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転校生、山田くん  作者: ぱくどら
高校一年生
14/49

初めまして、山田です

 次の日。

 朝、私が教室へ入ったと同時に橘さんと目が合ったんだけど……すぐに視線を逸らされた。

 怒ってるとかそういう雰囲気じゃなくて、申し訳なさそうに俯いてる。

 いつも通りに接しようと思ってたんだけど……気まずい。

 結局、挨拶もせず席についてしまって、それから昼休憩まで会話もすることなく過ごしてしまった。



 昼休憩を知らせるチャイムが鳴り響く。

 いつもなら、すぐに橘さんがやって来るんだけど……ちらっ見てみると、橘さんは立ち上がろうとする気配はない。

 どうしよう。……せっかく築けそうだった橘さんとの関係が壊れちゃうかもしれない。

 ……そんなの嫌だ。ちゃんと橘さんと話しなきゃ。……来ないなら私が行けばいいんだ。 


「あれ? 今日は橘さんと一緒に食べないの?」


 席を立ったところで、邪魔するように宇宙人がやってきた。

 この馬鹿……! 誰のせいでこんなことになってると思ってんのよ……!!


「そんなわけないでしょ? 今日は私が橘さんのところへ行くの」

「あ、そうなんだ」


 何にも考えてなさそうな山田は無視して、一人ぽつんと席に座る橘さんに歩み寄る。

 すると途中気付いたのか、怯えたような眼差しでこちらを見てきた。

 ……そんなに怖がらなくてもいいのに。


「……あの、橘さん。お昼……一緒に食べませんか?」

「でも、私……。山田くんから、話聞いてるわよね?」

「はい、聞いてます。けど――」


 ――私が話そうとした瞬間、山田のしゃがれ声で遮られた。


「今日は場所変えてご飯食べようか」

 

 振り返ると、いつの間にか真後ろにいた。

 それと同時に、周りで様子を伺っていた人たちの視線が一気に逸れた気がした。

 ……もしかしたら、聞き耳を立てられていたのかもしれない。


「ほら、行こう」


 けど山田は気にする様子もなく、教室から出ようとしてる。

 ……気を遣っているのかも。

 橘さんも察してか席を立ってくれた。


    ◇    ◇


 行こう、と言われ山田の後ろをついて歩いたのだけど……外に出てしまった。

 それでも山田の歩みは止まらず、迷いなく歩き続ける。

 一体どこまで行くつもり――と思った矢先、見覚えのある場所で足が止まった。


 ……ここは、山田の拠点に行く黒い穴があるところだ。

 昼間の太陽も校舎の影に隠れて、日陰であるこの場所は余計に寒い。

 でも確かに、ここなら人はいないし来ないと思う。けどさ、寒い中立って食べろってこと?


「……山田、何でここに来たのよ」

「ここだったら誰も来ないでしょ? だって、他の人にバレちゃったら嫌だから」


 後ろからついてきた橘さんの足音も止まった。

 少し小首を傾げ、不思議そうに私と山田に目配せする。

 

 山田のやつ……まさか、今言うつもりなの?

 そんないきなり言っても橘さんを混乱させるだけじゃない。


「ちょっと待って。先に私が話したいの」

「栗原さんが? ……じゃあその後俺が話すよ」


 ゆっくりと振り返る。

 ……真正面にいる橘さんは、気まずそうに私と視線を合わせようとしない。

 それでも、私は言わなきゃいけない。


「橘さん。山田くんから話を聞きました。……まだ、山田くんのこと好きなんですね」

「……」


 橘さんは視線を落として、唇を噛み締めていた。

 私はじっと見つめ続ける。

 本当なのか、違うのか。本人からちゃんと言葉を聞きたかった。


「――めん」

「え?」


 掠れたような声と同時に、橘さんはようやく私と目を合わせてくれた。

 いつもの整った表情ではなく、苦しげに目を潤ませていた。


「ごめん! 私……栗原さんのこと、本当に友達だと思ってる。それに、山田くんが栗原さんのこと好きだって言うのも知ってる。ちゃんと頭で理解して、二人のそばにいるつもりだった。でも、この場所で山田くんと栗原さんが付き合ってるって聞いた時……私、心の底から二人のこと良かったって思えなかった。……やっぱり私じゃないんだって。少しガッカリしたの。それなのに、山田くんが私のことを気にかけてくれて嬉しかった。もしかしたら……とか、少し心の底で考えてるの。……私、山田くんのこと……諦められない。ごめんね……私、最低の人間だよね」


 橘さんの頬と目元が赤く染まってる。

 今にも泣き崩れそうな足を踏ん張り、逃げ出しそうな気持ちを必死に耐えているんだと思う。

 やっぱり……橘さんは悪い人じゃない。

 

「……最低な人間? そんなわけないじゃないですか」

「でもっ――!」

「最低な人間の方でしたら、泣きそうな顔にはならないと思います」


 すると橘さんは慌てて目元を手の甲で拭った。

 すぐに私を鋭く睨みつけてきたけど、ちょっとだけ凄む子猫みたい。

 本当にこの人は……笑った顔も怒った顔も綺麗な人。

 そんな人を悩ます存在になっているのだと思うと、不謹慎ながら少し嬉しい。

 でも……今回は諦めてもらわないと。山田を好きになったって、不幸になるだけだ。


「……橘さん。私は橘さんが誰を好きになろうが、邪魔するつもりはありません。山田くんを好きになったのだって……仕方のないことなんだろうと思います。でも、山田くんは……本当に諦めてください」

「……そうよね。自分の彼氏だもんね。諦めろっていうのはわかってたわ。でもね、どんなに罵られてもフラレても、山田くんのことが頭から離れられないの」

「いや……そうじゃなくて……私の彼氏、ということはひとまず置いておいてください」

「え? ……ねぇ、この際だから言うけど……私が諦められない原因は栗原さんのせいもあるのよ?」

「……え、私ですか?」

「付き合い始めたせいかは知らないけど……山田くんのこと蔑ろにし過ぎよ。どうして? どうしてもっと堂々としないの? 山田くんに対して横柄な態度も見ていてイライラするわ……!」


 あれ……橘さん怒ってる、の?

 さっきまでの表情どこに……?


「あ、あの……それには深い理由があるんです……! そういう理由も含めて、橘さんは諦めてほしいんです……」

「はぁ? 何よそれは。ハッキリ言いなさいよ」


 な、なぜ私が怒られる!?

 ど、どうしよう……! やっぱり私が言っても腹が立つだけですよね……! 困ったぞ……!


「はいはーい、っと。栗原さんの話も終わったみたいだし、今度は俺が話をさせてもらうよ」


 先の丸い山田の赤い腕が肩に伸びて、ずいっと前に出てきた。

 途端、橘さんの眉間の皺はなくなって、頬がほんのりと赤みを帯びて、視線はすっかり山田の方へと向けられる。

 本当に山田のことが好きなんだ。いつも綺麗な橘さんだけど、今はすごく可愛らしい。


「橘さん。前も言ったけど、橘さんを守るのは栗原さんの友達だからっていう理由なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。もちろん、そうじゃなくても特に嫌ったりする理由なんかないよ。俺と同じクラスメイトだし、これからの学校生活を送る上では仲良くしたいとは思ってる」


 いつにも増して、山田のしゃがれ声が機械的に聞こえた。悪く言えば突き放すような言い方だった。

 それでも橘さんの表情は変わらない。一言一句聞き逃さないよう、じっと山田を見つめてる。


「仲良くしたいって言っても、深くじゃない。浅く――日常に支障をきたさない程度。それ以上、俺との関係を深めようとされると……ハッキリ言って迷惑なんだ。俺と橘さんとの距離は、栗原さんを軸とした友達の関係が一番いいんだよ。だからこれ以上、俺と栗原さん、そして橘さん自身の関係を崩さないでほしい」

「……ハッキリ嫌いって言ってくれればいいのに」

「うーん……好きか嫌いかって言われれば、嫌いじゃないしね」

「それ。そんな風に言われるから、変に期待してしまうのよ。頑張れば私のこと、見てくれるんじゃないかって……」


 耳まで赤く染めて、橘さんは少し視線を落とした。

 ……当たり前だと思う。たぶん、山田は山田なりになんとか傷つけないよう、宇宙人だと言わないよう言ったつもりなんでしょうけど……逆効果だ。

 すると、橘さんはぐっと顔を上げ、真っ直ぐ山田を見つめた。顔を真っ赤にして口を開く。


「山田くんのこと、諦められない……! まだ、好きなの!」


 私がいることを承知の上で言ってる。間近で人の告白を聞いて……こっちまで顔が火照ってきた。

 けど、ダメだ。相手がまともじゃない……!


「橘さん! お願い! 少しづつでいいから山田への気持ちを――」

「栗原さん! ごめんなさい、もう止められないわ。大事な友達の彼氏だってわかってても、もう気持ちを抑えきれない。苦しいの!」

「ち、違うんです! 好きになった相手がダメなんです! 絶対ダメです!」

「うん、わかってる。ひどい女だって自分でもわかってるわ。でも――」


 ――と、いきなり私と橘さんの間に山田が立ち塞いだ。

 会話は途切れ、二人同時に山田を見上げる。


「……栗原さん、やっぱり説得は無理だよ。諦めよう」

「でも、それじゃ……」


 山田はポケットに手を突っ込み、小さなチップを取り出した。

 わかっていない橘さんは首を傾げる。けど、私は何度もそれを見たことがある。

 時には地中深く埋め込んだり、ある時には人の額に当てたりした。よくわからない代物だ。

 ――まさか。


「……えっ!」


 私は山田を避けて橘さんに近づき、そのままの勢いで抱きついた。


「ちょ、ちょっと、なっなに!?」


 不服そうな声が聞こえたけど関係ない。

 足を踏ん張って、橘さんを抱き締めたまま山田から遠ざける。

 だって……もしかしたら……!


「あんた! まさか、橘さんの記憶を改ざんする気なの!?」


 顔だけ振り返って山田を睨む。

 一方で、私のすぐ近くからフッと鼻で笑うような声が聞こえた。


「え、栗原さん何言ってるの?」


 橘さんの声は無視して山田を睨みつけてると、山田からも笑い声が聞こえた。


「ははっ、違うよ。言った通り、橘さんに正体を明かすんだよ。そのためには少し、時空をいじらないといけないからね。シードは操作をするのに必要だから」


 まさか今から正体を明かすつもり? だったら、またあのグロイ変身を見せられるってわけ?

 まずい。そんなの見たら橘さん卒倒しちゃうかも。


「橘さん! すいません!」

「え? ……えっ!? ちょ、何するのよ!」


 問答無用で無理矢理目隠しをする。


「ごめんなさい! でも、いきなり見せられるものじゃないんです」

「何言ってるのよ! ちゃんと説明して!」

「信じられないかもしれません。でも、これから見ることは事実なんです。そしてそれを誰にも言わないでください。山田が正体を明かすのは、橘さんを信用しているからなんです」

「正体を明かす? 何言ってるの、意味がわからないわ!」

「山田は宇宙人です」

「……はい?」

「山田は宇宙人なんです」

「……何言ってるのよ」


 振りほどこうとしていた橘さんの手の力が抜けて行く。

 ちらっと振り返ると――赤い宇宙人だった山田は、ぬらりと赤い皮膚が剥がれ落ち、偽りの姿である人間の姿になりつつあった。


「……橘さん、びっくりするかもしれません。信じられないかもしれません。でも、山田はどんな姿でも山田なんです。いつもと変わらない、人気者の山田なんです。見た目はアレでも危害は加えません。だから、今から見ることを他の人には言わないでください。……約束してくれますか?」


 約束してくれないと、この手を離すわけにはいかない。そう思ったけど、橘さんは怖々と頷いてくれた。

 ほっと胸を撫で下ろし、山田の様子を伺ってみる。――そこには、目を引くような男子が一人立っていた。

 男子は私と目が合うと、柔らかく微笑んで見せた。……イケメンには間違いないけど、山田であることには変わらない。

 すぐに目を逸らし、再び橘さんと向き合う。――そして、目隠しを解いた。


「もう、何だって言う――……きゃああ!!!」


 叫び声と同時に、橘さんはがっちりと私の肩を掴んだ。

 手に力を込めて、視線は山田を凝視したままだ。

 

「な、な、何なのこれは!? 山田くんは? 山田くんはどこに行ったの!?」

「落ち着いてください。あれが、山田なんです」

「嘘……何言ってるの。そもそも、この人何なの? 着ぐるみでも着てるの?」

「違います。信じられないかもしれませんが、宇宙人なんです」


 じっと橘さんを真正面から見つめる。

 半笑い状態だった橘さんの表情が、みるみると消えた。


「……冗談じゃないの? 山田くんが、宇宙人だったって……本気で言ってるの?」

「本気です」


 橘さんの顔がどんどん青ざめていく。

 ひとまず……暴れる様子はない。動揺する橘さんを後ろに、山田の方へと身体を向きなおした。

 

 今の山田の姿は、私にとっては普通の、おそらくみんな大好きなイケメン山田、の姿に見える。

 ちゃんと制服を着こなして、背も高いしちゃんとした手足だし、顔も髪の毛も表情だってわかる。

 さっきから向けられる笑顔だって、何も知らない人が見たらイチコロにされてしまうだろう。

 ……私はこの姿は偽りだと知っているので、特に何も思わない。むしろ、騙されているようで気味が悪い。


「……相変わらず、気持ちが悪いぐらいにイケメンの姿ね」

「ははっ! 本当栗原さんって、この姿を見ても全然態度変わらないよね」

「当たり前でしょ? 散々元の姿を見てるんだから、何とも思わないわよ」


 すると、後ろから小さく「ひっ!」という声が漏れた。

 ――見ると橘さんは私の後ろに隠れるようにして、怯えた眼差しで山田を見つめている。


「大丈夫です。見た目は悪くても、いつもの山田と変わりませんから」

「しゃ、しゃべった……!! しかも、ひどい声……! 怖い……!!」

「大丈夫で――」

「栗原さんは怖くないの!? どうして平気なの!?」


 鬼気迫る様子で私の肩が掴む。

 ……怖がるのも無理ないか。私だってはじめの頃は怖かったし。

 少しでも怖さを取り除けるように微笑んで、そっと橘さんの手に手を重ねる。


「……橘さんたちが見ていたイケメン姿の山田のとき、私には赤いタコ宇宙人の姿で見えていました。見た目は違っても、中身は一緒です。……少なくとも、橘さんを襲うことはないですよ。だから、落ち着いてください」

「え、じゃあ……ずっとこの姿を栗原さんは見続けていたわけ?」

「……はい。ずっと。今は人間の方の山田で見えていますけど。たぶん、私の見える山田と私以外が見える山田は逆なんだと思います」

「……」


 橘さんは目を見開いて、信じられないとでも言いたげな顔になった。

 そこへ山田が一歩歩み寄ると、ビクッと身体を震わせ再び私に身を寄せる。


「……橘さん。俺は別に攻撃しようなんて思ってないし、学校生活を邪魔しようなんて考えてないよ。ただ、正体を明かしたのは俺に対する気持ちを諦めてほしいからなんだ。……どう? この姿を見ても、まだ俺のことを好きだって言い切れる?」

「そ、その前に……あなたが山田くんだって信じられるわけないでしょう!?」

「あーそっかぁ。じゃあ目の前で変わったら信じてくれるよね?」

「えっ?」


 あっ、と思ったのもつかの間……私と橘さんの目の前で、山田の皮膚がだらりと流れ始めた。

 流れ落ちる皮膚の下から、赤いのっぺらぼうの顔が見え始める。腕も赤い皮膚に覆われていき、指はすっかりなくなってしまった。

 ……グロイ! こんなものすぐ目の前で見せられるなんて!!

 口元を手で覆っていると、隣にいた橘さんの力が抜ける――気を失った!?

 地面に倒れる寸前になんとか受け止めることができた。


「……あー、気を失っちゃった。諦めるかどうか聞けなかったね」

「そういう問題じゃないでしょ!? 変身するとき、あんた自分がどんな風になってるかわかってんの!?」

「うん。なかなか滑らかな動きでしょ?」

「それがグロテスクなのよ! ……それより、橘さんを保健室に運びましょ。目覚めそうにないし」


 かわいそうなことしちゃったかな……。たぶん、混乱してるよね……。

 ……橘さんなら山田のこと、他の人に言いふらさないって信じたいけど……ちょっと不安。

 かと言って今揺り起こしても一緒だろうし。……少し保健室で休んでもらって、あとでまた顔見に行こう。


「じゃあ俺がおんぶするね」


 山田はそう言って、橘さんを背中へ担いだ。脱力している橘さんを落とさないよう、前屈みになってバランスを取る。

 ……これ、起きて山田におんぶされたって知ったら……また橘さん気を失うかも。黙っていよう。


 ――結局その日の放課後に橘さんは目覚め、山田が宇宙人であること、他の人には言わないということ、そして山田への気持ちはなくなったことを言ってくれた。

 私と山田はほっと胸を撫で下ろしたけど、橘さんの顔色はずっと悪いままだった。

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