第一章
「そっちはどう?」
「駄目ね。全滅」
首を横に振りながら凜花が答える。
超能力救済機構から能力者救出の要請をうけた凪達は、三人一組のチームでトラオムの研究施設に乗り込んだ。
トラオム――政府が容認している、超能力者集団組織。表向きは国益のために働いているが、実態は超能力者を使い日本の歴史を影から動かしてきた、政府上層部でも一部しか知らない秘密組織だ。
政府にとって邪魔な存在を抹消したり経済を牛耳ったりと、長年国を裏から動かしてきたが、近年になってその活動は著しく倫理の欠けたものとなっている。
凪たちに――超能力者救済機構に乗り込まれると予知していたのか、研究に必要な資料と研究員は退避していたようで、残っていたのは五人。不要と判断された超能力者たちだけだった。
「クソッ! ナツさん、そっちは?」
「んー。こっちもダメっぽい」
軽い感じで言うナツは、透視能力を活用し、あらゆるものを透視する能力者だ。いつも眠たそうにしている両眼は、青白く爛々としている。
「こりゃあかなりキチまってるなー。脳内の細胞ずたずたよ? あーあ、瞳孔もこんなに開いちまって、かわいい子なのにもったいない」
オーバードーズ――薬物の過剰摂取だね、とナツは言う。
彼は抱えてた女の子を寝かせ、両手で合掌する。軽薄な態度だが、仕事は正確なので凜花も眉を軽く眉をよせるだけで、文句を言おうとはしない。
「手遅れかもしれないけど、救援は要請しておきましょ」
凜花は超能力者救済機構の専用端末を取りだし、各方面に連絡をする。上への報告、能力者の保護施設の手配、現場検証班への連絡などをてきぱきと手配しはじめた。
時折、肩まで届く絹のような黒髪を鬱陶しそうにかき上げる。怜悧な瞳には、苛正しげな色がにじみ、端整な顔は怒りに歪んでいた。
「うわー、凜花ちゃん。かなりキテるぽっいねー」
「当然ですよ。人がこんな風に扱われるなんて、許せることじゃない。なんでナツさんはそんな冷静でいられるんですかっ」
「ん? んー……。だってしょうがないじゃん。起こっちまったのは取り返しがつかないし、あいつらにとってオレたちは便利な道具である事実はかわんないし。だからしょうがない」
ナツは嘆息した。その仕草が本当に諦めているようで、凪は苛立った。
「でも、それでも俺はナツさんみたく冷静でいられないんです……!」
「うん、それはナギっちゃんのほうが正しいよ。オレはどこか破綻しちまってるからさ、そんな感情持てないんだ。
だからナギっちゃんと凜花ちゃんみたいに、見知らぬやつに対しても感情を抱けるってのはちょっと尊敬する」
あははーと笑うナツは、どこか寂しげだ。凪はそんな彼を歯がゆい眼差しで見つめる。
「大丈夫だよ、ナギっちゃん。そんな深刻な顔しなくても連中は助かるさ。そのためにオレたちは活動してんだからさ。そうじゃないと、オレらもあいつらも報われないだろ?」
「はい……」
背中をばしばしと叩くナツに、凪は微笑みで応えた。
「ほら、あんたたち。なに遊んでんの」
連絡を終えた凜花が、短い距離を瞬間移動で詰めた。
「ナギっちゃんがこのあとの凜花ちゃんと一緒の時間を、楽しみにしてるとか言うからさー」
「い、言ってないですよ、そんなこと!」
「……はあ、本当にお気楽なんだから。少しは彼らのことも考えなさい」
凜花が視線を床に移す。五人の被験者たちが、瞳孔を開いた状態で人形のように横たわっている。
凪は、緩んだ気持ちを引き締めた。
ナツもその光景を見かねたのか、頭を掻き出し、言葉をなくしたようだ。
「どこかに何かしらの情報でも残されてないかしら……。現場検証班がくるまでまだ時間あるし」
凜花はトラオムの施設にある端末を、調べ始めた。幼い頃からトラオムで働いていた凜花は、慣れた手つきで端末から情報を引き出していく。
凪とナツは端末操作に疎く、モニターに映る情報に目を通した。
忙しなく動いていた凜花の手が、あるファイルの単語名で止まった。
『Project schicksal』
「プロジェクト……、シ、シックサル?」ナツが言う。
「違う、シックザールよ。ドイツ語で“運命”“宿命”という意味ね」
「はぁ、また大袈裟な名前の計画だねー。……それでなんて書いてあるの?」
ちょっと待って、と凜花はモニター上に浮かぶ文字をじっと睨む。
「『我らはプリマ・マテリア……、アイカの予知された未来……、ベグリ――と呼ばれる存在……、以上をもっていずれ訪れる事態を打破するためのプランを立案する』か……。破損がひどくて、断片的な情報しか引き出せないわ」
「プリマ・マテリアにアイカ、か……。どれも人の名前かな? それとも隠語、とか」
「オレはそっちの二つよりも、最後のベグリとかのほうが気になるぜ。なーんか、こう胸がウズウズしだして、気分が悪いなー」
「どれも聞いたことのない単語ね……。本部に持って帰って修復すれば、また何か分かるかしら?」
凜花が小首を傾げるながら小型の記録媒体装置にデータを保存する。直後、唐突にモニターの電源が落ちた。画面が真っ暗になり、瞬く間に警告の赤い文字が一面を覆う。
「……っ! 凜花、テレポート!」凪が叫ぶ。
凜花が凪の叫んだ意味に気付き、瞬間移動でナツとデスクの陰に隠れた。意識を失っていた五人が急に起き上がり、周囲にあるものを手当たり次第に超能力で飛ばしてくる。
凪はとっさに念動能力で、デスクを覆うバリアーを展開した。弾かれたモニターやHDなどの残骸が、床に無残に転がっていく。
「何? な、何なのー?」
「ブービートラップよ! 端末を調べると作動するようにしてたみたいね!」
「ちょ、超能力ってそんなことまでできちゃうのー?」
「催眠と念動力、精神感応の合成能力よ! 相手の研究がここまで進んでたなんて……」
してやられた、と凜花は髪をかき上げる。
「そ、その三つの能力がどうしてこんな作用を引き起こすの!」
「本部に戻れたら、懇切丁寧に教えてあげるわ!」
頭を両手でガードしているナツは「引くも進むもどちらにしろ地獄――!」と叫んだ。
「凜花とナツさんはそのまま隠れてて!」
「ちょっと凪! あんた一人で大丈夫なの!?」
「うん。これ位の力なら、俺一人でも防ぎきれる」
「ナギっちゃん、頑張って――!!」
ナツの応援に苦笑する。
凪はバリアーを維持しながら、相手の戦力を分析。
一人一人の力は大したことない。
酷な話だが意思がないので攻撃が単調だ。
問題は、念動力が単調な性質を持っていることだ。思念波の重なりやすい性質を利用して、力を上乗せしている。
反撃する、余裕はない。
――けど。
虚ろな瞳の超能力者を見つめ、考える。彼らは元々どんな能力を持っていたのだろう。まさか、五人とも念動能力者ではないはずだ。全員均一の力などあり得ない。必ず個人差があるはずだ。それがないということは――――
思考した先の答えに、奥歯を噛みしめる。
――余計なことは考えるな。いまはこの状況を打破することだけ考えろ。拮抗している時間も長くは続かないはずだ。
読み通り、数分後に彼らの力が弱まっていった。
超能力の長時間の使用など、長く続くわけがない。それも、強制的に植え付けられた力なんて――
「凜花、いまだ!」
彼女の手が凪の身体に触れ、自分たちを五人の背後に瞬間移動させた。
直後、二人が隠れていたデスクが粉々に吹き飛んだ。
彼らは凪たちが消えたことに気づかず、未だに念動力を使い続けている。
「こう見ていると、やっぱ可哀想かもなー」
「一歩間違えてたら、私たちもこうなってたのかもしれないのよ。――凪、彼らを眠らせてあげて」
「はい……」
頷き、五人に近づく。
後頭部に右の掌を当て、一人一人の睡眠中枢を刺激し眠らせていく。念動力の応用だ。
最後の一人を眠らせたあと、凪の瞳に涙がにじんだ。
目標は達成したのに悲しみと憤りしか残らない。彼らが助かる保証などは、どこにもないのだ。
そんな凪の気持ちをを察してか、凜花が凪の顔をそっと抱きよせる。
「大丈夫よ。あなたはよくやった」
優しい声音で言われ、凪は「はい……」と頷いた。
「まーったく、ほんとナギっちゃんには優しいんだから。オレも凜花ちゃんに抱きしめてもらいたいなー」
「と、とにかく私たちの作戦は終了よ。じき、検証班も到着するだろうから、本部に戻りましょ」
凜花は頬を染めながら、凪をそっと離す。
ナツは「了解」と言い、「元気、出たかー?」と笑いながら凪を励ました。
凪は懐かしい気持ちで、胸が痛くなった。
――凜花とナツさんといると、姉さんといた頃を思いだす。
遠実のことを思い出すと、胸がぽっかりと空いた気分になる。不意に姉のことを思い出したのは、凜花の言葉が嬉しかったからだろう。
――そういえば子供の頃、俺を助けたのは誰なんだろう?
※サブタイトルは余りにも恥ずかしい題名をつけてしまってあったので、作者の意向で外させてもらいました。ご了承ください。
ちなみに、改変前は『第一章:偶然の始まりは必然に』というタイトルでテキストデータがあり、更に詩文が挟まれるというクソ恥ずかしい結果になっておりました。
(((( ;゜д゜))))アワワワワ