今が大事
長い列に並ぶこと数十分。ようやく入口が私たちの目の前までやってきた。入口にはスタッフが二人立っていて、入る際の注意事項を簡単に説明してくれた。「中は迷路になっているので鍵を集めながら洋館から脱出してください」「どうしても無理なら渡したボタンを押してください」そんな説明をされた後、洋館の簡単な地図とボタンの付いた機械を手渡された。この機械が緊急脱出できるものらしい。私が持っていてもしょうがないので、全部吉村さんに手渡してあげた。
「では、いってらっしゃーい」
そうスタッフさんに言われ、踏み込んだ扉の向こうは本当に洋館のような作りになっていた。灯りなんてほとんどなく、冷房が効いてるのか妙に肌寒い。先に入った人たちの叫び声か遠くから聞こえる。去年文化際でもお化け屋敷をやっていたけど、それとは比較できないくらい雰囲気がある。
「山田先輩、暗くて怖いです~!!」
って感心なんかしてる隙に、吉村さんが山田の腕に絡みついてるし!!
でもすぐに山田はその腕をほどくと、代わりに私の手を握り締めてきた。……って、えっ!?
「ちょ、ちょっと山――」
「吉村さん、怖がる前に早く鍵を集めようよ」
私の抗議の声を遮るように、山田は吉村さんに促した。あっさりと拒絶されたことにショックなのか、吉村さんは一瞬固まってたけどすぐに意識を戻してプイッと顔を背けた。
「ひどい! そんな冷たくあしらわなくてもいいじゃないですか! 怖いから抱きついただけなのに!」
「だったら俺じゃなくて彼に抱きつけば良かったね。さ、早く地図を見てさっさと鍵を集めよう」
……ハッキリ言いますね、山田くん。吉村さんには申し訳ないけど、ちょっとスカッとするかも。
だけど、やっぱり吉村さんには悔しかったようで、私たち二人に背を向けると連れの男子の服の裾を掴んだ。
「もういいです! 私はヒデオくんと鍵探しますから! 先輩方は自力で鍵を見つけて脱出してください! いこっ!」
「はいはい……」
男子は呆れたように笑みを見せて、ズンズンと進む吉村さんの後ろを歩いて行った。
……って……全部道具持って行かれてしまった! 地図がないと鍵の場所わかんないじゃない! 手当たり次第探さなきゃ出れないってこと? 緊急脱出しようにもその機械も吉村さんが持って言っちゃったし……待て待て、冷静に考えたらきっと出れるはずよ。だってこれは単なるアトラクションだし、絶対に出れるはず……!
「不安そうな顔してるけど、大丈夫?」
「わっ!」
いきなりのっぺらぼうが顔を覗き込んできた。
ビックリした私を、山田は不思議そうに首を傾げる。
「吉村さんが地図も機械も持って行ったけど、ここはすぐに脱出できるよ? 来たときみたいに帰ればいいんだから」
「……あっ」
……言われて見ればそうね。常識で考えちゃダメだった……。
「でも……せっかく栗原さんと二人になれたし……ここは、ね?」
「え? ……わっ!」
そう言うと握っていた手を握り直して、吉村さんたちとは逆の部屋へと歩き始めた。
「せっかくだからお化け屋敷を楽しもうよ。怖かったら抱きついてもいいからね」
「だ、誰が抱きつくもんですか!」
何言ってんのよ、このタコ! でも……手だけは繋いでおこう。はぐれたら嫌だし。
山田の奴は鍵の場所を知ってるんじゃないかってぐらい、迷いなく部屋を回って行く。部屋にはそれぞれ仕掛けがあって、急にクローゼットが開いたりドアが閉まったり、物が落ちてきたりと、とにかく驚かせようっていう仕掛けばかりだった。その度に私はビクビクと身体を震わせてたんだけど……山田の奴は歩みを止めることなく、次々と部屋の奥の鍵を取って行く。ていうか、相当暗いはずなのに何で迷いなく進めるのよ……。山田の奴が少し先を歩いて、手を引かれる感じだから私も自然と歩みが止まらない。
「……ええと、鍵はこれで終わりだね。あとは出口まで行けばいいだけ。なんだか呆気ないね」
「え、もう出口行けるの? ……っていうか、あんたここ来たことあるわけ? 鍵の場所とか数とか部屋の構造とか……全部知ってるんでしょ?」
「来たのは初めてだけど、場所の情報はチップから全部仕入れてるからね。それを思い出して巡ればすぐだよ。ま、出口まではゆっくり歩こうか。周り誰もいないみたいだし」
誰もいないってことは、みんな鍵を探して迷ってるってことよね。……まぁ広くて部屋の数も多いんだから、普通は時間がかかるはず。山田のおかげで迷うことはなかったけど……まぁ、いいか。
「……何だか、あんたのやることに慣れてきたかも」
「あ、本当? そう言ってもらえると嬉しいな」
きっと山田の正体を知ってる橘さんだったら、ビビってますます疑り深くなるんだろうなぁ。いや、誰であっても、宇宙人が情報を簡単に手に入れてるって聞いたら焦っちゃうか。……やっぱり私がおかしいだけなのかも。慣れって怖いなぁ……。
山田は出口までの道のりも知っているようで、スタスタと進んでいく。……途中ドアやら怪しい木箱とかもあるのに全部スル―。物影から人が出てくるんじゃないかと思うけど、横に山田がいるしあまりにも堂々と歩くから、こっちも怖くなくなってきた。
「こんな風に栗原さんと二人で歩くなんて、初めてな気がするよ」
そう言って、山田が握っている手を私に見せるように上げた。……改めて言わなくてもいいでしょ。やめてよ、恥ずかしい。……顔が赤くなりそう。まぁ暗いから見えないだろうけど……。
……暗い? 周りに誰もいない……? え、本当に二人きり……いやいや、意識するな私!! 意識したら余計に顔が熱くなる!!
「……なんだか、自分が人間じゃないってこと忘れちゃいそうだなぁ」
「……私から見たら、山田はどう見ても宇宙人なんだけど」
「まぁそうなんだろうけど……あまりにも栗原さんが俺に対して普通に接してくれるから、そう思っちゃって。……俺、栗原さんに出会えて良かった」
なんで……こんな状況でそんな台詞を吐くわけ。こっちが……こっちが恥ずかしいじゃないの……!! まずいよ、今、絶対顔が真っ赤だ。
「ずっと続けばいいんだけど……それは叶わない願いだよね。だから、今がすごく大事に思えるんだ」
「……え」
今……寂しいことを言われたような。熱かった頭が急激に冷めてく。
「……続かないの?」
「だって、俺は宇宙人だから。お嫁さん探しもサンプル集めももうしないから、ここにいる理由はないんだけど……栗原さんを守るって約束したから、もうしばらくいるけどね」
「し、しばらくって……どれぐらい?」
「うーん……長くても高校卒業までかな。それまでは栗原さんと思い出を作りつつ、人間観察に勤しむよ。見るだけでも人間って面白いしね」
そう……か。お嫁さん探しをやめるってことは、本来の山田の目的を諦めるってことなんだ。……じゃあ今地球にいる理由は本当に、私のためだけ……。それっていいことなの? 元いた場所で研究員なら、本当はすっごく忙しい身だったりするんじゃないの?
「……何か考え込んでるみたいだけど、別に無理してここに残るわけじゃないよ? まだまだ人間を観察しておきたいからね。物は持ち帰ることはできなくても、知識は持ち帰ることは可能でしょ?」
「そうなんだろうけど……」
「それに……ちょっと気になることもあるしね」
「気になること……?」
何だろう。思わず首を傾げて山田をじっと見つめると、いきなり手をグッと引っ張られ目の前まで山田の顔が迫った。
ちっ……近っ、ちょ、顔がくっつきそう……!!
「色々、ね」
とボソッと小声で言われ、耳がぞわぞわした。
のっぺらぼうが目の前に迫ってるのに……怖いというよりも恥ずかしい……!どこに視線向ければいいの。……やばい、近過ぎて頭が沸騰しそう……。
パニックになりそうな私を知らずか、山田は手を離すとそのまま私の肩に腕を回した……って、何なのいきなり!!
「出口は見えてるけど、もうこのまま学校前に戻ろう。吉村さんたちが出口で待ってるかもしれないしね。じゃ、行くよ」
「は、はい……」
わけがわからないまま、私と山田は遊園地から去った。
◇ ◇
その体勢のまま、待ち合わせた学校前に瞬間移動した。慌てて顔を背け、山田の腕をほどき少し距離を置いた。……まだ心臓がバクバクしてる。というか……今瞬間移動したところ、誰かに見られてるんじゃ……。
そんな悪い予感がしてバッと顔を上げたんだけど……近くを歩いてる人たちは、その状態で止まってる。部活帰りなのか自転車で校門から出ようとしている人も、自転車に乗ったままその場に停止してる。……これは。
「今、時空を止めてるんだ。見られたらまずいしね。……って、栗原さん顔真っ赤だけど大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫!! そ、そう、止めてるの、これなら誰にも見られないね」
落ち着け、私……! 笑顔で誤魔化してしまえ。
冷静に……冷静に……。
「あー……今日はありがとう。その、楽しかった」
「ううん、こちらこそありがとう。あ、家まで送るよ」
「いやいや! だ、大丈夫! まだ明るいし、一人でも平気だから!」
もう頭と心臓が限界……!
――なんて山田に言えるはずもなく、必死に首を横に振ってアピールすると、山田も諦めたように頭を掻いた。
「……そう? まぁ、栗原さんがそう言うなら無理にとは言わないけど。でも、気をつけて帰ってね」
「う、うん。じゃあまた明日……学校でね」
そう言ってすぐにその場から離れたけど……少し進んだところで足が止まる。
続かない――その言葉を急に思い出して不安になった。もしかしたら、今、振り返ったら山田はもういないんじゃないかって……。自分勝手な奴だから十分あり得る。
そう考えたらどんどん背筋が冷たくなって……我慢できずに振り返った。そしたら山田は……まだ校門の前にいた。こっちに向かって手を振ってる。
遠くからでもわかる、変な姿。タコ宇宙人のくせに、人間の服なんか着ちゃって、カッコつけてんじゃないわよ。でもそれも……なんだか見慣れちゃった。
「……山田ー! また明日ねー!!」
大声出して手を振ってやったら、山田は両手をぶんぶん振り回してくれた。
また明日……そう言える日がずっと続けばいいのに。
次回は橘さんへの報告回。




