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転校生、山田くん  作者: ぱくどら
高校一年生
12/49

それはきっと恋煩い

 明らかにおかしい穴。この穴に入れっていうの? 嘘でしょ?

 人一人入れそうな大きさだし、たぶん入ることはできるでしょうよ。でもさ……本当に真っ暗なんだけど。

 覗き込んでも底は見えないし、はしごもなさそう。え、落ちるの?


「……大丈夫。穴の上に、立てば、運ぶから」

「え、穴の上!? 落ちるじゃない」

「落ちないよ。穴が、開いてるように、見えてるだけだから」


 山田は本当に茹でたタコみたいに顔が真っ赤になってる。だらんと腕を力なく垂らして、声も弱々しいし体温も高い。

 早く横になった方がいい……うぅ……やるしかない!!

 グッと山田を担ぎ直して、恐る恐る、片足を穴の上に乗せる。

 ……お、落ちたらどうしよう……! 怖い……!

 ――……でも、山田が言ったように足が落ちることはなくて……ちゃんと足の裏は何かを踏んだ。

 ガラスでも張ってあるの? それでも怖いから、ゆっくりともう片方の足を乗せて……穴の上に立った。

 ……ちょっと山田が穴からはみ出てるけど……いいのかな。


 ――……すると、足元の黒い穴が少し広がり、山田と私の足元をすっぽりと囲った。

 この穴……動くの。

 そう思ったのは一瞬で――あっという間に目の前が真っ暗になった。


「え!?」


 何なのこれ!?

 ……と思ったら、すぐに明るくなった。叫ぶ暇もなくて……口を開けてまんま目だけ動かす。


 さっきまでいたのは――体育館の裏。

 ……木の陰になった薄暗い場所だったはず。


 でも、今立ってる場所は……明らかに違う。

 よくSFで見るような、宇宙船のような頑丈な金属の床。

 真上には、さっき踏んでた穴がある。これも真っ暗で何も見えない。

 

「……栗原さん、あのツリーの奥、ベッドがあるからそこまでお願い、できる?」


 ハッと意識を戻して前を見た。


「……ツリー?」


 通路の先に、少しだけ広いロビーがあって――その中央、青白く光る木が見える。

 電飾されてるわけじゃない。幹そのものが光ってるように見えた。……綺麗。


 釘付けのまま近寄って見て見ると――これ……木なんかじゃない。

 パッと見は、葉っぱのない枝を伸ばした木みたいに見えるけど、よく見たら表面はつるつるして、プラスチックのようになってる。

 それに木そのものが透明になってて、床から伸びる根から光の粒が枝に向かって流れてた。

 何だろうこれ……木の模型?

 所々、枝の先には小さなつぼみみたいなものもついてる。

 ……気になるけど……じっと見ていられない。

 

 木の模型を通り過ぎ、奥を見ると一枚の鉄製のドアが見えた。

 そのドアの前まで行くと、勝手にドアが開き、殺風景な部屋が広がった。

 壁や天井、床は全部金属板で覆われてる。

 所々、小さなモニターやよくわからないボタンとかレバーがあって宇宙船っぽい気がする。

 でも家具らしい家具はなくて、ベッドと机と椅子しかない。

 とにかく……山田をこのベッドへ、寝かせよう。


「……よいしょっと……」


 ふう……。なんとか、横にすることができた。

 

「山田……大丈夫? まだ、苦しい?」


 のっぺらだから……寝てるのか寝てないのかわからない。

 まぁ……触っても大丈夫かな。

 恐る恐る手を伸ばして、山田の頭の上の方を触ってみた。

 ……熱い。大丈夫なのこれ……。


「ねぇ、薬とかないの? あと、飲みたいものがあるんだったら私買って来るし……」

「大丈夫……。寝たら、治ると、思う」

「……まさか……休んでる間ずっと寝てたの? 水分とか栄養補給した?」

「……寝てた」

「寝るだけで治るわけないじゃない! 私、水とか買って来るから待ってて!」


 ぐったりと山田はベッドに身体を預けたまま、弱々しく頷いて答えた。

 ……相当弱ってる。一人だから助けてくれる人がいないんだ。

 だったら今私がいる間だけでも……何かしてあげないと。


 って……これ、どうやって地上に戻るんだろ。

 ……とにかく、あの黒い穴の下に行ってみよう。


「……っ!?」


 真下に立った瞬間――また目の前が真っ暗になった。

 叫ぶ間もなく、次の瞬間には元の体育館の裏にいた。

 ……しゅ、瞬間移動? ど、どうなってんのこれ……。

 そ、そんなことより、コンビニ! 

 コンビニ行って、買い物してこよう!


    ◇    ◇


 ひとまず……水とか薬とか食べ物とか買ったけど……山田の奴食べられるかなぁ。

 しかも、薬とか……宇宙人の身体に合うのかどうか怪しい。

 うーん……余計なことしてるのかな私……。

 まぁ……何もしないよりはマシだと思って、早く戻ろう。


 例の黒い穴でワープして、再びツリーのあるロビーに出た。

 このツリーも気になるけど、ひとまずは山田のいる部屋に行って、と――。


「……山田、気分はどう?」

「あ……。ちゃんと戻って来てくれたんだ」


 山田はよろよろと身体を起こす。

 ひとまず袋の中からペットボトルの水を取り出して、山田に差し出した。


「はい水。喉乾いてるでしょ?」

「……ありがとう」


 ごくごくと水を飲んでいる間、私は机の椅子を拝借してベッドの横へと移動させた。

 移動させて椅子に座ると同時に、山田もペットボトルの水を飲み終えた。……ってはや。


「久しぶりに飲んだ、気がするよ」

「……声が掠れてたのって水分がなかったからじゃないの?」

「わからないけど……まだ熱っぽい」

「……どうせ何も食べてないんでしょ? ほら、おにぎり。ちょっとでも何か食べた方が良いよ」


 差し出したおにぎりを、山田は素直に受け取ってのっぺらの顔に押し当てた。

 どう処理されてるかわからないけど……確かに少しずつおにぎりの量が減ってる……。

 ……食べてるんだ。


「ねぇ、栗原さん」

「な、なに」


 そう言うと、顔にくっついていたおにぎりが少し離れた。


「ここ最近……ずっと考えてることがあるんだけど、答えが出てこないんだ。そのせいで体調がどんどん悪くなって……。……結論が出てこない問題は……どうすればいいと思う?」


 顔はこっちに向かない。呆然と……何か考えて込んでるように見える。

 結論が出てこない問題……? どういうこと?


「結論がでないって……どんな内容なの? 一緒に考えるけど……」

「……いや、やっぱり。……大丈夫、もう少し、一人で……」


 また山田はおにぎりを食べ始めた。

 歯切れの悪い言葉……言いづらかったのかな。どういう内容か気になる。

 でも聞ける雰囲気じゃないし……空気が重い。

 話題……話題を変えよう……!


「そ、それより! なんであんた、さっき付き合ってるとか嘘言ったのよ! 橘さんとかクラスの女子、みーんな誤解しちゃったじゃない」

「あぁ……立場をハッキリさせて理由を持たさせた方が、女の子たちには効くかなって思ったんだ」


 論理的。


「たぶん、いつまでも……俺が曖昧な態度だから女の子たちが攻撃的な態度なんだ。俺に対してなら全然構わないんだけど……栗原さんに対してなら話は別。最近、クラスの人たちが栗原さんに良くない行動を取ってるようだし……そろそろハッキリさせて、栗原さんを守った方がいいかなって」

「た、建前ってことね!?」

「えっ……うーん。建前……かなぁ?」


 た、建前なら仕方ないわよね! うん、仕方ない仕方ない!

 表面上、名目上、付き合ってるってことよね! うん、そういうことね。


「俺は別に建前じゃなく――」

「た、橘さんは!? どうして橘さんも守ろうと思ったの!?」


 言わせてなるものか!

 

「え……あぁ。だって、栗原さんが勇気を出して守ろうとしたでしょ? だったら俺も一緒。栗原さんが守りたいものは、俺にとっても守るものだから」


 なにその……俺の物は俺の物、お前の物は俺の物――的な。

 でもなぜか……嫌な気持ちにならない。

 むしろ、じんわり温かいような。……あれ、ドキドキしてきた。


「栗原さんは……俺のこと……」


 おにぎりを食べ終えた山田は真っ直ぐ私の方を見る。

 なっ……何を言うつもり……!


「俺のこと……気持ち悪いとか、思わないの?」

「……え?」


 なにそれ、今更?

 なんか拍子抜けして……熱が冷めてく。

 それでも山田は顔を少し背けて、困ったように頭を掻いてる。


「そ、その……ほら、栗原さんは俺の素の姿で映ってるんでしょ? 今更なんだけど……迷惑かけてないかなぁって思ったんだ……」


 迷惑……そりゃかけまくりだし。

 出かかった言葉だけど……グッと堪える。すると、山田は真っ直ぐ顔を向けた。


「迷惑なら……迷惑って言ってほしい。もう二度と、栗原さんの邪魔はしないから……」

 

 もう二度と邪魔はしない――それって、どういうことなんだろう。

 目の前から消えるってこと? どっか行っちゃうってこと?


 迷惑なんて、山田が転校してきたときからかけられっぱなし。

 お嫁さん、とか言って実は実験体のことだったし。

 気に入った理由だって、標準的な体型だったことだし。

 いっつもあんたの言葉に振り回されてばっかだし。


 けどさ……。

 そんなに嫌じゃないんだよ。


「……あんたって本当……自分勝手なことばっかり! 付き合うっていう建前で、私と橘さんを守るんじゃないの? 私はともかく、橘さんまで巻き込んじゃったんだから、ちゃんと責任持ちなさいよ」

「……迷惑じゃ、ないの?」

「今更何言ってんのよ。山田が無駄にモテるから、色々面倒なことになってるだけじゃない。別にいいし。みんな宇宙人って知らないからしょうがないじゃない。……ほら、まだおにぎりあるから食べなさいよ」


 山田におにぎりを押し当てる。ぐいぐい押すと、山田はようやくおにぎりを受け取った。

 ……なんか恥ずかしくなってきた。私、何考えてんだろ。

 迷惑かけられてるのは間違いないのに……ハッキリ言えない。そんなに嫌じゃないから? なんで?

 ……私も最近、頭がおかしい。

 というか……今、山田の拠点の中にいるのよね。

 き、危険すぎる……! あれ……顔が熱くなってきた……! 


「じゃ、じゃあ山田もだいぶ調子良いみたいだし……」

 

 う、うろたえるな……!

 冷静に立ち上がってっと――。


「え……もう帰っちゃうの?」

「か、帰るわよ! ……一応、袋の中にパンとかお菓子とか……あと薬も入ってるから。ちゃんと水分補給して、食べる物食べて、ちゃんと寝るのよ。ただ寝ただけじゃ治らないんだから」


 ひとまず……言うべきことは言った。よし、回れ右して……帰ろう。

 ……さっきからなんだか息苦しいんだよね。さっさと部屋から出た方が――……あ、思い出した。


「……気持ち悪いかっていう質問だけど……」

「……うん。遠慮なく言って」


 妙にハッキリと山田の声が聞こえた。

 それから、小さな電子音が部屋のあちこちから聞こえてくる。……それ以外は全く音がしない。

 いつもの賑やかな学校じゃない。あの教室でもない。

 この部屋に二人しかいないんだ。

 ……。……へ、変なこと考えるんじゃなかった……!

 面と向かって言うのが恥ずかしくなってきた。もう……背中向けたままで言ってしまえ!


「さ、最初は確かにちょっと……びびったりもしたけど……今は別に……怖くない」

「……うん」

「た、確かに山田は宇宙人で……時々、いや、いっつも何考えてんのかわかんないけど……」

「……うん」

「でも……クラスの中で、一番気を遣ってくれてたのは間違いないから……」


 ――そう、山田って……なんだかんだで優しいんだ。

 それが本当か嘘かはわからないけど、私は……。


「……私はあんたのこと、嫌いじゃない。だから、気持ち悪いとか、そういうことは思ってない」


 ……。

 ……反応がない。

 まぁ……いいか。質問に答えただけだし。もう振り返らずにさっさと穴から出よう。

 

「じゃ、じゃあそういうことだから。私帰る――」


 出ようと思ったら――後ろから手首を掴まれた。

 な、な、なに!?


「……栗原さん、俺、家まで送る」


 振り返ったら、いつの間にか山田はベッドから降りてて、すぐ後ろに立ってた。

 てか……顔がまた茹でタコみたいになってるんですけど。

 さっきまで赤みが治まってたように見えたのに……。

 無理しちゃって。

 

「……無理しなくていいから。別に一人でも帰れるし。それより早く体調良くして学校に来てよ」

「え……あ、うん」

「あんたがいないとみんな寂しそうだし――」

「栗原さんは? 栗原さんも寂しかった?」


 握られてる手首が熱い。

 ていうか……近い。


「あ、あんたがいないと……静かで……そ、そういう意味じゃ寂しかった……かもね!」


 プイッと顔を逸らしたけど……すぐに後ろから笑い声が聞こえた。


「ははっ! そっか! 嬉しいな!」

「あ、あんたがいたら色々……女子とか男子とかが騒ぐの! そういう意味!」

「どんな理由でも、俺がいなくて寂しいって思ってくれたんでしょ? 嬉しいに決まってるよ。……家まで送りたいけど、早く体調良くしたいから今日はやめておくね。ごめんね。でも、そこまで送るから」


 そう言うと、山田は手首を離して――すぐに私の左手を握り締めた。

 って……手? 手!?

 

「……ははっ! 栗原さん、顔、真っ赤だよ!」

「あんたに言われたくない!!」


 なんでこいつはサラッと手を繋いでんの!? 

 というか……心臓がバクバクして、胸が痛いくらい……!

 なんで、なんで!? 相手、宇宙人よ……!

 それとも私……宇宙人とか関係なくて――……。


「栗原さん、今日は本当にありがとう」


 山田の手が離れた。

 あ……そうよね。この装置、部屋出てすぐのところにあったから……歩く距離なんて少しだった。


「おもてなしできなくてごめんね。次来るときはちゃんと用意しておくから」

「べ、別に気にしないで……」

「あのツリーとか気になるでしょ? 今度来たときに教えてあげるから。実験もいろいろやってみよう」

「あぁ……あのツリー……」


 青白く光る木の模型……確かに気になる。

 中心に置かれてるから、きっと大事なものなんだろうな。

 ……って……今、何て……。


「……実験って何?」

「色々だよ。……あ、いや! そ、そんな怖い実験とかないから! 別に栗原さんを痛めつけるとかじゃな――」

「もういい! じゃあね!」


 山田はやっぱり宇宙人よ!!

 黒い穴の下に入ると――すぐに目の前が真っ暗になって……次の瞬間には体育館の裏に出た。


 陽がもう沈んでて、辺りがすっかり暗くなってる。

 グラウンドに出ると、部活のためのライトが照らしてた。

 掛け声が聞こえる中、邪魔にならないよう足早に通り過ぎた。


 校門を出たと同時に足を止めて――振り返る。

 真っ暗な闇に浮かび上がる校舎。

 授業を受けるためだけに通う――そう思ってたのに。


 一人でいいって思ってた。平凡で地味な高校生活が良いって思ってた。

 目立ちたくなかったし、女の争いなんて巻き込まれたくなかった。


 それなのに全部、ぜーんぶ……山田が変えちゃったんだ。

 図書委員の高橋先輩と話すようになったし。

 クラス一美人で頭の良い橘さんと普通に話せるようになったし。

 ……山田には色々連れ回されるし。

 一人だったら、絶対、こんな経験できなかった。

 地味で平和な高校生活も捨てがたかったけど、私、今の学校生活が楽しいんだ。

 

 そう思えるのは、きっと山田のおかげ。

 でも……あいつのことを考えると……イライラする。

 さっきの別れ際だって一体何なのよ……!


 結局は私のこと、実験体としか見てなくて……!

 実験体を傷つけたくないから、私を守るとか言ってて……!

 なのに、一緒に帰るとか意味不明な気遣いをしてきたり……!!

 私のこと助けてくれたり……言われたことも、やられたこともない言動をしてみたり……!

 いつも、いつも……私のこと振り回して……!!

 何なのよ、何なのよ……! 山田なんて……山田なんて……!!


「山田の……バーカ!!」


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