王家の黒歴史
見渡す限りの大草原の中に建つ小さな小屋。
その絵本に出てくるような、可愛らしくも浮世離れした世界にいるのは、幼い自分と一人の女性――
母であるアデリナ女王とは、年齢こそ同年代だが全く似通った点がない。
眼光鋭く凜として、黙っていてもあふれ出る威厳に圧倒されるような女傑とは正反対の、日だまりのように暖かく朗らかで微笑まれるだけで安心するような彼女。
腕を広げた彼女に、僕は拙い足取りで駆け寄る。
家事に勤しむ彼女の側をうろうろし、かえって手間を増やすような”お手伝い”をする。
きっとあの人こそが僕の本当の……
*
「殿下は、間違いなく両陛下のお子様でいらっしゃいます」
今も時々夢に見る、幼い頃の記憶。
王宮で生活し、毎日複数の教師から授業を受ける毎日。朝だけは女王と王配――つまり両親と家族水入らずの時間を過ごすが、昼と夜は時間が合わず一人で食べることが多い。
あの平和で長閑な日々が本当にあったことなのか、それとも幼少期の寂しさによる妄想なのか年々わからなくなる。
それくらい今の僕は王子として当たり前のように生活していたし、両親との関係も悪くはなかった。
偉大な女王である母は、貴婦人のような細やかさはないもののハッキリした物言いで、僕が努力すれば褒め、問題があれば叱った。
父は言葉を惜しまず愛情を示し、一人息子である僕に寄り添ってくれた。
気が強く豪気な母は、一般的な女性像からかけ離れており、温厚で尽くすタイプの父とは相性が良い。
そんな二人だが、僕が生まれる前に大喧嘩をしたらしい。使用人に聞いても言葉を濁し、両親も「もう少し大きくなったら」と何が原因だったのか教えてくれない。
(夢に出てくる女性は、父と同じ色の髪と瞳をしていた)
父は公爵家の三男で、姉妹はいないが従姉妹はいる。
血縁者でなかったとしても、この国では金髪碧眼はありふれている。
むしろ母の黒髪赤目の方が珍しい。
僕は金髪だけど、赤い瞳を持っている。この瞳が、王家の血筋に受け継がれる色だから、僕は不意に不安になることがあっても、自分は両親の――女王の実子なのだと信じられた。
周囲の大人も口を揃えて、僕は両陛下の子どもだと太鼓判を押す。
瞳の色が血筋を証明している。
裏を返せばそれしか縁が無い。
余計な真似をしたら全てを失いそうで、線引きを越えないように、見ないふりを続けていた。
しかしそんな日々も今日で終わりだ。
僕も十三歳。間もなく立太子の儀を控えている。たとえ真実がどうであろうと、王家と貴族が認めているのだから、本当の両親が誰であっても僕が王太子になるのは変わらない。
王家の色を持ち、王子として教育を受けた人物が国王となる。
国としてはそれでいいのだ。
だから本当のことを教えて欲しい。
僕の本当の母親は、父親は誰なのか――
*
「お前の両親? 余とフィリップに決まっているだろうが。馬鹿なことを言うな」
「アデリナ。年頃の子が『もしかして自分は両親の子じゃないのかもしれない』と悩むのは、よくある事例らしいですよ」
朝食の席で切り出したら、母に一刀両断された。
すかさずフォローしたのは父だ。
しかしこれくらいは覚悟していた。
「城で暮らし、王子として扱われているのに悩むなんて、親に不満があるのか?」
「不満じゃなくて不安だよ。君は紛れもなく私と陛下の愛の結晶だからね。安心しなさい」
「……お二人が否定するだろうということはわかっていました」
「おい、なんだその呼び方は。随分他人行儀じゃないか」
「落ち着いて、アデリナ。今の答えに納得しないのは理由があるんだよ、アーサーの話を最後まで聞こう」
柳眉を逆立てる母を父が宥めた。
だが今の僕にとって、父は味方ではなく母を裏切ったかもしれない男だ。
父の実家は、臣籍降下した王弟が祖だ。故に時折王家の色を持った者が生まれることがある。あの金髪碧眼の女性が実母だとしたら、公爵家の血によって幸か不幸か赤い瞳の子が生まれたのかもしれない。
黒髪も赤目も王家の色として広く知られている。
僕の処遇が決まるまで、あの外界から隔離された場所で育て、女王の子とするこになったから連れ戻されたのではないか。
勘違いだったら酷い侮辱だ。
膝の上で握りしめた拳は汗だくで、何度も脳内で練習したのに声は震えて、要領を得ない言い回しになったり、同じ内容の言葉を繰り返した。
二人は黙って僕の話に耳を傾けた。
その沈黙と、静かな眼差しに次第に追い詰められる。
「――……お願いです。本当のことを教えてください」
誰もがこぞって僕は二人の子どもだと肯定する。
でも幼い頃の記憶が否定する。
答えが知りたい。
たとえどんなに残酷な内容であろうと。
*
見つめあったのは数秒か、はたまた数分か。
先に沈黙を破ったのは母だった。
「……城の来る前のことを話さないから、覚えていないものと思ったが、そうじゃなかったんだな」
「物心つく前に環境を変えたから大丈夫だと思ったけど、アーサーは生まれた時からお利口さんだったからね。小さくても覚えていたんだね」
遠回しではあるが、二人は認めた――認められてしまった、あの記憶が現実だったことを。
ショックだった。
半ば確信していたにも関わらず、僕はどこかで二人が否定してくれることを期待していた。
しかし現実は無情で――
「その女性は私だよ」
「――――え?」
「お前は紛れもなく余の息子だ。ただし出産したという意味では、お前の母親はフィリップだ」
無どころか非情だった。
「アデリナの御代を盤石にするために、一刻も早く後継者を作りたかった。でもただでさえ激務なのに妊娠なんて、あまりにもアデリナの体に負担がかかりすぎる」
「余は必ずしも実子が後継者である必要は無いという考えだったからな。そもそも子作りに前向きではなかった。継承権を持つ者から、相応しい人物を指名すればいいとすら思っていた」
「うん。結婚前にも同じことを言われたけど、私は子供が欲しかった。跡取りとか関係無しに、愛する人との子供を育てたかったんだ」
「……」
「だから私が女になって産むことにしたんだよ」
文脈がおかしい。
「反対されるのはわかっていたから、マンネリ防止だと言って性転換の薬をお互いに飲んで一夜過ごしたんだ」
親の夜の事情なんて聞きたくなかった。
「当然だ。長期間性転換し続けるのもリスクがあるのに、妊娠なんて危険すぎる。一発で妊娠することは理論上あり得るが、まさか本当に成し遂げるとは思わなかったぞ」
「一晩だけだからって、アデリナが油断して避妊をおざなりにしてくれて助かったよ」
一発だの避妊だのと親から聞きたくない言葉ランキングが、音速で更新されていく。
「こっそり出産するために、実家でトラブルがあったことにして里帰りしたんだ」
「余は王太子時代に『王配や外戚に便宜を図ることはない』と宣言したからな。逆を返せば『家庭の事情』と言われたら、余からも干渉できんのだ」
「公爵家の私有地に小屋を建ててもらって、そこで極秘出産したんだよ。愛しの女王様と離れて暮らすのは辛かったけど、充実した日々だったなぁ」
のほほんと語る父に、母が眉を逆立てた。
「納得のいく説明もなく、いつ終わるともわからぬままお前に去られた余の気持ちを考えろ。あれは地獄だ。生きながら死んだような日々だったのだぞ」
「そこまで私のことを……!」
「政治的な判断がなかったと言えば嘘になるが。フィリップ……お前を選んだのは余だ。お前だから、余は王配を据えることにしたのだ。二度と側を離れるな」
「アデリナ……」
子供の前でイチャつかないでほしい。
出かけた涙は引っ込み、緊張の汗はいつしか冷や汗に変わっていた。
「じゃ、じゃあ本当に僕は……」
「ああ。フィリップが幼子を抱いて戻ってきた時には驚いたが、正真正銘お前は余の実子だ」
「昔、大きな夫婦喧嘩をしたというのはもしかして……」
「だまし討ちで妊娠して、知らないところで自分の子を産んでいたんだぞ。怒らない奴がいるか」
当時のことを思い出したのか、母は眉間に皺を寄せた。
「性別を取り替えた両親から産まれたなんて、大人になってからじゃないと理解できないだろうから、喧嘩の理由を教えない不文律ができあがっていたけど、己の出自に悩むくらいなら全部知っておいた方が良いよね」
「そうだな。お前はフィリップが男手一つで三歳まで育て、その後この城にやってきた。これが真実だ」
「オトコデヒトツ……」
「うん。まあ、私も若かったというか。意地張って『この子は自分の手で育ててみせる!』って息巻いて、乳母を拒否したんだよね。今思うと何であんなに頑なだったのか不思議だよ」
「産後の女性が子供を守ろうと攻撃的になるのは、よくあることらしいぞ。余は未経験だがな」
「妊娠中に一通り勉強しておいたけど、いざその時になると思い通りにいかないことだらけだったね」
二人にとっては若かりし日の思い出になっているようで、和気藹々と語り出した。
「思い通りにいかないといえば、乳離れもそうだな。まさか寝る前だけとはいえ、三歳になっても授乳しているとは驚いたぞ。アーサー、どうやって母乳から卒業したか知りたいか?」
「聞きたくありませんっ!!!!!!!!」
*
朝食を終えた女王がいつものように執務室で書類とにらめっこをしていると、王子付きの侍従が緊迫した表情でやってきた。
「陛下! 王子殿下が部屋に引き籠もってしまわれました!!」
慌てふためく侍従に、女王はしれっと「多感なお年頃なんだ。そっとしてやれ」と答えた。
傍の王配は意味深な笑みを浮かべるのみであった。
好奇心は王子をも殺す。
ちなみに少年が黒歴史を回避した作品がコチラ
【魔法使いの弟子、のはず 〜その依頼、魔法を使わず解決します】
安易にライン越えしようとする師匠VS孤児院の副院長
ファイ!




