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紋黒蝶は月夜に舞う〜元死刑囚のお仕事は、超能力で悪人を裁くことです〜  作者: 少林 拳


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第十八話 遭遇

 

 新たな技に微妙な名前をつけて満足げに頷いていたレイ。


 その背後で小刻みに痙攣しながらもがいていた【外魔】の動きに変化があった。


 レイが目をやると、【外魔】はぶるぶると醜い身体を蠕動させながら、元の姿――すなわち、人間だった頃と同じ「池咲」の姿へと、徐々に戻っていくところだった。


 あれだけの巨体が人間サイズまで縮んでいく光景は、何とも奇妙で不可解な光景である。しかし、レイはそんなことに気を取られることなく、ジッとその様子を眺めていた。


 やがて収縮が治まると、そこにいたのは完全に人間の姿を取り戻した池咲の姿だった。

 いや、完全に戻った、とは言い難いかもしれない。

 彼の姿は【外魔】に変身する前と比較すると、全身が萎びたかのように乾涸びており、生気と言うものが枯れ果てているように見えたからだ。皮膚にもハリがなく、一瞬にして数十歳も老けてしまったかのようだ。呼吸すら苦しいのか、ヒューヒューと浅く息を吐いている。


 おそらく、【外魔】の姿に変身するにあたって、かなりの負担を自身に強いていたのだろう。変身前から既に瀕死ではあったが、今の彼はまさに虫の息だった。


 レイはいつでも守れるように少女を抱えたまま、用心深く池咲に近づいていった。

 この様子を見る限りあり得ないとは思うが、先ほどのように、再び【外魔】の姿に変身しないとも限らない。


 ゆっくりとそばに寄っていくと、ぶつぶつと譫言のように何かを呟いていた。

「……馬鹿な……そんな馬鹿な……【外魔剤】が効かないなんて……切り札じゃなかったのかよ……あり得ない……有り得ない……」


 そのほとんどは現実を受け入れられない男の哀れな戯言だったが、その中に一箇所、レイは気になる単語を拾った。


「……【外魔剤】?」


 思わずレイが疑問を口に出した直後、池咲のうわ言がピタリと止まる。

 どうやら、レイが近くにいることに気がついたようだ。


「は……はは……とうとう【死神】のお出ましってわけだ……はは、ははは……」


「……質問に答えなさい。【外魔剤】とは? どこで手に入れたのですか」


 その言葉の響きからして、おそらくは人間を【外魔】に変える薬品だろう。

 だがレイは、そんなものの存在を聞いたこともなかった。

 あるいは【死神】としての経験が長いエルなら何か知っているかもしれないが、いずれにせよ中級都市の犯罪組織が所有していていいようなものではないはずだ。


 そんなレイの質問に対して、池咲は衰弱しつつもニヤニヤと笑う。


「……へへ……貰ったんだよ……」


「……貰った? 誰から貰ったのですか?」


「女だよ……黒い、レインコートの……」


「その者の名前は?」


「それは……」


 ここで池咲の呼吸が荒くなり、言葉が聞き取りにくくなる。

 レイは思わず池咲の口元に耳を寄せようとした。


 次に瞬間、池咲の身体がバネのように跳ね上がった。

 そして、最後の力を振り絞って、レイに捨て身の反撃を与えようとする。

 だが、窮鼠のひと噛みすらもレイには届かなかった。

【心理能力】を使うまでもなく、レイの鋭い手刀が池咲の頭を刎ね飛ばした。

 水分を失った池咲の頭部は軽く、コロコロと軽い音を立てながら廊下を転がった。


 それを見たレイは、思わず顔を顰める。

 反射的に迎撃してしまったせいで、まんまと敵の策に嵌められたことに気づいたのだ。

 殺してしまっては、これ以上、情報を引き出すことはできない。

 レイの身体には傷ひとつついてはいなかったが、代わりに彼女は重要な情報源を失っていた。おそらく池咲は、レイに殺されるために、わざと襲い掛かったのだろう。


「……まぁ、仕方ありませんね。この子が無事だったので良しとしましょう」


 そう言ってレイは肩をすくめる。

 彼女は切り替えの早い性格だった。


 レイは大切そうに腕の中の少女を抱き直し、無惨な池咲の死体と戦闘跡に背を向けると、捕まっているであろう次の人々を解放するために再び走り始めた。



 それから十数分後。

 レイは解放した人々を引き連れて、亜麻川らが待機している地下牢へと向かっているところだった。

 彼女は建物内に残っていた残党を始末しながら(何故か既にほとんど残っていなかったが)囚われていた人々を回収してまわり、ようやく全員を解放することができたのだ。


 ちなみに今のレイは、倒した男たちから奪った銃やナイフで武装している。

 予想以上に消耗が大きく、自身の精神を蝕む【心理能力】を可能な限り使わないように温存した結果である。身体的には全く問題ないのだが(レイの場合、なぜか【心理能力】を使うと疲弊するどころか逆に調子が良くなる。原因は不明)、直接的な戦闘行為も可能な限り避けたいところ。その点、銃は楽だった。普段なら使うまでもない場面が多いのだが、レイはまず的を外すことがないので、この状況では非常に重宝する。【死神】としての装備として申請しておこうかな、とレイが本気で検討するくらいには。


 武器は、助け出した人々にもいくつか渡してある。

 素人に武器を渡すのは危険であるが、レイは最初から彼女たちを先頭に参加させるつもりなどなく、精神的な気休めになることを期待したのだった。

 銃は暴発の危険があるので、渡してあるのは鞘に入ったナイフなどだが。


 地下牢以外の場所にいた人々は所謂「売却用」ではないようで、全体的に幼い子どもが多かった。

 中には、かなり手荒な扱いを受けている子もいた。

 アザや火傷といった痕が目立つ子や、顔色が良くなかったり、ガリガリにやせ細っていたりと言うような子はまだいい方で、中には視力を失っているような子もいた。

 レイは傍目には無表情を保っているように見えたが、内心ではひどく胸を痛めていた。

 もちろん、彼女も手は尽くした。

 既に手持ちの【回復薬】のストックは全て使い切っている。

 それでも、怪我人や体調不良者があまりに多く、流石に全員には手が回らなかったのだ。

 重傷者を優先して治したので、今は歩けないほど憔悴しているような子はいない。だが、助け出した子の中には、足を引きずっていたり、他の子たちの肩を借りたりして歩いているような子もいた。

 レイはその様子を見て、後で自腹を切ってでも【回復薬】を揃え、必ず全員を元気な状態に戻そうと心に決める。


 レイは一見、無表情かつ無愛想に見えるが、基本的には(比較的)善良な人間だ。

 そんな彼女の内面的な優しさを感じ取ったのだろう。

 この短期間で、助け出した子どもたちは、すっかりレイに懐いていた。

 ちょうど、今もレイの隣でピッタリと張り付くように歩いている少女もまた、そうやって彼女に懐いている子どもの1人である。


 ちなみにこの子は、池咲に囚われ人質にされていた、あの少女だ。

 痛めつけられた挙句、殴り飛ばされて気を失っていた少女は、目を覚ましてから一時もレイの側から離れようとしなかった。

 気を失っていた間のことは記憶にないはずだが、本能的にレイが助けてくれたのだと分かっているのだろう。こしこしと頭をレイに擦り付けながら、嬉しそうに歩いている。


 この少女の名前はエリカと言い(目が覚めて直ぐに、レイにそう名乗ったのだ)この短時間で誰よりもレイにべったりと懐いていた。

 そしてレイもまた、それが決して嫌ではなかった。

 彼女は、このオークション会場に連れて来られた時に虐げられていたエリカを見て、助けたいと強く感じたのだ。レイはそういう理不尽を許せない性質だったし、それを抜きにしても、彼女は幼い子には弱いのだった。


 平気な顔で人を殺せるレイだったが、別に彼女自身は好き好んで殺しているわけではない。仕事だったり敵への反撃だったりと、必要だから殺しているだけだ。

 困っている人がいたら助けよう、程度の“人間的な”倫理観は、レイとて普通に備えているのである。

 ……「必要だから殺せる」というのも充分イカれた倫理観ではあるが、レイの倫理観は【死神】の中では比較的まともな方である。

 まぁ、単に他のメンバーがそれ以上にひどいだけとも言えるが。


 そんなわけで、助け出した子どもたちにすっかり懐かれたレイは、犯罪組織の残党を蹴散らしながら、亜麻川に後を任せてきた地下牢へと急いでいた。


 急ぐとは言っても、周囲にいるのは、まだ幼い子どもがほとんどだ。

 レイのペースで走り出すわけにも行かなかったので(まず間違いなく全員撒いてしまう)必然的にゆっくりとした移動になってしまっており、彼女は少しばかり焦ってもいた。


 武器は渡してあるし、これまで敵の数もかなり減らしてきた。

 それに、きっとオークション会場ではエルが大暴れしただろうから(必要不必要に関わらず、絶対にそうなっているはずだとレイは確信していた。ある意味、エルを信頼している証だとも言える)残った人員がいたとしても、そちらに向かっているはずだ。


 つまり、わざわざ抵抗を受けながら、地下牢を奪還する意味は薄い。

 レイも頭ではそう分かってはいたが、【外魔】に変化した池咲との戦いで少々手こずったということもあり、やはり不安なのだった。


 そんな時である。


 ようやく地下牢の近くまで来た時、廊下の向こう側から駆け寄ってくる人影が見えた。

 まだ敵の残党がいたのかと、そばにいたエリカを庇いながら戦闘態勢をとるレイ。

 だが近寄ってきた人物を見て、彼女は怪訝な顔になった。

 同時に、警戒は怠らないようにしながらも、身体からは少しだけ力を抜く。


「――あの! た、助けてください!」


 その人物は、1人の女性だった。

 レイは見たことにない顔だったが、他の囚われていた女性たちと同じような粗末な服を着ているところを見ると、きっと彼女もまたこのアジトで捕まっていたのだろう。

 ただ、彼女が走ってきたのが地下牢の方向からだったのが気になった。

 まさか、地下牢で何かあったのだろうか。

 あそこには亜麻川らを含め、100人以上の解放された人々が集まっている。

 仮に地下牢が襲撃を受けて、中にいた人たちが逃げ出して散り散りになったのだとすれば、これは一大事だ。


「部屋に閉じ込められていたのですが、見張りがいなくなって、なんとか逃げ出してきたんです!」


 どうやら地下牢から逃げ出してきたわけではないと分かり、レイは少しホッとした。

 少なくとも、最悪の事態にはなっていないようだ。


 だが、そうなると、目の前の女がどこにいたのかが気になるところだ。

 地下牢のある方向から来ているのだから、レイが真っ先に解放して回った場所からやってきたということになる。となると、レイが閉じ込められていた人を見逃してしまっていたのだろうか。

 自身の感覚に多少は自信を持っていたレイは、若干不審に思いながらも言葉を返した。


「……そうでしたか。ご無事で何よりです。今後は私がお守りしますので、ご安心ください」


「よ、良かったぁ……! あの、もし良かったら……ッ!?」


 レイに歩み寄りつつ、嬉しそうに話し続けていた女の言葉が、突然ピタリと止まる。


 なぜなら、彼女に対して銃が突きつけられていたからだ。

 その銃は、このアジトで警備兵たちが持っていた大型のもの。

 それで撃たれれば、生身の人間など、ひとたまりもない。


 しかし、今、この場に犯罪組織の男たちはいない。

 銃口を向けているのは、レイだった。


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