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雨の音だけ、先に好きになっていた

作者: 星恋 hosiko
掲載日:2026/05/10

雨の日は、なぜか少しだけ人との距離が近くなる。

傘の中、肩が触れるだけのはずなのに、それが妙に特別に感じてしまう瞬間がある。


これは、まだ“恋”と呼ぶには曖昧で、でも確かに心が動き始めているふたりの、

ほんの短い帰り道の話。

放課後の教室は、雨の匂いで満たされていた。


窓を叩く音が、やけにやさしく響く。


「傘、忘れたの?」


彼の声は、最初から決まっていたみたいにそこにあった。


振り向くと、いつもの彼が立っている。


少しだけ前髪が乱れていて、それだけでなぜか安心した。


「うん。天気予報、外れた」


「それ、今日いちばん信じちゃダメなやつ」


彼は笑って、当然みたいに折りたたみ傘を開いた。


「一緒に帰る?」


その一言が、妙に軽くて、妙に重い。


軽いのは言い方で、重いのは意味だった。


「……うん」


返事をした瞬間、少しだけ心臓が遅れて動いた気がした。


傘の中は、思ったより近い。


肩が触れるたびに、雨の音がひとつ減っていく。


代わりに、隣の呼吸がはっきり聞こえた。


「ねえ」


彼が言う。


「傘ってさ、こういうときだけ狭くなるの、不思議じゃない?」


「うん」


「でもさ」


少しだけ笑って、


「嫌じゃない」


その言葉が、雨より先に胸に落ちた。


駅までの道は短いのに、なぜかゆっくり流れていく。


彼はときどき、傘の角度を少しだけこちらに寄せる。


濡れないように、というより。


“離れないように”みたいに。


「駅まで送るだけだからね」


「うん」


「勘違いしないでよ?」


「……しないよ」


言ったのに。


その声が少しだけ優しすぎて、すでに手遅れだった。


改札の前で立ち止まる。


雨はまだ降っているのに、そこだけ静かに見えた。


「これ」


彼は傘をこちらに押し出す。


「持って帰っていいよ」


「じゃあ、君は?」


「走る」


「また?」


「うん。君と帰るの、ちょっと好きだから」


さらっと言うのに、目だけはちゃんと見てくる。


ずるい。


ずるいのに、嬉しい。


「風邪ひくよ」


「心配してくれるの?」


「……当たり前でしょ」


その瞬間、彼が少しだけ笑った。


まるで勝ったみたいに。


「じゃあ次は、ちゃんと一緒に帰れる日作るね」


それは約束というより、もう予定だった。


改札の向こうへ行く彼を見送る。


振り返った彼が、小さく手を振る。


今度は、迷わず振り返す。


雨の音はまだ続いているのに、


さっきよりずっと静かに感じた。


たぶんこれは、


好きって言葉の一歩手前の、いちばん甘い場所。

さっきより距離が近いのに、ちゃんと“まだ付き合ってない”のがポイント

こういう「もう好きなのに、まだ言わない時間」がいちばん甘い気がする。

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