家政型アンドロイドの苦悩3
晴翔はアンドロイドの男と、女の子と一緒に歩いていた。
足取りが重いのは、男からカイトらしき家政型アンドロイドが、災害支援型のアンドロイドに保護されているという話を聞いたからだった。
災害支援型アンドロイドと通信したらしいこのアンドロイドは家政型じゃないのかな、と晴翔は思う。
でも、それにしては女の子は男を『お兄ちゃん』と呼んでるし、どうなのだろう。
女の子は何か晴翔に何かを言いたそうにしたが、男がそっと制した。
その無言のやり取りの意味に、彼は気づかない。
「ねえねえ、名前教えて。私はアルヒェ」
「晴翔……」
可愛い女の子と会話をするのは嬉しいが、気恥ずかしい。
ついぶっきらぼうになってしまう。
「ハルトの家族、大丈夫だといいね」
「……」
男は詳しい話をしなかった。
ただ、具合が悪くなって、保護されたとのみ。
無事かどうかわからない。
そして、無事だとしても自分は怒られるかもしれない。
そう思うと、急に彼らと一緒に行きたくなくなる。
「でも、きっと怒ってる」
「どうして?」
「……酷い事言ったから」
「ハルトはそれが酷い事だってわかってるんでしょ。じゃあ大丈夫だよ。ちゃんと謝ったらいいんだよ」
きっと大丈夫だと彼女は言う。
それを素直に信じることは、晴翔にはできなかった。
二人と連れだって到着した災害支援型の拠点にカイトはいた。
横になったまま動かないその姿を見て、晴翔は立ち尽くす。
「カイト……?」
何故動かないのか。
晴翔は近くに待機する男の人に聞けないでいた。
何かとんでもない事が起きたように思えたのだ。
「君がこの家政型アンドロイドの家族かな?」
男の人は晴翔に言う。
それが自分を責める声に聞こえて、晴翔はビクリと震えた。
「ああ、君を責めてるわけじゃないんだ。ただ、このアンドロイドは熱暴走を起こしてるからね」
「起きる……んですか?」
「処置が早かったから、影響はそうないと思うけど」
男の人は視線を、晴翔と一緒にやって来た女の子の方へと移した。
彼女はジッとカイトを見つめている。
しばらく真剣に視線を注いでた少女がホッとしたように微笑んだ。
「大丈夫。起きて」
アルヒェが誰にそれを言ったのか、晴翔はわからなかった。
他の人はわかったようで、傍らのアンドロイドはたしなめるように彼女に声を掛けた。
「どうしてそこで能力を使うんだ。ソレはお前の負担になるんだぞ」
「大丈夫だよ。起こしただけだもん」
晴翔にとってはわけのわからない会話を、二人は交わす。
そちらに気を取られた晴翔は、視界の端でカイトが動き出して驚いて振り返った。
「カイト!」
「あ……」
起き上がりかけたカイトは晴翔の姿を見て目を丸くする。
そして彼が何か発言する前に、晴翔はカイトの胸に飛び込んでいた。
「カイト……! カイト……! 酷い事、言って、ごめんなさい……!」
自然と涙が溢れる。
何故あんな酷い事を言ってしまったのか。
激しい後悔が胸の内を占めるが、カイトは優しく晴翔の頭を撫でた。
「大丈夫、大丈夫ですよ。私こそごめんなさい。職務を放棄して飛び出してしまって」
「いいんだ、いいんだよ! 悪いのは俺なんだ!」
人前だというのも忘れて、晴翔は声を上げて泣き続ける。
溜めていた感情を全部吐き出してしまうように。
「ちゃんとごめんなさいできたね」
少し経って落ち着いた晴翔に少女が言う。
晴翔はその時に初めて、アルヒェが何かをしてカイトが目覚めたという事に気づいた。
「さっきカイトに何したの?」
「私はちょっと呼んだだけだよ。起きてって」
彼女の言葉を引き継ぐように、アンドロイドが説明する。
「アルヒェには少し特殊な才能がある。休止したアンドロイドを起こしたのもその一部だが、秘密にしておいてほしい。この子の安全が脅かされる事態だけは避けたい」
晴翔はその言葉で、このアンドロイドが彼女の護衛の為の特殊型なのだという事を理解した。
沈黙を守る事。それをアンドロイドと約束する。
「また会おうね、ハルト」
別れる時にアルヒェはそう言った。
また会えるなんて約束できない。
晴翔は日中引きこもりで、学校には行っていないのだから。
でも、今夜の事でこの不思議な女の子に興味を持ったのは確かだった。
「また、いつかな」
学校も名字も聞かずに、晴翔は再会の約束をしてカイトと二人で帰路につく。
「あの子はお友達ですか?」
「違う。今日カイトを探してて出会ったんだ。どこの学校の子だろう」
「歳は晴翔と同じぐらいですね」
「うん……」
それからしばらく晴翔は沈黙する。
カイトに何かを言わないといけないのに、言葉が出て来ない。
「あの、さ……。俺、カイトの事『兄さん』って呼んでたの、クラスの奴らに笑われたんだ……」
気がつくと晴翔はそんな事を口走っていた。
「俺さ、俺だけが笑われたんじゃなくてカイトまで、笑われたような気がして……」
言葉にして初めて笑われた時に感じた事を自分で理解する。
自分一人が嘲笑されるなら我慢できた。
でも、クラスメイトは家族まで笑ったのだ。
「もしかして学校に行かなかったのはそれが原因ですか?」
「……うん」
「私の事なら気にしなくてもよかったんですよ。私は晴翔や奥様、旦那様に好かれているなら幸せなのですから」
カイトたちアンドロイドはそういう風に造られている。
何となく晴翔が知識として持っていたものだけど、今日それを実感する。
「でも、俺が嫌なんだ! カイトは家族なんだしさ!」
力説した後、晴翔は照れたように顔をそむけて呟いた。
「ま、まあ……そろそろ学校行ってもいいかなぁとは思うけど」
後に登校を再開した彼は、学校でアルヒェと再会する。
転校生のクラスメイトとして――。