悪役令嬢はおいしいご飯が食べたいだけ
活動報告と合わせて投稿予定でしたが、間違えたので一度削除からの再投稿です。
「ん⋯⋯ここは⋯⋯」
視界に広がる光景に、なんだか違和感を覚えた。
この違和感をなんて表現すればいいのだろうか。
それに目の前の光景には見覚えがあるような、ないような――
「お嬢様!」
「⋯⋯へ?」
声の聞こえた方に視線を向ける。するとそこには、メイドのコスプレをしている女性が涙ながらにこちらを見ていた。
(え。何、この状況)
私はメイド喫茶なんて人生で一度も行ったことはないのにと、必死にこの状況を把握しようとした。
「うっ⋯⋯」
けれど把握したくても頭がガンガンと痛く、とてもじゃないが何も考えられそうにない。
「お、お嬢様! すぐにお医者様を呼んできます!」
「ちょ、ちょっと⋯⋯」
私はお嬢様なんかじゃない。
そう言おうとしたのに、メイドのコスプレをした女性は、さっさとどこかへ行ってしまった。
私は一般家庭で育った、普通の庶民だ。
何をどうしたら、お嬢様だなんて勘違いするのか⋯⋯
(あ、そうか。やっぱりここはメイド喫茶なんだ)
なんでメイド喫茶にいるのかは分からない。
それに思い出そうもしても、今は頭が痛くてこれ以上は無理そうだ。
「⋯⋯もう、ダメ」
この言葉を最後に、私の意識はぷつりと途絶えた。
◇◇◇
「はぁ⋯⋯」
結果から言うと、私は乙女ゲームの世界に転生していました。いわゆる異世界転生ってやつですね。
どうやら熱を出して倒れ、そのまま三日も眠り続けていたらしい。
だからあの時メイドが、泣いていたのかと納得した。
『君と織りなす恋のレシピ』。略して『恋レシ』。
前世の私がプレイしていた、割と人気のある乙女ゲーム。
その事実を知り、私は歓喜した。もしやこの目で推しにお目にかかれるのではないかと。
しかしその喜びも一瞬のこと。
自分が誰に転生してしまったのかを知ってしまった瞬間、これまでの喜びから一転、泣きたくなるくらきどん底に突き落とされた。
アンゼリカ・ローズウッド。
ローズウッド公爵家の娘で、王太子殿下の婚約者。
⋯⋯これだけで大体察してもらえただろうか。
そう。私は、ヒロインをいじめ断罪される悪役令嬢に転生してしまったのだ。
いくら好きなゲームのキャラクターと言っても、とても素直には喜べない。
それにだ。悪役令嬢に転生しただけでも受け入れがたいというのに、さらにもう一つ受け入れがたい現実が私を待ち構えていて。
それは改めて目覚め、悪役令嬢だという現実を目の当たりにしていた時だった。
「お嬢様。こちらをどうぞ」
そう言ってメイド――コスプレじゃなくて本物のメイドだった――に手渡された器。
その器には、白くてビチャビチャしている半分液体のような物体が入っていた。
「⋯⋯これは?」
「これはパン粥です」
「え⋯⋯。これが、パン粥⋯⋯?」
「はい。お医者様が消化にいいものをとおっしゃっていたので、料理長がお嬢様のためにと腕を振るってお作りになりました」
「⋯⋯」
メイドは『料理長が〜』なんて言っているけど、見たら分かる。これ、絶対にまずいヤツだ。
食べてはダメだと、本能が告げている。
これは私が知っているパン粥とは絶対的に何かが違う。
たかがパン粥。されどパン粥。
シンプルだからこそ差が出るもの。
「白いパンをこんなふんだんに使えるなんて⋯⋯。さすがローズウッド公爵家です!」
私はメイドの言葉に戸惑った。注目するポイントはそこなのかと。
「さぁお嬢様! しっかり食べて、早く元気になってください。屋敷の皆さん、本当に心配しているのですよ」
「⋯⋯分かったわ」
できることなら食べたくない。けれど心配している、そう言われてしまえば食べないわけにもいかない。
私は意を決して、白い物体を口へと運んだ。
「うっ⋯⋯」
(ま、まずい!)
きっとこの時の私の顔は、あの子どもに人気なパンの絵本に出てくる泥棒のような顔になっていただろう。
要するに、それくらいまずい。
身体がこの物体を嚥下するのを拒絶している。
けれど一度口に入れたものを出すなんて貴族令嬢として、いや人としてやりたくない。
だから私は目に涙を滲ませながらも、なんとかそれを飲み込んだ。
「もういいわ⋯⋯」
「えっ、ですが一口しか⋯⋯」
メイドの言いたいことは分かる。私だって前世の記憶があるから、食べた方がいいのは分かっている。
けれどそれでも無理なのだ。
おそらく、いや絶対、これを全部食べたら私の病状は悪化する。瀕死確実だと断言してもいい。
それほどまでに、味も食感もにおいも最悪なのだ。
これが公爵家の料理長ほどの人間が作ったなんて、とてもじゃないが信じられない。
それからは切っただけの果物と水だけでなんとか回復した私だったが、その間もあの激マズ料理が衝撃すぎて、片時も頭から離れなかった。
これからもあんなマズイ料理を食べなくてはならないのか。
私は考えに考えた。
そして記憶を思い出して一週間後、なんとか一つの希望――という名の願望――を見出した。
(そうだよ。病人食がおいしいわけないよね!)
前世では『良薬口に苦し』なんて言葉があったくらいだ。
うん、そうだ。そうに決まっている。きっと普通の食事はおいしいはずだ。
そんな希望を胸に抱き、私は転生して初めて屋敷の食堂へと向かった。
「さぁ、いただこう」
父の一言で朝食が始まる。
最初に出てきたのはサラダ。彩りはきれいだ。
(サラダがまずいなんて聞いたことないもんね)
だから大丈夫。そう信じ、フォークでサラダを一口――
(――って、まずいわ!)
信じられないことにこのサラダ。それはそれはまずかった。口の中が緑の味でいっぱいだ。
まさかドレッシングがかかっていないなんて。
ただ多少の塩味と甘味があることから、塩と砂糖がかかっているものと思われる。
いや、サラダに砂糖直がけなんてありえなくない?
けれどそんなことを思っているのは私だけなのか、父も母も兄も、何事もなくサラダを食べている。
次に出てきたのはスープだ。玉ねぎとベーコンが入っている。
見た目は前世でもよく見たことのあるコンソメスープだ。けれど、コンソメ特有の旨味が凝縮されたような香りはしない。
もうこの時点で、私の手は震えていた。これも食べたら危険だ。
けれどこの場に座ってしまった以上、一口も口にしないわけにはいかず、なんとか一口飲み込んだのだが、
(え⋯⋯味がしないんですけど⋯⋯)
たとえコンソメでなくとも、玉ねぎとベーコンが入っているのだ。だから何かしら味があってもいいはずなのに、何の味もしない。
恐る恐る具材を口に入れてみると、玉ねぎはブニャブニャ、ベーコンに至ってはまるでゴムを食べているかのようだった。
そのあとも食事は続いたが、白いパンもオムレツも、お世辞にもおいしいとは言い難いもので。
はっきり言って、まずかった。
おいしいとは思えたのは紅茶と果物くらいだったなと、食事を終え自室に戻った私は遠い目をした。
(これが一生続くの?)
その恐ろしい現実に、ブルリと身体が震えた。
悪役令嬢に転生してしまった以上に無理なんですが。
一縷の望みも打ち砕かれた今、私は絶望していた。
どうしてこの世界の食事はこんなにまずいのか。
(なんでみんな、平然と食べているの?)
これなら、前世主婦だった私が作った方が間違いなくおいしい――
「あ」
そこでようやく気がついた。
そういえばこの『恋レシ』は、料理雑学系乙女ゲームだったと。
魔法もなければ、バトルもない。魔物なんて存在しないし、聖女や勇者だっていない。
ヒロインが攻略対象とともに食事事情に革命を起こしていくだけの、ほのぼの系乙女ゲーム。
『恋愛×料理』という、まぁ斬新な設定のゲームだった。
けれどそんな設定でも人気だったのは、癒されたいと願う現代人が溢れていたせいだろうと、私は推測している。
(まぁ、私もその一人だったしね⋯⋯)
仕事と家庭に追われ、癒しを求め始めた『恋レシ』。
穏やかに進んでいく優しい恋に、心が癒された。
たしかに恋愛的な盛り上がりは少なかったけれど、ゲームに出てくる雑学は非常に役に立つものばかりで。
『恋レシ』のおかけで知識が増えた私は、料理の腕も多少上がったような気がしたものだ。
「⋯⋯これからどうしよう」
そんなことを思い出したあと、私は考えた。
たしかヒロインの学園入学に合わせてゲームがスタートするのだが、ヒロインの一つ年上である私が学園に入学するのが今から一年後のこと。
そしてゲームのストーリーは一年間。
ということはだ。ゲームが終わり、食事が劇的においしくなるのは早くて三年後。
しかし悪役令嬢であるアンゼリカはゲームの終わりと同時に断罪されてしまう。
まぁ国外追放で済むのは、ここがほのぼの雑学系乙女ゲームの世界だからなんだけれど。
処刑や奴隷のような恐ろしい罰がないのは救いではあるが、ただもしも断罪され国外追放になってしまった場合、おいしい食事にありつけるのが何年後になるかなんて分かったものではない。
それにだ。そもそもの話、今の私には最短の二年すら待てそうにないのである。
「推しに会えるとか、断罪を回避するとか、のんきなことを考えているの場合じゃないわ」
もちろん推しには会ってみたいし、二年後断罪され国外追放されないように行動するに越したことはない。
しかしだ。
今の私にとって一番重要なのはそんなことじゃない。
日々の食事をいかにおいしくするか、だ。
悪役と言えどせっかく公爵令嬢になったのに、この仕打ちはない。
まだ転生してケーキなどの甘味は食べたことはないが、おそらく、いや絶対にまずいだろう。
ケーキがまずかったら、それこそ死ぬ。
それなら私はこれからどうするべきか。
何もせず、あのまずい料理を食べ続けるのは無理。
私には前世の記憶がある。それにここが『恋レシ』の世界なら、食材は揃っているだろう。
必要なのは調理法の確立と調味料の作成。
それくらいなら、屋敷内の改革はすぐにできるはず。
貴族令嬢が厨房に立つのはダメだと父や母には言われそうではある。しかしそんなの知ったこっちゃない。
『花より団子』
前世の私が、友人によく言われていた言葉だ。
自分でもまさにそのとおりだと思う。
恋に興味がないわけではないのだが、恋よりもおいしいご飯の方が、私の人生において重要度が高い。
まぁそれで結婚はだいぶ遅くなってしまったけれど。
それでも『おいしいね』と言って食卓を囲める夫と出会えたの幸運だったと思う。
⋯⋯なんて、前世を思い出して少し感傷的になってしまったが、今の私が生きているのは間違いなく『恋レシ』の世界。
「でも一年後には、学園に入学するのよね⋯⋯」
屋敷の中の改革ができたとしても、一年後にはゲームの舞台となる学園に入学しなければならない。
ということで発生するのがランチ問題だ。
朝夕と家でおいしいご飯を食べられたとしても、昼がまずかったらトータルして最悪な一日になる。
そんなことはあってはならない。
それなら私がやるべきことは二つ。
屋敷内の改革と学食の改革だ。
そうと決めたら、善は急げ、思い立ったが吉日だ。
え?ヒロインと攻略対象の恋はいいのかって?
そんなの知ったこっちゃない。
一刻も早くおいしいご飯を食べる。そのために必要な犠牲だ。
(生きるのに必要なのは、愛より食事よ!)
「お父様! お願いがあります!」
「お願い? ああ、王太子殿下との婚約のことか。何度も言うがそれはもう少ししてからでも⋯⋯」
「いいえ! そんなつまらない話ではありません!」
「え⋯⋯? 今、王太子殿下との婚約をつまらないって言った? 殿下にゾッコンの娘が!?」
父が何やらうるさいが、今はそんな腹の膨れない話なんてどうでもいいのだ。
たしかに前世の記憶を思い出す前のアンゼリカは、王太子殿下にゾッコンで、どうにかして彼の婚約者になりたいと父にねだっていた。
結果として学園入学と同時に婚約が結ばれることになるのだが、今の私は別に王太子殿下なんてどうでもいい。
なんてったって私の好みは『おいしい』と言って楽しく幸せそうにご飯を食べる人。
いくら見た目がよくても、無愛想かつ、ヒロインの攻略対象など御免なのである。
「もうそれは過去の話です! なのでキレイさっぱり忘れてください!」
「えぇ⋯⋯?」
「今はこっちの方が重要なんです! それでですね、お願いというのは――」
◇◇◇
一年後。
今日は学園の入学式。
そこには錚々たる顔触れが並んでいた。
大商会の息子に教皇子息に宰相子息、騎士団長子息に隣国の王子、それに王太子。
『恋レシ』の登場人物は、ヒロイン以外皆年上なのである。
そう、ヒロイン以外。
だから本来であればこの新たな門出の場である入学式に、悪役令嬢であるアンゼリカも出席しているはずなのだが――
「さぁ、今日も丁寧に愛情を込めておいしいご飯を作りましょう」
「「「はい」」」
「今日から新入生も食堂を利用します。みんなの胃袋をがっちり掴んじゃいましょうね!」
当の本人がいるのは、きらびやかな入学式の会場ではない。
たくさんの食材に調理器具に囲まれたここは、学園の食堂⋯⋯の厨房である。
あの日アンゼリカが父親に願ったのだ。学園の食堂を公爵家で買い取ってほしいと。
願われた父親は当初意味が分からないと真面目に取り合わなかったのだが、その日を境に家の食事が信じられないほどおいしくなっていく。
不思議に思った父親は料理長を呼び出したのだが「お嬢様から口止めされている」それだけ言ってあとは何も話さない。
これでは埒が明かなきと急ぎ娘を呼び、事情を聞こうとすると、
『お願いを聞いてくれないお父様に、話すことなんてありません』
結局父親が折れ、学園の食堂が公爵家のものになったのである。
それからアンゼリカは人材を集め育てつつ、新たな料理に調理法、調味料を開発するなど、それはまぁ精力的に動いた。
それもすべては己がおいしい食事を食べたいがためであったのだが、いつしか人材育成も開発も楽しくなってきてしまい、これでは時間が足りないと学園に入学しないことを決めた。
たださすがに父親に反対されるかと思っていたのだが、父親のみならず母親も兄も、家族全員が学園に入学する必要はないと言ってくれたのだ。
まぁ要するに、おいしいご飯は正義なのだと証明されたのである。
――入学式から三カ月後
「ローズウッド嬢、どうか私と」
「いいや俺と!」
「どけ! ああ、あなたはこの世に舞い降りた女神!」
「ぜひ次期商会長の私の妻として!」
「我が国で最高の女性の地位を捧げたく!」
「アンゼリカ嬢は私との婚約を望んでいる! だからお前らは諦めて⋯⋯」
「⋯⋯えーっと、皆さま。まもなく食堂を開ける時間なので、帰ってくださいます? 邪魔です」
私は何度目ともなるこの光景に、ため息をついた。
目の前には、我こそはと名乗りを上げる六人の生徒。
その誰しもが、国宝級と言わんばかりのイケメンで。
しかし六人もイケメンが揃うと、うるさく感じるから不思議だ。⋯⋯顔面が。
何を隠そう、この六人は『恋レシ』の攻略対象である。
「そんなつれないことは言わず、どうか私の妃に」
「いや俺の」
「私の」
「僕の」
邪魔だとはっきりと言ってやったのに、しつこい。
今は最後の準備で忙しい時間だというのに。
王太子や王子もいるが、仕方ない。
私は静かに口を開いた。
「⋯⋯分かりました。それなら仕方ありません。今日はあなたたちの食事は無しに」
「「「「「「そう言えば用事が!」」」」」」
ええ。皆さん息ぴったりですね。
「あら。そうなんですね。それじゃあさようなら」
そう言って笑顔で手を振れば、蜘蛛の子を散らすように攻略対象たちは去っていった。
まぁこのやり取りも、もう慣れたものではある。
いや、慣れたくはないよ?
けれど悲しきかな、人って慣れてしまう生き物で。
実はこの状況は昨日今日の話ではなく、入学式の翌日からだったりする。
どうやらみんな私が作った料理に胃袋を掴まれてしまったらしい。
さすが『恋レシ』の攻略対象というべきか、ただ単にチョロいというべきか。
そのせいか、ああしてしつこく言い寄られるようになってしまったのだ。
『恋レシ』ユーザーであれば、普通は喜ぶ状況なんだろうけどさ。できることなら私は遠慮したい状況である。
もちろんこうなってしまった原因は分かっている。
それは今やこの学食が、この国で一番熱いスポットになってしまったから。
ここだけでしか食べられない料理や甘味に、みな夢中なのである。
「よし!静かになったことだし、急いで最後の仕上げをしないとね」
ただそれでもこの状況が続くのはあと少しだけと私は考えている。
なぜならまもなく調理法やレシピを開示する予定だからだ。
本来はもっと前に開示する予定だったのだが、想像していたよりも料理に対する反響が大きく、一気に情報を開示したら様々な場所で混乱を招くと判断した。
だからどんな順番でどんな情報を開示すれば、混乱を防ぐ、ないし最小限に抑えられるか検討に検討を重ねていたため、予定していたよりも遅くなってしまったのである。
だから情報が生き渡り、国全体で食の質が上がれば、自ずと彼らの興味も薄らいでいくことだろう。
「⋯⋯ふぅ。何とか間に合ったわね」
今日は週末なので、AランチとBランチ以外に限定のスペシャルランチを用意している。
おそらく即完売必至間違いなし。
そんなことを考えているうちに、学食の扉が開く時間となった。
「やぁ、ローズウッド嬢。今日のオススメは何かな?」
そうしてやってきた一人の男性が私に話しかけてきた。
「ユリウス先生、こんにちは。今日は週末限定スペシャルランチがオススメですよ」
AランチとBランチと比べお値段は張るが、その味は格別。だから私はスペシャルをおすすめした。
「いいね。じゃあそれをお願いしようかな」
「はい。それではご用意しますので少しお待ちくださいね」
私は聞かれた質問にしっかりと答えた。
傍から見ればテキパキとスペシャルランチの用意をしているように見えるのだが、心の中では一人で盛り上がっていた。
(はぁ~⋯⋯生ユリウスを目の前で拝めるなんて、最高すぎでしょ)
今目の前でワクワクしながら料理が出てくるのを待っている彼⋯⋯。そう、彼が私の推し。
名をユリウス先生と言って、『恋レシ』のお助けキャラである。
行き先に厨房を選択すると会うことができ、料理の試作や練習に付き合ってくれたり、困った時にヒントを教えてくれたりするのだ。
そして一緒に試作した料理を食べた時に『おいしい』と言って笑う顔に、私の心は撃ち抜かれてしまった。
なんて幸せそうな顔をするのかと。
その笑顔にやられた私は、もしかしたら隠しルートでユリウスルートもあるのではと、攻略に攻略を重ねたが、知識が増えるだけで、隠しルートを見つけることはできなかった。
あれだけ探して見つからなかったのだ。きっとユリウスルートは存在しないのだろう。
しかしこうして生ユリウスと会えただけで、胸がいっぱいである。
彼はいつも食堂が開くと同時にやってきては、おいしそうに食事を食べていくのだ。
その時間がたまらなく幸せである。
ちなみに食堂が開く時間はまだ授業中であるため、この幸せな時間を静かに心ゆくまで噛み締めることができるのだ。
「お待たせしました」
「わぁ、今日のもすごくおいしそうですね」
「ふふっ。それではごゆっくり」
「ありがとう」
料理を持って席に向かうユリウス先生の背中を見つめる。
(⋯⋯でもユリウス先生って何の先生なんだろう?)
実を言うと、私はユリウス先生のことは『恋レシ』のお助けキャラで、笑顔が素敵であることくらいしか知らない。
私は公爵令嬢だ。
ユリウス先生が何者なのか調べようと思えば調べられる。
けれどそれをしないのは、『恋レシ』の世界観を大切にしたいから。
え?シナリオをガン無視した奴が何を言ってるのかって?⋯⋯それはそれ、これはこれ、だ。
食事事情の改革は私にとって死活問題だったのだから、仕方ない。
ヒロインだって、すぐにでもおいしいご飯が食べられた方が幸せでしょ?だから問題なし!
っと話が逸れたが、ユリウス先生の素性は不明だ。
でもそれでいい。この穏やかで優しい時間が続くのであれば、ユリウス先生が何者かなんて些末事。
あんなにおいしそうに幸せそうに、私が作ったご飯を食べている。
それだけで十分。
おいしい料理を作り、推しを幸せにする。
それが今の私の生きる力だ。
「ごちそう様でした。すごくおいしかったよ」
「お口に合ってよかったです」
今日の幸せタイムももう終わり。
このあとは授業終わりの生徒たちがなだれ込んでくる時間だ。だから気合いを入れ直して――
「ローズウッド嬢。よければ今度一緒にお茶でもどうかな?」
「えっ?」
「もっと君のことが知りたいんだ」
「〜〜っ!」
そっと、耳元で囁かれる。
⋯⋯何これ。心臓バクバク、頭がクラクラするんですが。
え、運営さん。お助けキャラってこんなに色気がすごくていいんですか!?
「ダメかい?」
「ぐふっ⋯⋯!ダ、ダメじゃ、ないです⋯⋯」
ダメかダメじゃないかと問われれば、ダメじゃないに決まっている。
でも動揺しすぎて、変な声が出てしまった。
「よかった! それじゃあ今度招待状を送るね」
「え⋯⋯あっ、はい」
「よし。このあとの仕事も頑張れそうだ。それじゃあローズウッド嬢、またね」
「あ、はい。また⋯⋯」
手を振り颯爽と去っていくユリウス先生。
私はその姿が見えなるまで、呆然と見つめることしかできなかった。
どうやら、彼の胃袋と心をつかんでしまったらしい。
けれど私がそれを知るのは、まだ少し先のこと。




