第二十一話 終幕
「……終わりましたね、エル」
「ええ、レイもご苦労様でした♪」
「彼女たちは、護送用の車両で街まで送り届ける予定です。先ほど【黒】の下部組織に連絡しましたので、そちらについては問題ないかと思います」
「まぁ……♪ 流石ですね♪」
「池咲の死体についても、本部に運ばせる手筈となっています。彼の言っていた【外魔剤】なる薬品のサンプルが得られるかもしれません」
「分かりました♪ その件についても、併せて報告しておきますね♪」
「……それで、こいつらはどうしますか?」
黒の長髪と切長の鋭い目の美しい少女――レイは、解放されて続々とアジトの外に出てきている女性たちを横目で確認しつつ、縛られて地面に転がされている男たちを見下ろした。
それに対し、ふわふわの明るい髪色をした、おっとり垂れ目の女性――エルは、レイの言葉を聞いてニッコリと笑った。
「この人たちは【藍獄】に送ります。私たちは殺すことは得意ですけど、聞き出すことには向いていませんからね……ここは、プロにお任せしましょう♪」
「承知しました。【藍獄】への連絡は……」
「私がしておきます♪」
「ありがとうございます。……どうも、あそこは苦手で」
「つい最近まで、レイも収監されてましたからね♪」
「……おっしゃる通りで」
渋い顔をしたレイを見て、エルがころころと上品に笑う。
それを見たレイも、目の前で笑うエルに釣られて、少しだけその表情をやわらげた。
あの後、レイはエルと合流し、あのアジトに囚われていた女性と子どもたち、併せて145名を無事に解放することに成功した。
最低限の捕虜を取った後、残党は残らずレイとエルが始末しているので、今回の連続誘拐事件はほとんど解決したと言って良いだろう。
組織は壊滅し、組織のトップが捕縛され、拠点も完璧に制圧された。
ここだけ見れば完全勝利にも思えるが、レイとエルが来る以前に売り飛ばされてしまった人々については、まだ行方が知れないままだ。
これについては、組織のトップだったという人物――沼倉と名乗る男が顧客リストと販売ルートを記録しているとのことなので、それを【銀】に開示し、調査を任せる予定となっている。
敢えて悪く言うなら、やるだけやって、後は他人任せというわけだ。
実際、なんとも中途半端な首の突っ込み方だとも言える。
とは言え、これは至極当然のことでもある。
そもそも、【死神】(正式名称は【黒】だが)の彼女たちの本来の業務は、あくまで超法規的な存在として、圧倒的な武力でもって現場だけでは解決できない事案に介入することだ。
端的に言えば、膠着状態に陥った状況を暴力で強引に粉砕するのが彼女たちの役割なのであって、その後の調査や事後処理といった仕事は、本来の管轄――すなわち治安維持を司る【銀】の役割に戻る、というわけだ。
そういった意味では、【死神】として彼女たちが為すべき任務は、書類上これで完遂したことになる。
しかしながら、レイにとっては呑気に“解決”となどと言うわけにはいかなかった。
なぜなら彼女は、【顔剥ぎ】をまんまと逃してしまったのだから。
目の前で【顔剥ぎ】が姿を消した直後。
レイは持ち前の鋭い感覚を活かして、必死にその周辺を探ったが、既にそこには誰の気配も存在していなかった。
透明になったわけでも、体のサイズが小さくなったわけでもない。
まるで手品のように、存在そのものが掻き消えてしまったのである。
通常なら《瞬間移動》系統の【心理能力】を疑うところだが、彼女に限ってそれはない。なぜなら、彼女の能力は、「自身の容姿を変えて他者に化ける」ことだからだ。
これについては、実際にレイがその目で【顔剥ぎ】の姿が変わるところを見ているので間違いない。個々人に与えられた【心理能力】は必ずひとつだけだから、少なくとも《瞬間移動》ではないことは確かだ。
ならば、彼女はどうやってあの場から逃げたのか。
レイにも分からない方法で脱出したのは間違いないのだが、これは彼女にとって屈辱的で、なおかつ腹立たしいことだった。
単に逃げられたのとは違い、どうやって逃げたのか、その方法さえ分からないのだから。
ここまで敵にしてやられたのは、レイにとって初めての経験だった。
そして何よりも、レイは自分自身を責めた。
あの場では何もできなかったとは言え、彼女が【顔剥ぎ】を逃してしまったせいで、今後も彼女による被害が出続けることになるのは、ほぼ確定的だからだ。
危険な犯罪者をみすみす見逃してしまったと言う負い目が、任務を完遂するという喜ばしい状況下においても、ずっと彼女を苛み続けていた。
そういったわけで、レイは自身の落ち度も含めた全てを、正直にエルに報告していたのだが。当のエルからは、「あら〜そうですか〜」などという呑気な返答が戻ってきたために困惑する、という一幕もあった。
てっきり叱責されるかと思っていたレイにとっては、いささか拍子抜けな事態ではあったが、エル曰く「レイで無理なら他の人でも無理ですよ〜」とのこと。
彼女がレイに気を遣っているのか、本気でそう思っているのかは定かではなかったが、遠回しに「気にするな」といってくれているのは分かったため、レイはありがたく彼女の気遣いを受け入れることにした。
無論、それはそれとして、内心では【顔剥ぎ】に対して怒りを激らせていたが。
それに、とレイは思う。
考えれば考えるほど、【顔剥ぎ(フェイス・コレクター)】の行動は妙なのだ。
まず、なぜヤツはこんな場所にいたのか。
確かに彼女の活動範囲はかなり広く神出鬼没ではあるが、【死神】の任務に鉢合わせるなどタイミングが良すぎる。あの場には大勢の権力者や金持ちが集まっていたから、単純に成り代わるターゲットを探していただけかもしれないが、偶然にしてはできすぎている気もする。
わざわざレイの前に姿を現したのも不可解だ。
最初から逃げ出すつもりなら、騒動が収まるまで隠れていれば良かったのだ。
他人に化ける能力があるのだから、折を見て囚われていた女性に紛れ込んでいれば、いかに嗅覚が優れているとは言え、レイも気が付かなかった可能性が高い。
それに【死神】の存在についても知っていたのだから、わざわざ素顔を晒すというリスクを犯す必要もなかったはずだ。(もちろん、アレが素顔とは限らないが)
そして、何よりも……。
【顔剥ぎ】は、レイの本名を知っていた。
桜庭陽奈。
それは、レイが死刑囚として【死神】に加入した時に捨てた名だ。
それを、なぜあの女が知っているのか。
コードネームである「レイ」なら、まだ分かる。
しかし、【死神】の生前の記録は、既に抹消されているはずだ。
それを知っているのは、皇国の重鎮数名と、わずか数名の他の【死神】だけ。
【顔剥ぎ】は、レイの名前をどこで知ったのだろう。
考えれば考えるほどに不気味だった。
あいつとは、いずれ再び出会うことになるだろう。
――おちょくられた憤りは、その時に思い切りぶつけてやる。
レイはそう決心すると、一つ枠の空いた心の「次に会ったら殺しますノート」に、しっかりと【顔剥ぎ】の名前を書き込むのだった。
そんなことを考えていたレイの視線の先では、解放された女性たちが外に出て、久々に日光や風に当たって涙ぐんだり、嬉しそうに雑談に興じたりしている。
その中には、エリカの姿もあった。
最初にあった時のような覇気のない表情ではなく、今はなんだかとても生き生きとしていて楽しそうな様子だ。
そんな彼女たちの姿を見たレイは、ふと彼女たちの今後のことを聞いていなかったな、と思い、エルに尋ねてみることにした。
隣で車椅子に腰掛けながら、レイと同じ風景をにこやかに眺めていたエルによれば、身寄りのあるものは故郷に帰らせてもらえるが、逆に帰る場所の無い者は皇国の機関で預かることになっているという。
「……子どもたちは、どうなるのでしょうか」
わずかばかりの不安をにじませながらレイが問えば、エルがチラリと視線を返してくる。
「行き先が気になりますか?」
「……はい」
どうやらエルは、レイの聞きたかったことを正確に汲み取ったようだ。
レイが気にかけているのは、エリカのような、まだ幼い子どもたちのことだった。
聞くところによれば、彼女たちは皆、親を失ったり、あるいは親に捨てられたりして、奴隷としてあの組織に流れてきた子たちのようだ。
帰る家もなく、かといって引き取ってくれるような者もいない。
そんな彼女たちのことを、レイは気にかけているのだった。
ポーカーフェイスの中にかすかな不安を滲ませるレイを見て、エルはニッコリ笑った。
「心配いりませんよ。彼女たちはきちんと保護しますから♪」
「……そうですか」
レイの返答が僅かに遅れたのは、孤児たちの行き先に対する不審感からだ。
エルの言葉を信用していないわけではないが、この国における孤児たちへの扱いはお世辞にも良いとは言えない。
レイがそれを知っているのは、彼女自身も、かつては孤児として育ってきたからである。
神聖皇国はかなりの人口を誇るが、孤児もまた多い。
そのため、そういった身寄りのない子らを集めて、早期から優れた戦士になるべく徴用し、【学園】で学業と訓練とを積ませる制度が存在していた。
皇国からすれば、ストリートチルドレンや未登録児といった犯罪者予備軍を減らすことで、治安の回復が見込めるだけでなく、同時に優秀な人材も確保しやすくなるという利点もあり、非常に合理的な仕組みではある。
孤児としても、寝食を保証されるだけでなく、将来的に役立つ知識や技能を身に付けられるのは有難いことだ。それに、運良く【紅】や【蒼】といった特殊部隊に声をかけられれば、才能と努力次第では出世してエリートコースを歩むことすらできる。
しかし同時に、孤児の時とは別の意味で、常に命の危険がつきまとう。
日々の戦闘訓練の中で命を落とす者も少なからずいるし、悪夢の【外界実習】では、実施のたびに必ず死傷者が出ていた。
そんな環境にエリカたちを送り込むことに対して、レイは抵抗があったのだ。
しかし、そんなレイの心情を見透かしたように、エルは言葉を続けた。
「あの子たちの配属先は【中央】ですよ♪ さっき“ハカセ”にお願いして、【死神】の拠点のすぐそばにしてもらいました♪」
それを聞いたレイが、パッと顔を上げた。
中央所属なら、戦闘能力よりも事務能力が求められる【橙】や【翠】といった人材の育成に力を入れている。戦闘訓練そのものはあるだろうが、少なくとも過酷な【外界実習】は行われないはずだ。そうなれば、死傷率は0とは言えないまでも、かなり下がる。
「……ありがとうございます」
エルの配慮に思わず感じ入ったレイは、そのまま深々と頭を下げた。
それを見たエルは、慌てたようにパタパタと手を振る。
「あらあら、頭を上げてくださいな! ……まぁ、せっかく助けた子たちが死んでしまっては、私も目覚めが悪いですから♪」
口では「目覚めが悪い」などと言っているが、エルがレイのためにこういう対応をとってくれたのは明らかだった。
エルは女性や子どもに対しては比較的寛容だが、決して甘いだけの性格ではない。
普段の彼女なら、わざわざ労力をかけてまで、何の縁もない子どもたちを守ろうとはしなかっただろう。
「……ところで、代わりと言ってはなんですが、レイにお願いしたいことがあるのですが……?」
「……なんでしょうか」
エルの「お願い」に対して少し警戒しながら、レイは言葉を返した。
この状況で頼み事をされては断りにくい。
流石にそれほど無茶なことは要求されないはずだが、エルには普段から「お風呂に入れてほしい」だの「身体を洗って欲しい」だのと言った注文で、幾度となく振り回されてきたのだ。
そう言った「前科」を踏まえて考えれば、思わずレイが身構えてしまうのも無理はないだろう。
「……【水端】に戻ったら、帰還前に少しだけ、お時間をもらってもいいですか?」
「……? 構いませんが……」
レイは首を傾げた。
思っていたのとは違う方向性の「お願い」だった、というのもあるが、わざわざ何故あの街に長居する必要があるのか分からなかったのだ。
確かに、彼女たちの私物を取りに戻る必要があるので(とは言っても、それほど多くはなかったが)一度はあの街に向かうことになる。
だが、彼女たちは観光客ではない。
【死神】の本部へと戻って今回の報告をしなくてはならないし、次の任務もあるだろう。
気になったレイが理由を尋ねると、エルは薄く笑いながら答えた。
「ふふ。……“忘れ物”をしてしまったので♪」
忘れ物などあるはずがない。
なんにせよ、一度は彼女たちが拠点にしていたホテルに戻るのだから、忘れ物があるなら、その時に回収すればいいだけの話だ。
よって、取りに戻るのに時間がかかるような忘れ物など、存在するはずがないのだが……レイは思わず彼女の言葉に頷いた。
エルの薄い笑みを眺めていたら、何故だかそれ以上聞いてはいけないような気がしたのである。
「……レイとお買い物もしたいですし♪ また一緒にお洋服、選びましょう?」
「……! はいっ」
少しばかりエルの態度に疑問を覚えながらも……目の前に美味しそうな“エサ”をぶら下げられて、レイはそれ以上考えるのをやめてしまった。
……普段はクールで理知的な彼女なのだが、根は実に純朴な少女なのだった。




