◇2
お久しぶりです。
久しぶりすぎて、文章の書き方を忘れてしまいました。
私ってどんな感じ文章書いてましたっけ?(ーー;)
半年近く何もしてなかったつけでしょうか……
「しけた街ねぇ」
確かに少し地味な印象を受けるが、別にしけてはいまい。
マリアンは、自分の隣を歩きながらぶつくさと文句を言い続けるユスティーナをそっと覗き見ながら心の中で反論する。
ユスティーナとマリアンは後宮を離れ、現在、ラドナ領の領都グルカンに来ていた。互いに一般的な帝国民の装いに変装し、ユスティーナはさらにベールで顔を隠している。だがしかし同じく変装してはいるが、武器を腰に下げて共に歩く二人の護衛と、彼女たちを挟むように少し間を開けて前後を歩く、同じく武器を携帯した数人の不審な人間たちに、彼女たちがこの街に足を踏み入れたときから、ちらちらといくつもの視線が向けられている。
ユスティーナたちがいるここ、ラドナ領は、国境にも海にも面していない内陸に存在する領地である。目立った農産物や産業もなく、あまり豊かとはいえない領地であった。そのためにお世辞にも治安がいいとは言えず、また主立った観光名所も、温泉地もない。
そんな場所に、ユスティーナは何故訪れたのか?
「ティナさま。しけたなどと、またそのようなはしたない言葉を……」
いつものように言われるマリアンからの小言を、ユスティーナはさらりと無視して、ベールの奥から物珍しそうな視線を周囲に向ける。
「あまりキョロキョロなさらないで下さい。目的地はまだ先ですから」
ユスティーナとマリアンの後ろをついて歩いていたディックが、ユスティーナにそっと注意した。
「少しぐらいいいじゃない。こんな田舎にくる機会もほとんどないのよ」
しけただの田舎だの散々な言い様であるが、ユスティーナがベールの下で楽しそうにキラキラと目を輝かしていることを、マリアンは知っていた。
ユスティーナの言葉に、この我が儘女は、とでも言いたそうな顔を隠しもしないでため息をつくディックを横目で見て、マリアンはおかしそうにくすり、とこっそり笑みをこぼした。
ユスティーナは昔からそうだった、とマリアンはしみじみと思い出す。どんなことにも首をつっこみたがる、その好奇心旺盛さ。それでも小さい頃は、次期皇妃として厳しく行動を制限されており、ユスティーナは文句一つ言うことなく大人しくしていた。自分の我が儘で、マリアンたち下の者たちがどれほど迷惑を被るかということを、幼いながらによく理解していたのだ。それほどに聡明で、それでも隠しきれないほどの好奇心の強さから、ユスティーナは、許される範囲で様々なことをしでかしていた。
彼女がこれほどに奔放に、我が儘に振る舞いだしたのは、自らが皇妃として、全ての者たちの上に立ちだしてからだった。自分自身が下の者たちに命令し、罰を与えられる立場となってやっと、ユスティーナは我が儘を言えるようになったのだ。自分自身が全てを握っているからこそ、自身の責任の下、我が儘に振る舞える。
アスナルト帝国は、未だ皇帝が絶大な権力を有している国だ。皇帝が是、と言えば、間違いも正しくなる。そういう国であった。だからこそ、皇帝の正式な妃である皇妃の力も、さすがに無視できるものではない。一時的にではあるが、皇帝の代わりを務めることも可能な権利を有しているのだ……実際にそれが適用された例はないとはいえ。
彼女ほど、ユスティーナほど、この帝国の皇妃にふさわしい存在はいないと、マリアンは強く確信していた。陛下が誰を好もうと、誰を愛そうと、ユスティーナには到底敵わない。ユスティーナに代わることなど、できないのだ。
ユスティーナの姿を目で追いながら、いつの間にか深く考え込んでいたマリアンは、自分の名を呼ぶ声に気付いて、はっとして顔をそちらに向けた。
「マリアン殿、大丈夫ですか?」
いつの間にか、ぼおっとしてしまっていたようだ。心配そうな顔をこちらに向けるディックを見て、マリアンは慌てて笑顔を向ける。
「え、ええ。少し考え込んでしまっていたようです」
「お疲れのようですね。あの方のお世話は、大変でしょう」
ディックの言葉に、マリアンは苦笑しながら答えた。
「確かに、大変ではないと言えば嘘になりますが、ティナさまのおかげで毎日が刺激的で、とても楽しいのも事実ですわ」
マリアンの言葉に、ディックはしぶしぶ、といった態で頷いた。
「まあ、刺激的というのは、確かに同意ですね。今回の任務もしかり」
ディックの言葉は、マリアンに話を合わせたわけではく、真実だろうとマリアンは思った。
マリアンとユスティーナがディックと初めて出会ってから、もう数年は経つ。その間少なくない数、こうして話す機会があったが、マリアンは、ディックの言葉の端々から、態度の端々から、彼がユスティーナを面白いと感じ、そしてまた皇妃として尊敬していることを、うっすらとではあるが感じ取っていた。彼は今の、第一帝国軍右翼師団長としての生活に満足しているし、その場に引っ張り上げたユスティーナに対して、初めは反発もあっただろうが、今では感謝していることも……。
「ディックさんは、素直じゃないですね」
マリアンは、ディックの常の態度がおかしくて、つい、そんなことを言ってしまい、そんな自分に驚いた。ディック自身も、マリアンのいつもとは違う物言いに、驚いたような顔をマリアンに向ける。
「……あなたがそんな風に話したのは、初めてですね」
「そうでしたね。知り合ってからもう何年もなるのに、あなたとはこんな風にお話したことはありませんでしたね」
二人は顔を見合わせ、どちらかともなく、自然に微笑みあった。
「あらダメよ、マリアン」
突然聞こえてきた声に、マリアンはぎょっとなった。慌ててマリアンが振り向くと、さっきまで露店を覗いて回っていたはずのユスティーナが、すぐ側に立っている。
「私のかわいいマリアンだけど、ディックはダメよ。だって私のかわいいディックなんだもの」
ユスティーナのよく分からない発言はいつものことであるが、さすがのマリアンでさえ、この言葉の真意はつかめなかった。
「なんのことでしょうか、ティナさま?」
本気で分からないという顔をして、首をかしげるマリアンに、ユスティーナは意味深な笑みを浮かべると、次いでふっと首を振った。
「ま、いいわ。さ、ここに来た目的を果たしに行くわよ!」
マリアンと同じく眉根を寄せ、怪訝な顔を浮かべていたディックは、ユスティーナの言葉に頷いた。
「ええ、急ぎましょう。街外れに馬車を待たせています」
******
グルカンを発って馬車に揺られること数刻、ユスティーナたち一行は、ラドナ領の端に位置するとある村を訪れていた。
その村は山の裾野に点在する村の一つで、ラドナ領の他の村の例に漏れず、その村もまた貧しそうな様相を呈している。村人たちは皆一様にやせ衰え、顔色はお世辞にも良好とは言えない。彼らの健康状態の悪さは、誰の目から見ても明らかであった。
数年前にラドナ領を襲った流行病の影響が未だ尾を引き、加えてここ最近の不作がラドナ領の経済を一気に悪化させたのだ。
ユスティーナは基本的に、国政にはほとんど関心を示さなかった。彼女の世界は、結局のところ後宮という、限られた狭い世界の中だけのことであり、興味を持ったとしても、彼女にはそもそもその権限がない。しかし彼女が幼い頃から叩き込まれた皇妃教育は、一般的な貴族女性が受ける教育と違いその実、次期皇帝となる者に施される帝王学の基礎となるものとほぼ同じものであった。
ユスティーナの父であるロレイン公爵が、何を考えてそのような教育を施したのかは分からない。しかしどのような思惑があったにせよ、ユスティーナ自身はその知識を率先して使おうとはしなかった。実質的な権限がないとはいえ、ユスティーナはロレイン公爵家の人間であり、そして皇妃である。後宮の女に裏から牛耳られていたといわれる皇帝も存在するほどだ。やりようによっては国政の舞台に立つことも可能であっただろう。
だがユスティーナはそうはしなかった。彼女は、国政に興味がなかったわけでは決してない。むしろ幼少期は、自ら貪欲に学び、知識を吸収し、教育係たちが舌を巻くほどの聡明さを見せ、的確にその問題点をついた質問を投げかけては、彼らを困らせていたほどである。
そんな彼女が何故、何もしないのか。
ユスティーナは単純に、無駄なことに労力を注ぐのが嫌いだったのだ。つまり、彼女は自身の夫である皇帝エドヴァルドの能力を、その政治的手腕を、認めていた。いや、尊敬すらしていた。もし彼女の夫となった皇帝が愚鈍であったなら、後の世の彼女に対する評価は、全く違っていたものになっていたかもしれない。ユスティーナは、初めてエドヴァルドと対面してから皇太子時代、そして皇帝となってからと、エドヴァルドの様子をずっと見てきており、自身が国政に介入することの必要性を全く感じなかった。同時に、自分が彼の皇妃としてどう振る舞うべきか、どう振る舞うことが彼の、このアスナルト帝国のためとなるのか、悟ったのである。
ユスティーナがラドナ領の現状を知ったのは、だからごく最近のことであった。
徐々に調子が戻ってくれば良いなあと思います……




