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ギフト  作者: ウミネコ
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第一章二話

「――以上の三つのキーワードが今後のトラオムの活動に関わるものだと思います」

本部に戻り、三人の代表である凜花は、直属の上司にトラオムの事件の報告をしていた。

デスクに座る上司は、時折、眉をひそめながら聞いていた。

「プリマ・マテリア、アイカ、文字の欠けている一単語……。その三つの単語を含む計画――シックザール……。どれも不明だな」

 相手を威圧する重低音の声。端整とした顔立ちに、吊り上がった双眸。髪型はオールバックにセットしている。この人の容姿はどれも人を威圧することを前提としているな、と凜花は思った。

「はい。ですがトラオムにとって、このキーワードは我々に知られても困らない情報だと私は考えています」

「どうしてそう思う?」

「研究成果を試すような攻撃や、データの処理が完璧ではないためです。私でしたら、重要なデータは全て削除します」

「……向こうが本気ではなかったと?」

「はい。我々に与えても問題ない情報だと判断したのかと」

「我々には知ることの出来ないものだと、驕っているのかもしれんな」

「そうかもしれません。逆に、ベグリなんとかはまだ我々に教えてはまずいと、その部分だけデータの隠匿をしたか……」

「もしくは、彼らにもまだ知り得ない未知なものかもしれんな」

 ふむ、といって顎のヒゲをなでる。情報を切り売りする仕草だ、と凜花は思った。

どこから与えて、どこまでを不要かと選別しているのだ。長年のつき合いで、凜花にはそれがわかった。

「……今後の方針だが、キーワードの意味を究明しよう。それにアイカという単語には心当たりがある」

「……心当たり、とは?」

「アイカとは、ある女の子の名前だ」

「女の子の名前ですか?」

「ああ。間違いでなければ、な」

「……失礼ですが、総裁とはどのような関係ですか?」

「過去の話だ。君が気にすることではない」

「私には知る権利があると思いますが」

「必要ないな。君は自分の職務だけをまっとうすればそれでいい」

「……わかりました」

「後のことは追って連絡する。それまでは休暇だ。身体を休めておけ。以上だ」

「了解しました。失礼します」

 姿勢を正し部屋を後にする。

電子ドアが完全に閉まったことを確認し、凜花は声を出さないように「……父さん」と小さく呟いた。

いまはもういない、かつて優しかった父の面影を頭の中で思い返す。

仲のよかった両親。笑う父を、たしなめる母。自分が幼い頃に、家族は離ればなれになってしまった。

――もう、あの頃には戻れないんだ。

せめて同じ過ちは歩まないように、と凜花は足を前へと進める。人の歩く道は真っ暗闇なのだから、せめて真っ直ぐ進むように、と。


人ごみは苦手だ、と顔をしかめながら凪は夕方の繁華街を歩いていた。

 凜花に『指示があるまで待機。まあ自由にしてろってことね』と言われ、特にやることがなかったので、暇つぶしに街へと出向いた。

凜花の頬に涙の後があったので『何かあったの?』と訊ねたが、彼女は『何も』とそっけなく言って、会話を強制的に終了させた。

追求はしなかった。というよりは、出来なかった。

困ったときはお互い様よ、と言いながら凜花はよく自分を助けてくれる。反対に自分は、何の助けになれないのが悔しかった。

(せめてお土産でも買っていこう……)

 凜花に元気をだしてもらおうと、大型デパートの四階にある、雑貨コーナーに向かった。

雑貨コーナーは混雑していて、こういう場所に慣れない凪は、緊張して身を固めた。

「見て見て、これかわいー」

「あつこに、これ似合うよ」

「ゆうすけ、あれ買ってよ」

「誕生日にプレゼントする」

 カップルや学生が多いなー、と学校に通っていない凪は彼らを複雑な気持ちで眺める。

自分も、普通だったら高校を卒業するくらいの年齢だ。

子供の頃に能力を暴走させた自分は、偽の学籍を作るだけで、学校には通えなかった。

保護監察という名目で、超能力救済機構――超救に引き取られた自分に、そんな権利はない。超救上層部からの判断で、能力がいつ暴走するかわからない危険な存在を、学校という一般人が多く集まる場所に行かせるわけにはいかないということだ。

当時暴走したときの記憶は曖昧で、誰が超救に自分を入れたのか、凪は知らない。

 ただ、自分を助けてくれた人の手のぬくもりと、後ろ姿は覚えていた。

 あの時、自分は思った。この人が自分を助けてくれたように、自分もこの人のように誰かを助けたい、と。

超能力者を助ける凪の原動力は、そこから来ていると言っても過言ではなかった。

「すいません、これください」と凪は、店内ランキング三位と飾られてあった〈抱き枕用キノコン〉という狐がキノコをくわえている、シュールなぬいぐるみを購入した。

「勢いで買っちゃったけど、凜花喜んでくれるかな……」

 ぶら下げた紙袋を覗きながら、不安になった。

人ごみに酔った凪は、一階にある軽食コーナーで小休止をとることにした。

座席に荷物を置き、クレープ売り場まで行くと、女性店員と銀髪の少女がもめている場面に遭遇した。二人の諍いは、みんなの注目を集めている。

「ですから、お金を払って頂かないとクレープを渡すことはできないんですよ」

「お、お金はないけどカードは持ってます。これじゃダメなんですか?」

「何度も申しあげたように、そのカードは当店では使えないんです」

 しょぼーんと、肩をがっくりと落とす少女。

クレープ売り場の店員は、困っているような怒っているような、どうしたらいいのか迷っている顔をしている。

しかし少女はめげずに、使用不可のカードでクレープを買おうと奮戦している。

数分間同じやり取りを見ていたが、凪は待ちきれなくなり、少女を押しのけて店員に声をかけた。

「あの、バナナチョコ生クレープを下さい」

「あ……、はい。どうぞ」

 店員は闖入した凪に、戸惑いつつも対応する。あらかじめ用意してあった生地の上に具材を乗せて、包んで凪に手渡した。

 凪は店員にお礼を言い、買ったクレープを頬をふくらませている少女に渡す。

「はい、これ」

「え? くれるの……?」

「うん。あまり他の人を困らせたら駄目だよ?」

 少女は凪の言った意味に気付き、顔を真っ赤にして、その場から逃げるように去っていった。

苦笑しながら凪は、自分の食べたかったクレープを注文して荷物を置いてあった席で食べる。

「――ねえ」

うん? と顔を上げると、さっき問題を起こしていた銀髪の少女がいた。

淡い水色のワンピースに身を包み、白色のカジュアルサンダルを履いている。肩まで届く銀髪は、電灯の光を浴びてきらきらと輝いて綺麗だった。見下ろすような形で凪を見つめる淡褐色の瞳は、戸惑っているような、怒っているような、どちらともとれる感じだった。

はて? 自分は何かしたのかなと、首をかしげる。

「どうしたの? またクレープ食べたいとか?」

「違う。これのお礼を言いにきたの」

 ん、と少女は凪があげたクレープを指差した。

「ああ……、別に気にしなくていいのに」

「ちゃんと、お礼を言わないと私の気持ちがおさまらないの…………ありがとう」

「どういたしまして」

 これで用は終わったかな、と思っていたが、少女は立ち去ろうとしない。

「……まだ何か用?」

「ねえ、ここで食べていい? さっきのことで一人だと恥ずかしいの」

 周囲の人数は少なかったが、少女の後ろに座る青年などは、時折こちらに視線を向けている。

 凪は、あそこまでしてクレープを買わなくてもよかったのにと思ったが、自分にも責任があったので「……ああ、別にいいよ」と言った。

 少女の表情が、パッと華やぐ。うれしそうにして椅子を引き、凪の正面に座った。

「わたし、愛歌あいかっていうの。よろしく」

 

「わ――! これ、美味し――!」

 自己紹介を終え、凪は愛歌と名乗る少女と雑談をしている。クレープを桜色の小さい唇に運ぶ姿は、小動物を彷彿させた。

「そんなに美味しいか、クレープ」

「うん。だって、わたしクレープって初めて食べたんだもん」

「へー、珍しいな。女の子って、友達同士で食べにくるイメージがあったから。……単なる偏見だったか」

「偏見だよ。凪は女の子を誤解してる。甘いものを好きじゃない子だって、ちゃんといるんだからね」

「……ごめんなさい」

「いいよ、許してあげる。凪はこんなに美味しい物をわたしに買ってくれたから」

 少しずつ、ゆっくりと味わうようにしてクレープを食べていく。凪はクレープを四口くらいでたいらげてしまったので、損をしたような気分が少しした。

「ねえ、凪。凪の名前にはどんな意味がこめられているの?」

「いや、名前の意味までは知らない。考えたこともなかった」

「そうなの? 両親だって何かの意味を込めて名前をつけたんだよ。凪、失礼だよ」

 両親という言葉を聞いて、凪は一瞬だけ動揺した。脳に苦い記憶がよみがえりかけたが、すぐに振り払う。

「……じゃあ愛歌の名前の意味は?」

「歌のように人を愛せるようにって意味だよ。何のひねりもないけど、わたしは好き」

「……そっか。よかったな」

「うん。凪も両親にちゃんと聞いた方がいいよ」

 自分の心臓が、どくんと一際大きくはねた。鼓動が血流にのって全身を駆け巡り、唇がわなわなと震えた。

「? どうしたの、凪? 顔色悪いよ?」

「――いや、なんでもない。そうだな、愛歌の言うとおり、今度聞いてみるよ」

 愛歌は不思議そうに首を傾げたあと、テーブルから身を乗り出して凪の鼻をつまんだ。クレープはいつの間にか食べ終えていたようで、包装紙が丸まってテーブルの上に置いてあった。

「…………。ねえ、愛歌、これは一体なんなのかな……?」鼻声で凪は愛歌にいた。

「……凪。わたし、ここは初めて来たの。暇だったら案内して」

――なぜ今日出会った女の子にそこまでしなければいけないのか?

愛歌の瞳と自分の瞳が絡み合う。彼女の瞳には、子供が大人に欲しいものをねだるような、期待と不安に満ちているようだった。

凪の脳裏に断ろうとという考えがよぎる。だけど、自分の口からは「……うん、いいよ」という言葉が出た。

 愛歌は瞳を輝かせながら「ほんとに? 本当にいいの?」と確認してくる。

「まあ、暇だし。別にいいよ」

「はぁ……よかったー。じゃあ、行こう」

 鼻をつまんでいた手を離し、凪の手を取る。

凪は不覚にも、愛歌の手の柔らかさに、どきっとしてしまった。

「ほら、早く、凪。時間は止まってくれないんだから。ね?」

「あ、ああ……」

 荷物を持ち、凪は強制的に小休止を終えることになった。

手を引っ張て歩いていく彼女の横顔が、不意に遠実の横顔と重なった。

凪は驚いて立ち止まり、「どうしたの?」と愛歌が訝しる。

「何でもないよ」と脳裏によぎった苦い記憶を振り払った。

(どうして、姉さんの横顔が彼女と重なったんだろう……?)

愛歌の顔を盗み見る。姉の顔は、もうどこにもなかった。

エアヒロインの登場です。

本当に、ヒロインが輝かないのだ。

僕の作品は。

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