第四話 出荷
「あっ、すみません」
チャリチャリ、という軽い音を立てて、レイの足元に硬貨が転がってくる。
レイは不自然にならないように気をつけながら、その硬貨を“落とし主”に手渡した。
女性を油断させて連れ出すという役割を担っているだけあって、男の容姿はそれなりに整っていた。薄手の紺のアウターに、同じく紺のスキニー、インナーはシンプルな白シャツに、ベージュのカーディガンといった服装である。ややウェーブのかかった黒髪は清潔感があり、小洒落た眼鏡を身につけている。手首には、シンプルなデザインのアクセサリー。細い鎖のような形状の、銀色のブレスレットだ。
これなら、真面目そうで、爽やかな印象を受ける人も多いだろう。
「……どうぞ」
「ありがとうございます! ……うわぁ、お姉さんたち、すごく綺麗ですね! モデルとかやってます?」
「えーっと……」
目を白黒させるレイに、エルが助け舟を出す。
「もう……っ! お世辞がお上手ですね、お兄さん♪」
「そんな! 本心ですよ! ……あの、せっかくのご縁なんで、少しだけお礼させてもらってもいいでしょうか……? もちろん、ここは僕が出しますから!」
「あ、あの……」
「ええー! 良いんですかぁ? 何か悪いですよぅ♪」
「いえいえ。こんな美人なお二人とお話しできるなら、安い席代ですよ!」
「は、はぁ……」
「もう! そんなに褒めても、何も出ませんよぅ? ……あ、こちらにどうぞ♪」
「ありがとうございます! それでは失礼して、っと……。この喫茶店、雰囲気がいいですよね! たまに来るんですよ。いやぁ、今日来てよかったです!」
「あらぁ……♪ 私、旅行で来ているんですけど、素敵な出会いができて嬉しいです♪」
「本当ですか!? 嬉しいなぁ! あ、申し遅れました。僕はカイと言います。東雲カイです」
「あらあら、ご丁寧にどうも、カイさん♪ あ、私は軽名エルと言います♪」
「美人さんのお名前をお伺いできるなんて光栄ですね! ……えっと、そちらの彼女は……?」
「あの、その」
「……この子は私の妹なんです♪ ね、「レイ」ちゃん?」
「よろしく、レイさん!」
「ど、どうも……」
――どうして、上手くいかないのですか……!
レイは内心、頭を抱えた。
彼女の過ごした孤児院にも、通っていた学園にも、男性はいなかった。
そのためレイは、歳の近い男性と接したことがない。
それどころか、まともに男性と話した経験さえ、ほとんど無かったのである。
そもそも彼女は、それほど会話が上手なタイプでもない。
実のところ、レイにとっては、あれが精一杯だった。
しどろもどろなレイとは対照的に、エルは上手に“東雲カイ”の話に乗っていた。
堂々と軽名エル(ぎめい)を名乗りつつも、自然に会話をつなぎながら、いかにも「無防備で警戒心のない女性」であるように装っている。一見すれば、この男にとっては絶好のカモだろう。
その後もエルは、表面上は良い雰囲気を維持しながら、男と会話を続けた。
(レイは彼女なりに頑張ったが、時折相槌を打つのが精一杯だった)
しばらく話したのち、とうとうカイが本題に入った。
「……実は僕、まだ修行中ですが、この街でコック見習いをしておりまして……」
「それは素敵ですね! カイさんの料理、食べてみたいです♪」
「本当ですか!? 是非ともいらしてください! サービスしますから!」
「まぁ、本当ですか!? 光栄です♪」
「きっと喜んでいただけると思いますよ! 実は、この街でも有名なシェフが経営しているお店なんです。隠れ家的な名店で、奥まったところにあるので分かりにくいですが、味は本物ですから!」
「うふふ、楽しみです♪」
「それじゃあ、“お店”を“予約“しておきますね! 電話を掛けて来ますので、しばしお待ちを!」
――来た。
カイの言葉を聞いたレイは、2人の話についていけず口から飛び出しかけていた魂を、自身の身体にそっと戻した。(もちろん比喩的な表現である)
それにしても自然だ、とレイは少しだけ感心していた。
エルの自然な演技はもちろんだが、“カイ”と名乗る、この男の手腕にも。
人との距離感を自然に詰める話術もさることながら、カイには女性を油断させるような独特の雰囲気があった。
友好関係を構築した後に自身の働くレストランに誘われれば、当然、相手は断りにくくなる。それも、「サービスする」などという美味しい言葉のおまけ付きだ。ここまで関係性を構築できた相手なら、きっと来店する運びになるだろう。
……そこが若干メインストリートから遠く、薄暗い場所にあったとしても。
レイがそんなことを考えていると、電話を掛け終わったカイが素早くレイとエルの分まで会計を済ませて、喫茶店を出発するところだった。(カイはレイの食べたスコーンの個数を見て、僅かに顔を引き攣らせていた)
カイは優しい手つきでエルの車椅子を押しながら、振り返ってレイに言った。
「――さぁ、レイさんも行きましょう! ご案内します!」
「行きますよ、レイちゃん?」
「あ……はい」
最後まで上手く話せないレイちゃん……否、レイであった。
レイは少しだけ肩を落としながら、2人の後をついていった。
***
カイの案内によって、レイとエルはメインストリートを外れ、【水端】の“裏側”へと足を踏み入れていた。
連れ出す女性に不安感を与えないようにという配慮か、カイはあからさまに怪しい場所は通らなかった。だが少しずつ、しかし着実に、道は狭く、そして入り組んでいく。
やがては、2人は細く薄暗い一本道へと誘導されていた。
カイの立ち位置も計算されていた。
今は、レイを先頭にしつつ、その後ろからエルの車椅子を押している。
彼女たちの退路を断つ狙いがあるのだろう。
最初に喫茶店を出発してから、30分ほど経過したころだろうか。
やがて3人は、袋小路へとたどり着いた。
正確には、完全に閉鎖されている訳ではなさそうだ。
5m四方を壁に囲まれた狭い空間の奥は、裏路地を構成する建物の車庫になっているようで、それなりに大きな出入口が見える。
しかし、そこに小型のコンテナトラックが後ろ向きに駐車しており、この空間は獲物を捕らえる擬似的な“檻”と化していた。
それ以上に、そこには見た目からして“いかにも”な男たちが、何人も屯していた。
その外見で女性を威圧し、抵抗する気を失わせるためか、男たちの風体はかなり悪い。
一様に自分の筋肉や刺青を見せびらかすような服装をしており、中には分かりやすく銃やナイフを手にしている者もいる。
レイは絵に描いたようなチンピラを見て思わず吹き出しかけたが、鋼の精神力でポーカーフェイスを保っていた。
「えっと……ここは……?」
いかにも不安そうに、エルが声をかけて見せる。
(ちなみにレイはボロを出さないように黙っていた)
それを受けたカイは、とうとう演技をかなぐり捨てて、ニヤニヤと笑いながら言った。
「ご〜めん、アレ、嘘♡ 本当はお姉さんたちが綺麗だからぁ、攫っちゃいましたぁ!」
「そ、そんな……! カイさん、どうして……?」
「……」
いかにもショックを受けたように言うエル。
それを見た周囲の男たちが、下品な言葉で一斉に囃し立てた。
「お姉さんたち、売られちゃったんだよ〜?」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ! 怖いところじゃないからぁ! ギャハハ!」
「そーそー、慣れれば“愉しく“なってくるからサ」
「どっちもスッゲー美人! 俺も抱きてぇ〜」
「……さっさと乗せろ。“商品”を輸送する。丁重に扱えよ、お前ら。傷一つでもつけたら、ぶっ殺すからな」
「う、うす!」
「早く来い!」
そんな中、顎をグイッとしゃくって見せたのは、柄の悪い集団の中で異彩を放っていた、ダークグレイのスーツを身に付けた男だった。周囲の男たちも、この男の言葉には素直に従っているようだ。
レイは、その顔に見覚えがあった。
面識はないが、本部から送られてきた資料に載っていたのを覚えている。
確か池咲始という名前で、神聖皇国の治安維持を司る組織である【銀】の幹部クラスの男だ。それも、【水端】支部の副長を勤めていたはずである。
これは捜査など意味がないはずだ、と内心でレイは独りごちた。
要するに、捕らえる側の人間も、この一件に噛んでいた訳だ。
「――うわっ。こいつ足がないっスよ? 売れるんスか?」
「こういうのが好きな物好きもいるんだよ。場合によっちゃ、“加工する“手間が省けるってな。……いいから黙って動け。日が暮れるまでには“会場”まで運ばなくちゃならねえんだからよ」
「車椅子はどうします?」
「――あ? 捨ててけ。どうせもう使うことはないだろ」
「了解っス!」
エルを見ながら好き勝手なことを言い合う男たちは、乱暴にエルの車椅子を押し始めた。どうやら奥に停めてあるトラックに乗せるつもりらしい。
レイも、男たちに軽く小突かれながら、トラックのコンテナに入るよう促された。
トラックに乗せられる直前、エルは悲痛な(感じに聞こえるような)叫び声を上げた。
ニヤニヤと笑っているカイに向かって、縋るように言う。
「い、嫌です! 助けて、カイさん!」
「バッカだな〜。もう売ったっての。早く行けよ、バカ女」
「そ、そんな……」
よよよ、と泣き崩れて見せるエルを見て、レイは再び笑い出しそうになったが、太ももをつねって我慢した。そんなレイの姿は、意図せず、周囲からは震えながら泣くのを堪えているかのように見えたのは、思わぬ怪我の功名である。
「それにしても、カイ。こんな上玉、よく釣ったじゃねえか。車椅子に鉄仮面っつーイロモノ姉妹だが、こりゃきっと高値で売れるぞ」
「いやいや、簡単でしたよ。姉の方はバカでチョロいし、その妹の方はコミュ障で男慣れしてないし。見た感じ、姉の方はともかく、妹の方は処女っすね。報酬は弾んでくださいよ?」
「安心しろ。高く売れれば、働きに応じてボーナスはきちんと払うさ」
「やりぃ! 何を買おっかな〜」
――よし、殺そう。
レイとエルを完全に無視して話し続けるカイと池咲の会話を聞いていたレイは、真っ先にそう思った。
しかしながら、彼女はあと一歩のところで踏み留まった。
ここで腹を立てては、男たちの言葉が事実だと自ら認めるようで、何だかすごく癪だったのだ。(実際のところ、概ね事実なのだが)
それに今更ではあるが、ここで男たちを殺してしまうと、わざわざ“釣られて”ここまで来た意味がなくなってしまう。
……ただ、この2人は、レイの脳内にある「次に会ったら殺しますリスト」の上の方に名前を連ねることになった。
そんなこんなで、トラックのコンテナが完全に閉まるまで、エルは泣きマネを続けており、レイは俯いて拳を握りしめながら震えていた。
そんな2人の様子は、傍目から見れば、ショックで泣き崩れる姉と、今にも泣き出しそうなのを、拳を握って気丈に耐える妹のように映っていた。
……エルはともかく、レイの場合は怒りに身を震わせていただけなのだが。
「……発車させろ! オークションまでには間に合わせろよ!」
がこん、と言う微かな振動を伴って、トラックが動き出す。
どうやら、目的地に向けて走り出したようだ。
「さて、作戦成功です♪」
「……そうですね」
エルはすっかり泣きマネを止めて、ケロリとした表情で言った。(ちなみに照明のないコンテナの中は真っ暗で、レイからはエルの表情は見えていなかったが、声の調子で分かったのだった)
対するレイの言葉がやや固いのは、緊張しているからではなく、先ほどカイと池咲に言われたことを、未だに気にして(根にもって?)いるからである。
そんなレイの内心を知ってか知らずか、エルは普段通りのおっとりとした口調で話を続けた。
「これで彼らの本拠地が分かりますね♪ “会場“まで案内してもらったら、そのまま囚われている方々を解放しつつ、奴らを1人残らず殲滅してしまいましょう♪」
「了解です。……それよりもエル、その……大丈夫だったのですか」
「……? 何がです?」
「いや、あいつらに車椅子を壊されてしまったじゃないですか」
トラックのコンテナの中にはシートレイトも椅子もなく、身体を固定することができなくなっていた。一応、床と四方にはクッションが敷かれており、中に乗せた人間への配慮も見られたが、女性への紳士的な配慮ではなく、“商品”への合理的な配慮といった方が正しい。おそらく、鎖で繋いだり頑丈な檻に閉じ込めたりした場合に、身体をぶつけるなどして“商品”が傷物になるのを防ぐための措置だろう。
ともかく、それなりに揺れる真っ暗な車内に、両足のないエルが身一つで放り込まれているわけだ。先ほどのレイの質問は、そんなエルを気遣ったものだったが……。
「あぁ、そのことですか……。気にしなくていいですよ? だってアレ、“安物”ですから♪ また新しいのを調達すれば良いんですよ〜」
「はぁ、そうですか……」
……相変わらず、エルは呑気だった。
それどころか、「真っ暗だと、なんだか停電みたいで楽しいですね♪」などと、無邪気に話しかけてくる始末である。
上司がこれなら、そこまで心配する必要はないかな、とレイは思うことにした。




