第三十九話 情報提供
「あはは……。先ほどは、失礼いたしました……」
台拭きでコーヒーを拭きながら、彩華が二人に謝罪する。
その表情は恥ずかしさと申し訳なさとがミックスされたもので、レイは逆にほっこりさせられた。
「……それにしても、なんでそんなに驚いたん?」
実際、彩華はかなり驚いている様子だった。
思わず彩華の方を見るレイとラン。
二人に見つめられた彩華は、決まり悪そうに言った。
「あの、盗み聞きするつもりはなかったんですが……【巨足】のことをお話しされていましたよね?」
「ええ……まぁ」
【巨足】で両親を失った少女の前でする話題ではなかったかもしれない、そう思ったレイが気まずげに彩華の疑問を肯定する。
しかし、ランは平常運転だった。
底抜けに明るい声で、彩華に向かって話しかける。
「せやで! 実はウチらは、【巨足】事件を解決に来たんや!」
ランがそういうと、彩華はかすかに身じろぎする。
そこには、わずか以上の動揺が隠れているように思われた。
訝しげに彼女を見つめるレイに対し、彩華は言った。
「……すみません。あまり年も変わらないご様子なのに、【巨足】退治に来られるなんて、びっくりしてしまって……。お二人とも、お強いんですね」
「そ……」
「せやで! この街でいっちゃん強いんが、ウチらや! 今この街に来とる【紅】にも負けんで!」
そんなことはない、と言おうとしたレイの言葉を遮って、ランが言った。
軽くランを睨むレイ。しかし、彩華の注意は、別の方へと向いていた。
「【紅】が来ているんですか!?」
「せやで? 昨晩会うたから、間違いないわ」
「……来たんですね。ようやく、ですか」
彩華の声は強張っている。
感情を感じさせないその声は、憤っているようにも、悲しんでいるようにも聞こえるものだった。
レイは思わず、彩華に同情した。
既に【巨足】によって両親を失っている彼女にとっては、遅すぎる到着だ。
もう少し早く来られなかったのか、と言う彼女の憤りは、よく理解できる。
……大切な人を失う辛さは、レイにも身に覚えがあった。
「……いつ、【巨足】が退治されるか、分かりますか」
「それは……」
分からない、と続けようとしたレイの言葉に被せるように、ランが言う。
「あの子らは北山ホテルに泊まってんで。聞いてきたら?」
「ちょっと、ラン!」
無責任なことを言うランを、レイが睨む。
しかし、それを受けた彩華の返事は、
「ありがとうございます! そうします!」
まさかの前向きなものだった。
この返答は、レイの予想を外れていた。
しっかり者に見えて、意外にドジっ子で、かなり行動力がある。
レイは、自分の中での彩華の印象を、少々変更せざるを得なかった。
***
北山ホテル。
一昨日、レイとランが泊まっていたホテルだが、今は【紅】の拠点になっている。
このホテルのサービスは【氷都】でも最高級のもので、部屋もそれにふさわしい広さがある。レイとランが宿泊した際も、二人で一室を使っていたほどだ。
しかし、【紅】第六部隊の隊長、吉良響には、その広大な部屋が、まるまる一室割り当てられていた。吉良本人は庶民的な方なので、こういった過剰な(と本人は感じている)サービスには、どこか落ち着かないものがあった。しかし、今回は【氷都】の【銀】副支部長から直接融通してもらったホテルである以上、それを固辞するのも躊躇われた。
こうして、一人で広すぎる部屋を持て余していた吉良であったが、その部屋に飛び込んできた人物がいた。(もちろん、丁寧なノックと、入室を許可するやりとりはきちんとしている)
「吉良隊長!」
「乾か。どうした?」
入室してきたのは、同じく【紅】第六部隊の副隊長、乾だった。
本来、彼女はこのような伝令を務める必要はないのだが、乾は忠犬の如く吉良に懐いており、彼女と触れ合う機会の多い、こう言った仕事を好んで行う傾向にあった。
吉良の言葉に少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた乾であったが、今は仕事と表情を引き締め、要件を告げる。
「【巨足】の捜査状況を知りたいと言う少女が来ております!」
「……なんだ、それは。なぜ追い返さないのだ?」
乾の言葉に、怪訝そうな表情になる吉良。
民間人に捜査状況を漏らすなど、普通に考えてあり得ないことである。
そのような用事なら、他の隊士の方で対応できる案件だ。
それどころか、即座に門前払いしても良いぐらいだ。
しかし、乾は言葉を続けた。
「鹿狩彩華と名乗っております! 【氷都】で2番目に犠牲になった夫婦の娘であります!」
「……なるほど。それで?」
続きを促す吉良。
彼女は、乾の言葉がそれで終わりとは考えていなかった。
乾は気が短く、民間人相手に傲慢な態度も取るが、若くして【紅】と言うエリート部隊の副隊長を任されていることからも分かるとおり、彼女は優秀な人間だ。
その乾が、単に【巨足】による犠牲者の遺族が来たと言うだけで、隊長である自分のところにまで話を持ってくるとは、吉良も思っていなかった。
「はっ! どうやら、捜査の情報と引き換えに、【巨足】について知っていることを話すとのこと! また、その際は隊長直々に話を聞いてもらいたいと申しております!」
「なるほど」
得心がいった、と吉良は頷いた。
乾が話を持ってきた理由が分かったからだ。
これは、本来なら考慮にも値しない提案である。
【紅】は神聖皇国の誇るエリート部隊だ。
民間人とは、元来それほど交わることはない。
その部隊長ともなれば、尚更である。
しかし、吉良はエリート中のエリートであるが、遺族との話は親身になって聞くタイプの人間だった。遺族の慰問などには、自ら進んで参加するほどである。
乾もそれが分かっているからこそ、わざわざ彼女のところにまで話を持ってきたのだった。吉良は乾に向かって言った。
「分かった。鹿狩彩華と言う少女の元に案内してくれ」
***
「鹿狩彩華と申します。……突然、申し訳ありません」
「構わないとも。君のことも知っているよ。鹿狩夫妻の娘さんだとか。……残念だったね」
「……ありがとうございます」
「我々としては、残念ながらご遺族の方への補償はできかねる。しかし、【氷都】の中央には顔が効く。貴女方への支援を手厚くするよう、掛け合っておく」
「……お心遣い、痛み入ります」
「……それで? 捜査の状況が知りたいとか」
「――はい! 非常識なのは、分かっています。……それでも! 両親を奪った奴のことを知りたいんです! お願いします!」
深々と頭を下げる彩華。
その姿勢は、「情報と引き換えに捜査状況を教えてほしい」と言う強かな要求をするような人物とは思えないほど健気だった。
そのため、情報提供をちらつかせた取引を持ちかけられたときは、いささか気分を害していた吉良であったが、今は一転して同情的になっていた。
そして何より、吉良はこう言った真摯な姿勢に弱かった。
「……分かったとも。しかしながら、我々もつい先日、この街に来たばかりなのだ。捜査に進展があれば、必ずお伝えすることにしよう」
「ありがとうございます! ……今は、それで十分です」
再び、ぺこりと頭を下げる彩華。
「すまないな。それで……【巨足】に関する情報提供があるとか? 捜査を進めるため、ぜひご教示願いたいのだが」
「……はい。【巨足】は、北門から出入りすることが多いようです」
「確かなのか?」
「はい。……私の両親を含め、北門にはもうほとんど人が残っていません」
「そうか。ご苦労だった。……討伐時には、必ずお伝えすると誓おう」
吉良はそう言って会話を切り上げた。
彼女は最後まで、彩華の物言いたげな強い眼差しに気づくことはなかった。
***
今回【氷都】へとやってきた【紅】は、全部で20名。
全てが第六部隊の所属である。
隊長である吉良と、副隊長である乾を含んでおり、戦力的には申し分ないと言える。
また、残る18名にも席官クラスの猛者が含まれており、それだけの戦力が割かれているということは、【巨足】が神聖皇国においてそれだけ危険視されていたということでもあった。
彼女たちは、【氷都】につ着いて早々に方針を固めた。
まず、快く提供された捜査資料を読み込むのと並行して【氷都】内を見回る。
そして、準備が整い次第、【氷都】の外へと出て、【巨足】を捕捉し、討伐するという流れだ。
「……それでは、今晩は北門付近を交代で見回ることとする」
「はっ! 何人ずつで哨戒いたしますか、隊長!」
「2名ずつで良いだろう」
彼女たちは、戦闘……特に【外魔】を駆逐するためのプロフェッショナルだ。
当然、【心理能力】も戦闘向きのものが多い。2人ずつで良いと言ったのも、その自信故である。
また、鹿狩彩華から齎された情報が正しければ、ターゲットは必ず北門付近を通過することになる。哨戒をかける場所も適切であると言えた。
ただし、北門付近には【死神】ふたりも潜伏している。
この奇妙なバッティングが、別のトラブルの呼び水となってしまうのは、数日後、【紅】の乾副隊長が哨戒に出た、その晩のことだった。
***
「今日も進展無かったなー、あはは!」
「……いったい何がおかしいんです? ラン」
今日も今日とて、【死神】二人は手ぶらで拠点である【篝火】に帰ってきていた。
とはいえ、真面目に捜査していたのはレイだけだ。
ランは日中も夜間もどこかへこっそり出かけることが多く、レイも既にそのことは諦めていた。……とはいえ、面と向かって「進展なかったな」などと言われると、イラッとしてしまうのは避けられなかったが。
とはいえ、【黒】である二人は、既に【巨足】の捜査から外されている。
レイにできることといえば、捜査と称して地味な聞き込みを続けるか、夜間張り込んで【巨足】を見つけようと粘ることぐらいだった。
もちろん、そんな状態ではロクな結果が出ないのも当然と言える。
そんなわけで、今日も特にこれといった成果はないのだった。
そんなレイであったが、彼女がめげずに任務に取り組めているのは、
「……(むぐむぐ)」
「ふふ……美味しいですか?」
「……(コクコク)」
ここ、【篝火】の食事が美味しいからだった。
今やすっかり、夕食時には彩華がそばに居て、レイの食べっぷりを観察するのが日課になっていた。美味しそうに食べるレイを、喜色を浮かべて眺める彩華の図は、側から見ると何とも微笑ましい様子である。
ちなみに今晩のメニューは、薄切りのじゃがいもとソーセージを重ねて作ったグラタンだった。たっぷりとかけられたチーズがトロトロになるまでオーブンで焼き上げられた一品で、熱々のグラタンを頬張ると、何ともいえない具材の旨味と塩味が、香ばしく口腔内を刺激してくる。
スパイシーな黒胡椒がこってりとしたホワイトソースと見事にマッチしており、いくらでも入りそうだった。
「おかわりもありますからね」
「……(コクコク)」
……すっかり餌付けされているレイなのであった。




