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ギフト  作者: ウミネコ
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第一章四話

 超能力者救済機構。通称、超救。八年前にトラオムの一部が独立して創られた超能力者保護組織。創設者は当時トラオムの幹部だったが、誰なのかは不明。一部では超能力者の保護ではなく監察が本来の目的ではないかとささやかれているが、それも不明。また超能力者が危険因子だと判断された場合、排除されているという意見があるが、いずれも憶測の域を出ていない。


「――であるからして……、ってちょっと聞いてるの!?」

 ナツは机の上に突っ伏していたが、凜花の怒鳴り声に驚き、目を見開いた。

「き、聞いてまーす」

「返事に気合いが入ってない!」

 凜花は自主訓練室の一室を借りて、ホワイトボードにブラックマーカーで超能力の説明をしている。ボードには『念動力、精神感応、催眠』の三つの単語が書かれている。

 懇切丁寧に能力の説明をしてくれる凜花は、次第に熱が入りすぎて不真面目なナツをしかり飛ばす結果となった。

(なーんでこんなことになったんだろう……)

 始まりは、廊下を歩いている暇なナツを凜花が捕まえたところからだ。

『あ、ナツ。さっきトラオムが使ってた能力のこと知りたいって言ったわよね』

『え? あれー、そうだったけ?』

『そうよ。私、いま暇だから教えてあげるわ』

『うー。でも凜花ちゃん、ナギっちゃんと用事があるんじゃないの?』

『凪は街に出かけたわよ。だから自動的に私も暇になったわけね』

『へー、じゃあ凜花ちゃんに色々と教えてもらおうかな』

 不用意に頼んだその一言が、自分の首を絞める結果となり、激しく後悔した。

「こんなに説明してるんだからもうちょっとしっかりしてよ」

「でもね、凜花ちゃん。オレが勉強苦手だって知ってるでしょ?」

「凪だって前は勉強苦手だったけど、いまは勉強熱心になってるわ」

 ナツはまだ中学生くらいの凪を思い出した

 教育機関に通えない凪は、年上である凜花に勉強を見てもらっていた。頬をげっそりとさせながら『きょ、今日も凜花姉と勉強だ……。あはは……』と、虚ろな目をしながらぶつぶと歩いている凪に、心から合掌をしたことを思いだす。

「それは、ほら、教師が凜花ちゃんだからだよ。うん」

「そ、そうなのかな……。そうだとうれしいんだけど」

 凜花は少し照れてる感じで、弱々しく言った。そういうことを意味して言ったわけではないのだが、水を差すこともあるまい。

 あの二人が特別な関係なのは、いつからだろう? ナツが気付いたら、自動的にそうなってたが、明確な時期は不明だった。

 と、言っても傍から見ると、恋人という関係ではなく、姉と弟という関係がしっくりくるのだが……。

 凪はともかく、凜花は凪に対して特別な感情を持っていると、ナツは思う。

 その事に関して、特別感慨深いものはなかった。ナツはそういった感情を持てない人間なので、寂しいとか、うれしいと感じたことは一度もない。

 相手にも自分さえにも感情を移入できないのを一度悩んだが、いくら考えても答えはでなかったので、そのままにしておいた。

 良くも悪くも、さっぱりとしている性格が自分の持ち味なのだと、自覚していた。

「でさ、結局データを保存したのがトラップのきっかけだったの?」

「え、ええ。確証はないけど高い確率でそうだと思うわ。端末の操作――データの保存を条件として、テレパシーを飛ばし、催眠状態にあった彼らを念動力で強制操作といったところかしら? 数種類の能力を合成したのか、テレキネシスか……。私は前者の方が高いと思ってる」

「テレキネシス、か。対象物に自分の念を送りこんで意のままに操るんだっけ? でも、あいつら、見たところそんな感じはしなかったけどなー」

「そうね。操られているというよりは、ある行動だけをするようにプログラムされてる感じだったわね……」

「ナギっちゃんはテレキネシスを使えんの?」

「あの子はそんな器用じゃないわね。テレキネシスもサイコキネシスも動かし方が違うだけで、後は一連の過程なんだけど……。あの子の場合はサイコキネシスに特化されてるみたい。年々と力が上がってるし、まだ伸びる可能性が高いわね」

 超能力を大別すると、ESP(Extra-sensory perception)とPK(Psychokinesis)の二つになる。

 前者は通常の感覚器官による、知覚を超えた知覚が可能だ。ナツの視覚を強化した透視能力などだ。他にも物体の残留思念を手に触れ読みとることができるサイコメトラーがいる。

 後者のPKは、意思の力で物体を動かすことが出来る。頭の中で映像を構築し、鮮明に描くことによって現実に干渉することが可能だ。

 凪のサイコキネシスや凜花のテレポートなどが、この類だ。

 超能力の種類はその人物の性格や在り方によって違う。ナツは自分が平和的な人物だと考え、遠方からでも支援可能な透視能力が備わったのだと、ホッとしていた。

 前方に出て、人を攻撃する能力など自分には向いていないのだ。

「へー。すごいな、ナギっちゃんは。オレはもう成長しきった感じがするよ」

「そうね。私もそろそろ限界が近づいてきた気がするわ。これ以上強くなりたくても、連中の力を借りる気は起きないし……」

「連中って、研究開発チームのこと?」

 ナツの質問に、凜花の表情に影がさす。

「ええ……。あそこは超救でも独立した組織だから、全貌は知らないけどあまりいい噂は聞かないしね……」

「オレもそうだ。でも、ウチの総裁がよく許してるなー」

 ナツは研究開発チームの噂を思いだす。

 超能力者の研究開発を主とし、メディカルチェック、臨床結果のない薬物による投与、能力の底上げなど、セカンドの開発にも勤しんでると聞いたことがある。どれも顔をしかめる内容ばかりだ。

「あの人もやむを得ずといった感じらしいわ。超救は元々トラオムだったことは知ってるでしょ? 超救の在り方の全てを認めてる人だけじゃないってこと。それに、私たちにも利益はあるでしょ?」

「……オレは複雑。メディカルチェックはありがたいけど、このブロックピルはねー……」

 ナツが淡いピンク色をした錠剤を取り出し、眺める。ブロックピルと言われる精神安定剤は、能力者の精神安定、能力の暴走、脳細胞の破壊を抑制する作用がある。

 トラオムでは、能力を増強する覚醒剤もあると噂されているが、真意は定かではない。

「まるで超救に飼われてるような気もするよー。オレたちの居場所はここだけしかないのにさ、こんなのいらないんでない?」

「……そうね。でもいまの発言は気をつけたほうがいいわよ。不穏分子だって判断されかねないから」

「凜花ちゃんしか聞いてないから大丈夫さ。……でも、ナギっちゃんにはこのこといつまで黙ってる?」

「……。分からない。隠せるだけ隠すつもりでいるけど……」

「いつかばれるんでない? あいつ、超救を信じ切ってるからいまは平気かもしんないけどさ。嘘を突き通す時間が長いほど、ショックもでかいよ」

「その時は、私が責任を持つわ。だから凪には内緒にしといてね」

 念を押され、ナツは黙って頷く。

 凪はブロックピルを必要とせずとも、能力を使える。当時まだ子供だった凪には、情報を開示する必要性がないと上が判断したので、その存在すら知らないだろう。

「……まだナギっちゃんの身体の秘密は解明されてないの?」

「ええ……。研究者も首をひねらせてるみたい。最近のレポートでも大した研究成果はあがってないようだし……」

「ほーんと、不思議だよねー……。ブロックピルを飲まなくても能力の弊害が出ないなんて。逆にその謎が明かされれば、オレらもこんな薬いらないのにね」

 何げなく言ったその一言は、凜花の癇にさわったようだ。

「ナツ。いま言った事は他では言っちゃ駄目よ」

「え、なんでよ……?」

「いいから! ……わかった?」

 凜花の表情は真剣そのものだ。剣幕に押され、ナツは黙って頷く。

「……じゃあ私は、そろそろ部屋に戻るわ。ナツは今日勉強したところを復習しておくこと」

「えー……」

「返事」

「……はい」

 じゃあね、と言って凜花は自主訓練室を出て行く。

 ナツは凜花を見送ったあと、先ほどの凜花の剣幕を思い返す。

(ブロックピルの必要性の有無で凜花ちゃんは怒った。ということは、ナギっちゃんの研究は超救にとって、諸刃の刃ってことにならんかねー……)

 考えているうちに、様々な疑問が浮かび上がってくる。

 研究開発チームは凪を新たな可能性として重要視している。ブロックピルを必要としなくなったとき、超救にいる超能力者をどう飼うのだろう。

 そして凪が超救の秘密に気付いたとき、どう行動するか。足かせがない彼に、言うことを従わせるの方法はなんだろうか?

 重要機密の彼に自由を与えるほど、超救も馬鹿ではあるまい。

(はぁー……。凜花ちゃんもなーんか隠してるみたいだし、こりゃあちょっとめんどくさいことに足を突っ込んだかなー……?)

 うーん、とうなりながら、自習室を出る。そこで、ばったりと凪と出会った。

「な、ナギっちゃん!? そ、その格好、どどど、どうしたの!?」

 凪は上から下までぼろぼろの格好だった。Tシャツは破け、ブルージーンズはダメージ加工したのかと間違えるほどあちこちが裂けている。顔には生傷のあとが痛々しい。右手にぶら下げた紙袋だけは、不思議と汚れていなかった。

「……いえ。ちょっとトラオムに襲われまして……」

「トラオムに……? それよりも、け、怪我は……ってしてるか……。だ、大丈夫か?」

「はい。見た目は酷いですけど、大した傷はしてないので……。あ、ナツさん。凜花、どこにいるか知りませんか?」

「凜花ちゃん? いや、知らない。さっきまで一緒だったんだけどねー……。自分の部屋に戻ったんじゃないの?」

「……そうですか。ありがとうございます」

 立ち去る凪は、何か思いだしたように止まり、振り返る。逡巡するような戸惑いをみせたが、口を開いた。

「……ナツさん。ブロックピルって知ってますか?」

「……? 何、それ? 新しい風薬かー?」

「……いえ、知らないんならいいんです。失礼しました」

 踵を返し、立ち去る凪。ナツは凪の姿が完全に見えなくなるまで、息をするのを忘れていた。

「ぶはっ――! いやー、びっくりしたなー……。急にブロックピルのこというんだもんなー。トラオムの奴に何か言われたのかね……」

 一抹の不安を抱え、自分も部屋にもどる。

 出来れば何事も起こりませんように、と祈りながら。

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