旅立ち
「チェンジで!」
「ゴザルっ!?」
ニンジャが助けた人間の内の一人。
金髪の少女ことクレアが、突然そんな事を叫んだ。
「ちぇんじ」の意味は分からないニンジャだったが、クレアの機嫌が悪いことは辛うじて察した。
命を助けて貰って礼も無しとは、なんたる恩知らずだろう。
しかし怒っている場合ではない。会話をしなければ。
「拙者は怪しい者ではないでゴザル。ただの忍者でゴザル」
敵意がない事を身振り手振りで示しながら、ニンジャは相手を観察する。
まずは、全身を革鎧で包み込んでいる騎士二人。
その立ち振る舞いから見るに、かなりの戦闘経験を積んでいるようだ。ただ者ではない。
「取り敢えずオークを倒してくれて助かった、礼を言う。だが、その格好で怪しくないってのは説得力に欠けるぜ?」
武士の一人が、警戒心満載の顔でそんな事を言った。ニンジャも心の中で頷く。
そして、先ほどニンジャに怒鳴りつけた金髪の少女を一瞥した。
どう見ても日本人ではない。金髪と言うと……きっと南蛮人だ。ポルトガルやオランダなどで有名な、南蛮人だ。
なるほど、ここは日本では無くヨーロッパだったのだ。
そうなると、全ての出来事に辻褄が合う。
月が二つあること。
ワケのわからない植物やキノコが生えていること。
緑鬼や猪人間などの、妖怪が現れること。
きっと、ヨーロッパでは日常茶飯事の出来事なのだ。
流石はヨーロッパ、不思議に満ち溢れている。
などとニンジャが考えていると、金髪の少女はみるみる不機嫌そうな表情を浮かべた。
「ペッシェ! アレックス! そんな奴の相手なんてしてないで、さっさと行くわよ!」
少女はプリプリ怒りながら、ニンジャには目もくれず、そのまま森の奥へとずんずん進んでいく。
武士二人は、ニンジャに頭を下げてから、慌ててその少女を追いかけて行った。
なかなか忙しそうな一行である。
「……って、待ってほしいでゴザル! 拙者の話を聞いて欲しいでゴザル!」
三人が森の奥へと消えていった後に、ニンジャは思い出すように追いかけ始めた。
せめて、日本への帰り道を教えて欲しいのだ。
※
ニンジャは三人に事情を説明した。
日本と言う国から来たこと。
気が付いたら森の中に居たこと。
少女の悲鳴が聞こえたので、助太刀に入ったこと。
少女は終始ふくれっ面を浮かべたまま、ニンジャの話を無視して森の中を歩き続けていたが、武士の二人はニンジャの話に真剣に耳を傾けて、たまに首を傾げていた。
「……というワケで、拙者は日本に帰りたいでゴザル。恐らくは、オランダやポルトガルなどから、船を経由して帰れるはずなのでゴザルが……」
そう尋ねるニンジャの言葉に、三者三様の反応を見せた。
少女は相変わらずの仏頂面で、「あなたの話なんてどうでもいいわ」とでも言いたげな様子。
対して、武士の二人だが、まずはやけに口調の丁寧な優男、ペッシェと呼ばれていた男が。
「日本に、ヨーロッパに、オランダに、ポルトガルですか……聞いたことの無い地名ですね。少なくとも、ニポン大陸に存在する47国にそんな国は有りません。平時ならば協力を申し出る所なのですが、しかし今の我々は亡命する途中。クレア姫を守る責務があるので、力にはなれそうに有りません」
「そうでゴザルか。こちらこそ、忙しいときにこんな話をして悪かったでゴザル」
心底申し訳なさそうに話すペッシェを見て、ニンジャもなんだか申し訳なくなってきた。
……亡命? 姫?
亡命に関しては置いておくとして、今、姫と言ったか?
この金髪の少女、クレアと言う名のようだが、姫だったのか?
確かに、よくよく見れば高そうな着物を着ている……が、あちこち煤や泥まみれで気付かなかった。
「なにジロジロ見てんのよ? いてこますぞコラ!」
それに、奥ゆかしさの欠片も無い。
ハッキリ言って、女武者だと言われた方が納得がいく。
などとニンジャが驚いていると、今度は豪快そうな大男、アレックスが口を開いた。
「確かに俺たちは亡命中。見ず知らずの他人に協力してるヒマなんて無いな」
「そうよ。その通りよアレックス。こんな変質者は放っておいて、早く白馬の王子様を探しましょう!」
鼻息荒いクレアに、アレックスは「だが」と前置きすると、ニヤリと笑みを浮かべ、クレアの頭にポンと手を乗せ、そのまま首をぐわんぐわんと揺らし始めた。
みるみるクレアの機嫌は悪くなっていくのだが、アレックスはそんな事を気にしない。
「このちんちくりん姫さまは腐っても滅んでも王族だ。助けてもらったんだから、それなりの礼はしなきゃならねえな?」
「ダレがちんちくりんだ! アンタがでかすぎるのよ、このウドの大木! ウドレックス!」
「ウドレックスってなんか強そうだな。あんがとよ」
「貶してんのよ!」
「ハッハッハッ。とにかく一つ提案なんだが、俺たちと行動を共にしないか? ワッカヤマ王国に着けば、日本とやらについて調べる事も出来るだろう。その時は俺たちも協力してやる。どうだ?」
成程、ありがたい提案だ。
この地域について何も知らない今、協力者の存在は必須だろう。
と、ニンジャが一人で頷いていると、クレアたち三人が向こうで何やらひそひそと話している。
聞き耳を立てよう。忍者ならば小さな物音でもハッキリ聞き取るコトぐらい朝飯前なのだ。
「どういうつもりよアレックス! あんなワケ分かんないヤツと一緒だなんて、許さないわよ!」
「安心しろ、ヤツがワケ分かんないのは承知済みだし、不審な動きをしたら叩っ斬るだけだ」
ワケ分かんないヤツとは……反論できない。
確かに怪しまれても仕方ないが、もう少し優しく言ってほしい。
「私はアレックスの意見に賛成です。見たところ敵では無いようですし、不意打ちとはいえオークの群れを一瞬で倒すほどの手練れ。この先は危険も多いでしょうし、戦力は一人でも確保しておきたいところです」
「何言ってんのよ、私がピンチになった時こそ、白馬の王子様の出番じゃない! 窮地を救われた私は、王子様と愛の逃避行を繰り広げるのよ!」
「ロマンチック繰り広げてないで、ちゃんと現実を見ろよ。ここに居るのは、超強い騎士二人と、通りすがりの変質者一人だ」
「何が『超強い』よ! オーク相手に苦戦してたクセに!」
「あん?」
クレアの発言が気に障ったのか、アレックスはクレアをギロリと睨みつけた。
さながら凶悪な犯罪者のようである。ニンジャですら、少しビビってしまった。
「苦戦だと? オイ姫さまよ、言葉に気を付けろよ?」
「もういいわよ! 勝手にしなさい!」
アレックスの威圧に全く萎縮することなく、クレアは「フンッ」とそっぽ向いて不貞腐れる。喧嘩のように見えたが、まさか日常的なやり取りなのだろうか。だとしたら恐ろしい事だ。
クレアの態度に対してアレックスは特に言及せず、彼女を放置してニンジャに向き直った。
「まあ姫さまのお許しも出たし、お前の都合さえよければ、一緒にどうだ? 俺の名前はアレックス。あのちんちくりんがクレア、俺は姫さまって呼んでる。で、このノンケがペッシェだ」
「『ノンケ』ってなんでゴザルか?」
「フッ、女好きな野郎の事を言うのさ」
そう言って、アレックスは屈託ない笑みで右手を差し出してくる。
先ほどまでの険呑な雰囲気が完全に霧散しており、逆に恐ろしい。
だが、ニンジャにその提案を拒む理由など有ろうはずがない。
快くそれに応じようと、ニンジャも右手を差し出す。
「その提案、ありがたく。これからよろしくでゴザル。拙者のことはニンジャと呼んで欲しいでゴザル」
「おう、よろしくな! ニンジャ!」
互いの手を握り合う寸前に、ニンジャはある事を思い出す。
「ちょっと待って欲しいでゴザル!」
ニンジャの叫びに、アレックスの動きがピタリと止まり、訝しげな視線を向けてくる。
だが、ニンジャはそれどころではない。
「暗器を外すのを忘れていたでゴザル!」
そう言うや否や、ニンジャは右手の手袋から一本の針を抜き取った。
針の先から垂れた毒が地面に落ちた瞬間に、ジュウッという気味の悪い音と、紫色の煙が上がる。
これはニンジャ特製の猛毒で、たった一滴で人を殺せる代物だ。
うっかりアレックスを殺すところだった。危ない危ない。
その他右手に仕込んでいる様々な暗器を外してから、改めてアレックスに向き直った。
「それでは、よろしくでゴザル」
「…………」
再び差し出された右手を、アレックスはひきつった笑みで、ただジッと見つめているばかりで、握り返そうとはしない。
二人のやりとりをつまらなそうに見ていたクレアが、アレックスに尋ねた。
「そいつ、本当に信用できるの?」
「……俺も、なんだか心配になってきた」
こうして、異世界忍者と亡国の姫の旅が始まるのだった。
キャラ紹介
名称:アレックス
年齢:20代
性別:男
職業:黒騎士(傭兵)
出身:ナッラー王国
目的:クレアの護衛
説明:
女性に対して興味が無い、硬派を貫く男。
平民から腕っぷしだけで騎士まで成り上がったとか、10年前の魔族との戦争での英雄だとか、そんな裏設定はあるけど、使う機会は無いだろう。