Q
目が覚めた。
天井が白い。知らない天井だ。
……とか言ったりしてな。
ここは病院……かわからんが、このベッドといい、布団といい、医務室だな。たぶん。
ぐっ!
っ~~~っ!
体が痛い。重い。
「……ですぅ〜」
ん?
話し声?この声は妄兎か?
となりの部屋からか。
「……そうですね。
絶兎さんの身体は素晴らしいので……」
……男の声。もう一人は誰だ?
俺のフィジカルの素晴らしさを理解している時点で、良い奴だというのはわかるが……。
「おお!ありました!これです!
快適な目覚めには、この電極クリップ!」
カチッ!カチッ!
クリップを開閉する音。足音が近づいてくる。
「洗濯バサミみたいですぅ」
「そうです。これを絶兎さんの乳首にはさんで、電気ショックを……あ!」
「起きてますぅ!」
アホなことを言いながら、
白衣のヤマネコ種と妄兎が部屋に入ってきた。
ヤマネコ種は猫背で中肉中背。
身長は百七十センチほど。小さくはない。
ただ、身長百九十センチの
ガチムチ、ムチムチ、ボンキュッボンの
妄兎と並ぶと…どうしても小さく見える。
「おい、ヤマネコ。もし、
その電気ショックで俺を起こしてたら、
俺はお前の乳首でダーツしてたぞ」
俺はあきれ顔で言った。
「はは!」
ヤマネコは爽やかに笑った。
「それは困りますね!だって、
クセになっちゃいますからぁ!」
「……おい、妄兎。この爽やか変態はなんだ?」
俺は変態を指差し、妄兎に聞いた。
「あ!イリーさんですぅ!ドクターでぇ……」
妄兎はイリーをまじまじと見ながら、
紹介しようと頑張る。
「なんか貴族でエリートでぇ〜、
かなり変態さんですぅ」
「コラコラ、ははは」
ヤマネコのイリーが、やはり爽やかに笑う。
「だろうな。人の乳首で電気ショックをする
ヤツは変態だ」
俺は事実を告げた。
イリーは少しムスッとした。
「君たち!
さっきから私のことを変態、変態と!
失礼ですよ!」
バッ!ババッ!
キレの良い動きで、イリーが白衣を
なびかせる。
「私はっ!」
イリーが決めポーズをとった。
「ド変態ですっ!!」
ドンっ!
……
……
あれ?
俺、まだ目が覚めてないのかな?
別の足音がした。
「絶兎。……起きたようじゃな」
冥華が部屋に入ってきた。
決めポーズを崩さないドクターには目もくれない。
「冥華さん……このポーズ、どう思います?」
「そうじゃな。
患者がもう一人増えたかと思ったぞ」
「ぁああざすっ!」
胸をそらしながら、イリーは
恍惚の表情を浮かべる。
その表情にも目はくれず、冥華は俺に聞いた。
「絶兎。どこまで覚えとる?」
「あ?」
どこまで覚えてる?
……あ!そうか。万集っ!
あれで俺は気絶したのか?!
「三人目までイメージした。
万集、超スピードの加速。とんでもねぇ頭痛。
……そこまでは覚えてる」
「……うむ。そこまでじゃな」
なんだ?
冥華は少しだけホッとしたように見えた。
「ということじゃ、イリー。あとの説明は頼む」
「お任せあれ」
「ワシは事務作業で忙しい。
妄兎、ついてこい。手伝うのじゃ」
「はいぃ〜」
「お、おい!待て!この変態ドクターと
二人きりにするつもりか!?」
「ははは。変態じゃないですよ〜。
ド変態で〜す」
「心配いらぬ。そいつの腕は確かじゃ。
頭は不確かなことが多いがな」
「ぁああざすっ!」
どうやら、コイツは罵倒されると
恍惚に達するらしい。
冥華と妄兎はスタスタと医務室を出ていった。
二人が出ていったことを確認すると、
イリーはキレの良い動きでポーズをとる。
バッ!ババッ!
両手を胸の前でクロスさせた。
シュピンッ!
両手の人差し指と中指には、
一枚ずつカードをはさんでいる。
「そのポーズをとりたがるクセは何だ?」
イリーは答えない。
「両手にカードってことは……
どっちかを選べってことか?」
「いいえ〜、違いま〜す。
これは私の名刺で〜す」
イリーは腕のクロスを解除し、
名刺を二枚同時に渡した。
「いや、なんなんだよ!この無駄なやり取りは! 名刺二枚もいらねえよ!
あ?……医局長と、総合監視局中尉……?」
二枚の名刺には、それぞれ違う役職が書かれていた。偉いのか?よくわからん。
それより、この名前。
ニシのオモテ、シマ?
「西と表と
島と書いて、
西表島と読みます。
イリオモテヤマネコ種のイリオモテジマです。種族と名前が同じなんです!貴族ですから!」
聞いてもいないことをペラペラと。
まぁ、読めない字ではあったが。
「あ〜……ところで。俺はどれくらい寝てた?」
「三日です」
「三日!?」
俺は上体を起こそうとした。
が!痛みが走る。
今までのトレーニングでは
感じたことのない痛みだ。
肋骨の裏。腹斜筋の奥。痛い場所が多すぎて、逆にどこが痛いんだ?これは?
「ぐっ……!」
「痛いですよね。でも、それ、
肉体じゃなく脳のダメージです」
「脳?筋肉じゃないのか?」
「はい。主に脳です。筋肉の方はさすがですね!もう全快しています。正直、最高です。
二時間ぐらい私に貸してくれませんか?」
「やかましい」
「さてと…問題は万集なんですが……」
イリーはベッド脇の椅子に座った。
声のトーンが変わった。
お、乳首に電気を流そうとしていた男とは
思えない雰囲気だ。頭が良さそうに見える。
「例えば…
絶兎さんは百キロの荷物を一人で運んでいます。一人で百キロ。大変ですよね?」
「そうだな」
「でも、四人で運ぶと楽になります。
一人二十五キロですから」
「ああ、当然だな」
「ただし、運び終えたあと、
その四人分の疲れが一人に返ってきたら?」
「ものすごくダルいな」
「それが、疲れだけではなく、痛み、暑さ、寒さ、焦り、怒り、恐怖、後悔まで、一気に!
…一人へ流れ込んだら?」
「……吐くかもな」
「そうです。吐くほどの負担が来ます。そして、五人以上の万集にになると、自分の境目が保てなくなる可能性が高いんです。脳の負担から霊体の輪郭を保てなくなり…最悪の場合、自我はなくなります」
イリーは自分のこめかみを軽く叩いた。
「万集は、霊体の力を集めてゴビートを倒せる能力です。ただし、集めた情報も感情も、あとで一気に襲いかかります」
「じゃあ、俺は三人分の情報で
気絶したってことか」
「違います」
イリーは即答した。
「絶兎さんは七人分まで集めました」
「……七人?」
俺は眉間にシワを寄せた。
「いや、俺が覚えてるのは三人目までだ」
「そこから先の記憶は欠けています」
「……マジか」
「大マジです」
イリーは白衣の袖を整えた。
「カラダのイメージを重ねるタイプは
三人分が限界です。四人以上なら、
一週間起きないこともあります」
「じゃあ、俺は七人分やったが、
三日で起きたのか?」
「はい。ど変態です」
「頭に『ど』をつけるな」
「あ、そうですね。結構変態です」
「変態って単語を使うな」
「半分は褒めています。
半分は医者として引いています」
「引くな」
「練習用のゴビートなのに七人分の万集とは。
前代未聞です」
「ちっ。嫌味な野郎だ」
「誤解です。心から褒めています。
心技体がよほど研ぎ澄まされている」
イリーはそこで、少し表情を変えた。
「ただ、三日で起き上がれたのは、
絶兎さんの肉体だけが理由ではありません」
「あ?」
「倒れた直後、冥華さんが気功で
応急処置をしました」
「気功?猿種がよくやってるアレか?
まじないみたいなやつだろ?」
「猿種のとはレベルが違います。
冥華さんに感謝してくださいね」
「冥華に?」
「はい。その気功がなければ、
脳の回復が遅れ、一週間どころか、
もっと長く眠っていた可能性があります」
俺は黙った。あのちびっ子死神が。
俺が倒れたあと、そんなことを。
「絶兎さん」
「なんだ?」
「ここから大事なことを話します。
ひとつ約束してください」
イリーの声が低くなった。
「約束の内容にもよるぞ」
「今から話すことを、冥華さんや
妄兎さんには内緒にする。それだけです」
「あぁ?なんだそれ?」
「約束できなければ話せません」
「えらく、もったいぶるじゃねえか。
わかった。約束する。話せよ」
「ありがとうございます」
イリーは静かに息を吐いた。
「昔、絶兎さんのように、カラダ全体を重ねる珍しいURを持った死神がいました」
「珍しいのか?」
「ええ。普通は腕や足など、攻撃に使う部位だけを重ねます。冥華さんもそのタイプです」
「脳への負担を避けるためか?」
「ご名答。理解が早い」
イリーはうなずいた。
「ただ、その死神は違いました。カラダ全体を重ね、イメージを具現化し、もう一人の自分を作るところまでいった」
「分身か?」
「そうです。分身と言った方が近いでしょうね」
イリーの目が細くなった。
「その者はある日、死神界の秘宝を盗み、
この世界を壊そうとしました。
冥華さん、冥華さんのお父様、妄兎さん、
そして私で、何とか封印しました」
「封印?」
「はい。その代償として、冥華さんの
お父様は亡くなりました」
「おいおい。なんだソイツは。
ろくでもねぇヤツだな」
「そうですね」
イリーは悲しそうに笑った。
「最初から、あんな人だとわかっていれば。
みんな…あんなに…傷つかずにすんだのですが…」
「みんな、傷つかず?」
「ソイツ、よりによって猫種に化けていたんですよ。泥棒猫なんてシャレにもなりませんよ」
「ちょっと待て。猫種に化ける意味は何だ?」
「獣人じゃなかったんです」
??獣人以外?ゴビートか?
「死神界の秘宝を盗むために猫種になり、
死神になり、冥華さんの彼氏になり…
裏切者となった」
「?!今、冥華の彼氏って言ったか?
おい、待て、情報が多すぎる」
「ソイツの種族はヒト種」
イリーは、俺をまっすぐ見た。
「名前を
『ウラシマ』と言います」




