言えない本音
山田は次の日になると、普通どおりに登校してきた。教室へ入るや否やみんなに囲まれる。でもすぐに私たちの視線に気づいたのか、みんなを落ち着かせてこっちへとやってきた。
「二人とも、おはよう」
「吉村美子って誰?」
間髪いれずに言い放つ橘さん。腕組みをしてジト目で山田を睨みつけてる。
「あぁ、一年生の女の子だよ」
「それだけ?」
「え、うん」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
怪訝そうな目で睨む橘さんに対して、山田は不思議そうに首を傾げてるだけ。たぶん、だから何、とか思ってるんだろうな。
「……橘さん、あとは私が聞きますから――」
「絶対自分が何をやったかわかってないわ! 栗原さん、遠慮せずにがつんと言わなきゃ。何だったら私が――」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「……そう?」
困った表情を浮かべつつも、橘さんはようやく引き下がってくれた。
一方で、山田はこの様子を首を傾げたまま眺めている。
「……どうしたの、二人とも」
「だから、あんたのせいで――!!」
「わー! ほ、ほらチャイムが鳴りますよ! 席に戻りましょう!」
た、橘さんが山田のペースに合わない……!!
いちいち反応してるとイライラしてしょうがないんだけど……いつか橘さんが理解してくれればいいな。
◇ ◇
昼休憩。一年の時と変わらず、三人揃って教室で食べることになってる。私たちのことを知ってる人たちは特に気にする様子もないけど、初めて見る人たちにとっては奇妙な光景らしい。美男美女の間に、なんであんな地味子がいるのか――そんな感じの話。それは山田を見に来る下級生にも同じことが言えた。
「……うざったいわね。なんで教室にまで一年が見に来るのよ」
ドア付近に、山田を一目見ようと一年生が人だかりを作っていた。嬉しそうな表情を浮かべる人や、不思議そうな顔をする人もいる。
ちなみに、何人か男子の姿を見えた。たぶん、橘さん目的なのだろう。本人気付いてるのかな。
「まぁいいんじゃないかな。俺たちの邪魔をすることはなさそうだし。それで、栗原さんが朝言ってた聞きたいことって何?」
「あぁ……ええと……」
パンを持ったまま山田が顔を向けてきた。だけど、橘さんがいる目の前で話せることじゃない。お嫁さん候補とか、実験体とか言えるはずないでしょ? でも、山田の奴がそこまで気が回らないってことは……本当に吉村さんって子はただの下級生……?
「山田せんぱーい!」
甲高く甘ったるい声が空気を引き裂いた。ざわつく教室を物ともせず、ポニーテールを揺らしながら近づいてくる女子――吉村美子だ。黒ブチの眼鏡と垂れ目が特徴的な女子で、私を見ることなく山田と橘さんに目が止まった。
「わぁ、橘先輩ですよね!? すっごい美人だって噂があったんですけど、噂以上の方なんですね! 山田先輩と橘先輩が並ぶとすっごく華やかです」
「……褒めてくれてありがたいけど、あなた誰?」
「あ、私、一年の吉村です。今日は先輩に頼まれたお弁当を持ってきました!」
「頼まれた!?」
思わず目を見開いて山田を見る。けど、山田は慌てる様子もなく顔を吉村さんに向けてる。
吉村さんはニコニコと微笑みながら、持っていた弁当を差し出した。
「どうぞ、先輩。今日早起きして、全部私の手作りなんですよ」
「あーそうなんだ。ありがとう」
「もう、弁当頼んでおいてパンを食べてるなんて、結構食いしん坊なんですね」
「弁当は持って帰るんだ。食器はいづれ返すね」
「えー!? 先輩の晩御飯になるんですか!? それなら私、先輩の家に行って料理しますよ~」
「え、本当? 来てくれるの?」
唖然とする橘さんと私を前に、吉村さん気にする様子もなく嬉しそうな笑みを浮かべてる。
……って、何考えてんのよ!!
「や、ま、だ、くん? 家に誘うとか……どういうことでしょうか?」
「えっ……あ、いや! べ、別に深い意味はなくて――!」
「ていうか~」
会話を遮り、突然吉村さんが言葉を言い放った。
そして、冷めた目で私を見下ろしニヤリと笑って見せる。
「普通、彼女なら弁当ぐらい用意してあげるのが普通なんじゃないですか~? いっつもいっつも先輩パンを食べてるみたいだし~、気づかいができない彼女ってどうなんですか~?」
「……はい?」
「っていうか、そもそも本当に山田先輩の彼女なんですかぁ? ちょっと信じられないんですけどぉ。みーんな言ってますよ~?」
……めんどくさい子だなぁ。っていうか、山田に気に入られる時点で吉村さんも私と同類ってことなんだと思うけど……。
ため息を漏らして、少し言い返そうと思った矢先――。橘さんが立ち上がる。けど……先に言葉を吐き出したのは山田だった。
「栗原さんは俺の彼女で付き合ってるのは本当だよ」
橘さんも開きかけた口をそのままに、目線を山田へと向ける。さらに山田は続けた。
「ハッキリ言うけど、この先誰かが栗原さんに悪戯するようなことがあれば、俺は絶対に許さないから。隠れてやるのも無駄だからね」
廊下に溜まっていた下級生に向け言ったのか、山田は顔を廊下へと向けてる。
その人だかりも含め、一瞬、教室全体が静かになった。
……って、こんな大勢の人がいる前で言わなくてもいいのに。は、恥ずかしいんですけど……。
「じゃ、じゃあ……なんで先輩は私に弁当を作るよう頼まれたんですか?」
「サンプルが欲しくて」「えっ?」
「あ、い、いや! その、吉村さんが作った弁当がほしかったんだ!」
こいつ今、サンプルって言った。笑い声で誤魔化しているみたいだけど……何考えてんのよ、このタコ宇宙人。
見ると、橘さんも訝しそうに山田を睨んでる。そりゃそうだよね。宇宙人って知っててサンプルなんて聞いたら、そりゃそういう目にもなりますよね……。
けど、知らない人間――吉村さんはそんな言葉はスルーしたようで、にんまりと誇らしげに笑って見せた。
「彼女よりも私が作った弁当がほしいなんて……すっごく嬉しいです! また作ってきますね!」
「あー、うん、そうだね」
「もっと山田先輩とお話したいんですけどぉ、先輩たちが怖い目で見てくるのでまた今度にしますねぇ。じゃあまた」
軽く手を振ると、人だかりの出来ているドアへと堂々と歩いて行く。近づく吉村さんを避けるように道ができると、その中でも彼女はにやりと勝ち誇ったような笑みを見せ、颯爽と教室から去って行った。すぐにガヤガヤと騒がしくなる教室で、今度は私たち三人の周りに人だかりができた。目撃していたクラスメイトたちが、興味津々の顔で次々の質問を投げかけてくる。
「山田、浮気してんの!?」「どこで知り合ったんだよ!」
「っていうか、お前の趣味ってやっぱりあーゆー系なんだ!」
「山田くんどういうこと!?」「弁当ぐらい私でも作れるんだけど!?」
山田は困ったように頭を掻いている。
一方で、橘さんは椅子に座り直すと疑り深い目でじっと山田を睨んでた。……まずい、橘さんの不信感が増したかもしれない。
「でも、二人付き合ってるんでしょ? 栗原さん、下級生に言われっぱなしで悔しくないの?」
突然名前を言われてビクッと身体が震えた。視線をあげれば、みんなの視線が集まってる。
「え……私は……別に……」
「えぇ~マジで? 一言、びしっと言っちゃえば良かったのに~」
「でも、山田くんがハッキリ言ってくれたんだからいいんじゃないかなぁ。本当、ノロケるのも大概にしろよって感じだけど」
「間違いねぇな!」
はは、とみんなが笑う。……少なくとも、この場にいるクラスメイトたちは私のことを目の敵にはしていなさそう。容認、って言ったら大げさだけど、ある程度は認めてくれてるみたい。……まぁ一年間、山田の言動を見ていればそう思うのも仕方ないのかも。
結局、昼食はみんなとしゃべりながら過ごした。
◇ ◇
最後のHRが終わって、即山田を捕まえた。……絶対、吉村さんのことを狙ってる。
何考えてるのか聞き出さないと。山田も了承して、二人で町へと出掛けた。
向かった先は、駅前を少し過ぎた先にある裏通りの喫茶店。木の扉を開けた先に広がるコーヒーの香りと、優しそうなおばあちゃん店主さんで何度も利用してる。それに裏通りのせいなのか、いつもお客さんが少ない。今日もお客さんはおらず、好きなテーブルを選んでコーヒーとケーキを頼んだ。
「……で、吉村さんをどうするつもりなの?」
店主がテーブルから離れるのを見計らって切りだした。山田は若干顔を俯き加減に、私の方へ顔を向けていない。
……こういう時、表情がわからないのが悔しい。
「ハッキリ言うと、人間のサンプルをちょっとだけもらおうかなぁって……思ってるんだ」
サンプル……。イマイチ、イメージが沸かないんだけど……色々な検査をするってことかな。
それにしても、そういうことをしたいってことは……吉村さんは実験体候補ってことよね。
「吉村さんはお嫁さん候補になったってことね」
「まぁ……そうだね。いや……どうだろ」
歯切れが悪い言葉で、相変わらず私の顔を見ようとしない。……何なのよ。
「……何か後ろめたいことでもあるわけ?」
「いや、違うんだ。ただ……色々、考えてて……答えが見つからないんだ」
「答えが見つからない?」
何のこと言ってるんだろ。首を傾げてると、丁度良くケーキとコーヒーがやってきた。
鼻をくすぐるコーヒーの香りと、大きな苺のショートケーキ。もう、相性抜群だよね。さっそく食べちゃおう。
「……嬉しそうだね。俺、そういう栗原さんの表情、好きだな」
「……は?」
な、何を急に言い出すのよ。
って……う、うろたえちゃダメよ、私! ハッキリさせなきゃ……!
「あ……あんたは、その、サンプルがほしいがために……これからも吉村さんと交流を続けて行くわけ? 私はそれを黙って見てろと?」
「うーん……正直言うと……そうなるのかも。あ、でもね、別に切り裂いたりするわけじゃないんだよ? ただちょっと、寝てもらうだけなんだ」
怪しすぎる。
じゃなくて……今からしばらく吉村さんが山田の周りをウロウロするってことよね? あの見下すような目線を耐えろと?
山田と吉村さんが仲良さそうにしているのを……黙って見過ごせと。
「……嫌だ」
「えっ……ダメ?」
「ダメ。……っていうか、もう実験なんてやめなさいよ。せっかく学校に馴染んでるんだし、怪しい動きしたら橘さんに何言われるかわからないわよ」
「うーん……」
頭をポリポリと掻いて、コーヒーを顔に傾ける。
……なんでこんなに渋ってるのよ。やめれば宇宙人って疑われることもないし、平和なまま学校生活を送れるのに。
「……なんでそんなに実験したがるの? どうしても『お嫁さん』を見つけなきゃダメなわけ?」
「……」
無言のまま山田はコーヒーを啜り続ける。
……なんで黙るんだろう。肯定してるってことかな。
「実験とか、お嫁さん探しとか、もういいじゃない。あんたせっかく人気者なんだし、学校生活を楽しめばいいじゃない」
「そうだね……楽しみたいね」
「でしょ!? じゃあ、実験もやめようよ」
「……ごめんね、栗原さん。そう思うんだけど、サンプルはどうしても必要なんだ。いづれお嫁さんも……探さなきゃいけない」
コーヒーカップを置いた山田は、のっぺらの顔を真っ直ぐ私へと向ける。
きっと……表情が見えたなら、真面目な顔になってるんだと思う。声色もいつもよりも重く感じた。
なんでそんなにこだわるんだろ。
「探さなきゃいけないんだけど、栗原さんといると俺すごく楽しいんだ。だから……今すごく、悩んでる」
「だったらなんで……そんなにお嫁さんにこだわるのよ。私だって山田と……。山田とか橘さんといると楽しいのに、なんでお嫁さん探しなんかするの。橘さん……ううん、他の誰かに山田が宇宙人だってバレたらどうするの? 学校にいられなくなるわよ? もう、みんなと過ごせなくなるのよ?」
「……そうならないように気をつける。本当にごめんね。このことは俺のことだから。栗原さんは心配しなくて大丈夫だよ」
その言い方だと……それ以上口出しするなって聞こえるんだけど。
……何だろう、いつもと違って空気が重い。これ以上言うことはできなくなって、結局その日はそのまま山田と別れた。