18日目
夜――エリの部屋
布団に入りスマホを手に、
こっそりタクヤからのメッセージを
何度も読み返していた。
(また、家で逢いたい……)
あのキスも、抱きしめられた感触も、
まだ肌に残っている。
でも、それ以上に忘れられないのは…
タクヤの目。
あの時、真剣に自分を見つめていた瞳。
(あんなふうに見つめられたら……)
もう、自分を“ただの主婦”だなんて思えない。
タクヤの前では、女としての自分が確かに息をしていた。
過去も年齢も、何もかもが意味を失っていくように。
《明日、少しだけ会える?》
エリは震える指で打ち込んだ。
数十秒後。
《会える。絶対に。
エリさんが俺に、会いたいって言ってくれたから。
明日は、少しだけじゃなくてもいいよ?》
エリは思わず、口元を手で覆った。
嬉しさと恥ずかしさがいっぺんに
押し寄せてきて、胸がきゅっとなる。
(……もう、“少しだけ”じゃ、足りないのかも)
エリの欲望の炎が完全に燃え出した
明日、タクヤのシフトは休み
学校も午前中まで、家で待っていてくれる
どこまで進めていいのか…
最後まで…
翌日ーーー
タクヤはドキドキしながら家で
エリが来るのを待っていた
昨日の手のひらのぬくもり、
吐息の交わる距離、見つめ合った目――
全てが頭を支配し、胸が自然と高鳴る。
(……今日こそ、エリさんと、もっと)
そう期待していたのに。
エリは現れなかった。
5分、10分、15分……
いつもならぴったりに来るはずの彼女の姿が見えない。
スマホを見ても、通知はない。何もない。
(何かあったのか……?)
心配と不安、そしてわずかな焦りがタクヤを包み込む。
そのころ店内では――
「山本さん、ちょっといいですか」
カズがエリを厨房の片隅に呼び出した。
彼はタクヤと同時期にバイトを始めた学生で、
口数は少ないが観察眼が鋭いタイプだった。
「……何?」
カズはスマホの画面をそっとエリに見せる…
そこには、タクヤのアパートから出てくるエリ
ファミレスの裏で抱き合う二人…
キスしている二人…
エリは一瞬で言葉を失った。
表情を隠すように目を伏せる。
カズ「あんた、最低だね」
それだけ言うと、カズはすぐに厨房へ戻っていった。
エリは、目の前の景色が歪んで見える気がした。
(……何してるんだろう、私)
さっきまで、あんなに触れたくてたまらなかった
タクヤの顔が、急に遠く感じた。
タクヤが家で心待ちにして待っていることは分かっていた。
でも、エリは行かなかった。いや――行けなかった。
その日、タクヤのスマホには、
何の連絡も来なかった。
エリの笑顔も、言葉も、姿も。
彼女がどうして来なかったのかを、
タクヤはまだ知らない。