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転校生、山田くん  作者: ぱくどら
高校一年生
13/49

恋と友情の狭間

 私と山田が付き合っていると公言してから数週間。

 一部の女子によって広まった噂は、あっという間に学校中を駆け巡った。


 今まで誰の目にも止まらず静かに歩いていた廊下や、地味で静かに過ごしていた教室はもうない。

 常に誰かが、興味半分で私のことをじっと見てくる。

 ひそひそと聞こえない小さな声で話しているように見えるし、ニヤニヤと薄笑いで見ているようにも見える。

 それは教室にいても一緒。面と向かっては言って来ないしやっても来ないんだけど、視界の隅の方で見えたり見えなかったりした。

 ……気にしないようにしても、イライラは毎日募る。さらに、私のイライラを助長しているのが山田の態度だ。

 山田の奴、気付いていないのか、はたまた気付かないフリをしているのか――とにかく私にからもうとする。


「小テストできた? 結構簡単だったね」

「栗原さん、次の休み暇?」

「学校終わったら、どこか行かない?」などなど……。


 ……。

 ……早く家に帰りたい。


    ◇    ◇


 ここ最近の昼食は、山田と橘さんと私の三人で、教室で食べることになってる。

 最初は山田が学食に誘ってきたけど断った。すると山田は「じゃあ俺も教室で食べる」と言って――今に至る。

 

「栗原さん、最近黙ってることが多いけど……どうしたの?」


 目の前に座るタコ宇宙人がそんなことを言う。

 ……誰のせいでこうなってると思ってるのよ……!!


「いつまでも恥ずかしがっててもしょうがないわよ? もう開き直ればいいのに」


 と、パンを頬張りながら橘さんが言った。

 橘さんもよく私と一緒にいるので、山田に対する態度を知ってる。

 もしかしたら内心は呆れているのかもしれない。

 けど……それでも私は嫌なんです……! 


「……恥ずかしいとかじゃなくて……監視されてるようで嫌なんです」

「でも、山田くんが学校内で有名人だからしょうがないでしょう? 付き合うならそれぐらいの覚悟はないと……」


 いや、そもそも付き合うっていうのは、あくまで表向きのことなんですよ。

 というか……付き合うって……何?


「気にしなきゃいいんだよ。誰かが変な事を言わないように、俺も注意するし」

「ほら。彼氏がこう言ってくれてるんだから、甘えればいいじゃない。……本当、羨ましい」


 小さく橘さんのため息が聞こえる。

 ……羨ましい? この今の状況は羨ましがられるものなの?

 みんなから変な目で見られて、会話内容は常に聞き耳立てられて、行動をいちいち監視される――これの、どこが羨ましいの?


 というか、そもそも……好きでもない奴と付き合うってこと自体がおかしいのよ。

 ……なんで私、素直に山田と付き合うことを認めた……!!

 今からでも遅くない……こんな表面上の付き合いなんてやめてしまおう……!!


「あの――」


"キーンコーンカーンコーン"


 ……なんつータイミングでチャイムが鳴るのよ。

 二人ともこっち向いてるけど……言葉が続けて出てこない。


「……栗原さん、また放課後にでも話聞くわよ?」

「あ、いえ……今日は図書委員なので……」

「……あ、じゃあ私一緒に行くわ。その時に話聞かせて?」

「あ、ありがとうございます」


 橘さんはニッコリほほ笑んで自分の席へと戻って行った。


「三人揃って図書室行くなんて珍しいね。じゃ、俺も席戻るね」


 そう言って山田も自分の席へと戻って行く。

 ……あいつ、自分が行くこと前提になってるよね。……慣れてきた自分が怖い。


    ◇    ◇


 図書室の利用が徐々に増えてると思う。あくまで私が担当する日限定だけど。

 今日だってほら……私がカウンターに座った途端、女子たちの視線が泳ぎ始める。

 でも、残念。あなた方が探してるイケメンは、後ろの部屋にいますよ。


「……栗原さん」


 振り返ると、ドアからひょっこり橘さんの顔が出てる。


「誰も来ないし、こっちで休んでもいいんじゃないの? 呼ばれれば表に出ればいいじゃない」

「……そう、ですね。じゃあ……」


 私も話したいことがあるし、裏なら聞き耳立てられることも誰かに覗かれることもないだろうし。

 内側からカギを掛ければ完璧だよね。

 ――椅子から立ち上がって、部屋に行こうとした瞬間――。


「栗原さん、サボりですか。図書委員長に報告しますよ?」


 ビクッとして恐る恐る振り返ると――眼鏡をクイッと掛け直す高橋先輩が目の前に立っていた。

 冷たい眼差しでじっと私を見つめてくる。……思わず寒気がした。


「さ、サボろうっていうわけじゃ……」

「ほう。……正しくは、悪い誘いを受けた、ということですか」


 そう言うと先輩の視線が後ろへと移る。

 私も視線を後ろへとやると、橘さんが鋭い目つきで睨みつけてた。

 だけど、橘さんはすぐにドアの向こうへと引っ込んだ。……先輩からため息を漏れる。


「……栗原さん。ちょっと話をしてもいいですか?」

「えっ。はぁ……でも、ここだと借りる人の邪魔になるんじゃ……」

「借りる人がいれば話を中断すればいいだけです。いや……誰が聞いてるかわかりませんね」


 みんな本を読んでるみたいだけど……耳はどこ向いてるかわからない。

 ていうか、人にはサボりって言うくせに、先輩こそ悪い誘いをしてる気がするんだけど。


「筆談にしましょう」


 突然そんなことを言うと、先輩は近くにあった椅子を持ってきて、カウンターの上にノートとペン二本が置いた。

 ……何なのこの人。

 呆気に取られる私を無視して、先輩はつらつらと文字を書き始める。


『今度のバレンタイン、橘さんが誰にチョコを渡すか知っていますか?』


 差し出されたノートには、角ばった字でそんなことが書いてある。

 ……この質問、どういう意味?

 意味を問うべく先輩の顔を覗き込もうとするも、先輩は眼鏡を掛け直すフリをして、手を一杯に広げて顔を隠してた。

 ただ……顔が赤いことバレバレなんですけど。……耳まで赤いし。


『バレンタインの話なんてしていません。気になるんですか?』


 と書いて、ノートを再び先輩を差し出す。

 間も置かず、つらつらと先輩は文字を並べた。


『別に。ただ、山田くんにあげるようなニュアンスを聞いたので、栗原さんに聞いただけです』


 山田にあげるニュアンス? ……チョコをあげるってこと?

 それってもしかして……。


『先輩不安なんですね』

『俺は君の心配をしているんです。勘違いしないでもらいたい』


 書き殴った字……必死に否定してるんだろうな。

 それにしてもチョコねぇ……。山田にあげるんだったら友チョコとかそういう意味だと思うけど……先輩を安心させてあげるか。


『先輩、友チョコだと思いますよ。きっと大丈夫です。だからもっと橘さんに優しく接してください』


 ちらっと先輩の顔を盗み見してみると、若干頬が緩んでるように見えた。

 が、私の視線に気づくとムッとした表情になり、文字を書き殴る。


『余計なお世話です』


 ノートを持ち、私の目の前に押しつけるように見せてきた。

 ほ、本当にめんどくさい人だな!!


 ――と、後ろから椅子を引くような音がした。

 先輩と同じタイミングで後ろに目をやると――泣きながら飛び出てきた橘さんの姿があった。

 ……え? なんで……。


「……ごめん栗原さん」

「えっ」


 呼びとめようとしたけど、橘さんはそのままカウンターから出ていくと図書室から姿を消してしまった。

 しん、と静まりかえる図書室。

 ちらっと視線をみんなに向けると、慌てて全員が視線を背けた。

 それにしても……なんで――。


 ――って、先輩がいきなりカウンターを乗り越えてきた!

 え!? そんな機敏な動きができるんですか!?

 勢いそのままに部屋へと駆けこむ先輩。

 

「……どういうことですか!?」


 部屋から先輩の叫び声が漏れた。

 これはまずい……!! 図書室がざわつく前に防がなきゃ……!

 私も後を追って部屋へ飛び込んで、慌ててドアを締めた――とりあえず、これで声が漏れることも覗かれることもない。

 ――けど、部屋の中の雰囲気はまずい。

 だって先輩が……今まで見たこともない凄い形相で、山田の胸ぐらを掴んでいる。


「どうして泣いてたんです!? 何をしたんですか!?」


 外に漏れるんじゃないかっていう大きな声。

 山田に負けないぐらい先輩の顔は赤く上気してる。

 一方、山田は足掻く気配もなく、だらりと両腕を垂らしてた。

 

「……先輩、落ち着いてください」


 落ち着いた声色だった。……とくに先輩と争う気はなさそう。

 ほっと息を吐いていると、先輩も大きく息を吐きとドカッと椅子に腰を下ろした。

 眼鏡を強く押しつけ、何度か深呼吸をする。


「……橘さんと何を話していたのか教えていただけますか? 何かなければ突然泣くことも、栗原さんに謝ることもないでしょう?」

「栗原さんに、謝る?」

「えぇ。……去り際、栗原さんに向かって、ごめん、と言っていました」


 山田がこっちに顔を向けてきたので、頷いて答えた。


「そっか。……困ったな」


 そう言うと山田は頭を掻きつつ、空いていた椅子に腰を下ろした。 


「で、何を話したんです!?」

「要約すると、橘さんは俺を諦められないみたいです」

「……は?」「え?」


 山田を諦められない……? 


「……どういうこと? 橘さんは何て言ったの?」

「そのままだよ。……俺が優しいと困るって。栗原さんの友達だからって頭でもわかっても、心が言うこと聞かないって言ってたよ」


 それ……好きってことじゃ……。

 でも、だったらあのとき……山田が私と付き合ってるって言った時……橘さん、どんな気持ちで聞いてたんだろ。

 山田は宇宙人だけど、橘さんはそんなこと知らない。

 私は宇宙人にしか見えないけど、橘さんにとっては全然違うんだ。


「栗原さん」


 山田のしゃがれ声に、ハッとして顔を上げた。


「そんな暗い顔しないで。栗原さんと橘さんの仲は絶対壊さないよ。守るから」

「えっ?」


 守るって……何考えてんのよ。

 と――先輩が静かになった気がして、思わず視線を移した。

 見ると……先輩はがっくりと肩と頭を落として、ショックを受けてるみたいだった。

 まぁ……そうよね。そんな先輩に、山田が肩を叩く。


「……先輩、大丈夫ですよ」

「なっ……何が大丈夫だと言うんですか!?」


 先輩は突如立ち上がって、山田の肩を掴んだ。

 

「橘さんはずっと山田くんのこと好きだったんですよ!? フラれても諦めないってことは相当好きってことでしょう!? 俺に大丈夫って……一体どういう意味で言っているんですか!?」

「えっ!? あ、いや、先輩は橘さんのこと好きだから諦めないでって言う――」

「君から言われると何だか腹が立ちます! というか、君が生半可な気持ちで接するのがいけないんじゃないですか!? 心のどこかでモテたいっていう願望があって、へらへらと優しさを振るまいた結果がこれでしょう……って、俺は別に橘さんのことは――!!」 

「せ、先輩!! 落ち着いてください!!」


 思わず先輩の腕を掴んだ。……ていうか、なんで橘さんが好きって認めないの。

 先輩は若干涙目で私をじっと睨んでたけど、大きく息を吐いて山田を離した。


「……取り乱しました、すいません」

「とにかく、橘さんには諦めてもらいます。俺、橘さんのことは女の子の一人としか思えないので」

「……随分と簡単に考えているようですが、そんな簡単に諦められるものですか? 一度フラれたのにも関わらず、再び想いを告げるということは……それだけ想いが強い、ということなんだと思いますが……」


 少し俯き気味に、横に視線を流したまま言葉を続ける。


「……栗原さんの前で言うのもアレなんですが……もう一度、真剣に考えてみてはいかがですか? きっと相当の勇気で臨んだはずですし……」


 そう言いつつも、先輩はどことなく悲しげに見えた。山田に面と向かって言っていないし、声に元気もない。

 一方で山田は黙り込んだまま、じっと先輩を見ているように見えた。……まぁ実際どんな顔で聞いてるのか知らないけど。


「……少し栗原さんと話したいので、代わりに図書委員の仕事してもらっててもいいですか?」

「えっ? ……はぁ……いいですが……」

「じゃあよろしくお願いします」


 先輩はしぶしぶと部屋から出て行った。……ドアは閉められ、しんと静まり返る。

 ――それにしても、橘さんが山田のこと諦めてなかったなんて……。

 本当、どうにかして諦めさせないと。山田は宇宙人なんだし、相手にするだけ時間の無駄だよ。せっかく橘さん綺麗なのに、もったいないし。

 でも何て説得すればいいんだろ……一応彼女の位置にいる私が言ったところで腹が立つだけだろうし……。

 とにかく椅子に座って――。


「山田、どうするつも――」

「俺、橘さんに言おうと思うよ」


 私が椅子に座ったと同時に、山田がぼそっと言葉を吐いた。

 言おうって……まさか。


「……宇宙人って、バラす気なの?」

「うん。俺の本当の姿を見たら、簡単に諦めてくれるだろうしね。その方が栗原さんにとっても良いだろうし」


 なっ何言ってんのよ!

 そんなの話がややこしくなるだけじゃない!


「わざわざ橘さんを諦めさせるためだけに、宇宙人だって告白する気なの!? もし、橘さんがあんたの正体を色んな人に広めたらどうする気!?」

「一応、言わないでねってお願いするつもりだよ。まぁ……広まっちゃった場合は……その時はその時で考えるよ。大丈夫、大丈夫」


 ははっ、と山田の笑い声が聞こえた。

 何考えてんのよ……!! 私が広めなかったからって、甘く考えてるんじゃないの!?


「なんでそんな簡単に考えてるのよ! あのね、ここは宇宙人なんて普通来るような場所じゃないの! 私がずっと山田のことを黙ってたのも、学校中、いや世界中がパニックになるのが目に見えてたからよ!? 私はともかく、橘さんのこと考えてみなさいよ。好きな人が実は宇宙人でした、なんてマンガや小説じゃあるまいし、ありえないから! そんなの可哀想でしょ!?」

「えー? 早く正体を打ち明けた方が、傷が浅く済むと思わない?」

「そ、それは……!」


 確かに、時間が過ぎれば過ぎるほど、正体を知った時のダメージは大きいかも。

 

「それに、栗原さんが信用してる人でしょ? お願いしたら黙っててくれると思うんだよね。だからさ、橘さんに正体を教える時、栗原さんも一緒にいてほしいんだ。いいかな?」


 山田は少し顔を傾けて、じっと私の方へと顔を向ける。

 ……私が信用しているから、あんたも信用してるって言いたいの?

 聞こえは良いけど……それ結局、責任転嫁してるだけな気がするんだけど。

 まぁでも……いづれこの先、何のきっかけで山田の正体がバレるかわからない。

 ましてや、橘さんが山田のこと諦めてないんだったら……なおさら早めに教えてあげた方がいいのかも。


「……わかった。私も一緒にお願いする」

「ありがとう。……あ、そろそろ先輩代わらないと怒っちゃうかもね。俺呼んでくるね」


 ――結局、その日は山田に付き合いを解消したいとは言えなかった。

 まさか……橘さんが山田を諦めてないなんて思わなかったし。

 でも一度フラれたのに、諦められなかったなんて……橘さん、どんなことを考えながら私の隣にいてくれたんだろ。


 山田が宇宙人だと知って、橘さんはどう思うんだろう。

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