交響曲(ハーモニー)
シーンと静まり返った私の部屋。
いつの間にか深夜になっていた。
しかし瑠璃は、少しも眠たくなかった。
彼女は、ベッドに横たわったまま、部屋の天井を眺めるでもなく、ぼんやりと目を開けていた。
自分は、『この家の本当の娘では無かった』。
今日まで本当の母親だと思っていた人物は、自分の母親の妹だった・・・。
その事実を聞かされた瑠璃は、衝撃の告白に固まってしまっていた。
『私は、母にとって正直しんどい存在』
この言葉を、瑠璃は自分の中でどうしていいのかが分からなかった・・・。
母の言葉に付随してグルグルと記憶が甦ってくる・・・。
そう言えば母が喜んでくれると思って話した学校での話・・・、自分が褒められた報告をすると、大概母はつまらなそうな表情を浮かべながら聞いていたっけ・・・。
それから・・・。
涙が静かに流れ続け、虚無になってしまった心が、ますます黒くなっていった。
やがて瑠璃は、日中の告白をもう一度ゆっくりと思い返していた。
まだ怒りが収まらなかった母は、瑠璃の様子とは無関係に、その後矢継ぎ早に、自分の本当の母親の悪口と共に、最期の様子を瑠璃に話したのであった。
「貴方の母親はね、これ見よがしに私に自慢を話してくるのが好きな女だったよ。
そういやぁ、その態度は、本当に貴方にそっくりだよ。血は争えないねぇ・・・。
『優秀な旦那と自分の間に生まれた貴方は、自分達以上に優秀な娘なの。もう笑った。もう話し始めた・・・。』そんな些細なクダラナイことを、私の息子より早いでしょといちいち自慢げに教えてきていたっけね・・・。
そんな貴方の両親は、交通事故であっけなく死んだんだ。対向車が猛スピードで突っ込んできた事故だったね。ひどい事故だったね。父さんは、その車を何とか避けようとしたが、結局間に合わず、自分の側に突っ込ませちまって即死だった。そして後部座席で貴方を守ろうとした姉は、重症で病院で担ぎ込まれた後に死亡。その姉に隠れて貴方だけが生き残っちまったのさ。
だから私たち家族は、仕方なく自分の娘として面倒を見てきてやったという訳さ。
もしも貴方が姉の娘だって話したら、『どんな姉だったのか?』って聞かれると思ってさ・・・。それが嫌で、貴方は私の娘って事にしていたんだよ。
はぁ。でも苦手な女の子供は、やっぱり苦手だね。『正直しんどい』ってのが貴方との生活の全てだよ。」
そう一気に言い終わると、なぜか気のせいかもしれないが、母は、とてもすっきりとしたような変な表情をしていなかった!?
何であんな表情だったんだろう・・・?
あれっ?そう言えば、いつ頃からだったかな。
なんとなく自分は兄とは違うと思っていたような・・・。
母が、自分とはどこか距離を取っているような気がしていたような・・・。
だから自分を認めて欲しいって余計にムキになっていたのかもしれないな。
嬉しい事があると、いつも真っ先にお母さんに報告していたもんな・・・。
それが、お母さんには『しんどい』って思われていたんだ・・・。
だからいつも話し終わった後に、喜んで聞いてくれていると思っていたのに、何だか不思議な表情をしていて、『なんでそんな顔してるの?』って私が聞くと『全くお前は誰に似たんだか・・・。人の表情や様子をとても気にする子だよね・・・』って困った顔をしながら答えてくれるんだったな・・・。
あれっ!?
待て、待て!
瑠璃、落ち着いてもう一度よく思い出してみよう。
まず今日、お母さんを怒らせてしまったのは、自分。
お兄ちゃんの心配をしていた母に、敢えてその兄の悪口を言った事が原因。
そして『正直しんどい』と言ったお母さんは、『激怒中のお母さん』だった!
そうよ、そうだった!
『激怒中のお母さん』の口の悪さは天下一品。
それは、自分でもびっくりする位の口が悪さで、冷静になった時に、その時に言った悪口を猛省する事がしょっちゅうってお母さんが言っているじゃない。
だから・・・、そもそも今日の言葉は、とても負の要素が強調された内容だったって事だよ。
お母さんは、あの時、私に本当のお母さんの話をしたかっただけなんだよ。
いつか私に話さなきゃいけないと思いながら、ずっと秘密にしていた事をようやく今日言えたってだけなんだ。
だから言い終わった時に、あんなに晴れ晴れとした表情をしていたんだ。
そうだよ・・・!
つまり『誰に似たんだか・・・』ってあの言葉は、お姉さん(本当のお母さん)の事を思い出して、言っていたんだ。
あのお母さんが良くする不思議な表情は、お姉さんの事を思い出していて、それを私に話せないからしていた表情だったんだ。
私は、本当のお母さんに似ていて、嬉しい事はすぐ報告してきてくれていて、いつも母は、それを楽しく聞いている・・・。お母さんは機嫌が良い時だったら、きっとそう言いたかったんだ。
本当に、私たち家族は、喜怒哀楽が人一倍強調されて出てしまうんだよね。
瑠璃の心の中は、ゆっくりと静かに上の方から柔らかい明るい光が差し込み始めていた。
私もそうだな・・・。
楽しい時や嬉しい時は良いけれど、落ち込んだりした負の感情の時は、もっと注意しないとだなぁ・・・。
どんどん悪い方に考えが集中しちゃうからなぁ・・・。
『本当の両親』かぁ・・・。そんな風に考えた事、本当に一度も無かったなぁ・・・。
つまりそれって、お母さんやお父さんが、それ位私の事を大事に、大切に、本当の娘として育ててくれていたって事なんだろうなぁ。
そして、私が今生きていられるのは、本当の両親が私の事を守ってくれたおかげ。
『両親から守られた大切な命』
私は、これからも大切にして生きていいくからね。
本当のお父さん・お母さん、どうもありがとう!
瑠璃の心の中は、また新しいメロディーが奏でられ始めていた。
それは、瑠璃や家族みんなの優しさが伝わるような、とても柔らかいハーモニーだった。
『お母さん、昨日は本当にごめんなさい。』
明日の朝一番に母へ伝える言葉を胸に、瑠璃は眠りについた。




