皇妃さまは今日も艶やかに笑う
広大なユーリアナ大陸に存在する大国の一つであるアスナルト帝国。発達した海運業と肥沃な国土を背景に、他国との盛んな貿易により大陸髄一の国力を蓄えた帝国である。元々はユーリアナ大陸辺境の小国に過ぎなかったアスナルト帝国だったが、世襲制をひいている国ではあったが、アスナルト帝国の歴代皇帝は概ねまともな人物が続き、国土を荒らすこともなく着実にその国力を伸ばしていった。
そして現在、アスナルト帝国は後にアスナルト帝国史において最盛期であろうといわれる時代を迎えていた。現皇帝エドヴァルド・ロクサーヌ・アスナルトの治世の下、アスナルト帝国はその領土においても、国力においても、ユーリアナ大陸で一・二を争う大国となっていた。皇帝エドヴァルドは、施政者として有能でありながら武力にも優れ、かつ、容姿にもすこぶる恵まれていた、と伝えられている。彼の後宮には常時数十人の女性が住み、日々その寵を争っていた。
アスナルト帝国の宮殿には、後宮が存在する。その最大集約数は不明だが、最も色を好んだ皇帝の時代には、集められた女性の数が三桁にも及んだとか及ばないとか、そんな眉唾ものの伝記も残っている。そんな後宮において、その他の女性と一線を描く存在があった。皇帝の正式な妃、皇妃である。アスナルト帝国において、正式な妻は神前にて誓いをたてた女性だけであった。つまり皇帝がどれだけ女性を後宮に囲おうと、彼の妻は皇妃ただ一人であり、その他の女性にはなんの権利も発生しない。彼女たちはただの女なのである。もちろん、寵愛を受けている「寵妃」や、皇帝の子を産んだ「妾妃」など、便宜上の呼び名は存在したが、それは彼女たちの立場を守ってくれるものではなく、皇帝の気分次第でいつ剥奪されるともしれない名であった。
皇帝とほぼ対等の立場である皇妃は、女の園である後宮において常に騒動の中心にあった。対等な立場であるというのは実際には建前上であり、結局のところ皇帝の寵や女自身の身分がものをいう。皇帝の寵が厚いものが鼻を高くし、薄いものたちは肩身狭く生きる世界。皇妃と皇帝の寵妃たちは、いつの時代も熾烈な争いを繰り広げてきた。
そんな歴代皇妃の中にあって、アスナルト帝国現皇帝エドヴァルドの皇妃ユスティーナは少々、いやかなり、破天荒な人物であった。
「皇帝陛下の寵愛? どうでもいいわよ、そんなもの」
皇妃さまは今日も、艶やかに笑う。
この小話では、"艶やかに" は "あでやかに" とよんでください。