ。だって、そのせいで好きっていう気持ちを誤魔化そうとしてるなんて辛いでしょう? こう言っては失礼かもしれないけど……栗原さんて今まであまり人と関わろうとしなかったじゃない。そんな人が関わり合いを持って、それで人を好きになるなんて……すごい進歩だと思うの。まぁ人じゃないのだけど……関係ないわ!」
橘さんの口元がニコッと緩む。
「私、こうやって話してくれたことがすごく嬉しいのよ。だって、それって私を頼ってくれてるっていうことでしょう? だったら私は背中を押してあげるわ」
「で、でも! ……じゃ、じゃあ、仮に私が山田のことを……好き、だとして……。そんなの……意味がないじゃないですか。相手は人間じゃない。いつか、元いた場所に戻らなきゃいけない……離ればなれになるって分かってるなら、初めからそう想わない方が絶対良いじゃないですか……」
そうだよ。人間でもない奴に恋するなんて……馬鹿みたいだ。
「じゃあ、人間同士だったら離ればなれにならない、とでも言うのかしら? 結果が見える恋ってそんなに無駄なこと? ……付き合ってるって知っている上で告白した私は愚かだったってことね」
「えっ……あ、いや、そういう意味じゃないです!」
「大丈夫、別に怒ってないから。でも……もっと素直になった方がいいわよ。宇宙人の方もこんな時間は続かないってわかってるみたいだし……だったらどう過ごすかは栗原さん次第よ。……後悔はしないようにね」
そう言ったのを最後に、その日橘さんは山田について言ってくることはなかった。
……たぶん、これは私の気持ちの問題なんだ。




