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啓吾と真由子は、ヨットハーバーの近くの中華料理店で夕食を取った。美冬が小学生の頃、海やヨットを見せに行った時に寄ったことのある店で、ゆったりとした個室がある。
啓吾は娘のことや、大学の教授たちの裏話を話して聞かせ、真由子は食事をしながら、厳格そうにみえる教授たちの意外な素顔に笑い転げた。
食事が終わるころ、啓吾は真面目な顔になって「実は……」と口を開いた。すると真由子が啓吾のことばをさえぎった。
「先生、お話があるんです。聞いてください」
そのただならぬ気配に啓吾は黙ってうなずいた。
「私あのイブの晩、病院の待合室で美冬さんから先生のお話を全部聞きました」
「全部……」
「ええ、先生があの……ヴァンパイヤだってことも。先生が倒れた本当の理由も。最初は美冬さんが冗談を言ってるのかと思ったんですけど、いろいろお話を聞いているうちに本当のことなんだってわかりました。でも私、先生のことが好きで好きでたまらなかったので、先生にだったら血を吸われて死んじゃっても構いませんとか口走ってしまって。そしたら美冬さんが『死んじゃったりしません。パパはそんなアブナイ吸血鬼じゃないんです』って一生懸命先生を弁護されて、最後は二人とも笑い転げてました」
啓吾は身の置き所がないというように肩をすぼめた。
「美冬さんのお話を聞いても、先生に対する私の気持ちは全然変わりませんでした。だから今日、先生と一緒に初詣に行けたり、こうしてお食事できたりして私今すごく、すごく幸せです」
真由子の瞳がきらきらと輝いている。
「そして思ったんです。好きっていう気持ちには、本当は色々な好きがあるんじゃないかって。もちろん恋愛したいとか、結婚したいとかっていう好きもあるけれど、そうじゃなくても、たとえ何もなくても私は先生が大好きなんです。先生がヴァンパイヤだって、狼男だって私の気持ちは変わりません」
真由子のことばのひとつひとつが、啓吾の胸の奥深く染み透っていった。
「でも美冬さんと話してて、先生が美冬さんのお母さまを、生涯でただ一人の女性と思い定めて生きてこられたことや、美冬さんが、フランスにおられるお母さまのことを心から愛しておられることが分かって、それを私が壊すようなことをしてはいけないような気がしました。今日こうしてお会いできて、自分の思いを先生に正直に伝えることができて本当によかったです。先生、先生の心の片隅に、私の気持ち置かせてやってください。私、もうそれだけで十分です」
涙が真由子の頬をつたっている。啓吾は何も言わず、手を伸ばしてハンカチでその涙をふいた。
「学校が始まったら、前のとおり、先生と事務員に戻ろうと思います。もう、お電話もしません。でも私今度は、美冬さんのお友達になろうと思ってます。美冬さんって、すごく開放的で、バイタリティがあって魅力的。私あこがれちゃいました。メアドもらってますから」
真由子は悪戯っぽくそう言うと、携帯を開いてみせた。