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大きな石造りの鳥居がある広場には茶店があって、「あまざけ」と書かれた幟が風に揺れている。小さな神社だが由緒のあるお宮らしく、初詣の参拝客でにぎわっていた。
啓吾は石段を登ろうとする真由子の手を取った。そういう仕草は本場仕込で堂に入ったものだ。すれ違う人がたまに二人を振り返った。大学に仕事に来る時の真由子は、服装が地味なので大人びて見えた。けれども今日の、赤い振袖姿の真由子は、年相応の若々しい華やぎにあふれている。考えてみれば、真由子は美冬と三、四才しか違わないのだ。啓吾とは親子といってもおかしくない。
―――― やっぱりこの人と付き合うのは、美冬の言ったとおり自重するべきなのかもしれないな
啓吾は小さくため息をついた。
「パパッ」
石段の上からいきなり降ってきた素っ頓狂な声が、啓吾の憂愁を一瞬で蹴散らした。
「パパ……真由子さんも……」
正月だというのに、リクルートスーツのようなグレーのパンツスーツ姿の美冬が、石段の途中に彼氏と並んで立っている。
「美冬……お前、何で……」
あんぐりと口を開けた啓吾に向かって、美冬の彼氏が「あっ、先生。どうも明けましておめでとうございます」と真面目な顔で頭を下げた。何度か美冬を迎えにきた時に玄関先で挨拶を交わしているので初対面ではない。
「まだ話してなかったんだけど、実はここ宮内くんの実家なの」
「ここって……」
啓吾は神社の本殿のほうを指差した。
「そう。彼、読んで字のごとく、ここの宮司さんの息子なの」
「そんな……」
「あっ、でも彼次男だから、将来神主さんになるなんてことはないから。ちゃんと跡継ぎのお兄さんもいるし。一度ご両親にご挨拶しとこうと思って。お正月だからちょうどいいじゃない。二人でお父さんにお祓いしてもらっちゃった」
「お祓いって。それにその格好は一体……」
「ああ、これ?初めてだから、ちょっとは改まった格好のほうがいいかなあとかって思ったんだけど、やっぱちょっと地味かなあ。ああっ、でも真由子さん、すてき。すごく可愛い」
美冬はそう言いながら振袖姿の真由子に飛びついた。
「美冬ちゃん、ありがとう」
美冬の言葉に真由子はうれしそうに微笑んだ。
「まあ、そういうことだから。あたしたち、お天気がいいからこれからドライブにでも行くわ。パパたちもせっかくだから、お食事でもしてくれば。真由子さん、パパをよろしくお願いします」
美冬はそう言うとぺこりと頭を下げた。宮内も「先生、失礼します」とお辞儀をした。礼儀正しい青年なのだ。だが、それにしてもまさか父親が神主だったとは。まだ頭の中がぐるぐる回っている啓吾を残して二人は手を取り合って石段を下りていった。
心配した神様のパワーも美冬に出くわした衝撃で相殺されたのか、啓吾は難なくお参りを済ませ、真由子をエスコートしてルノーに戻った。
「どうでしょう。夕食をご一緒しませんか?」
「ええ、美冬さんのお許しも出たことですし……」
イブの夜はあんなに怒っていたのに、今日の美冬は彼氏がいたことを割り引いても、啓吾と真由子に対して、あり得ないくらい寛容だった。そのことが反対に啓吾を不安にさせた。
「まったく、若い女の子というのは……」
「何かおっしゃいました?」
「あっ、いや、なんでもありません」