遊園地デート
吉村さん騒動から数日経ち――今、教室はあの騒動が嘘だったかのように、いつもの昼食時間が流れてる。山田と橘さん目的の野次馬も、落ち着いてきたのかもういない。やっと普通の昼食時間って感じ。
――それにしても、やっぱり山田の奴が吉村さんに執着してたのが気になるし、ずっと悩んでることも気になる。私に言いたくない様子だったし、きっとあいつ自身のことなんだろうなぁ。そもそも、山田の奴がここに来たこともイマイチ解せないというか。……良く考えたら私、山田のこと、なーんにも知らない。いい加減問い詰めて聞いてみるべきか……。
「……栗原さんどうしたの?」
ハッとして顔を上げると、目の前に座る山田が首を傾げてた。
「あ、いや、何でもない。……ちょっと考えてただけ」
……山田の奴に警戒されないようにしなきゃ。そうじゃなくても、こっちは表情わからなくて読みにくいのに。
そんなことを考えていたら、隣に座ってた橘さんがニヤリと私に微笑んできた。
「栗原さん実はまだ引きずってるんじゃないの?」
「え?」
「吉村さんよ。あれだけ目の前でイチャイチャを見せつけられたんだから、引きずってても仕方ないわよね。あーあ、栗原さんが気の毒過ぎるわ、心に傷を負わされたんだからー」
「いや、別に――」
否定しようとしたら、橘さんがキッと睨んできた。……え、何ですか。
すると、山田がボソッと呟いた。
「……もしかして俺のせい?」
そう聞こえた途端、橘さんが口元をニヤリと緩めた。
「そうね、山田くんのせいよ。普通、彼女の目の前で他の女とベタベタしないもの。……そうだ、謝罪の意味も込めて、今度の休み二人で出掛けてきなさいよ。もちろん、ぜーんぶ山田くんの奢りで」
「え?」「えっ」
なっ……何を言い出すんですか!?
「どうせ最近は下級生ばかり相手にしてたんでしょう? 一日ぐらい栗原さんのために使いなさい。良い機会じゃない」
「うん。むしろ俺は嬉しいぐらいなんだけど……栗原さんさえ良かったら……」
山田がのっぺらの顔を私に向ける。横からは橘さんにニヤニヤした顔が見える。
……嵌められた気がする。でも……私にとっても良いチャンスかも。この際、山田にズバズバ聞いてやる……!
「い……行くわよ」
「本当!? やった! 楽しみだなー」
そう言うと山田は再びパンを食べ始めたみたいだった。一方で、橘さんは口元をニヤリとさせたまま、横目でじっと私を見つめ耳打ちしてきた。
「……楽しんできなさいよ。色々考えてるんでしょうけど、一日ぐらい忘れて、純粋に楽しめば気も紛れるわ」
そう言ってニッコリと微笑む橘さん。どうやら私に気を遣ってくれたみたい。
……気が紛れるかはわからないけど、もやもやする気持ちを整理できるチャンスだと思う。どうなるか不安だけどやるしかない。
◇ ◇
そしてやってきた約束の休日。待ち合わせ場所はなぜか学校の前。でも服は制服じゃない。
この日のために、なぜか橘さんが全身コーディネートしてくれて、普段着ないようなヒラヒラした花柄のワンピースにショルダーバック、頭にはカチューシャ、足元は新品のスニーカー。……おまけに橘さんが家までやってきて、薄ら化粧までしてくれた。……すっごくニヤニヤ笑ってたし「あとで感想聞くわね」とか言ってた。こんな格好で山田と二人きりなんて、本当にデートっぽく見えてしまうのでは……。
……いやいや、違う違う! 今日は、山田の機嫌を伺いつつ本音を聞き出すのが目的! それを忘れちゃダメよ、私!
「……栗原さん? だよね?」
「っ!!」
急に赤いのっぺらぼうが覗きこんできた――山田だ。山田も今日は制服じゃなくて、ジーンズにワイシャツというカジュアルな服装。私から見たらタコ宇宙人がブカブカの服を着てるようにしか見えないんだけど……イケメンに見えたなら、きっと似合ってるんだと思う。……たぶん。
山田は私に顔を向けながら、少し首を傾げ不思議そうに眺めている……気がした。
「……なによ」
「いやぁ……栗原さんが化粧してるなんて、珍しいなぁって思って」
……ハッ! しまった! そういえばこいつは化粧ダメだったじゃない! さっそくやらかしてしまった……!
「こ、これは橘さんがやってくれたの! 少しぐらい我慢しなさいよ!」
「うん、まぁ、それぐらいなら臭いもないし大丈夫だよ。それに、制服じゃない栗原さんって新鮮だね。今日は何だか別人に見えるよ」
「そ、そう?」
ほ、褒めてるのよね……? なんだか照れくさい。
「……でもやっぱり、化粧してない栗原さんの方がその服装似合ってる気がするよ。この際、橘さんには悪いけど化粧取っちゃう?」
山田はポケットからティッシュを取り出してきた。
……こいつに少しでも期待した私が馬鹿だった。怒りを通り越してため息が出る。ていうか、どんだけ化粧嫌いなのよ……。
「え、どうしたの?」
「……何でもない。せっかく橘さんがやってくれたんだから化粧は取らないわよ。そんな厚化粧してないし。それに今日一日だけなんだから」
「そっか……わかった。栗原さんがそう言うなら俺も気にしないよ。栗原さんであることには変わりないしね。じゃ、行こうか」
そう言うと山田は私の手を掴み、グッと引き寄せてきた。
「えっ! な、な、何!?」
「うん、ちょっと移動するから。一旦拠点に寄るね」
そう言って、もう片方の手にあったチップを山田がグッと握り締めた瞬間――そこは学校の前じゃなくなっていて、目の前には見覚えのある青白く光る透明の木が立ってた。これは確か山田の拠点にあった不思議な木だ。どうやら山田の拠点へ瞬間移動したみたい。
「……ええと、確かこのチップだったかなぁ」
そう言いつつ、山田がその木の根元にあるパネルを操作してる。覗き込んでみたけど、よくわからないウィンドウが出てくるだけで全く理解できない。何やってんだろ――そう思ってたら、パネルの上が小さく開いて、そこからチップを乗せた機械が出てきた。
「な、何やってんの」
山田は驚く私を気にする様子もなく、出てきたチップを持った。チップがなくなると機械が勝手に引っ込んで元通りになった。……何なのこの機械。
「出掛ける準備だよ。せっかく栗原さんと久しぶりにデートなのに、移動時間に時間を割かれたくないしね。じゃ、移動するよ」
「え、え? 移動ってどこ――」
言葉を遮られ、山田は私の肩を抱き寄せた。そして同時に、目の前が真っ暗になった。
けど瞬きをする間ぐらいのほんの一瞬で、次の瞬間には山田と私は人ゴミの中にいた。がやがやと騒がしく、家族連れやカップルがたくさん楽しそうに歩いてる。周りをもっと見渡すと、見慣れない飲食店やグッズ売り場、奥にはジェットコースターや観覧車が見えた。ここは――。
「……なんで遊園地に」
「人間のデートって言えば遊園地でしょ? 栗原さんと一度ぐらい行ってみたかったんだ」
そう言うと山田は私の肩から腕を離し、ごく自然に私の左手を握り締めてきた。
「今日はいっぱい楽しもうね。どれから行こうか?」
山田の丸い手はじんわりと温かい。のっぺらぼうだけど、私には笑ってるように見える。人間じゃないのにちょっとドキドキしてる。こんなタコ宇宙人にドキドキするなんて、自分でも信じられない。でも今は……純粋に楽しもう。私も少しだけ左手を握り返した。
「ジェ、ジェットコースターに乗りたい……」
「うん、じゃあ行こう!」
◇ ◇
私も遊園地なんて小さい頃家族で来た以来だから、妙にテンションが上がってしまった。ジェットコースターやバイキングできゃーきゃー言ったり、ウォータースライダーでもはしゃいでしまったりと……普通に楽しんでしまった。山田は終始無言で乗り物に乗ってたから、楽しんでるのかは良く分からなかった。もしかしたら怖くて声もでなかったのかも。どっちにしても一緒に楽しんでくれてるならいいんだけど。
ある程度乗り物に乗ったところで、昼食を取ることにした。どの店も人でいっぱいだったんだけど、並んだ末になんとか二人席テーブルに座ることができた。
「気にせず好きなもの頼んでね。……ちょっと疲れちゃったから、俺は飲み物だけ頼むね」
乗り物酔いしたみたいだ。表情が見えるなら、きっと青ざめてるんだろうなぁ。分からなくて残念。
「じゃあ私はランチで。店員さん呼ぶね」
呼び鈴を鳴らすとすぐに店員さんがやって来た。女の人だったんだけど、気のせいか終始山田の方ばかり見ている気がする。……そういえば、浮かれっぱなしで気付かなかったけど、周りの女性たちがチラチラと視線を向けてた。……これだけ人が多くても、山田のイケメンは際立ってるらしい。
「……あんた、本当にモテるというか目立つというか……」
「うん? ……あぁ、仕方ないよ。そう言う風に設定してるから」
グビグビと水を飲む山田。……この話の流れで、山田のことを詳しく聞けるかもしれない。
「……そもそもさ、どうしてそんなイケメン設定にしたのよ。目立ちすぎて、もしかしたらバレるかも、とか考えなかったの?」
「考えなかったよ。地球に時空を見破る存在はないってわかってたからね。……まぁ、栗原さんに効果がなかったのは予想外だったけど」
「その時空とか、さっきあったら変な木とか、山田ってここに来るまで何してたの?」
「あー……」
この勢いで言ってしまえ――そう思ってたのに、山田は再びコップを顔へ傾け水を一気に飲み干した。
「……どうして知りたいの?」
しゃがれ声だけど妙にハッキリ聞こえた気がした。私の思惑を探る感じがする。でも……引き下がるわけにはいかない。私はなるべく山田から目を逸らさないよう我慢して、眉間に力を込める。
「私、山田のこと何にも知らないから。一年間、一緒に学校生活を過ごしたのに、知ってるのはあんたが宇宙人ってことだけ。あの拠点だって意味わかんないし、時空とかサッパリ。その辺の事情も気になるけど……山田自身のこと聞いたことなかったなって思って。だから教えてほしい」
「……俺に興味を持ってくれるなんて嬉しいな。気になり始めたの? 最初は関わらないでって言ってたのに」
「それは……しょうがないじゃない。それに私ばっかり探られて、あんたはダンマリなんて不公平だし」
「……それもそうかもね」
丁度タイミングよく料理が運ばれてきた。私にはサラダ付ランチと、山田の元にはストローが刺さったオレンジジュースが運ばれる。届けた店員の背中を見送って、再び山田へと視線を戻す。口を開こうとするより先に山田が言葉を発した。
「じゃあ、ここへ来るまでの簡単な話をするよ。それで栗原さんが納得してくれればいいんだけど」
その声はいつになく落ち着きを払った声色だった。




