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紋黒蝶は月夜に舞う〜元死刑囚のお仕事は、超能力で悪人を裁くことです〜  作者: 少林 拳


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第八話 オークション


「――それでは皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、オークションを開催いたします!」


 司会の男が叫ぶと、こぢんまりとした、だが豪奢な内装のホールに集まっていた人々が一斉に拍手を送る。


 このオークションの主催者である沼倉龍一は、会場の2階にあたる特別席から、その様子を見物していた。

 普段なら、彼がオークション会場にまで赴くことは滅多にないのだが、今日ばかりは特別だった。今回のオークションは、これまでに例を見ないほどの規模で開催されているのだ。集まっている客も、そんじょそこらの小金持ちではなく、どれも大物ばかりだ。

 今後の付き合いのことも考えると、沼倉も顔を出しておかなくてはならない。

 こうなると、先日もエージェントを送り込んできた【銀】が気掛かりではあるが、まぁ大丈夫だろう。結局、正義の執行者気取りの奴らも、所詮は公務員でしかない。

 彼らの行動は、常に法と秩序の下にある。

 はっきりとした証拠がなければ踏み込んでは来れないし、例えあったとしても色々と手続きが必要だ。そして、それらの手続きは、必ず沼倉か、彼の部下を通して行われることになっているのだった。つまり、皮肉なことに、沼倉は法に守られているのだ。


 念のため、この建物のセキュリティも、今日のために最大限に引き上げておいてある。

 荒事に慣れた下部組織の男たちだけでも300。

 加えて、沼倉が警備のために囲っている私兵50名にも、この会場を警備させている。

 さらに、万が一の時には“アレ”がある。

 心配するようなことはないだろう。


 会場はそれほど広くはないが、それでも数百人程度なら間隔をあけて座っても充分なスペースがある。そこに近隣のあちこちから“名士”が詰めかけている様子は、まさに圧巻だった。


 彼らは今夜、いったいどれほどの利益を出してくれるだろうか。

 それを思うと、沼倉は深い満足感を覚えずにはいられない。


 ただ、それも司会の男が最初の“商品”の紹介を始めるまでの話だった。


「それでは、最初の“商品”です! 少々イロモノですが、品のよろしい皆様には、大変喜んでいただけるかと存じます!」


 司会の男がそういうと、集まっている客がブーイング混じりに笑い声を上げる。

 この時点で、沼倉は「おや?」と感じた。

 通常、オークションの序盤には、地下牢に閉じ込めてある“低品質”の“商品”から出品されるのが普通だ。

 もちろん、顧客のニーズに応えるため、イロモノもきちんと競売にかける。

 だが、最初からイロモノを出すのは順序としておかしい。


 加えて、沼倉は舞台上に連れてこられた女の姿にも、見覚えがあった。


「ご覧ください! とびっきりの美人でしょう!? スタイルも抜群! しかも、なんと本日獲れたての“商品”です! ……イケメン係員にコロッと騙されてしまったようですね! イケメンだからといって、迂闊に信じないほうが良いぞー!?」


 司会の言葉を聞いた客は笑いながら、舞台上で椅子に座らされている美しい女を、一斉に囃し立てる。


 確かに、その女はーーいや少女か?ーーとにかく非常に整った外見をしていた。

 無垢なあどけなさと、不思議な色香とがマッチした容姿。

 柔らかそうな明るい色の髪に、華奢ながらもメリハリのある身体。


 だが、それ以上に、沼倉は彼女の姿に注目していた。

 目を惹かれたのではない。単純に、彼女の顔と“体型”に、見覚えがあったからだ。

 それも、先ほど写真で見たばかりである。


「加えて彼女、なんと足がありません! どうやら彼女、××のようです! これは“紳士”の方々には堪らないでしょう? ……僕はキモイから嫌ですけど!」


 再度、笑い混じりのブーイングが響く。

 だが、沼倉は笑ってなどいられなかった。すぐさま、近くにいた組員に向かって怒鳴る。


「――おい! どうなってる!? アレは終盤に出す“商品”だろう! なんで最初に出しているんだ!」

「も、申し訳ありません! すぐに裏の奴らに言って……」

「速くしろ、この役立たずが!」


 無能な部下だ。ここにきて順序を間違えるなど、信じがたいミスだ。

 最初に上モノを出してしまっては、後から出す“商品”が明らかに霞んでしまう。


 沼倉は業腹だった。だがそれも、長くは続かなかった。

 舞台上で、両足のない女が、ニッコリと微笑んだのだ。


 これには、客たちも、沼倉の部下も、そして沼倉自身も、思わず言葉を失う。

 普通、こういった場に引き摺り出されれば、泣き喚くか、放心状態になっているはずだ。

 稀に媚を売り始める女もいるが、当然、その顔は恐怖に引きつっているのが常だった。

 だが、眼下で笑う女はどうだ。


 あくまで笑顔は自然で、まるで自宅にでもいるかのように寛いでいる様子だ。

 今まさに競売にかけられようとしているのに、まるで他人事のように笑っている。


 司会の男も、それを不快に感じたのだろう。

 即座に、部下の男たちに指示を出す。


「……彼女、どうやらまだ、身の程を弁えていないようですね! おい、そこの! 服を剥いで、犬のように、四つん這いで散歩させてやれ!」


 それを聞いた客たちも、先ほどまでの勢いを取り戻した。

 良いぞ! もっとやれ! と言う野次が飛び交い、会場は再び喧しい空気に包まれる。


 黒服のチンピラたちが、舞台上に上がって、足早に女へと近づいていく。

 それでも、女は逃げようともしない。

 足がないから逃げられない、と言うのとも異なる。

 そもそも、男たちから逃げ出そうという素振りさえなかった。


「悪く思うなよ、お嬢ちゃん?」


 一番近くにいた男が、女の服をむしり取ろうと手を伸ばした、その時である。


「――()()()


 ――バチュッ! と言う湿っぽい音とともに、その男の姿が消えた。


 否、本当は消えてなどいない。


 ただ、さっきまで生きていた黒服の男と、

 女の足元に転がっている血溜まりと肉塊とが、

 同一の“モノ”だと言うことを、誰もが頭の中で咄嗟に認識できなかっただけだ。


「は……?」


 司会の男が呆けたような声をあげ、客たちも一斉に静まり返る。


 誰もが静まり返る中、彼女(エル)は楽しそうに笑った。


「……ふふ。汚い手で、私に触れないでくださいな♪」


 皆が呆然とする中、同じ舞台上に上がっていた他の黒服たちは、ぼんやりしているわけにはいかなかった。目の前で仲間が死んだと言うことに動揺しつつも、その原因を作ったのが目の前の女だと本能的に気付いたのだろう。


 エルのことを罵りながら、武器を取り出すと、彼女に対して一斉に向かっていく。


「――動いちゃ、めっ! ですよ♪」


 しかし。

 口汚く罵倒しながら襲い掛かった男たちは、空中でぴたりと静止した。

 まるで磔にされたかのように、その場から動くことができなくなる。


「な……なんだこれはよォ!」

「くそ!? 動かねぇ!」


 ジタバタともがいているが、まるで効果がない。

 彼らの姿は、生きたまま空中にピン留めされた、哀れな昆虫標本を思わせた。


 それを見たエルは、ニコニコと笑いながら、指揮者のようにスッと腕を掲げる。

 そして、男のうちの1人を、そっと指差した。


「うるさいですねぇ……。さよなら、です♪」


「なんだこれっ!? なん――がッ!?」


 大声で喚いていた男の声が、強制的に止まった。

 空中に磔にされていた男の身体が、雑巾のように引き絞られ、ねじ曲がっていく。

 直後、骨の砕ける乾いた音と、絞り出されていく血液が滴る湿っぽい音が、同時にオークション会場に響き渡った。


 先ほどとは違い、それは視覚にも分かりやすい光景だった。


 ――目の前で、またひとり黒服の男が死んだと言うことも。

 ――そして、それを成したのは、目の前にいる足のない女だと言うことも。


 ここにきて、ようやく客たちも事態が飲み込めたのだろう。

 瞬時に、蜂の巣をつついたような大パニックになった。

 客たちは、高級な椅子を蹴倒すと慌てて立ち上がり、出口に向かって一斉に逃げ出そうとする。


「や、やばいぞ!」

「――【心理能力】か!? くそ! 運営は何をやってるんだ!」

「どけぇっ!」

「ば、化け物だぁ!」


 非合法なオークションに参加していた客たちは、互いを押し退け合い、時には突き飛ばし合いながら、我先にと出口に殺到する。


 だが――。


「あ……開かないぞ!」

「なんでだよっ! おいっ! 外に誰かいるんだろっ! ここを開けろよっ!」


 高価な木材によって作られた扉は、1㎜たりとも開かなかった。それどころか、どんなに力を入れて押しても、ビクともしない。

 まるで、扉自身が強固な意志を持って、開けようとする人間を拒んでいるかのようだ。


 外側から鍵がかけられている……などということもない。

 そもそも最初から、この扉には鍵などついてはいないのだ。それなのに開かない。


 完璧に、閉じ込められた。

 そのことに気づいた客は、悲鳴をあげたり、必死にドアノブを引っ張ったりし始めた。だが、それらの行動は、ほとんど何の意味も為さなかった。


 よくよく観察してみれば、こじ開けようとしている扉の様子が、どこかおかしいことに気付けたはずだ。

 どんな扉でも、出入り口として開閉する都合上、普通なら中央なり縁なりに “隙間”が存在する。だが不思議なことに、オークション客たちがこじ開けようとしている扉には、そういった隙間がどこにも存在していなかった。まるで高熱に焚べたガラスのように、左右の扉が互いに溶け合い、ピッタリ塞がっている。

 それが分かれば、彼らも愚直に扉を“開け” ようとするのではなく、“破壊”しようとしたはずだ。


 しかし、パニックに陥っている者たちは気づかない。

 ただただ、彼らは無駄な体力を消費しただけに終わった。


 完全に強硬状態に陥った客たちに更なる恐怖を与えるかのように、舞台上では、1人、また1人と、黒服の男たちが死んでいく。


 ある者は、風船のように弾け飛んで。

 ある者は、全身がドロドロに融解して。

 またある者は、そのまま真っ二つに引き裂かれて。


 とうとう壇上で生きている人間が、エルただ1人になった時。

 呆然と眼下の惨劇を眺めていた沼倉龍一は、ようやく正常な判断力を取り戻した。

 即座に(と言うには長すぎる時間が経過していたが)上階の特等席から身を乗り出し、喉も裂けよと言わんばかりに絶叫する。


「な、何をやっとる! 撃て! 撃てぇーっ!!」


 それを受けて、沼倉の私兵たちが集合し、素早く隊列を作った。

 そして、めいめい巨大な銃を構えると、エルに向かって一斉に引き金を引く。


 硝煙の香りが鼻を刺し、火花が薄暗い会場を断続的に明るく照らし、轟音が連続して鳴り響く。沼倉が部下に持たせている武器は、ある伝手を使って入手した、本物の軍事物資である。【心理能力者】であろうが、低級の【外魔】であろうが、蹴散らせるだけの火力だ。弾丸も特別性のもので、【外魔】の甲皮や血液を練り込んだ一品である。連射すれば、分厚い鉄板でさえブチ抜くほどの破壊力と硬度を兼ね備えている。

 華奢な女の身体など、ひとたまりもないはずだ。

 それなのに……。


「――あらあら、これでお仕舞いですか?」


「そんな……」


 沼倉は、浮かせかけていた腰を、高級な椅子の上へとドサリと戻した。


 エルは無傷だった。

 彼女は、銃弾を防いでなどいない。かといって、銃弾を避けたわけでもない。

 いや、そもそも、エルはその場を動いてすらいなかった。


 ただ単純に、全ての銃弾が外れただけだ。


「そんな……バカな……」

 俄には信じがたい光景だった。


 銃弾は全て、間違いなく発射されていた。

 軍人には劣るかもしれないが、沼倉の私兵は皆、それなりの練度を誇っている。

 そんな彼らが、ほんの数メートル先の動かない的を外すなど、あり得ないことだった。


 まるで銃弾が、彼女を避けていったかのような――!


 エルには、銃が効かない。

 いや、それどころか、どうすれば彼女に傷を負わせることができるのかさえ、もはや誰にも分からなかった。


 誰もが息を吸うことも忘れ、絶望的な気持ちで、舞台上にいるエルを見つめた。

 その痛いほどの沈黙を破ったのは、エル本人だった。


「――それでは、続きと参りましょう♪」



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