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紋黒蝶は月夜に舞う〜元死刑囚のお仕事は、超能力で悪人を裁くことです〜  作者: 少林 拳


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第四十一話 出立


その晩、【紅】たちは大混乱に陥っていた。

巡回に出ていた乾と小島から、連絡が途絶えたためである。

また同時刻に、北門付近で【巨足】の目撃情報が相次いだとなれば、2人の安否が心配されるのも無理はなかった。


しかし、事態は思いもかけない展開で解決を迎えることとなった。


「乾副隊長へ繋げ! 急げ!」

「……ダメです! 反応ありません!」

「小島隊員はどうした!」

「こちらも応答なし!」

「くそ! どうなってるんだ!」


「お疲れー。ちょっとええかー?」


混乱の最中、緊張感のない声が響いた。

もちろん、ランである。

その傍には、小島を背負った乾を伴っている。


「ダメだ! 今は……」

「……貴様、【黒】か!? それに……乾副隊長!」

「それに……小島!? 意識がないぞ!」


当初、【紅】の拠点としているホテルのロビーはそれどころではなく、ランは門前払いを食らおうとしていたのだが、ランに気づいた【紅】の隊員が、乾や小島の姿に気がついたため、事態は急変した。


「……乾! 心配したぞ!」

「き、吉良隊長! ご心配をおかけいたしました!」

連絡が取れなかった乾が現れ、奥から吉良が姿を現した。

かなり心配していたらしい。その目尻には、小さく涙が浮かんでいた。

つられて乾の目にも涙が浮かぶ。


「全く……。それで、小島はどうしたんだ? 何があった?」


「それが……」


「おっと、それはウチから説明させてもらうわ」


説明しかけた乾を遮ったのは、傍に立っていたランだった。


「どうも、些細なすれ違いがあったみたいでな。おたくの【紅】とウチのレイちゃんが、ちょーっと小競り合いを起こしたんよ」


「何だと!? ……小島は無事なのか?」


思わず大声を上げる吉良。

彼女は、【黒】と敵対することの恐ろしさを知っていた。


吉良にも【紅】としての矜持はある。

だが、暴力と殺戮に耽溺している【黒】には、理屈が通じないということも、吉良はよく理解していた。

そのため、「小競り合いになった」と聞かされて、真っ先に心配したのは、隊員である小島の安否だった。彼女だけ意識がないのだから、これは当然といえよう。


「あ、コジマちゃんもダイジョーブやで。気ぃ失っとるだけや」


「……そうか。いや、恩に切る」

「いやいや、ウチは連れてきただけやし」


「……何があったのか、教えてもらえるのだろうか?」

「いやー、それなんやけどな」


伺うような吉良の視線に対し、ランは頭を掻いてみせた。


「お互いの言い分が違いすぎるんよね。ウチも【紅】とトラブったなんてこと報告できんし……。なんか、お互いの不幸な行き違いってことで、何とかならんか?」


「……良くはないのだが……仕方あるまい」


「吉良隊長!?」


苦渋の表情を浮かべる吉良。

そこに異論の声を上げたのは、やはり乾だった。


「おー、ほんならええわ。おおきに。……じゃ、おやすみ〜」


しかし、ランはどこ吹く顔で、その場を颯爽と後にする。

食い下がろうとする乾を、吉良が止めた。


「……よせ。【黒】と敵対して、五体満足なのが有難いぐらいだ」

「しかし! 先に攻撃を仕掛けてきたのは、奴らなんです! 小島はそのせいで!」

「耐えろ、乾。……【黒】とやり合うより、今は【巨足】だ」

「ぐぐぐ……っ」


実を言えば、吉良の方も今回の件を腹に据えかねていた。

どんな事情があるにせよ、部下が襲撃されたことには違いない。


それに、悔しそうな乾の様子から、先に攻撃を仕掛けてきたのは“レイ”とやらの方だろうということも、彼女には想像がついていた。

そこを敢えて追求しなかったのは、今まさに背を向けて帰ろうとしている女……ランのことを、よく知っていたからだ。


3年ほど前、【黒】と【紅】の第六部隊で小競り合いを起こしたことがあった。

当時、吉良は第六部隊の副隊長で、乾は新米として配属されたばかりだった。

諍いになった理由は忘れてしまったが、くだらない理由だったように吉良は記憶している。


その際、ランともう一人の【黒】に、第六部隊はほとんど壊滅させられた。

当時の第六部隊長は半死半生の重体。残りの過半数も、再起不能になった。


吉良自身、かなりの深手を負わされた。

乾が【黒】へ嫌悪と憎悪を抱いているのは、この時の経験によるものだ。


何とも不愉快なことに、【紅】の主力部隊の一つが壊滅させられたのにも関わらず、【黒】の両名とも、お咎めなしだった。当時の吉良は、【黒】はどこまでもイリーガルな存在なのだと、再確認させられたものだ。


ランの理不尽さも、無茶苦茶な戦闘能力も、壊れた倫理観も、かつて彼女と対峙したことがある吉良は、決して忘れてはいなかった。とりあえず死者は出なかったということで、彼女は納得せざるを得なかった。


こうして、レイの偽物による【紅】襲撃事件は、有耶無耶となった。


一方その頃、レイは「何だったんだ」と首を傾げながら、彩華の出してくれた夜食をぱくついていた。

……彼女も彼女で、大概マイペースな人間だった。


***


レイの偽物による襲撃事件から、数日後。

【紅】たちは、出立の準備を完了していた。

乾はもちろん、気を失っていた小島も意識を取り戻し、今ではすっかり回復している。


そんな彼女たちの行き先は、【氷都】の外。

目的は、もちろん名付き級のA級外魔、【巨足】の討伐である。


彼女たちは、装備を整えると、【氷都】の中をまっすぐ突っ切って、北門から出発した。

後ろめたいことなど何もなかったため、身を隠すようなこともしなかった。

そのため、早朝とはいえ、大勢の人々が、【紅】の出立を見届けた。

その中には、【篝火】の若き女主人も含まれていた。


***



朝8時。

レイが借りている部屋を出て一階に降りると、いつも通り、厨房で彩華が朝食の準備をしてくれていた。


「おはようございます」


「おはようございます、レイさん」


「……? どうかしましたか?」


朝起きてすぐに彩華と挨拶を交換し合うのが、レイにとって日課になりつつあった。

だからこそ、彩華の声がわずかに沈んでいることに気づけたのだろう。

チラリと様子を伺うと、その顔色も微かに曇っているようだ。


レイが尋ねると、彩華は少しだけ逡巡したが、躊躇いがちに口を開いた。


「実は……今朝、【紅】の皆さんが出発するのが見えて……」


「えっ」


「きっと、これから【巨足】退治に行くんですよね。もう何人も、あの怪物に襲われていますから……【紅】の皆さんも、無事に帰ってこられるか心配で……」


レイは驚きと焦りで、彩華の言葉がどこか遠くに聞こえるように感じられた。


【紅】と【黒】は既に袂を分っており、お互い不干渉のまま事態は推移していた。

それどころか、【巨足】の捜査を主導しているのは【紅】だった。


だから【紅】がどんなに朝早く出発して【巨足】の討伐に向かおうと、本来ならば関係のない話ではある。

ただ、真面目なレイは、【黒】として任務を与えられて【氷都】までやってきたのに、何の力にもなっていない現状に、居心地が悪さを感じていたのだった。


どうやら、【紅】に先を越されたらしい。

しかも、自分たちが眠っているうちに、である。

何も競争しているわけではないが、すっかり眠りこけていた自身のことを省みると、顔から火が出そうな思いだった。


「ぐっもーにん! 爽やかな朝やね! ……ってどしたん?」


「どうしましょう……!? 今朝、【紅】が【巨足】退治に行ってしまったようです!」


そこへ、ランがのんびり起きてきた。

レイは慌ててランに事態を報告したが、その返答はあっさりしたものだった。


「ま、ほっとけばええんとちゃう?」

「ラン!? それは、あまりに無責任すぎます!」


ランの他人事のようなセリフに、憤りを隠せないレイ。

しかし、ランの態度はあくまで泰然としていた。


「いや、【紅】が行ったんなら、大丈夫やろ」

「追いかけましょう!」

「ええ!? 張り切りすぎやって……」

「何が張り切りすぎですか! 元々、【巨足】の討伐は【黒】の任務だったんですよ!? ほらっ、行きますよ!」

「ええーー……朝ごはんは……?」


泣き言をこぼすランを引っ張って、レイは慌てて「篝火」を出発した。

外でまばらに舞い始めた雪は、これから訪れる吹雪の到来を思わせた。


***


早朝に出発した【紅】第六部隊は、【氷都】近郊の農村に到着していた。

最初に被害報告のあった畜舎から、そう遠くない場所の農村だ。

とはいえ、既に住民は全員が避難を終えているから、もはや廃村と称して良いほど、その村は閑散としていた。厳しい冬の寒さもあって、生き物の気配は全くない。

固く閉ざされた家々の扉が、冷たく侵入者を拒んでいた。


「……この村からは、犠牲者が3人も出たそうです。もしかすると、この近くにヤツの寝ぐらがあるのかもしれません」


「うむ。……総員、ツーマンセルで行動せよ! 異常があれば、信号弾で知らせること! もし【巨足】と遭遇しても、交戦せず撤退してこい! 全員で叩く! 分かったな!」


吉良の号令に、【紅】第六部隊24名が一斉に声を上げる。

彼女を中心として、第六部隊の結束は硬い。

事前に決められていたバディを組むと、【紅】たちは八方へと散っていった。


***


「……【紅】は、まだそこまで遠くには行っていないはずです! 【巨足】を探しますよ、ラン!」


「へいへい……」


レイとランは、【氷都】の外を疾走していた。

街の外に出ると言うことで戦闘に備え、どちらも既に【黒】の正装である、漆黒の軍服に身を包んでいる。


レイも、別に【紅】と張り合うつもりななかった。

ただ、何もせずに他人任せにしたくない、という義務感から、彼女は走っていた。


当然レイは真剣なのだが、ランはいつも通りやる気が見られなかった。

放っておけば【紅】が討伐してくれるに違いないと、たかを括っているようだ。


それでも、全力疾走しているレイに平気で追走してくるあたり侮れない。

何せレイは今、その高い身体能力に物を言わせ、自動車並みの速度を出している。

それに平気な顔でついてきているのだから、ランの高い実力が伺えるというものだ。


レイの聴いたところによると、ランの【心理能力】は自身の身体能力を強化するものだという。つまり、本気を出せば、レイ以上のパフォーマンスを発揮できるかもしれない、と言うことだ。普段の立ち振る舞いがアレなので誤解しがちだが、ランは間違いなく【死神】の誇る実力者のひとり。

悔しいことに、今のところレイには、ランに勝てるヴィジョンが浮かばなかった。


レイは微かに首を振って、意識を【巨足】の捜索へと戻した。

余計な思考にかまけてはいられない。見落としは許されないのだ。


実際、状況はあまり良くなかった。

【紅】が出立したのは早朝だから、そろそろ彼女たちに追いつく頃合いだ。

しかし、【紅】との関係性は最悪だと言える。

ランと【紅】の副隊長、乾の関係性は控えめに言っても険悪なものだった。

(ランが一方的に煽り、乾がそれに噛み付くという構図ではあったが)

それどころか、先日発生した「レイの偽物騒動」のせいで、ランだけでなく彼女まで危険人物だと認識されているのである。たとえ【紅】と合流しても、愉快なことにはならないと思われた。


しかも、もっと悪いことに、天候も悪化を続けていた。

頭上の曇天は一層濁り、吹き荒ぶ寒風には小粒の雪が混じり始めている。

このままでは、じきに吹雪になるだろう。


そんなことを考えていた時のことだった。

レイの鋭敏な感覚が、微弱ではあるが、前方に生き物の気配を感じ取った。


「――前方に気配あり! 行きますよ!」

「へーい……」


やる気のなさそうなランの返答を尻目に、レイは足の回転率を上げた。

ぐんぐん速度が上がってゆくが、面倒くさそうにしつつもランは難なく追走してくる。

そんな彼女のことを、レイは少しだけ腹立たしく思ったが、足は止めない。


(――あそこだ!)


およそ時間にして数分後。

レイは、辿っていた気配に迫りつつあった。

いくつか小さな丘を超えたら接触できるぐらいの距離だ。


しかし、何やら様子がおかしい。


(なんだ……? 気配が二つ……? 【巨足】じゃない!)


レイの優れた感覚器官は、雪山の奥から伝わってくる気配が人間のものだと訴えかけてきていた。

加えて、雪道なのにも関わらず、その2人組の足取りは確かで、よく訓練された者の動きであることが伺えた。


今現在、【氷都】の外に好き好んで出ていくような人間はいない。

【巨足】の恐怖は、今やすべての都民が共有しているのだから。


となれば、相手はひとつだ。

早朝に出発して山刈りをしているはずの、【紅】に違いない。


はっきり言って、【巨足】を探している身としては、できれば接触したくない相手だった。つい最近、偽物騒動のせいで、いきなり【紅】と交戦する羽目になったことも記憶に新しい。


しかし、ここに来て引き返すわけにもいかない。

ここまで近づけば、向こうもこちらの気配を察知している頃合いだろう。

ここで進行方向を変えれば、余計なトラブルを招きかねない。


レイは渋々、前方を歩いている【紅】の方へと足を向けた。


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