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 啓吾が家に戻って三十分ほどすると、美冬が帰ってきた。

「おかえり。紅茶でもいれようか?」

「うん、ちょっと着替えてくるね」

 

 紅茶の支度ができた頃、美冬がいつものジャージ姿で現われた。

「ねえ、パパ。真由子さんに振られちゃった?」

 美冬の言い方は、いつも単刀直入すぎて身もふたもない。

「お前ね、傷心の人間に対する配慮のかけらもないね。でも……なんでそう思うの?」

「真由子さんの振袖姿、すごくきれいで可愛かったけど、でも彼女とっても悲しい目をしてたもの。だから、パパにお別れを言うつもりなのかなって思った」


「そうだったのか。全然わからなかった」

「もう、専門家のくせに、デリケートな女性の心理にはからきし疎いんだから」

「残念ながら、デリケートな女性と暮らした経験がない。それにフランス文学は全部恋愛小説というわけでもないんだ」

「でもね。あんなかわいい人に、あんなに熱烈に想われて、あたしパパのことちょっと見直しちゃった」

 思いがけない娘の賛辞に、啓吾は照れて、うつむきながら紅茶をすすった。


「パパ」

「うん?」

「パパはもしかしてあたしがお嫁にいっちゃうのが寂しかったんじゃないの?」

 美冬は、いつも見事に啓吾の急所をついてくる。大学に入って彼氏ができてから、一人で過ごす夜が増えた。なるべく考えないようにしているが、もし、ずっと美冬がいなくなって本当に一人きりになったらと思うと、胸がしんと冷たくなる。だから、真由子が自分に寄せてくれた想いがよけいにうれしかったのかもしれない。

 美冬には何もかも見抜かれていると思うと悔しくもあるが、吸血鬼の娘なんだから常人にはない透視能力とかがあったって別に不思議ではないだろう。


「心配しないで。パパを絶対一人ぼっちにしたりしないから。それにパパの子育てのスキルがとっても高いことはあたしで証明済み。ってことは、いつ子連れで戻ってきても大丈夫ってことでしょう」

「勘弁してくれよ。お前のママは素晴らしく魅力的な人だけど、頼むからあの移り気なところだけは似ないでくれ。今でも彼女から手紙がくるたびにパートナーが変わってるのを見ると、パパは頭がくらくらしてしまうんだ」

「でもね、パパ」

「なんだい?」

「もしかしたらママは、最後の最後にパパのところに戻ってくるかもよ」

「まさか」

「何だかそんな気がするんだ。じゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 美冬が自分の部屋に引っ込んでからも、啓吾はぼんやりと窓越しに夜空を見ながら、美冬の言葉を想い返した。もう一度エレーヌに会えるなんて想像もしていなかったが、美冬が言うように、離れてはいても、彼女はこの同じ空の下にいるのだから、いつか会える日がくるのもしれない。啓吾は冬の夜空に遠く輝く星にむかって小さくつぶやいた。

「愛してるよ、エレーヌ。おやすみ」                (了)


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