カナルの異文化接触3
「掃除ってのも面倒くさいな」
カナルは災害支援型アンドロイドの拠点で、愚痴をこぼす。
手には掃除道具。
当然、元戦闘型アンドロイドのカナルには掃除なんてした経験はない。
「こういうのってさぁ、普通掃除用の奴とかいるんじゃないのか? 深山隊長よぉ」
研修時にカナルの指導に当たった深山と言う男は、最終的にカナルの上官という事になった。
と、言っても彼もこの仕事がメインと言うわけではなく、他に本業があって緊急時には指揮を取るという事だ。
普段は訓練か、こういった掃除などの時にしか顔を出さない。
「埃を取るだけならそうだろうけどね。ここは非常食を備蓄する倉庫もあるんだから、色々チェック項目が多いんだ」
深山は手に持った情報端末に色々と入力しながら、先を進む。
「で、これから俺たちが掃除するのは、倉庫ってことか」
「普段は倉庫として使ってるよ。でも、緊急時には避難所としても使う予定だ。幸い、まだそんな緊急事態は起きてないけれど」
「ふーん……」
倉庫の場所はカナルもメモリにインプットしてあるからわかる。
前から倉庫にしては広すぎると思っていたのだが、そこが避難所になるというのなら納得だ。
何人収容できるかは全く知らないのだが。
「それで、非常食ってのはカンヅメか何かか? 水もあるんだろうけど。保存期限が切れたりしたら廃棄するのか?」
ふと、好奇心を持ってカナルは深山に尋ねてみる。
「いや、水さえあれば食べれる合成食料だ。乾燥して袋に詰めてある」
「それ、軍人の携帯食料じゃないか。最悪だ」
カナルはかつて戦闘用アンドロイドだったころの記憶を思い返して感想を述べた。
合成食料といえば、訓練で軍人が食べてるのを見たことがあるが皆まずそうに口にしていた。
あれもまた、袋に水を注ぐだけという代物だったはずだ。
「開発当時は確かに味気もないし、非常用とはいえ、これはどうなのかと言う意見もたくさんあったね。だけど、今の合成食料は違う……とは言っても君に確かめてもらうってわけにはいかないけれど。ちなみに、期限が迫った物は廃棄じゃなくて、市民に配布している」
深山は説明しながらも、歩みを止めない。
やがて二人は閉じた扉の前に到達する。
「ここが倉庫か」
「そう、倉庫としての入り口になる」
「避難所としては?」
「この裏側、位置としては建物の外側にあるよ」
扉の横にある端末に、深山がカードをかざすと電子音と共に扉が開く。
「おはようございます、深山隊長」
扉の向こうには見たこともないアンドロイドが一人立っていた。
髪は茶髪で背が高い男性型。
「倉庫の掃除ですか?」
「ああ、そうだ。調子はどうだ、大和」
深山の質問に大和は笑って答える。
「やーだなー。僕が早々調子を崩すなんてありえないですよ」
軽口を叩く大和は、深山と共に入室したカナルを見て首を傾げた。
「あれ? 新入隊員ですか?」
「事情があって国外から編入した、カナルだ。今後訓練や掃除で顔を合わせることもあるだろう」
深山がカナルを紹介すると、大和は人懐こい表情でぺこりと頭を下げた。
「この建物を管理してるアンドロイド、大和です。よろしく」
「ああ、カナルだ。よろしく……」
管理用の機体がいるのならば掃除など不要ではないかとカナルは思った。
だが、人間がチェックしなければいけない部分もあるのだろうと聞くのは思いとどまる。
管理用のアンドロイド一体のみだと行き届かない場所もあるのだろう。
そう、カナルは自分を納得させることにした。
その日の予定は避難訓練だった。
訓練といっても彼ら災害支援型アンドロイドだけではない。
市民も参加しての大規模な物だ。
市内にいくつかある災害支援型アンドロイドの拠点との、連携もある。
「訓練ってのはこんなに大規模にもなるんだな」
想定は直下型地震。交通網が麻痺して、帰宅困難者も出る、という前提で行われた。
まずは訓練の緊急地震速報。
各自が持ってる情報端末に、また市内の放送でも訓練放送が流れた。
「実際けが人をどうやって運ぶか、とかは私たちの訓練だけでは無理だからね。仕方ないわ」
カナルの感想に、同僚の春香がそんな風に言う。
「人間側にも、いつか来る災害への心構えって言うの? こういう時はこういう風にしましょうって覚えとかないと、いざって時何もできないもの。でも、訓練したからって言ってもその通りに動けるかはわからないけど」
緊急地震速報と共に、災害支援型アンドロイドの全リミッターが解除される。
普段は一定以上の出力は出せないが、今は訓練とはいえ全力を出すことが出来る。
あまり長時間全力を出し続けると壊れてしまうので交代制だが。
「さて、カナルはここで情報収集と、発信よろしく。私たちは救助に出てくるから」
カナルが答えを返す間もなく、春香たちは文字通り飛び出して行った。
訓練としては、避難誘導、救助、場合によっては搬送も行う予定だ。
恐らく避難所としてはあの倉庫を本来の使い道として開放するのだろう。
予定を反芻しながら、カナルは思う。
戦闘型として造られた自分が、人間を救う事を目的に遠い異国で稼働することになるなんて。
きっと自分を造りだした研究者たちも思わなかっただろう。
同じころ、避難所の管理用アンドロイドとして機能を全開放した大和は管理室にいた。
いくつものモニターがあり、様々な情報がモニターに映し出される。
「時々は、使わないと使えなくなるよね。八島もそう思わない?」
『まあな。いざという時に私が起動しないようでは支障が出るだろう。その機会が百年に一度だとしてもな』
大和がモニターに語りかけると、大和によく似た顔のCGが映る。
彼は八島。この避難所に隠されたあるシステムを統御するAIだった。
いつもは休止状態にあるが、緊急地震速報により起動される。
そのシステムとは、可視光線を元に避難所の電力や、アンドロイドのエネルギーとする変換システム。
もう一つは、可視光線から変換される莫大なエネルギーがなければ起動できない代物だ。
「エネルギー変換システムは?」
『良好だ。だが、起動がもう少し早ければいいのに、とは思う』
「そっかぁ。今後の課題として深山隊長に言っておくよ。予算が下りればいいけどね」
大げさなしぐさでがっかりした様子の大和に、モニターから八島が言う。
『変換システムは全力稼働中だ。晴れでよかったな。もう起動できるよ』
「はいはい」
淡々と報告する相方のAIに返事をして、大和は端末を使いキーを打ち込む。
アンドロイドでなければ覚えきれない、英数字、記号を織り交ぜた長大なパスワードだ。
『飛行システム稼働。避難所『大和』発進する』
この避難所は災害支援型アンドロイドが空を飛ぶユニットを、強大にしたシステムが内蔵されている。
洪水や土砂災害などで、大地の避難所が被災する時に使用されるのが目的だ。
訓練とはいえ、このような建物が普通に飛んでしまっては色々と注目を浴びてしまうので、こうした訓練の時では浮いても数センチといったところだが。
訓練でも使う必要はないのだが、彼らの言うとおり実際に使う時に稼働しなければ問題がある。
「よくこんな避難所にこの国の別名なんてつけたよね。僕も君も同じ意味から名づけられた」
このシステムを開発した人間は何を考えていたというのか。
大和は苦笑しながら、避難所の高度を設定する。
浮くのは数センチ。大事なのは制御がうまくできるかどうかで、高く飛ぶ必要はなかった。
『この国に住む人を受け入れるんだ。だから私は構わないと思うよ。普段眠ってる私が言うのもなんだけれどね』
普段休眠しているAIは笑う。
この訓練中、もしくは緊急事態の時にしか目覚めることはないと言うのに。
「僕が普段一人だからかなぁ。あちこち管理してると余計な事考えちゃって。駄目だね」
外から人々の声が聞こえてくる。
ここで『二人』の時間は終わりだった。
「じゃあ、僕は避難してきた人に避難所を解放してくる。何かあったら通信を入れてね」
『ああ。またな。――一人が退屈なら、誰か話し相手でもつけてもらえよ』
管理室から大和が出て行くと、部屋が暗くなる。
他のモニターは退室を感知するのと同時に切れたが、八島の映るモニターだけは室内を照らしていた。