ニンジャの異世界転移
「ここはどこでゴザル」
ニンジャは、戦国時代の日本ならばどこにでもいるような、ごく平凡な忍者だ。
今日もいつも通り、主人の命令で敵の暗殺に励んでいたところだった彼は、しかし、突然足もとに現れた、紫紺の光を発する怪奇な円陣に飲み込まれ、気が付いたら森の中に居たのだ。
なんとも不可思議な出来事だ。
まるでキツネに化かされたような気分になる。
いや、もしくはタヌキだろうか?
まあ、キツネもタヌキもどうでも良い。
問題は、ここがどこであるか、だ。
見たところ、普通の森の中のようだが……何か違和感を感じる。
例えば、見た事の無い色のキノコが生えていたり、高さ10尺ほどのキノコが生えている。
木や雑草も、よく見ると知らない種類の物ばかりだ。
「迂闊に動くは危険。先ずは身を潜めるに徹するでゴザル」
ニンジャは木の幹を歩くようにして登りながら、そんな事を考える。
万が一、敵に見つかれば、戦闘になりかねない。
忍者たる者、敵は後ろからコッソリと、だ。
取り敢えず木の上に登り、ふと空を見上げると、満天の星空が視界いっぱいに飛び込んできた。
星の並びがおかしいが、ニンジャはそれよりも驚くべきことに気付く。
「月が2つあるでゴザル」
やはり不可思議な事だ。
今日は奇妙な事ばかり起こる。
しばらく月を見上げていたのだが、そろそろ首が疲れてきたので、下を向いてみる。
すると、とんでもない光景が目に映った。
「ゴブゴブ」
「ゴブ―」
「ゴブりんちょ」
なんと奇想天外な話だろうか。
緑色の肌を持ち、額から角を生やした異形の怪物が現れた。それも五匹!
あれは緑鬼だ。赤鬼、青鬼に比べると知名度的にかなり劣り「あまりピンとこない」と言われる不遇な緑鬼だ!
まさか、この辺りは鬼の住処なのか!?
余りにも驚いたニンジャは、「ヒッ」と小さく声をつまらせた。
今の声、間違いなく緑鬼に聞かれたに違いない。
(不味いでゴザル!)
そう感じたニンジャは、考えるよりも先に体を動かす。
気づいた時には手裏剣を緑鬼に向かって投げつけていた。
見事、手裏剣は緑鬼に命中する。緑鬼はあっけなく息絶えた。
妖怪とは、意外と倒せるものだ。と、ニンジャは安堵に胸を撫で下ろした。
「それにしても……ここはどこでゴザルか?」
ニンジャは途方に暮れた。
鬼が出てくるような場所ならば、妖怪の住まう世界……いや、地獄の可能性だって有る。
取り敢えず、ここを「魔境」と呼ぶことにしよう。
少なくとも、まともな場所では無さそうだからだ。
何故、こんな場所に居るのか?
人は住んでいるのか?
住んでいたとして、言葉は通じるのか?
日本への帰り道は?
分からないことだらけだが、ただ一つ、言える事がある。
「お腹が空いたでゴザル」
腹が減っては戦は出来ぬ。
様々な疑問は後にして、ニンジャは食料の調達に勤しむことに決める。
彼は忍者。森の中で採れる野草やキノコなど知り尽くしているのだ。
――――が、しかし。
「見たことのない植物だらけでゴザル」
流石は魔境。
ニンジャの知っている植物など、一つとして有りはしなかった。
七色に光り輝くキノコ。
突然笑い出す雑草。
襲い掛かってくる巨大花。
ちなみに、巨大花は普通に返り討ちに出来た。
断末魔の叫びを上げながら巨大花は死に絶える。
余りの不気味さに、ニンジャは恐ろしい気持ちになるのだが、それでも立ち止まるワケには行かず、食料調達は続いた。
結局、ニンジャの知るような植物は見つからなかった。
しょうがないから、七色キノコを食べる事にする。
派手で、けばけばしい色合いで、実に美味そうだ。
ニンジャがキノコを食べようと、覆面をずらして口を開いたその時。
「僕は森の精霊、キノリオン。お願いだよ異世界の迷い人さん。僕を食べないでくれるかい?」
なんと、キノコが喋った! パクリ。
やはり魔境、謎が多い。モグモグ。
気味の悪いキノコだったが、しかし、意外と腹は膨れた。
「御馳走様でゴザル」
食料を手に入れた安堵感からか、ニンジャは心の中に少し余裕が生まれた。
なんとか食べ物を見つけ出して、早いところこの森を脱出したい。
ニンジャは、キノコを重点的に探すようになった。
それから数刻。
言葉を話さないまでも、他にも様々なキノコが生えていた。
名前がわからなかったので、適当に名前を付けておこう。
まず、柄の部分を握ると、傘の部分が発火するホノオダケ。これは火打石の代わりになりそうだ。
同様に、傘の部分が光り出すヒカリダケ。これは明かりとして役立つだろう。
食べると楽しい幻覚が見えるようになるマボロシダケ。川の向こうでご先祖様がおいでおいでしていた。
……などとニンジャが食料調達に興じている間に、すっかり日が没してしまった。
だが彼は忍者。暗闇の中こそ、彼の歩むべき場所。
ニンジャはこれより、この森を抜け出すことに決める。
さあ、遥かなる故郷の地へいざ行かん。
――――と、その時。
「キャー!」
謎の大声が森中に響き渡った。
何事かと、ニンジャが声の下へとはせ参じると、そこで、それなりに驚きの光景を目にした。
「だれかー! 助けてー!」
なんと三人の人間が、イノシシのような顔を持つ妖怪の群れに襲われていたのだ!
※
私はナッラー王国の王女クレア。
先ほど、オサカ帝国によって王都を焼き払われ、同盟国であるワッカヤマ王国へ亡命することになった。
悲劇のヒロインというやつだ。ワクワクする。
小さい頃に読んだ絵本のような展開に胸を躍らせていたのだが、ニコニコしている私にお父様がゲンコツを食らわせてきた。タンコブが出来た、痛い。
なんでも、こんな状況で笑うのは不謹慎らしい。
だからと言って、殴るのはいかがなものか。ドメスティック暴力だ。
などと私が不満を募らせていると、あれよあれよと言う間にオープンカーに乗せられ、ワッカヤマ王国への亡命が始まった。展開が早い。
護衛はたった2人。ナッラー王国最強と言われる「黒騎士」と「白騎士」だ。正直言ってあまり強そうには見えないので、不安だ。
しかも、私だけを逃がしてお父様とお母様は王都に残ってしまった。悲しい。
さようなら、お父様、お母様。
クレア、あなた達の事は忘れない。なんとしてでも逃げ切って見せます。
そう決意したのも束の間、帝国の追っ手に襲われて、オープンカーが焼き払われてしまった。やはり二人の騎士は頼りない。
なんとか追っ手は撃退したが、移動手段が徒歩に切り替わってしまった。
これはアレだろうか。白馬の王子様が颯爽と現れて、
「さあ、お姫さま。僕と一緒にランデヴーしないかい?」
と言われる前フリか何かだろうか? 当たり前だ。そうに違いない。
命を助けられた王女は、その王子さまと禁断の恋に……フエへへへ……。
やばい、ワクワクしてきた。
「よぉし! そうと決まれば、ワッカヤマ王国までレッツゴー!」
おー! と掛け声をあげながら、私は森に向かって駆け出した。
魔物が出るらしいが、どうってことは無い。私には白馬の王子様(妄想)がついてるのだから。
「なぜクレア様はあんなに元気なのでしょう? 国が滅び、両親の安否も分からず、自分自身も命が狙われているというのに……」
「言うな。ウチの姫さまは、ちょっと頭がお花畑なんだよ」
後ろの騎士たちがそんな事を言ってる。あとでいてこまそう。
※
森に入って数十分。ついに魔物が出てきた。
イノシシの頭を持った人型のモンスター。オークだ。
それが、ひい、ふう、みい……15体。たいして、私の護衛の騎士は2人。これはピンチだ。やった。
もう、白馬の王子様が出てくる以外に、私が助かる道は無い。というか、それ以外にありえない。
王子様は、凄いイケメンで、しかもとっても強いのだ。オーク如き、いてこましてくれるに違いない。
いや、しかし……。
(やっぱり、シチュエーションは大切よね!)
王子様の登場にふさわしいシチュエーション。これは大事だ。
叫ぶしかない。王子様を呼ぶセリフを!
「キャー!」
護衛の騎士たちがビックリした顔でこちらを振り向いた。
お前たちには話しかけてない。ちゃんと引き立て役として戦え。
「だれかー! 助けてー!」
さあ、王子様! 私はここよ! 私を助け……というか結婚して!
私が叫んでから数秒後。全てのオークの頭が爆発四散した。スプラッターだ。
少しイメージと違うが、やった。白馬の王子様が来てくれた。
「大丈夫でゴザルか!?」
そう思った次の瞬間、全身黒づくめの、いかにも怪しい男が現れた。
私は思わず叫んでいた。
「チェンジで!」
「ゴザルッ!?」
キャラ紹介
名称:ニンジャ(本名不明)
年齢:不明
性別:男?
職業:忍者
目的:日本への帰還
説明:
本作の主人公。
常に全身を真っ黒の忍者装束で覆っており、その素顔を見た者は一人としていない。
作者が「ダサい主人公」を追求した結果、「~ゴザル」と言った語尾を使うようになってしまった。