3
啓吾はワイン色のルノーを、真由子との待ち合わせ場所へ走らせた。好天に恵まれて、正月らしくお洒落した人たちが街に繰り出している。普段は地味なスーツ姿の多い舗道が、カラフルな色どりで埋まっているのを見るとうきうきしてくる。
パリにいた頃、エレーヌの愛車は黄色いルノーだった。啓吾はそのルノーでパリ見物に連れていってもらった。黄色いルノーは、エレーヌにとても似合っていて、その頃のふたりのスナップはまるで映画のワンシーンを見るようだ。それで啓吾は十年ほど前に、中古のルノーを買った。一介の大学教授には贅沢な買い物だったが、どうしてもエレーヌが愛したのと同じ車を手元に置きたかった。
都市高速を西へ五、六分走ると、前方に福岡ドームや高層ホテル、その向こうに福岡タワーが見える。真由子と待ち合わせたのは、福岡タワーに隣接する放送局の前だった。放送局の玄関に近づいていくと、階段のところで赤い振袖姿の真由子が手をふった。
「待たせてしまってすみません」
啓吾が詫びると「いいえ、全然。私、今来たところなんです」と助手席に乗り込んだ真由子が、少し上気した表情でほほえんだ。
「いやぁ……」
啓吾は車を止めたまま真由子の着物姿をまじまじと眺めた。
「何ですか?」
「僕が想像していたよりも数段美しい」
「そんな……」
真由子は恥かしそうに顔を伏せた。特に襟元からのぞくうなじの白さに、啓吾は目まいがしそうになった。
「無理にお誘いしてしまってすみません」
「そんなことはありません。正直に言うと、とてもうれしかった」
「本当ですか?」
真由子の顔がぱっと輝いた。
「でもお体大丈夫なんですか?」
「いや、あの時は調子に乗ってワインを少し飲みすぎました」
「それならいいんですけど……」
真由子には口が裂けても言えないが、これから行く先が神社というのには、いくばくかの不安はある。啓吾は美冬が大学を受験する時に、柄にもなく大宰府天満宮に合格祈願に行ったことがあった。合格祈願 というよりも、美冬が第一志望の大学に受かって、すべり止めにしている自分の大学にこないことを心から願ったというほうが正しい。すでに父親の権威なんかないに等しい上に、同じ学校に来られて学生にプライベートを暴露でもされたら、それでなくても日陰者扱いの仏文科の教授権威など、あとかたもなく消滅してしまう。
多少の目まいや頭痛を我慢してお参りした甲斐があってか、美冬は無事第一志望の大学に合格した。その時の経験から、啓吾は自分のヴァンパイアという体質に、神社は教会ほどダメージが大きくないことを知った。まして今日これから行くのは、天神様のような強力な大物ではなく、地域のこじんまりとした神様なのだ。何も起きるはずがない。啓吾は自分にそう言い聞かせて、力強くアクセルを踏んだ。