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紋黒蝶は月夜に舞う〜元死刑囚のお仕事は、超能力で悪人を裁くことです〜  作者: 少林 拳


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第三十六話 【紅】


「――よさんか、バカもんが!」


ホテルのロビーに、凛々しい声が轟いた。

いや、轟いたというほど、大きな声ではなかった。

しかし、女性にしては低めの落ち着いた声は、速やかにその場にいる全員に届くほど、明朗で、闊達だった。


声の主は、背の高い女だった。

身長172cmのレイよりも、10cm以上高いだろう。

艶やかな黒髪を耳のすぐ下まで刈り上げており、どこかワイルドな雰囲気が漂っている。野生味溢れる美人だが、その表情には、隠しきれない疲労の色が見えた。

そして、彼女もまた、真紅の軍服を身に纏っている。

【紅】の一員であることは明白だった。


その人物を見るなり、ランと口論していた(というか一方的に煽られていた)【紅】の女が背筋を正したのを見て、レイも目の前の女性が【紅】の中でも上位者であると即座に理解した。


「お前は! いつもいつも面倒を起こしおって!」


「し、しかし! この【黒】の連中に侮辱されたのです!」


「国民を【外魔】から守るのが我らの職務だ! お前が率先して暴れてどうする!」


「犯罪者どもに鉄槌を下そうとしただけです!」


「それがいかんというのだ!」


……それと同時に、きっと苦労性なのだろうな、ということも。


おそらく、目の前の【紅】の女には、普段から苦労させられているに違いない。

そう思うと、不思議と共感を覚えてしまうレイであった。


長身の女性は深くため息をつくと、レイとランに向かって軽く頭を下げた。


「部下が失礼した。私は吉良 響だ。【紅】第6部隊の隊長を務めている。……そして、こっちは乾 美春。同じく【紅】第6部隊の副隊長だ。」


「かの【赤虎(あかドラ)将軍】に頭を下げてもらうっちゅーのは、なかなかレアな体験やな。……特殊部隊【黒】、コード04のランや」


「同じく【黒】のレイです」


うむ、と頷く吉良。

どうやら、【黒】であるふたりがこのホテルに滞在していることは、吉良も知っていたようだ。先ほどまでのランと久本の会話(というより一方的な煽り)の中で、久本が「犯罪者風情」と発言していたことからも、レイとランが【黒】であり、元死刑囚であるということを把握していたことがわかる。


同時に、ホテルの支配人に態度が硬化したことにも説明がつく。

おそらく、彼女たちが犯罪者を集めて構成された部隊であることを知ったのだろう。


しかし、それでは説明のつかないこともある。

なぜ【紅】と、【黒】の任務である【巨足】討伐がブッキングしているのか。

レイの疑問に答えたのは、やはり吉良だった。


「どうやら、君たちとは別口で招集されたらしいな。【氷都】の【銀】副支部長、霜倉氏の要請によって、我々は馳せ参じたのだ」


「そうみたいやね。ほんで? 【巨足】はそっちで対応してくれんの?」


「うむ。我々はプロだ。【外魔】の駆除は、本来我々の管轄。任せてくれたまえ」


「お、いうねぇ。ほんなら任せたわ」


「ちょ、ちょっと待ってください」


ランと吉良の会話は、まるで打ち合わせしてきたかのように滑らかだ。

いつの間にか、先に命令を受けて動いていたはずの【黒】を押し除ける形で【紅】が任務に当たることになってしまっている。

それを聞いて焦ったレイであったが、


「なんだね?」

「なんやねん」


二人の雰囲気に気圧され、思わず黙ってしまう。

結局、【巨足】の討伐は【紅】に任せることになり、ホテルは【紅】の捜査のために貸し切られることとなった。


こうして彼女たちは、ホテルから追い出されてしまう羽目になったのであった。

「どうして、認めてしまったのですか!」


重い荷物を抱えてホテルを放り出されたレイは、早速ランに食ってかかった。


「何を?」

「何を、じゃないでしょう! 【巨足】の件です!」


惚けたように言うランに対し、レイの苛立ちはいっそう高まる。

詰め寄るレイに対し、面倒くさそうにランは言った。


「ウチらの任務、覚えてるか?」


「いきなり、何を……」


「忘れたん?」


「忘れていません! 【巨足】の討伐です!」


「ちゃうで?」


思わぬ強い否定の言葉に、目を瞬かせるレイ。

呆然とするレイに向かって、ランは言った。


「ウチらの任務は、【氷都】における連続失踪事件を止めること。【巨足】の討伐は、最初からお仕事に含まれてないねん」


「……それは詭弁です! 事件を止めるには、【巨足】を討伐しなければならないはずでしょう!」


「せやから、討伐そのものは【紅】に任せたらええやん。向こうもメンツを保ててハッピー。ウチらも結果的に任務を果たせてハッピー。ウィンウィンやん」


「――ッ!」


ランのあまりの不真面目さに、ぎりりと歯を食いしばるレイ。

最初から褒められた態度ではないと思ってはいたが、ここまで基本スタンスが異なるとは、思いもしていなかった。


真面目な彼女にとって、このような任務への不誠実な姿勢は、到底、看過できるようなものではなかった。

そして、他人任せにするという不本意な結末もまた、彼女にとっては到底受け入れられるものではなかった。


「……それでは、黙って帰路につくのですか」

「いや、帰らんで?」


至極当然、と言わんばかりの顔をされて、唖然とするレイ。

しかし、ランの返答は、至極真っ当なものだった。


「まだ【巨足】も健在やし、連続失踪事件も終わってないやん。これが片付くまでは、【氷都】を離れたらあかんやろ」

「……そうですね」

「それにな」


ここで、ランはイタズラっぽくニンマリと笑った。


「【巨足】の討伐は【紅】の担当になったけど、たまたま街で【外魔】に出会した場合は、仕方ないやんな? 民間人が、自衛権を行使するのは当然や」


「……なるほど」


レイは気持ちを切り替えることにした。

こうなってしまった以上、【巨足】討伐は【紅】の管轄だ。譲るほかない。

しかし、先ほどランが言ったように、街で【巨足】に出くわすようなことがあれば、話は別だ。

街を巡回したり、張り込みをしたりするなど、自分たちでできることはたくさんある。


そんな風に、自分の気持ちに整理をつけたレイは、まっすぐランの方を見返した。

よく考えてみれば、あの場で【紅】と諍いになった場合は、【黒】側が不利に立たされることになる可能性が高い。【氷都】の【銀】はレイとランのことを疎んじている。

トラブルになった場合は、【紅】の言い分が通るだろう。

よしんば協働することになったとしても、乾とランの様子を見ていれば、早々に提携は瓦解していた可能性は高い。足並みが揃わないどころか、足の引っ張り合いに発展する可能性さえあった。

仮に【黒】が主導する立場になったとしても、なんやかんやと理由をつけて……おそらく、何らかの責任を追求する形で、捜査から外されていたに違いない。

そうなれば、無駄に時間を消耗するだけで、結局は骨折り損のくたびれもうけ、ということになる。


ランがそこまで考えて、あの場では【紅】に捜査を譲ったのだとは、レイも思っていない。彼女に、そのようなことを期待するだけ無駄というものだ。ただ、今思い返してみると、あの場では、あの選択がベストだったのかもしれない。そんなふうに、今ではレイも考えるようになっていた。


「まずは……」


ランが口を開いた。

その姿を、レイは真剣な眼差しで見つめる。


「……今夜のお宿を探さんとな。うちら、宿なしやんか」


そうだった。

今更ながら、ホテルを追い出されたことを思い出し、肩にかかる荷物の重みをずっしりと再確認するレイ。


ガックリと肩を落とすレイを見て、ランはケラケラと笑った。


***


宿探しは難航していた。

ランと【氷都】の宿泊施設を探すことになったのだが、どうやら【銀】の霜倉副支部長から各ホテルに通達が行っているらしく、レイとランの顔を見た途端に宿泊を拒否される、と言う出来事が頻発したのである。

一体何の恨みがあるのかは不明だが、ここ【氷都】に長く滞在できないように根回しされているのは明白だった。


しかも運のないことに、その日は午後から吹雪に見舞われた。

当然、宿泊施設を見つけられていないレイとランは、大荷物を抱えたまま、吹雪の中を彷徨う羽目になったのだった。


宿泊拒否を繰り返された結果、夕方ごろには、二人は既に【氷都】の北門近くにまで到達していた。北側のエリアは最初に【巨足】による被害が出たと言うこともあって、過疎化が進んでいた。多くの店が閉まり、過半数以上の民家にも灯りがついていない。

もし【巨足】が北の森から南下して来ているなら、最も距離が近いのは北門近くと言うことになる。この寂れ具合も納得がいくと言うものだ。


「おっ」


ランが声を漏らした。

流石の彼女も口数が減っていたので、久しぶりに声を上げたことになる。

もちろん、レイも聞き漏らしたりはしない。それどころか、既にランと同じものを視界の端に捉えていた。


吹雪で真っ白になった視界。

その片隅に、ぼんやりと灯りが見える。


二人は吸い寄せられるようにして、その灯りに近づいていった。



その灯りは、小さなレストランのものだった。

遠くからでも「営業中」と言うプレートが見える。

質素な看板に小さな文字で【篝火(かがりび)】とあるが、きっと店名だろう。

周辺の建物には灯りが灯っていない。

冷たい街の中でぽつんと光っているその姿は、どこかもの寂しい光景でもある。

しかし外観は小綺麗で、中から漏れてくるオレンジ色の光からは、なんとも言えない温かみが感じられた。


煙突からは、真っ白な煙が上がっている。

同時に、食欲を刺激する匂いが周囲に漂っていた。


朝食を食べてから、既に6時間以上何も口にしていない。

レイだけでなく、ランも空腹を覚えていたのだろう。


二人は相談することもなく、その小さなレストランに入っていくのだった。


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