第二十四話 ハカセ
こうして、レイは筒がなく初の大仕事を終えた。
犯罪組織は壊滅的な被害を受け、既にまともな存続は難しくなっている。
既に他所へと移されてしまった女性の行方や、下部組織の残党など、いくつかの問題はまだ残っているものの、女性の連続失踪事件については、概ね解決と言っていいだろう。
しかし、レイには気掛かりなことが3つあった。
一つ目は、言うまでもなく、取り逃してしまった【顔剥ぎ(フェイス・コレクター)】の存在。
二つ目は、池咲が使用した【外魔剤】なる、謎の薬品。
そして最後は、ちょうどレイの目の前にいる、この人物の存在である。
“彼女”は、小さな体躯に不釣り合いな革張りの椅子に腰掛けながら、エルとレイに向かい合っていた。
「――ご苦労だった。犯罪組織「パラダイス」は壊滅。アジトの場所を突き止め、囚われていた人々の救出にも成功。ついでに構成員や顧客を含め、大量のクズを始末できた。情報源の確保、と言う面から見ればしょっぱい結果ではあるが、組織の頭は確保してあるし、帳簿や顧客情報といったデータも丸々手に入れた。まぁ、及第点と言ってもいいだろう」
(あの犯罪組織、そんな名前だったのか)
レイは目の前で話している人物の話を聞きながらそんなことを思ったが、今は黙っていた。
なぜなら、一見褒めているかのようで刺々しい口調から、彼女の機嫌があまりよろしくないということを、何となく察していたからである。
ちなみにエルは能天気な顔でニコニコと微笑んでいた。
相変わらず、マイペースな少女である。
側から見れば、レイもポーカーフェイスのまま飄々と話を聞き流しているように見えるので、実際はそれほど大差ないかもしれない。
「しかし、だ」
きた、とレイは思った。
二人を賞賛していたはずの話が、逆説の「しかし」で区切られたのだ。
ならば、後半は説教と相場が決まっている。
「――なぜ予定よりも帰投が1週間も遅れたのだ、貴様ら!? 報告もせず、一体何をやっていた!」
それに対して、
「観光してました♪」
とエル。
「サイトシーイング」
とレイ。
二人のふざけた返答を聞いた“彼女”は、小さな身体を怒りに震わせながら、大声で怒鳴った。
「――この、馬鹿者どもがッ!」
それを聞いても、レイは相変わらずポーカーフェイスだったし、エルはマイペースに微笑むだけだった。
その態度が火に油を注いでいるのだが、二人ともそれを気にも留めていない。
ちなみに前者は天然で、後者はわざとやっている。
「法で裁けぬクズを始末する【死神】ともあろう貴様らが、言うに事欠いて観光だと!? ふざけるなよ、この戯けがッ!」
この二人に向かって怒声を上げている人物の名前は、柊崎 真子。
通称“ハカセ”である。
彼女はその通り名通り、常に白衣を身に纏っている。
そして、その格好は伊達ではない。
彼女は【黒】の管理者であるが、非常に優れた研究者でもある。
機械工学や電子工学を得意とするだけでなく、医学や心理学、生物学といった分野にも長けており、28歳という若さで工学や理学を始めとした博士号を複数取得している、本物の英才である。
10代の頃に発表した論文だけでも、「心理二元論−開放と閉鎖−」、「覚醒時における心理状態が能力形成に与える影響についての推論」、「心理殻の原理」、「心理能力と物理法則の相関」など多数。
いずれも先進的かつ革新的な内容であり、皇国の心理能力に関する研究を、一人で100年は進めてしまったとも言われている。
【首輪】や【宝石箱】といった【死神】たちの装備も、そのほとんどが彼女によって創り出されたものだ。わずか8歳にして皇国最高峰の教育機関を主席で卒業したというのだから、いかに彼女が優れた人物か分かるというものだろう。
しかしながら、そんな柊崎博士という人物を初めて紹介された人間は、まず間違いなく彼女を二度見することになる。
なぜなら彼女は、どこからどう見ても小学生にしか見えないからだ。
身長はわずか138cm。
せいぜい小学校中学年程度の体格しかない。
身に纏っている白衣も、まるでコスプレのように見えてしまう。
肩口で無造作に切り揃えた髪型も、どことなくあどけなさを強調しているようだ。
唯一、子どもっぽくないのが、その目だろうか。
彼女は目つきがかなり悪く、普段からどことなく不機嫌そうに見える。
とはいえ、それすらも彼女の顔立ちのせいで「可愛らしく」写ってしまうのだが。
実年齢はアラサーなのだが、その幼い外見からは一切、そんなことは分からない。
外見詐欺にも程があった。
もちろん自然にそうなったわけではなく、これは彼女自身の【心理能力】の影響によるものなのだが、ここでは割愛する。
ともかく、見た目は子ども、頭脳は大人を地で行っているのが、彼女――柊崎真子という人物なのである。
今もエルとレイに向かって偉そうに喋っているが、しかし実際彼女は偉いのだ。
単なる研究者というだけでなく、今は皇国から【黒】の責任者という立場――すなわち【死神】という組織を自身の裁量で動かす権限を与えられている。
彼女は元々【藍】(心理能力犯罪者の収監等を担う部隊)の技術顧問を任されていたのだが、彼女が11歳の時に起きた“とあること”がきっかけで、【黒】の監督責任者というポジションに収まったのだという。
その際何があったのかは不明だが、名誉な職場への誘いを全て蹴って、【黒】などというアウトローな組織の担当に就任したのだから、彼女も【死神】に負けないぐらい、かなり変わった人物だと言えるだろう。
そんな優秀かつ変わり者の柊崎博士は、紆余曲折を経て、こうしてクレイジーな【死神】娘たちに振り回される日々を送っているのである。
結局、2人が【水端】を出発したのは、事前に報告していた出発日時の5日後だった。
本来ならば、真面目なレイにとって、予定の遅延は看過できるようなことではなかった。
普段なら、任務を完了したらすぐに拠点に戻るよう、エルに上申していただろう。
しかしながら、彼女はエルと一緒にお出かけして、可愛い私服を数点買ってもらったため非常に満足しており、「まぁいいか」という気分になっていたのだった。
加えて、【水端】は交易と観光によって栄えている街である。
当然、方々から美味しいものやら珍しいものやらが集まっているわけで。
……つまるところレイは、目先の享楽に流されたわけである。
上官であるはずのエルもノリノリで観光を楽しんでいたから、止める者もいなかった。
1週間もの大遅刻になったのは、完全に想定外だったが。
「――全く、聞いているのか、この馬鹿どもが!」
一応、レイは真面目に柊崎博士のお説教を聞いていた。
自分が悪いということは、ちゃんと分かっているのである。
彼女はこう見えても、根は真面目なのだった。
ちなみにエルは完全に聞き流していた。
それどころか内心、「ハカセってば、怒っている姿も小学生みたいで可愛いですね♪」などと考えている始末である。
この辺りに、彼女たちの性格の明確な違いが滲み出ていると言えよう。
散々怒鳴り散らして息を切らせていた柊崎博士であったが、無表情で話を聞き流しているレイと(これは誤解である)、明らかに何も聞いていないエル(これは誤解ではない)の顔を見て、がっくりと肩を落とした。
彼女は深く、深―く溜め息を吐きながら、諦めたような表情でレイとエルに言った。
「……取り敢えず、ご苦労だった」
「まぁまぁ、うふふ♪」
「……? はい」
彼女たちのズレた返答に、柊崎博士は益々苦虫を噛み潰したような顔になったが、もうそれ以上は何もいうつもりはないようだった。
あるいは、無駄だと悟ったからかもしれなかったが。
柊崎博士はもう一つ溜め息を吐くと、レイの方に顔を向けた。
「……レイ。貴様には、新しい任務が待っている。次は北部に行け」
「北部ですか……」
先日まで滞在していた【水端】は、南東部に存在する街だ。
比較的温暖な気候ではあるが、季節もそろそろ12月に差し掛かるということもあり、それなりに涼しい気候だった。
北部は名前の通り、神聖皇国の最北端に存在する場所である。
当然、【水端】とは比較にならないぐらい寒い。
レイは思わず顔を顰めそうになったが、流石に堪えた。
根が真面目な彼女は、任務の行き先に不平を漏らすような真似はしたくなかったのだ。
しかし、次の柊崎博士の発言には、思わず顔色を変えた。
「――ちなみに、次のパートナーはエルではない。今回の任務はランと組め。以上」
「は……あ、あの人とですか!?」
それを聞いた柊崎博士がギロリとレイを睨む。
「……何だ? 不満か、レイ?」
「い、いいえ」
正直に言えば、レイは不満だった。
彼女はまだ“研修生”なので、【死神】のメンバー全員とは顔合わせできていない。
だが一部の【死神】のメンバーとは、既に面識がある。
先ほど話に出た「ラン」は、その数少ないメンバーの一人だった。
しかし同時に、レイが最も苦手とする人物でもあった。
彼女は、エルとはまた違った意味で心臓に悪いのだ。
できることならば、二人っきりで任務など、勘弁して欲しかった。
しかし、命令ならば仕方ない。
元より、死刑囚であるレイには選択肢などないのだ。
寒い北方に行かねばならぬことに加え、同行するメンバーの顔を思い浮かべて憂鬱な気分になったレイは、肩を落としながら柊崎博士の書斎を後にした。
***
レイが出て行った扉をしばらく凝視していた柊崎だったが、やがてその視線を、部屋に残っていたエルへと戻した。
「それでは、単刀直入に聞く。……レイはどうだ」
それを聞いたエルも、その顔を真剣なものへと変える。
「……彼女は優秀です。“研修生”とは思えないほどに」
「我々のような心理能力者は、覚醒した当初は不安定になりがちだ。自分の感情や本能に振り回され、個人差はあれど、日常生活を送ることすらままならん者すらいる。新しい“自分”に慣れるのには、通常それなりに時間がかかるはず。だが、ヤツは……」
「はい。何も変わりません。理知的かつ合理的な思考・行動に加え、感情的どころか、自制的ですらあります。それに、彼女の【心理能力】も……」
「そちらについても分析中だ。相変わらず希少なサンプルだよ、レイは。兎も角、“数字”を与える件についてはもう少し様子見だな。……それも含めて今回は、事前にもらっていた報告を鑑みて、警戒ランクを一段階引き下げることにした」
「それで、私ではなく彼女と組ませたのですか。 ……大丈夫でしょうか?」
「……普段から適当極まりないヤツだが、その辺りの匙加減は上手くやるだろう。 万が一レイが暴走した時も、ヤツなら対応できるはずだ」
「確かに実力はありますが、彼女はクセがありますからねぇ……」
「お前がそれを言うか? ……まぁいい。取り敢えず、お前は西区だ。町一つが全焼した件があっただろう。お前には、そっちの調査を頼みたい」
「承知しました。……次のパートナーは誰ですか?」
「エクだ」
「えーっ!? ……あの人、真面目すぎて肩が凝るんですよねぇ……」
「不真面目な貴様にはちょうどいい薬だ。ぼやいてないで、さっさと準備しろ」
「分かりましたよぅ……。あ、それと、もう一つ」
「……【顔剥ぎ】か」
「はい。 ……ですが、それだけではありません。レイちゃんからの報告によれば、【顔剥ぎ】の身体には、例のタトゥーが入っていたとか?」
「……」
「柊崎博士。ヤツらは、どんどん勢力を増してきています。それに、レイに接触を図ってきたことも、どことなく不穏です」
「……分かった。調べておく」
「――うふふ♪ ありがとうございます、ハカセ♪」
「とっとと行け」
ひどいですー! などと心にもないことを言いながら、にこやかにエルが退室する。
一人残された柊崎博士は、空っぽになった部屋の中で天井を見上げて、そっと呟いた。
「……【紋黒蝶】か……。この国は――我々は一体、どこに向かうのだろうな」
その幼い顔は、外見のあどけなさに見合わぬ深い苦悩に塗れていた。
これにて第一部は終了です。
今後とも、よろしくしていただけると幸いです。




