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アンドロイドの箱庭  作者: 流堂志良
引きこもり少年と家政型アンドロイド
6/8

家政型アンドロイドの苦悩1

 家政型Kシリーズ。

 それは家政型アンドロイドの中でも男性型という珍しいシリーズで、特に一人っ子の家庭に人気である。

 そしてこれは、日本らしいのかどうなのか。家政型アンドロイドの普及にはリース制度が貢献していた。

 単体でアンドロイドを購入するには新築の家を手に入れるのと同じだけ費用がかかる。

 メンテナンスにはもしかしたらそれ以上。そんなお金は到底用意できない、という家庭の為に国からの助成金や諸々制度が充実した結果、月々いくらでのリースが成り立っている。

 アンドロイドからしてみれば、人間でいう派遣みたいなものだ。

 こういう風に家庭に浸透したアンドロイドは家族の様に扱われているが、人間ではない。

 それ故に人間と暮らす上で様々な問題が発生する。



「カイトなんて大嫌いだ!」

 硬く閉ざした扉の向こうで叫び声がする。

 それを聞いてカイトは目を伏せて、手に持ったお盆を廊下の隅に置く。内開きの扉を開くとすぐ目に入る位置に。

 お盆に乗るのは部屋の主の今晩の食事だった。

「夕飯、置いておきますね……」

 何でもない風を装っても、拒絶された事自体が彼の電子脳を揺らす。

 彼にとっての喜びは、人間からの感謝であり、それだけが存在理由であった。

 本能により、人間への奉仕をするアンドロイドには拒絶が一番つらい事である。

 この家の家族にはカイトと呼ばれる家政型アンドロイドは、自分の存在理由を問う。

「何故、私はこの家にいるのでしょう」

 答えは、この家に来た時に一家の主が言ったことが全てだった。

『私たちは共働きだ。この子と触れ合う時間が少ない。だからこの子の兄になってくれないか』

 その日からカイトは彼らの家族となった。

 だけど、今『兄』として面倒を見てきた少年には拒絶されてしまった。

『大嫌い』

 その言葉だけがぐるぐると記憶を巡る。

 このままだと自分がどうにかなってしまいそうだった。

 だから彼は家を飛び出した。

 考えないようにするためには、演算能力を全て別の事に使ってしまわなければならない。

 アンドロイドとしての保全機能により、カイトは走り出した。

 まるでそれは、悔しさのあまり駆け出してしまう人間のような行動だった。




 外の物音を聞いて晴翔はるとがしまった、と思った時には遅かった。

 慌てて部屋の扉を開いても、もうそこにはカイトはいない。

 ドアの横に遠慮がちに置かれた、カレーライス。

「カイト……」

 いつもなら困ったように笑って、晴翔をドアの外で待っているのに。

 拒絶してそれを遠ざけたのは他でもない。

 気持ちが幼い晴翔自身だった。

 その言葉は、アンドロイドには絶対使ってはダメだと親にも言われていたのに。

「カイト……!」

 そして少年も家を飛び出した。

 どこに行ったかさえはわからない『カイト』を探すために。

 カレンダー上では秋になったというのに、アスファルトからは太陽の熱が残る。

 こんな暑い中、カイトはどこに行ってしまったのか。

 近所を走り回っても、晴翔の息が上がるだけで、カイトの姿はどこにもない。

「どこ行ったんだよ……」

 家の近所以外に、カイトが行きそうなところと言えば、心当たりがないのだ。

「カイトぉ……」

 カイトを探し回り、疲れた晴翔は座り込む。

 そもそも、カイトに大嫌いだと言ったのはただの八つ当たりだ。

 学校で、家のアンドロイドを『お兄ちゃん』と呼んでるのがダサいからとからかわれたことがきっかけだった。

 しかし晴翔にとってなかなか休みの取れない両親より、アンドロイドのカイトの方が過ごした時間が長い。

 それなのにクラスメイトはダサいと言う。

 多分家族を煙たがる、そんな時期なのだ。

 まだまだ子供といえる晴翔にはそれで割り切る事なんてできなかった。

 辛うじて、部屋の中の、自分の世界に引きこもることで自分を守ってきたのだ。




『そんなに走ると焼けてしまうぞ』

 思考回路に余分な情報を流さないように走り続けたカイトはその声に、ふと立ち止まる。

 そこは家から離れた、晴翔の通う学校の近所。

 災害対策の訓練によく使われる河の、土手の下であった。

 気づかない間にこんなところに来ていることにカイトは驚き、同時に声を掛けたのが人間ではなくアンドロイドだという事にも気付いた。

 その声は実際の音声ではなく、アンドロイド同士の通信回線だった。

「誰ですか?」

 こうした通信を送れるアンドロイドは限られている。

 ただの家政型アンドロイドには搭載されていない機能だ。

 音声での会話と違い、こうした通信ではどの方向から話しかけられたのかもわからなかった。

「よっと。家政型アンドロイドってのはあんまり暑いところで激しい運動したら駄目なんだろ?」

 土手の上から音声で回答があり、人影が飛び降りてくる。

 人の背よりも高い土手から飛び降りるような運用ができるアンドロイドは日本には一種類しか存在しなかった。

 災害支援型アンドロイド。人間以上のスペックを最大限に生かすタイプのアンドロイドだ。

 耐久にも最大限気を使われ、火の中水の中と人間が命の危険に晒される場所でも活動できる。

 しかし、カイトはこんな災害支援型のアンドロイドを見たことがなかった。

 日本のアンドロイドは基本的に日本人に似せて造られている。

「初めて使ってみたけど、通信ってのは便利なようで不便だな」

 顔だちの彫りが深く、どちらかというと日本人というには違和感のある姿だ。

「何です、突然。話しかけてきたりして」

「いや、何か変な顔で黙々と走ってるアンドロイド見たら気になるっつーの。災害支援型じゃない奴が走ってんだし。こちとら見回り任務中なんだ、声掛けぐらいするって」

 冷静に考えてみたらそうだ。

 災害支援型は小さな災害の芽を摘む為に、見回りをしている。

 様々な現場で、人間が命の危機に晒される前に対処するのだ。

 こうやって彼が土手の上を見まわるのだって、河で溺れたりする人間が出ないようにするためだ。

 もしかしたら上流の夕立で、突然水かさが増すかもしれない。

 そんなことに気づかないほど疲弊している自分に、カイトは気づいた。

「そうですよね……普通に考えたらそうですよね……」

 人間がため息をつくような仕草を、カイトは見せる。

「家政型アンドロイドも大変だなぁ。走ったのはストレスか何かか?」

「いえ、ほんのちょっとしたことなんですが。やはり私がアンドロイドだからなのか、なかなか人間の気持ちがわからなくて……」

 何故あの少年が新学期が始まってから学校に行こうとせず、部屋に引きこもっているのかカイトにはわからない。

 下手に学校に行くように言う事も出来ず、ただいつものように世話をしているだけ。

 両親には報告して、夜に彼らが晴翔に原因を聞き出そうとしているのも知っている。

 ただ、晴翔は両親にも理由を告げずに、引きこもり続けていた。

 その気持ちに寄り添えなかったから、嫌われてしまったのだろうか。

 考え出すと止まらない。

 カイトの表情は重たく沈んだ。

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