第十七話 新技
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
エルが、遠くから聞こえるレイの戦闘音を楽しんでいる、ちょうどその時。
件のレイは、思いがけず苦戦していた。
まず、今のレイは足手纏いの少女を抱えたまま戦っている。
少女は意識を失っているため、腕の中で泣いたり暴れたりはしなかったが、それすらも幸運とは言えなかった。片手しか使えない上、下手な挙動を取れば少女の身体に負担をかけることになる。慎重に動こうとすると反応が遅れ、敵の攻撃を避けるのが精一杯になっていた。機会を見つけては反撃しているのだが、本気を出せないレイの攻撃は、有効打にはなり得なかった。
そして、単純に相手が手強かった。
レイは孤児だった時に【外魔】ともやり合った経験がある。
(神聖皇国では、孤児は調査を名目に、定期的に【外界】へと派遣されるのだ)
今レイが戦っている池咲が変化した【外魔】は中堅クラス、というのがレイの見立てだ。少なくとも、レイが戦ったことのある強力な【外魔】と比較しても2ランクは落ちる。どんなに高く見積もっても、せいぜいレートは「B +」といったところだろう。
事実、【死神】の中には、この程度の敵を相手に苦戦するようなメンバーはいない。もちろん、きちんとした装備で、あるいは万全の状態で臨めば、レイも苦労せず勝てただろうが……何せ、この【外魔】はレイとの相性が極めて悪かった。
【外魔】の外見はシンプルだ。
巨大な頭部と膨れた胴体。
そして、そこから生えている無数の手足。
しかしながら、そのどれもがゴムのような分厚い皮膚に覆われており、レイの打撃や蹴りを弾き返してくるのだ。それどころか、肉体そのものもグニャグニャと流動するように衝撃を受け流してくるため、レイの得意な近接格闘が全く通用していなかった。
かといって、【心理能力】の方も効果が薄い。
レイの《ゆびぱっちん》は、不可視のエネルギーである〈魔力〉を銃弾のように発射する技である。
つまり、衝撃波を相手にぶつけて攻撃しているわけだ。
だが、この敵は衝撃そのものに高い耐性を持つ。
頑丈な上に柔軟性の高い目の前の【外魔】は、レイの持つ戦闘力との相性は最悪だと言えた。
ドゴン! という爆音がまた響き、レイが先ほどまでいた場所が大きく陥没する。
池咲が変身した【外魔】は、動きこそ鈍重であったが、その無数にある手足をしなやかに振るい、着実にレイを追い詰めていった。
鞭のように手足をしならせて放つ攻撃は、【外魔】そのものが持つ桁外れのパワーとも相まって、石造の壁や廊下を簡単に砕くほどの威力があった。
いかに人間離れして頑丈なレイの肉体であっても(例えトラックに轢かれても打撲程度で済むほどだが)流石に無傷とはいかないだろう。
この攻撃をまともに食らって無事でいられる、などという保証はどこにもない。
レイはポーカーフェイスの下で、確かに焦っていた。
このまま戦っていたとしても、レイほどの実力があれば、少なくとも負けることはないだろう。だが、現状を維持するだけではジリ貧である。
今は【外魔】を無人の場所に誘導しつつ回避を続けているが(悪党どものことは知らない)いずれはこの戦闘に巻き込んでしまうことになるだろう。
レイの脳裏に、亜麻川や、他の解放した女性たちの顔が浮かぶ。
自然と、眠ったままの少女を抱く手にも少しだけ力が入った。
――傷つけさせるわけにはいかない。
「ギアァァァァァァ!」
再度、耳障りな声を上げながら長い手足を伸ばしてくる【外魔】。
レイはその攻撃を紙一重で躱すと、伸ばされた触手のような腕を、思い切り裏拳で殴り飛ばした。
弾き飛ばされた腕を横目に、レイは間髪入れずに指を鳴らすと、《魔女》によって生み出した〈魔力〉の銃弾を【外魔】へと叩きつける。
レイの攻撃をまともにくらった【外魔】は、いくら耐久性が高いとは言え流石に痛みは感じたようだ。
甲高い悲鳴を上げながら、そのまま地響きを立てて床に倒れ込んだ。
壁際や天井に設置された電灯が巻き添えになり、無数のガラス片や砕けた建材がパラパラと廊下に散らばる。
一見倒したように見えるが、当然これで終わりではない。
敵は派手に転倒したものの、手応えからして、おそらく大したダメージにはなっていないはずだ。レイはそのことを、先ほどまでのわずかな攻防でしっかりと理解していた。
(……どうする? どうやって倒す?)
先ほどの〈ゆびぱっちん〉は、現時点で出せるレイの全力だった。
これ以上、出力を上げようとすれば、おそらくレイの精神は〈狂化〉に侵され、見境なく暴れ回ることになってしまうだろう。そうなれば、目の前の【外魔】は倒せるだろうが、手の中で眠っている少女も巻き添えになる。それだけは御免だった。
(――考えろ! コイツに単純な物理攻撃は効かない。私の〈ゆびぱっちん〉も期待薄だ……)
レイの視線の先では、【外魔】が唸り声を上げながら、その巨体を起こすところだった。
先ほどまともに食らったはずの攻撃は、やはりほとんど効いていない。ダメージを負ったと呼べるような痕跡は、せいぜい、ごく微小な切り傷やかすり傷ぐらいだ。
(――火をつけて焼き殺すか? いや、戦いながらそんな準備をするのは流石に厳しい。それに、火がこの建物全体に広がる危険性もある)
レイが思考しているうちに、【外魔】はゆっくりとその巨体を起こしていく。
ポタポタとその身体を滴り落ちる【外魔】の血液は紅く、変身する前は確かに人間だったのだと主張するようで、何とも生々しく、不気味だった。
だが、レイは全く別のことに気を取られていた。
敵が出血しているということは、先ほどの攻撃で傷を負ったと言うことだ。
(……傷付いている? どうして? 私の攻撃は効いていないはず。いや……)
出血している箇所をよくよく見てみれば、その箇所が光を反射して、わずかに輝いた。
それはガラス片だった。
倒れ込んだ時に、砕けた電灯の破片が皮膚に食い込んだのだろう。
(そうか。打撃は効かないけど、こういう攻撃なら通るのか)
分厚く柔軟な皮膚には、単純な殴打は無効。
だが、ガラス片で傷を負ったと言うことから考えれば、刺突や斬撃といった攻撃ならダメージを与えられる、ということだろう。
しかし、生憎と今は刃物の類は持ち合わせていない。
先ほどまでならば、足元で倒れていた男たちがナイフを持っていたのだが……レイは【外魔】の攻撃を躱しながらここまで追い立てられてきたので、来た道を引き返さなければ手に入らない。
それなら話は簡単だ。
刃物を使わず、斬撃を生み出せばいい。
レイはパチリと指を鳴らした。
しかし、何も起こらない。
先ほどのように衝撃波が放たれることも、障壁が貼られることもなかった。
側から見れば何も変化していないように見えるが、彼女から放たれるビリビリとした圧力は高まっていく。
「ギアァァァァァァ!」
ダメージが回復し切ったのか、あるいは待ちきれなくなったのか。
【外魔】は叫び声を上げると、無数にある手足をのたうたせながら、レイ目掛けて突っ込んできた。
今度はこれまでのような手足を触手のように伸ばす攻撃ではなく、その体重とパワーとを乗せた突進。
凄まじい地響きのような足音が轟き、石造の床が突進の踏み込みと【外魔】の体重とに耐えきれず、その足元で次々に砕け散っていく。
技術も工夫もない、ただの体当たりだが、ちょっとした建物程度なら半壊させるほどの恐ろしい威力を秘めていた。
そんな悪夢のような光景が迫ってくるのを、レイは逃げ出すことなく正面から見据え、冷静に観察していた。
彼女が狙うのは、無軌道に振り回される手足の間隙。
――ここだ!
レイは四方から彼女を打ち据えようと迫る【外魔】の腕をスレスレで躱しながら、ごく自然な動きで、敵の懐に潜り込んだ。
そして、少女を抱えた左手はそのままに、空いている右手を高速で振り抜く。
一瞬の交錯。
レイは音もなく【外魔】の足元を潜り抜け、その背後に立った。
「ギァァ?」
【外魔】はレイの存在を一瞬だけ見失ったのか、不思議そうな声をあげた。
狙っていた獲物がいなくなって、困惑しているような雰囲気が伝わってくる。
無防備な敵の背中、絶好のチャンスだ。
だが彼女は、攻撃を加えようとはしない。
なぜなら――。
「――ゴッ!? ギ……ア……!」
数秒後。
レイの背後で、ゴバッ! と【外魔】の身体から鮮血が噴き出した。
見れば、巨大な頭部と膨れた胴体の間、ちょうど人間でいうところの首に当たる箇所に、まるで刀で切りつけたかのような、大きな斬撃痕が残っていた。
歪な体型の【外魔】ではあったが、基本的な身体構造は人間のものと同一であったらしい。胴と頭を半ばから切り離された【外魔】は、苦しげに身を捩ると、どうと地面に倒れ伏した。
――既に、勝負はついていたのだ。
今の一撃は、当然ながらレイの攻撃によるものだ。
彼女の【心理能力】である《魔女》によって操作した〈魔力〉を、「衝撃」ではなく「斬撃」へと変換したのである。
〈魔力〉をそのまま衝撃波として放つのではなく、自身の右手に纏わりつかせるように留めて圧縮し、さながら一振りの名刀のような切れ味を生み出した。
〈ゆびぱっちん〉よりも射程が短く、固定・圧縮して放つ技であるため同じ方向にしか伸長しないという欠点はあるものの、【心理能力】を一点に集中した分、その突破力・貫通力はこれまでとは段違いだ。
増幅させた〈魔力〉を研ぎ澄まし、その破壊力を切断力へと昇華させて放つ一撃。
レイは、この新しい技を〈せつだんぶれーど〉と名づけることにした。
……相変わらず、彼女にネーミングセンスはないのだった。




